エピローグ

 エピローグという題名ではあるが、この物語はまだ終わってはいない。


 ただ、物語の幕引きとして、ここが一番妥当だと判断したまでだ。


 きっとこの少年達の物語はまだまだ続くだろうが、ここに書き記す事はない。


 それでも、作者としてここだけは書きたかったことを最後に一つ置いておくとして、このエピローグはこれで終わりだ。


 それは、この物語から二年の時を刻むことになる。




 ***



 ある晴れた朝だった。鬱蒼とした林の中で、彼女は何かを探していた。


 光が遮られ、不気味な静けさと暗がりを宿したこの林には、ある言い伝えがある。


 それはこの林で人探しをすると必ず見つけられるという何ともとんちんかんな言い伝えだった。


 それでも彼女はそれを信じていた。信じることでその身を振るい立たせていた。


 間も無く林は終わりを告げる。光が見え、視界が開けるからだ。


 引き戻そうかと思った。だが、戻った所で彼の姿は見つからない気がした。


 彼女は意を決して林の外に出た。


 そこは一面が野原だった。芝生のような雑草が足元を覆い、地平線の彼方までがその芝生に覆われていた。


 そこに、一人の少年がいる事に気がついた。


 少し、銀色の髪が伸びている。何だか後ろ姿だけ見れば女のようだった。


 彼女は言いようのない言葉を噛み締め、彼へと近付いた。


 一歩一歩近付くその背中に比例して、彼女の目には涙が溢れてくる。


 すると彼は自分に気付いたのか、ふと後ろを振り返った。


「……よ」


 彼は小さくそう呟いた。何と言っていいか分からない。そんな感じだった。


 彼女は突然怒りを感じた。必然的に彼を睨む形になる。


 彼はそれを覚悟してたのか、体を硬直させたまま目を瞑った。


 だが、彼女が取った行動は__


「ばか」


 飛びつくようにして彼に抱き付いた。彼はうわと声をあげて地面に倒れた。


「な、何すんだよ……」


「何すんだよですって? こっちがそう言いたいわよ! あんた何年居なくなったと思ってるの!?」


「に、二年くらい……?」


「そうよ! 二年ってどれくらい長いか分かってる!? 読み手としては直ぐだろうけど、こっちとしては730日間待ったんだからね!」


「ぐ、具体的過ぎる……」


 未だ彼から離れない彼女は、馬乗りになって彼を睨みつけた。


「責任取りなさい」


「せ、責任ってお前!? え!? どうすんの!?どうすんのこれ?」


「取るの? 取らないの?」


 その選択で、取らないを選択する勇気がある人間は早々居ないだろう。


「取ります! 取らせて頂きます!」


「宜しい」


「あ、なら取り敢えずこの手を離して貰えませんかね?」


「嫌よ。馬鹿なの死ぬの?」


「左様ですか……」


 彼は困ったように笑った。


 間の長い沈黙が訪れる。


「それで、具体的に責任を取るとは一体……」


「結婚しなさい」


「……はい?」


「私と結婚しなさい」


「……はいぃぃ?」


「何、嫌なの?」


「いや、その……唐突過ぎるというか、まだ仕事も安定してないし……」


「嫌なの?」


「本望です! そう本望なんだけどね! いや、一回落ち着こう!」


「落ち着いてこの話したら私、自害する覚悟があるわ」


「……分かったよ。すれば良いんだろすれば」


「何その言い方もう一回」


「……あぁもう!」


 彼がガバッと起き上がると、彼女は俯いていた。だが、隠しきれてない耳が真っ赤になっている。


「おい明」


「な、何……?」


「顔上げろよ」


「いや」


「上げろよ」


「いや」


「上げ」


「いや」


「下げろ」


「いや」


 頑固な奴だと彼__臆人は思った。


「そんな事言ってると結婚しねぇぞ」


「じゃあしない」


 頑固も頑固。此奴は鉄だ。


「分かった分かったよ。結婚するから」


「ちゃんと言って。ね?」


 明の声が少し陽気になった。分かりやすい奴だと思った。


「じゃあ顔上げろ」


「…………」


 長い沈黙の後、明はゆっくりと顔を上げた。だが、目線は泳いだままだ。


「早く!」


「分かったよ」


 臆人はコホンと一つ咳払いをした。


「俺と__」


「あぁ! 臆人さんじゃないですか! どこ行ってたんですか!」


「おぉチキンかぁ! ってこのあだ名も久し振りだ!」


「リーダー! 会いたかったよー!」


「ふん……」


 間が良いのか悪いのか、彼等は何とも場違いな雰囲気でやって来た。


「よ、よぉお前等久し振りだなぁ……あははは……あはははは」


「本当に……本当に……あんたなんかぁ……」


 明に炎が宿り、燃え盛っている。これは数々の死線を潜って来た臆人だから分かる、死に対しての危険信号だ。


「ま、待て! 俺は悪く__」


「大っ嫌い!!!!」


 バチコーンと彼方まで飛ばされた臆人を見送る五人。


「もうあんな奴の顔一生見たくないわ!」


「喧嘩は良くないですよ? それで、式はいつ挙げるんですか?」


「き、聞いてたの!? ま、まさか知由乃ちゃんあれはわざと!?」


「ふっふっふ……そう簡単に臆人さんは渡しませんとか言いたいですが、ぶっちゃけお二人の姿を邪魔する方が楽しそうなのでどっちでもいいです!」


「つ、強いわねこの子」


「やっぱりアホだなお前等」


「おーいチキンー生きてるかー?」


「二年越しの拳は……キツイぜ」


 臆人は体を起こすと、野原でがやがやわいわいとやってる皆を見つめた。


 皆、何も変わっていない。それが嬉しいような悲しいような、そんな思いだった。


 彼等がこれまで何をして来たのかなんて、今は知らない。


 でもそんなの、これから幾らでも知る事が出来る。


 臆人はゆっくりと立ち上がり、彼等の元へ向かった。


 彼等は皆、笑っていた。

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配役の理お断り よるねむ @yorunemu

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