第9話


 さてさて、目の前にはムキムキスキンヘッドのおっさんがいる。

 歴戦の猛者と言うのがお似合いである。


 彼はレイル・タチク・ガーラン。

 メアからある程度のことは聞いている。


 まずガーランを領地とするタチク家は、魔法の指導者として有名な上級貴族の家系である。

 彼等には代々受け継いでいる魔法があり、それは他者の魔力・魔法を手解きすることが可能なのだ。


 その魔法と代々の功績があり、タチク家はオーレスト王国にて、魔法指南役としての役割を任じられている。

 王族の魔法教育もまた、タチク家の者が行うことが多い。

 他にも魔法指南役としての役割を任じられた貴族家は存在するが、最大手はタチク家である。


 タチク家、及びオーレスト王国上層部においてレイルの名はかなり広まっている。

 教育者としてより、武人としてではあるが。


 教え子達と共に魔物を屠り、蛮族を蹴散らし、外敵を排除する者。

 戦う際は基本最前線にて、その武威を振るう。

 彼の教え子達は、苛烈な教育により付いていける者は少ない。その分、精強揃いで損耗も少ないと言われている。


 しかしそんな彼が王族の指南役となった例は今までにない。

 理由は大まかに3つ。


 1つ、顔が怖い。というか厳つい。

 アホみたいな理由であるが、幼い子供に教えることもある。

 元々貴族は容姿の良い者が多い傾向にあるし、わざわざレイルである必要はなかった。


 2つ、彼の性格と口調である。

 武人染みた口調であり、丁寧に話すことは出来るものの、嘘を好まず、実直である。

 そのため、兵士を育てることには向くが王族などを配慮しつつ育てることは苦手だ、と言うのが自他共に認めるところである。


 3つ、彼は教育者としてより、武人であることに誇りを持っている。

 武人であり、守護者。貴族としての規範を示すことこそが誉れ。

 年がら年中外敵と戦い続ける彼は、王家から戦力としての信頼が厚く、上記2つの理由も合わせて王都に縛り付ける必要が無かったのである。




 ──────────




 さてさて(2回目)、そんな彼が何故ここにいるのか。

 メアの推測と受信能力を合わせると、タチク家に魔法指南役の依頼はきちんと行われた。

 しかし、指南役に足る者達は皆、二の足を踏んだ。

 そんな中、この依頼を耳にした武人レイルは誰もやらないなら儂がやると手を挙げた。

 周りの目など気にせず、己が道を行くレイルにとって、依頼を受けると王代理や王妃から目をつけられるなどの些末な理由で、子供の教育の機会を奪うなど情けない! ならば儂がやってやるわぁ!


