代役 11

 魔物が怖いかと聞かれたら、臆する事なく怖いと言う。


 なら何故立ち向かうのかと聞かれたら、それがヒーローなのだと答える。


 それが無意味な事だと分かっていてもかと言われたら、それでもやるしかないと言うしかない。


 死ぬのは怖い。だが、逃げるのはもっと怖い。


 逃げたらもう、彼は生きる意味を見失うからだ。


 生きる意味とは何か。それは己を信じて突き進む事だ。


 こんな一寸先は闇のような世界で、それしか生きる意味が見出せない。


 悲しき事でもある。だが、光る世界というのもまたつまらない世界なのかもしれない。


 世の中なんて分からない。何が正しいのか何が間違ってるのかなんて分かる筈もない。分かりたくもない。


「あれか……?」


 臆人は打ち震えた。初めてこんなに恐怖で体が動かなくなった。


 魔物というものは知っていた。だが、知ってるのと見るのとでは全く違う。百聞は一見にしかず。まさにその通りだ。


 名前は確かハザードと言われていた。なんて気持ちの悪い生き物なのだろう。


 しかもハザードはずっと此方を見つめている。まるで臆人しか見えていないようだった。


 ふと、ハザードが笑った気がした。獲物発見、そう言ってる気がした。


 その瞬間だった。ハザードが獣のような雄叫びを上げたのは。


 そしてハザードは両手に持っていた木の棍棒を上に振り上げて打ち下ろした。


 地面がぱっくりと割れた。正に地割れだ。


「何だよあれ……どうすんだよ」


 臆人は絶望した。確かに、勝てる相手では無いかもしれないというのは頭の中では分かっていた。


 相手は十メートル級の巨大な化け物だ。あんなのに勝てる奴なんかいるわけがない。


「アギャアアアアア!!」


 異様な声がした。いや、声と言っていいのか分からない程にそれは言葉を崩していた。まるでデスボイスだ。


 ハザードが空に吠え、そのままゆっくりと置くとの方に顔を向けた。大きな瞳がギロリと此方を見る。


 臆人はここでようやく気が付いた。ハザードの狙いが自分なのだという事に。


 恐らくあの小林先生がそう仕向けたのだろう。どうやったかは知らないが、このままでは殺される。


「おいチキン! しっかりしろ!」


 その時、右凶に肩を掴まれてぐらぐらと揺らされた。視界がぐにゃりと歪む。


「俺を見ろチキン。俺に考えがある」


「……は?」


 臆人はそれを鼻で笑った。考えとは一体何だ。あんな化け物に勝てる方法なんかない。


「良いかチキン。あれを良く見ろ」


 右凶が指差したのはハザードの胸の辺りだ。ハザードはあの大きな目に視線が持って行かれがちだが、それを支える幹のような体もまた、恐ろしいものだ。


「あそこにあれを動かしている結晶がある。あれを壊せばあいつは止まる」


「そ、そんな簡単に言うなよ! あいつの体にそこまで近付けってのかよ!」


「お前にしか出来ない事だ。チキン」


 ヒーローなんてこんな物かもしれない。多大に期待を寄せられて、皆が成功を信じて止まない。


 もし失敗したらヒーローなのにと蔑まれ、死んだらただ葬られるだけ。


 仮に成功したとしても、村や街が戻る訳でもない。何でもっと早く倒さなかったのだとバッシングを受けるかもしれない。


 それを全て呑み込み闘い続けるのがヒーローの宿命だ。今はただヒールとのじゃれ合いに甘んじてるだけで、一般人もそれを良しとしている。


