第3話

 キャンディって名前は、本人曰く、勘違いに起因するものらしい。

 あたしもねえ、捨てられてたらしいの。2歳のころ。手にキャンディを握っててね。保護してくれた人が「お名前は?」って聞いたのに、あたし、何を持ってるのか聞かれたと勘違いして、キャンディよ、って答えて。それが名前になったのね。

 家族のこと、少しだけ覚えてる。姉さんと弟がいたわ。姉さんはね、誰もが認める可愛いい子。弟はまだ生まれたばかり。そのころ大きなお祝いがあって、花火が何日も上がって、あれはあの子の誕生を祝っているんだと、思ってたのよね。…きっと、もう、随分と大きくなったわねえ。


 ああ、よくある話。この国では、人口統制のため、3人の子どもの育成には重税が課される。表向き男女平等と言っても跡取りは男という気風がまだ強くて、男の子が生まれたら上の女の子は捨てるというのが、貧しい家庭では常態化していた。

 姉と妹、どちらを捨てる? そりゃあ可愛くないほう、そんなやり取りが聞こえるよう。バカなやつら。ふわふわの赤毛も、ビーバーのような前歯も、痘痕あばたのある頬も、キャンディは、こんなに可愛いのに。


 キャンディを食い物にしてる連中も大バカだ。『弟が生まれた時の花火』というのは、おそらく15年前のあの祝祭のものだろう。あのころに2歳なら、今は17。ハタチなんかじゃない(彼女自身は、あたしは2年前からハタチ、と言っていた)。金銭を介して彼女と関係を持つのは立派な犯罪だ。どいつもこいつも、キャンディのよさをちっともわかっていない。本当に本当に、バカなやつら!


「でもねえ、あたし、運がよかったのよ」

 独り苛立つ俺の耳に、嬉しげな彼女の声。

「なんで?」

 家族に捨てられ、その上、最後のなけなしの愛情かなにか知らないが、持たされていた菓子のせいで変な名前が付いてしまったのに?


「だって、考えてもみて? あのとき持ってたのが、チューインガムだったら? 今ごろあたしの名前はチューインガムよ。チョコもキャラメルもポテチもね、美味しいけれど名前としては間抜けだわ。キャンディでよかった、ほんとに」

いや、『チューインガムよ』とか答えていたら、さすがに誰もそれが名前だとは思わなかったんじゃ…そんな俺の心中の突っ込みは、もちろん彼女には届かない。

「ああ、クッキーなら可愛いかも。マイリルクッキー。悪くないわ。ねえ?」

「…まあ、ね」

「うん、でも、やっぱりキャンディよ。いつの日か、恋人が言うの。マイラブ、マイスウィートキャンディ―。うわあ、素敵じゃない?」

 頬を染め目を輝かせて、彼女は言った。そうだな、いつか巡り合えるといい。彼女の“仕事”のことなんか一切気にせず、純粋に愛を注ぎ生涯かけて守る人に。

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