第4話

 俺たち、というか彼女は、よく空想ショッピングを楽しんだ。広告のチラシを見ては、あれがいいこれも素敵、と言うだけなんだけど。金なんかないし、キャンディは出歩くなときつく言われているから、ウィンドーショッピングもできない。チラシを見ては、あれこれ空想するのが関の山だ。


「ああ、このワンピース、素敵ねえ! こっちの帽子を合わせたら、もっといいな。靴は…このハイヒール。すごく可愛いけど、ちょっと歩きづらそう。デート中に足が痛くなったら困っちゃうし、それを考えたらこっちのほうが―」

「そんなに歩くデートって、一体どこに出かけるのさ?」

 にやにやしながら水を向けると、嬉しそうに笑って、話し出す。

「そうね、まず、ペンギンを見に行くわ。頭の上をビュンビュン飛ぶペンギンをね。それから、夜景が美しいテラス。4月の満月、ストロベリームーンの月明りの中で、シャンパンを飲むの。そうするうちに、彼が私の手を捕まえて、指輪をそっと嵌めてくれる。私はその手を月に向かって伸ばして、きらきら光りを弾く指輪を見つめて、それから、ありがとうダーリン、愛してるってハグをする―。

 ああ、素敵、映画みたいね。そのときは、ユキ、写真を撮ってちょうだいね」

「はあ? 俺、同席してる設定?」

「? そうよ、もちろん。家族じゃないの」

 訳がわからない。でも、キャンディがあまりにも楽しそうだから、まあいいかって思った。


 キャンディにはもう一つ夢があった。お母さんになる夢。だから、ことあるごとに、俺に対し母親のように振る舞いたがった。拙い、ごっこ遊び。俺は役割を上手く演じられなかった。当然だ。母親が、息子が、どういうものか知らないんだから。


「いい子、可愛い子、愛してる」

 ごっことは言え、そんなことを言われると何とも言えないむず痒い気分になって、なぜか無性にムカついた。嘘ばっか、そんな愛、誰も俺に注ぐはず無い。つい、絶対に言ってはいけない言葉を、投げつけてしまいそうにすらなる。どこの誰とどれだけ関係を持ってきたか知れない娼婦を妻にしようなんて奴、いやしない、と。

 …わかってる。捨てられたのも、そんな仕事をしてるのも、キャンディのせいじゃない。彼女は、被害者、犠牲者だ。

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