 だが、こういう脅威に陥った時、縋り付くのはヒーローで、戦うのもヒーローだ。一般人はただ応援するだけ。


 父は、こんな気持ちになった事があるのだろうか。人間と闘っていただけの父には分からないだろう。


「お前は一人じゃない。お前は一人でヒーローをやってる訳じゃない」


「__!!」


 臆人はハッとなり前を向く。右凶の手が少し震えているのに今更気が付いた。


 そして後ろを向いた。


「私も戦うわよ。じゃないと来た意味ないしね」


「臆人さんが傷付いたら私が全力で回復します」


 ハザードはどんどん此方に近づいて来ている。こんな所で感傷に浸ってる場合じゃない。


「なら、うさきち。俺に指示をくれ」


「ほいよ。そう来ると思ってワイヤレス型のイヤホンを持ってまいりましたぁ! これを耳につけて携帯で電話を繋いでおけば簡単に話せまーす!」


「そりゃまた便利なもん持ってるな」


「何でもあり至上主義。それが俺だからな。めいちゃんの分もあるよ」


「……ありがと」


 明はそれだけ言ってそのイヤホンを耳に付けた。臆人もまた然りだ。


「んじゃ行くか明」


「えぇ」


 こうして二人はあの悪魔のような怪物に向かって行った。


「だ、大丈夫ですかね二人共……」


「大丈夫だよ。俺達は信じるしかない。取り敢えず少し離れた場所に行こう。ここにいてもあいつは危険そうだ」


 二人は少し場所を変え、右凶は何やらパソコンを弄り始めた。


「何してるんですか?」


「いや、少しでも情報は多い方がいいかと思ってね」


 すると、右凶のパソコンがピコンと電子音を放った。通信が入ったようだ。恐らくあの二人だろう。


「着いたぞ」


 臆人の一言を聞きながら、右凶は何かをパソコンで操っている。それは地図だった。


「もう少し南に行った所に電波塔がある筈だ。その電波塔をよじ登れば何とか中心部の結晶まで手が届く筈だ」


「わかった」


 臆人はそう言って眼前の化け物へと目を向けた。馬鹿でかいその体は、薄気味悪い青い毛で覆われている。


「明! 聞いてたな!」


「えぇ! 恐らくあれよ!」


 明が指差したところに、その電波塔は存在していた。距離で言うと約二キロ程離れてる。


 この二キロが勝負の分かれ道だ。


 臆人と明は取り敢えず並行するようにして並んで走った。


 変に陽動するよりこっちの方が早い。それに、狙いは臆人だと分かってるのも大きい。臆人が電波塔に近づけば自然とハザードも付いて来る。


 ハザードの動きは鈍く、歩幅が全然違うにしても、距離が縮まることは無かった。


 それに、二人は一瞬安心した。


 その時、ハザードはそれにイラついたのか何やら声にならない声を上げた。そして、右手に持っていた木の棍棒を地面に叩きつけた。


 バキバキと地面が割れ、それは一直線に二人の所へ伸びて来る。


「うわぁ!?」


 二人は揃いも揃ってその地割れに足を縺れさせて転んだ。


「いってぇな。なんて馬鹿力だよ」


「本当。でも足とか挟まなくて良かったわ」


 明はただ擦り傷だけで済んだ事にホッとし、ふと前を見た。


「臆人あれ!」


 明が切羽詰まったように指差した先には、電波塔があった。


 だが、その電波塔は今や電波塔の機能を果たしていない。電線は切れ、今にも地面に崩れ落ちそうだった。


