第2章

第8話

 翌日……と見せ掛けて1週間後、朝食少し過ぎた辺り。


「儂が殿下の魔法指南役を仰せつかりました、レイル・タチク・ガーランと言います。


 宜しくお願いいたします」


 部屋の内、一面は壁がなく外へと続いている。風が入ってくるのを感じる。


 壁のある一面、黒板のようなものを背に名乗ったのは老齢に差し掛かった偉丈夫である。


「こちらこそ、よろしくおねがいします」


 強面という字面の似合う相貌。

 顔には傷痕が有り、頭皮の一部には火傷の痕が雷のように刻まれている。

 きれいに剃りあげられたスキンヘッドと、鍛え上げられた肉体から放たれる威圧感は相当なものである。


 本人は礼儀正しく、声も抑え目にしているが、普通の子供では泣いてしまうのではないだろうか。


 少なくとも万人が予想する、儂という一人称の魔法使いの先生には当てはまらない。

 どう見てもガチガチの武闘家である。

 もっと言えば、裏の家業の人である。


 しかし、この世界の魔法使いとは基本戦闘を生業とするものである。

 肉体強化の魔法もあるのだし、これがスタンダードなのかもしれない。


 さて、なぜ僕が彼から指導を受けることになったのか。

 早速回想と行こうか。



 ───────────





 前世の記憶を取り戻し、目標を定めた翌日。

 心地よく眠りに落ち、優しく掬い上げられるように目が覚めた。


「おはようございます、リース様」


「…………おはよ、メア」


 メアは一体何時寝て何時起きているんだろうか。

 専属メイドらしいけれど。時折別のメイドが来ている記憶があるので、休みは取っているみたいだけれども。


「ちゃんと私も睡眠を取っていますから、心配しなくても大丈夫ですよ」


 そう言いながら、テキパキとメイド業をこなしていくメア。


 ひらひら揺れるヘッドドレスに目を奪われる。


「では朝食に参りましょうか」





 ──────────



「魔力の使い方を学びたい、ですか」


 美味しい朝食を終えた後、僕はメアに提案した。

 充実した生活を送り、質の良い眠りを得ること。

 その目標を達成するためには、様々な条件をクリアする必要があるだろう。


 例えば、より良い寝具や、睡眠環境を整えるといった物理的なこと。

 これは現状難しい。何故なら既に最高レベルに近いだからだ。


 幽閉中の父親兼国王には呪われ、王弟にして現王代理には恨まれている。

 しかし、だからと言って露骨に物資で差別することは無かったようだ。

 良い寝具を配備してくれている。


 これより良いのが存在するかも分からない。新しく作るにしても、そんな知識も伝手もない。

 よって先送り。現状満足しているし。さすがは王族。


 他の問題はどうだろう。

 前述の通り、父親と叔父に呪われ恨まれている。

 母親を恨んでいて、その子供の僕を恨んでいる人、特に王妃辺りが恨んでいるという問題もある。


 しかし、このトップ層に影響を受けたり、目をつけられたくない等の消極的な理由で僕を遠ざけている人も多いのだとか。


 ではそういう人たちを味方に付けて、徐々に懐柔していく道も有るだろう。


 しかしこの身は3才児。

 武器はかわいいショタボディ位だ。

 しかもその容姿は母親に似て可愛らしいそうだ。

 そう、全方位にヘイトを溜めまくった母親に。


 そうなると、難しいと言わざるを得ない。

 一緒にいたいと言ってくれるメアが特別なのだ。

 その能力もあるけれど、メアの性根こそが尊くて素晴らしいものだと思います。



 では今できることは何か。

 将来に向けて、努力できることを探すとすぐに見つかった。

 魔力である。


 王族の端くれとして、魔力は有るはずだ。

 前世持ちという有る意味チート(ズルではなく特別という意味合い)な出自もある。

 子供の頃から鍛えてさいきょー、とかネタに使われ倒しているが、その状況に直面すれば、それが現実的だと感じる。


 何より魔力や魔法には興味があるのだ。

 家族関係とか吹っ飛ばせるほどに。


 なのでメアに聞いてみたのだ。

 確かメアは専門家に教わった方が良いとも言っていたし。


「分かりました。上に話を通しましょう。」


 僕が直接どこかにお願いするというのは難しい。

 そもそも僕が暮らしているここは、王都内の王族居住領域、その中でも隔離されたエリアにある邸宅である。


 ここを不用意に出ることは奨められないとメアにも言われている。

 ここが一番安全なのだ。僕にとっても、加害者になるかもしれない相手にとっても。


「今日中に、というのは難しいでしょうが2日3日程で担当してくださる方が来られるでしょう。


 それまで特に殿下が準備することは御座いませんし、読みたいと仰っていた絵本などをお持ち致しますね」


 という会話を交わしてから4日目。


「こないね」


「来ませんね……。確認してみます」


 これはあれか、みんなやりたくないから押し付けあっているのだろうか。

 単にたまたま教官役が足りない、のなら仕方ないけど、王族の要求を退ける程だろうか?


 メアが持ってきてくれた、軟らかいオモチャソードをぶんぶん振り回しつつ待ってみる。


 とりゃとりゃ振り回しながら、童心に帰るとはこの事だろうかと考えつつ、童心というか童体ではないだろうかと益体もないことをつらつら考えていたら、メアにこっそり見られていた。


「その必殺技で、敵は倒せましたか?」


 ちゃうねん。このオモチャソードの見た目が前世の記憶にあるアニメの剣に似てたからやりたくなっちゃっただけやねん。


「さて、話は聞いてきました。やはり、選任に時間がかかったようです。

 また、決まった方も現在遠方に居られるとのことで、本日より3日後を予定しているそうです」


 弄くることなく話を進めてくれることに感謝してるけれど、ニヨニヨしてる表情戻ってませんよ。


「殿下、いえリース様、汗をかかれたのでは?

 さあさ、水浴びと致しましょう」


 気恥ずかしくて逃げようとしたが、しかし回り込まれてしまった!


 はなせー!


「さあリース様、お脱ぎしましょうねー」


 それはそれは楽しそうにしているメアによって僕は捕まってしまったのだ…………。



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