 となったのではなかろうか。

 行動力もずば抜けている彼は、止める他の者に文句があるのかと睨み付け、最速の移動手段で王都に文字通り飛んできた。


 そして今、目の前に居るわけである。



 ──────────



 回想終了。

 壁の一面が外に繋がっている部屋には、レイル先生と僕、そしてメアが控えている。


「ではまず、魔力とは何なのか、魔法とは何なのか、基本的なことからお教え致します」


 と言うと、黒板のようなもの(以下黒板)に、チョークのようなもの(以下チョーク)でイラストと文字を書き付ける。


 踊るように、独りでに動くチョークが、滑らかに軽やかに、そして正確に動いていた。


「予備知識も有るようですが、それは復習と致しましょう。


 魔力は万物に宿るもの、強弱多寡は有りますが、それぞれが持つ力です。


 魔法とは、魔力を用いて起こすこと全てを言います。例えば」


 と外に向けて指を向ける。


 指先の、その先にある外の地面。


 ボコッ! と音を立て土が盛り上がり、形を取りながら大きくなっていく。


「わぁ」


 土塊によって形成されたのは、騎士。

 土で出来ている筈の鎧甲冑に、剣と盾は光沢があり、強靭さを感じさせる。


 その騎士が、滑らかに動き騎士の礼を行う。


「これが儂の使える魔法の1つです。大地の騎士、そして大地の騎士団と呼んでおります」


 何度か指を振ると、その度に騎士が土塊から生まれ、名前の通り騎士団と成す。


 レイル先生が指を鳴らすと、騎士が崩れ落ち単なる土の山と化す。


「魔力の扱いを学ぶことにより、魔法が使えるようになりますが、その魔法は個人により千差万別。


 魔法は魔力を操作し、イメージを籠めて発動するものです。


 しかし、実際に使えなければ実感が湧かないでしょう。


 そこでまず、殿下には魔力の感覚を覚えて貰います」


 魔法の復習もそこそこに、次のSTEPへ。

 座学だけでは頭に入りにくい。

 レイル先生は実践を重視するのだろうか。


「殿下、殿下は魔力がどんなものか、感じることが出来ますか?」


「…………わかりません」


 待っている間の1週間、体内に何か感じるものはないか、ステータス! とか叫んだりしながら試していたものの、良くわからなかった。


「落ち込むことは有りませんぞ。それが普通です。平民も貴族も王族も、最初から魔力を扱える訳では有りませんので。


 極めて規格外の天才や、一部の種族は先天的に扱うことも有るようですが、基本は訓練によって感覚を養い目覚めさせるのです」


 ふむふむ。教科書通りだな。


「そして儂達、タチク家の人間はとある魔法を継いでおります。


 それは操作の魔法。これを応用することで、殿下の魔力を操作させて頂き、殿下自身にその感覚を覚えて頂きます」


 魔力の感覚を掴むのは、個人差も有るが時間のかかるものらしい。

 だがタチク家の人間は裏技とも言える方法を編み出し、それを王家のために捧げた。


 幸か不幸か、その技術は血筋に依るところが大きかったため、現在タチク家は重用されている。

 1つの家に権力を持たせ過ぎないよう、魔法指南役の家は他にもあるが。


 そして、指南役が見目麗しい美男美女が選ばれやすい理由の1つがここにある。


 僕の右手をレイル先生の左手に、左手は右手に、向かい合わせで座り手を握られている。


 ゴツい顔が目の前にあるのだ。

 そりゃあ、顔が良い方が良いだろう。子供ならなおさらだ。普通の子供なら泣くぞ。


「では魔法を使わせて頂きます。


 殿下は魔法を受け入れると考えて頂くと上手く行きやすいですぞ。


 魔法を使った時の感覚を覚えたら、自分で再現してみるのです」


 ちなみにこれ、やりようによっては相手を殺せるので危険なやり方でもある。

 信用がなければ出来ない方法でもあるのだ。


 …………ん?


 身体の奥底。

 そこから何かが引き出されている感覚。

 いや、身体と言うより精神か。


 引き出された何かは、そのままでは消えていくのを感じる。

 何かを維持し、練り上げていく感覚。


「感じましたか、殿下」


「…………はい。何となく」


 その感覚が、急速に消えていく。


「魔法を打ち切りました。殿下、再現してみて下さいませ」


 試してみる。


 …………


 ……………………


 …………………………………………


「できません」


 感覚を上手く思い出せない。

 すごくもどかしい。


「初めはそんなものですぞ。覚えるまで何度でも魔法を行使させて頂きます。


 ではまた、使わせて頂きますぞ」


 この感覚。

 魔力というエネルギーを引き出す。

 まずはここだ。これが出来なければ何も出来ない。


 全力で集中し、感覚という曖昧なものを掴むため意識を尖らせる。


 レイル先生の魔法によって生じる感覚を覚える。

 魔法が切れたあと、自らで再現するため試していく。


 上手くいかない。底のないバケツで水を掬うような。いや、枠だけで掬う感じか。

 せめてザル位は欲しい。それでは酒飲みみたいじゃないか。


 何度も魔法を使ってもらい、意識を集中させる授業。


 繰り返すうちに、集中力が切れてきてしまい、なんか変なこと考えてる気がする。


「そろそろ休憩にしましょうか、殿下。一時間以上経ってますぞ」


「殿下、お飲み物です」


 いつの間にかそんな時間が経っていたのか。


「ありがとうメア」


 メアから冷たく冷やされたお茶を受け取り、ゆっくり飲み下す。


 あれれ…………。


「レイル殿、殿下はお疲れのようです。少しお休みの時間を頂きます」


「うむ。儂もその間休憩にしておく。殿下が目を覚まされたら、また呼んでくれ」


 コップをメアに返した後、眠気がかなり強くなってきてしまった。


「仕方ありませんね」


 嘆息しながらも優しげな声で、メアが僕を持ち上げ抱っこしたのを感じる。

 安心感と共に強くなる眠気に身を任せると、意識は溶けるように消えていった。



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