「おいうさきち! 他にはねぇのか!?」


「……悪りぃ。調べてるけど、あそこまで高いのはあれしかない」


 臆人は電波塔を見上げた。ゴゴゴゴと音を立てて、電波塔は角度を少しずつ変えている。


 ここまでゆっくりなのは恐らく電線によって支えがあるからだろう。


「こうなったら__!」


 臆人は電波塔に向けて一気に駆けた。


「ちょっと! どうする気!」


「あれを踏み台にする! 明はハザードが持ってる棍棒をどうにかして落としてくれ!」


「……分かったわよ! でももし死んだら__いや死ななくても責任取ってよね」


 そんな言葉はもう臆人には聞こえていなかった。「本当ムカつくわね」と明は言った後、ハザードと対峙した。


「本当ムカつくのよその顔。私には用が無いみたいな感じ。あれのどこが良いわけ? 本当、訳分かんない!」


 明はぶつくさ文句を飛ばした後、一気に跳躍した。身体強化魔法を瞬時に掛けたので、その跳躍力はとんでとない事になっている。


 だが、それでもその結晶には届かない。


 明はハザードの手の甲に狙いを定め、剣を一気に振り抜いた。刃は滑らかに通り、血しぶきが舞った。


 ハザードは声にならない声をあげたが、明は特に気にも止めず、そのまま何度か手の甲に刃を入れた。


 やがて手の力が緩み、ハザードは木の棍棒を地面に落とした。


 明は内心ホッとすると、今度はその空手の手の甲を踏み台にして、次の手へと移行した。


 だが、そこで異変は起きた。


「アガァァァァァァァ!!!!」


 それは先程と比べても数倍程大きな雄叫びだった。明は一瞬身を縮こませた。


 すると、ハザードの手がハエを叩くように動き、明はその手に押しつぶされるようにして地面に叩きつけられた。


 体から衝撃が走り、意識が朦朧とする。


 その時、臆人が視界の端に見えた。


 彼は電波塔の頂上まで辿り着くと、一気に跳躍した。その高さは悠に結晶の高さを超える程だった。


 臆人の目線がハザードと同じくらいになったと感じたのも一瞬、どんどん臆人は急降下していく。


 臆人は右側から木の棍棒がスローモーションで飛んで来るのが見えた。


 いつの間にか、景色も何もかもがスローモーションになっていた。



 だが、臆人は決して結晶から目を離さない。こんなチャンスは二度と無い。


 臆人は剣を振り上げた。無我夢中だった。


「おぉらぁぁぁぁ!!!!」


 剣は一直線に結晶へと向かって行った。これで終わりだ、そう思った。


 パキン!


 そんな金属音が響く。そしてその音に臆人は硬直した。


 刃が折れた。まるで最初からそこに無かったかのように真っ二つに、その剣はへし折れた。


 何だそれ、と臆人は思った。


 ここは結晶を破壊して有終の美を飾るものだと思ってた。物語は残酷だ。


 木の棍棒は無慈悲に臆人の方へと向かって来てる。


 臆人に怖さは無かった。というより、動くことが出来ない。先程の音の所為だ。


 だが、音のお陰でこうやって冷静に物事を見れるのかもしれない。そこは感謝するしかない。


 臆人は目線を下に向けた。明が口を開けて此方を見てる。何かを叫んでるようだった。


 だが、臆人には何も聞こえない。


 明には沢山助けて貰ったが、遂には恩返しは叶わなかったようだ。


 ごめん、と臆人は呟いた。臆人は目を閉じた。


 バババババババ!!!!!!!


