8月23日 (黒)
俺はまた空見さんと会う約束をしていた。この間会った時にLine IDを交換していたために、また会う約束をすることができた。俺のLineの友達数は大学生とは思えないほどに少なかった。なんとなく懐かしいような感じがする名前や写真が並んでおり、それぞれに会って行けば何か思い出せるかもしれない。しかし、記憶喪失以前にどの程度交流があったのかがわからないため、下手にチャットを送信すると気持ち悪がられるかもしれない。トーク履歴が残っているのは、さっきまでやりとりをしていた空見さんと同名のSatoshiのみであった。
9月に入れば学生寮に戻れて、自分の過去の日記をみることができるかもしれない。そうすれば、さらに記憶を取り戻せるはずだ。あの時、空見さんの名前を聞いた時にフラッシュバックした幾つかの情景の一つには、俺が梯子から落ちた瞬間があった。梯子を登り切ろうと手を伸ばした時にその手を弾かれ、そのまま落下。あれはただの事故ではなかった。何者かによって意図的に落とされたのだ。
いつも通りフロントにロッカーの鍵を預け、外に出る。空見さんとの待ち合わせ場所は、この間と同じコーヒーチェーン店。ここから歩いて10分ほどの場所だ。店に着いた俺は、前回と同じ半個室に腰を下ろす。アイスコーヒーのラージサイズを注文した後に腕時計を確認すると、約束の時間から10分ほど過ぎていた。
「(あぶねぇ。全然時計を確認してなかったけど、しっかり遅刻していたのか・・・。まだ彼女は来ていないみたいだから助かったが、待ち合わせに遅れてくる男なんて印象悪いからなあ。)」
注文をしてから5分もしないうちに空見さんもやって来た。
「ごめんごめん、待った?」
「いやいや、全然待っていないよ。今来たばかりだし。」
「あはは。優しいんだね。」
いや、本当に今来たばかりなのだ。危ない危ない。彼女は椅子に腰を掛け、ひと段落した後に問いかけてきた。
「・・・何か思い出した?」
「え?いや、あれ以来特には・・・。」
「そっかそっか。彼のことも、思い出せない?」
「彼?」
「そうそう。
外海 聡。とうみさとし。俺はまた記憶の海に沈んでいく。
---同じ名前だな。ちょっと気持ち悪いけど、名前で呼んでもいいかな?
---そうだ。また遅刻しているんだよ。勘弁してほしいよなまったく。とりあえずまた話し相手になってくれよ。
---だったら寮の屋上に行こう。田舎なだけあって、星空が綺麗に見えるんだ。
---だけど、俺は、飛鳥のことが・・・
ふと我に帰ると、注文していたアイスコーヒーが運ばれてきており、空見さんはミルクとガムシロップをたっぷりと混ぜ入れていた。
Lineで見かけた同名のSatoshi。苗字は外海というのか。俺の苗字が内原だから、ちょうど逆の意味を持った苗字になるみたいだ。これも妙な共通点だなと思った。彼もまた俺の記憶を取り戻す重要な存在になりそうだ。
「空見さん。多分その外海とはLineで繋がっているから、連絡を取ってみようと思う。君には助けられてばかりだね。」
空見さんは呆気にとられたような表情をする。そしてすぐに目をそらすようにうつむいた。
「え、俺何か悪いこと言ったかな?」
「違うの。ごめんなさい。私から話を振っておいて本当に申し訳ないんだけど・・・」
「なに?」
「聡くんはもう亡くなっているの。」
その日は、それ以上の収穫はなかった。
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