 弾が雨のように降る音が聞こえた。何事かと思い臆人は薄っすらと目を開けた。


 その瞬間、ハザードの体が一気に血だらけになった。


「アガァァァァァァァ!!!!」


 ハザードはなけなしの声で叫んでいた。何だかその様子は可哀想な気がした。


「撃て!!」


 ドゴォンという重低音な音が響いたかと思うと、ハザードの眼前で何かが一気に爆発した。ハザードはよろけた。


 そしてそれを好機とばかりに弾の雨や先程の爆発がハザードを包み込む。


 臆人は唖然としていた。


「臆人!」


 すると明が駆け寄って来た。そしていきなり抱きつかれる。


「良かった……」


「お、おう……」


 臆人は身動き取れないままただただついていけないこの事態を見守るだけだった。


「嘘だろ……」


 臆人は見守りながらも、この事態に目を剥いていた。


 ハザードがものの数分で倒れ、動かなくなったのだ。恐らく胸の結晶が壊れたのだと思うが、それでもあっけない。


 臆人には見ることしか出来なかった。明はただただ横で顔を伏せて塞ぎ込んでた。情緒不安定なのだろうか。


 暫く唖然と眺めていた臆人に、一人の軍服を着た男性が声を掛けてきた。無精髭が凄く、野生児のようだった。


「君が金条 臆人君だよな?」


「え、は、はい……」


 何故名前を知ってるのか。それを聞こうにも、言葉が出てこない。それはまるで蛇に睨まれたカエルのようだ。


「私はボーグルン大佐だ。君を狙った三体の魔物は全て我らGHQによって討伐された。安心していいよ」


「え……あの魔物をこの短時間でですか?」


「あぁ。驚いたかい?」


「……何だか自分が如何にちっぽけなのか思い知らされました」


 そう言った臆人の顔は何だか晴れていた。憑き物が取れたみたいだ。


「そうかそうか。確かにGHQは強い。だが、GHQも唯の人の集まり。君達とそうは変わらないさ」


「……だからこそ、思い知らされたのかもしれません」


「うん?」


「人の力はこんなに弱い。けれど、人が造った物は強い。嫌な世界ですね」


「なるほど。確かに人はそれだけだと弱い。だが、人には考える力がある。それが、人間にとっての誇りと言うべき部分であり強さだと思うがね」


 無精髭の男性__ボーグルン大佐はタバコを口に咥えた。そして、煙を吐き出した。


 煙はとぐろを巻くように宙を漂い、やがて消えた。


 臆人は無言でそれを見つめていた。


「あぁぁぁぁぁくそがぁぁぁ!!!!」


 その時だった。どこからともなく飛び出してきたのは、黒いフードを被った男だった。


 その男は臆人に食らいつくと、ぐっと喉を締めつけた。


「何故死ななかった! あんなに準備して来たのに全てが無駄に終わった! なぁおい! お前は一体何なんだよ! 早く死ねよ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!」


 臆人は締めつけている両手を手に取りながら、両足をバネのように一度曲げて、男の腹に突き刺した。


「うげぇ!」


 男の手が緩み、臆人は締めつけていた両手を力で引き剥がすと、男の側から離れた。


 その時、フードがひらりと取れた。出て来たのは小林先生の顔だった。


「何でこんな事を……?」


「うるさい! お前は私から全てを奪ったんだ! 地位も名誉も! そして愛する娘をも! 許さない! 許さないぞ!」


 小林先生は顔を掻き毟りながら臆人を見た。強烈な殺意を瞳に宿して。


 臆人はこの時、小林先生を羨ましいと思った。


 ここまで純粋に自分の心を晒け出せる人間なんて中々いない。


「俺を散々コケにしやがって! 変な党を作ったのも! 娘を操るためなんだろう! なぁ! そうなんだろ!」


 彼の言葉は、何だかそう言ってくれと言ってる気がした。


「芹香が入って来たのは自分の意志です」


「私の娘を名前で呼ぶとはこの不届きものがぁ!! 死ねぇぇぇぇ!!」


 小林先生は大振りのナイフを黒の装束の中から取り出した。


「臆人!」


「手出すな。大丈夫。こんなのにやられやしねぇよ」


「死ねぇぇぇぇ!!」


 小林先生の攻撃は単調だった。ただ規則的にナイフをぶんぶん振り回してるだけなら、誰でも避けられる。


 そこまで頭が回っていないのか、そう思った時、彼は急にナイフを離した。


「え?」


 それに驚いた臆人は身を硬直させた。その時、小林先生が黒装束を止めていたボタンを外した。


 風に揺れ、その内側が明らかになった。


「ま、まさか……」


 黒装束の内側には沢山のダイナマイトが突き刺さっていた。


 臆人は酷く混乱した。自爆だと、分かってはいるが体が動かない。


「私と共に炎に包まれようじゃないか! これで娘はお前の手に渡らない!」


 何という強引な理屈なのかと言いたくなったが、それどころではない。


 死が、身近に迫っている。


「あはははは!」


 小林先生はカエルのように飛び跳ねる。その瞬間に、ダイナマイトに火がついた。恐らく時間で火がつく仕組みになっていたのだろう。


 もう終わりだ。


「ふん!」


 だが、ここでも臆人の命は潰えなかった。


「3」


 彼は短くそう言った後、小林先生の衣服を引っぺがした。


「2」


 そのまま小林先生を蹴り飛ばし、その黒装束を空に放り投げた。


「1」


 臆人は一気に押し倒され、揉みくちゃになる。


 それを思ったのも束の間、大爆発が起こった。


 まるで映画のワンシーンのような映像は、臆人の目にしかと焼き付いた。


「大丈夫か?」


 その男はあまり慌てた様子もなく、臆人の無事を確認した。


「あ、はい……」


 そう言ったボーグルン大佐は、くるりと背を向けた。


 その目線の先に居たのは小林先生だ。小林先生は先程の爆発と砂けむりで体がボロボロになっていた。


「く、来るなぁ!! 来たら、その……殺す!」


「はは。殺せるものなら殺してみろ」


「く、くそがぁぁぁ!!!!」


 小林先生は最後の抵抗とばかりに拳を振り回すが、ボーグルン大佐には全く効かず、挙げ句の果てに殴りかかる手を簡単に止めた。


「さ、大人しくして貰おうか?」


 小林先生は観念したのかそこから急に大人しくなった。ここまでだということを悟ったのだろう。


「さ、君達ももう帰りなさい。こいつの事はそっちで簡単に報告してくれ」


 そう言ってボーグルン大佐は去っていった。




 ***




 後日、臆人だけが校長室に呼び出された。


「この度は助かったよ金条君。でも、その後の事は感心しないね」


 その後とは、あの騒動が終わった後に行われた昇格試験の続きである。


 その昇格試験で、あろうことか臆人は参加を拒否したのだ。そして、臆人のチームは銀願のチームと合流し、素晴らしい活躍を見せ、緑のバッジを手にしたらしい。


「あははは……まあ、その、寝坊しちゃいまして」


「そんな嘘が通じるとでも?」


 冬香理事長は睨みつけるように臆人を見た。彼の真意が分からない。


「分からなくなったんですよ。ここにいる意味が」


「え?」


 臆人は窓の外を見つめた。未だに夏の様相は終わることなく続いてる。


「俺、ここ辞めます」


「なに? 辞めてどうするんだ?」


「俺、GHQを目指します」


「な、なにを馬鹿な事を! あそこは特務機関だ! 簡単に入れるような所じゃない!」


「分かってますよそれは。でも、俺は見たんですよ。どう足掻いても勝てなかったあの魔物を簡単に討ち亡ぼすあの様を」


 あれは未来永劫忘れないだろう。


「だから俺は、ここを辞めます。そんでこのままGHQを目指します。入れてくれるか分かりませんが、ダメなら近くのギルドに入って何度でも挑戦します」


「……それが君のしたい事なのかい?」


「はい」


 臆人に迷いはない。幾ら言っても無駄だと言うことは何となく分かった。


「分かった。手続きは此方で済ませておく。けど、もう一つ君に言うことがある」


「はい、何でしょう」


「君は無事に小林先生を見つけ出してくれた。その褒美として君の願いを一つ聞きいれようと思ってね。最後に、何かあるかい?」


 そう言われて、臆人はウーンと唸りを上げた。


「なら、この事を内緒にして下さい。それで俺は充分ですよ」


「つくづく君は変わってるよ。本当にこの先生きていけるか心配だよ」


「この世界で、餓死で死ぬなんて早々ありません。そういう風に、この世界は造られてますから。だからこそ、俺は何かに挑戦してみたいんですよ」


 彼は言った。


「このまま学校に居続けても何も変わらない。俺はそれを学びました。そして決断しただけの事です」


「その決断が出来るのは、やはり少し変わってないと出来ないことだ」


「出来ますよ。俺に出来る事なら誰にでも。そんなもんですよ」


「そうか。まあ、この件は誰にも話すつもりはない。一応退学になった事は生徒に伝えるがね」


「はい。ではありがとうございました」


 清々しい顔をして、臆人は校長室を去って行った。


 それから彼を見た者はいない。


 それがこの物語の結末だ。















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