代役 10

 勇泉高校には、次々と生徒が逃げるように入って来た。


「落ち着いて! 落ち着いて先ずは自分の教室に戻るように!」


 殆どの教師はその対応に追われ、職員室はもぬけの殻同然となった。


 だが、校長室には四人の教師が集まっていた。


 一人は冬香理事長。もう一人は浮世校長。またもう一人は長谷川教頭である。


 そして最後の一人は__兵垂先生だった。


「え!? あの子達が!?」


「あぁ。オペレーターに学校には行かないと啖呵を切ったそうだ」


 兵垂先生はその言葉にあんぐりと口を開けたまま固まってしまった。


「そんな……ではあの子達はどうなるんですか!?」


「そんな事は私達が知った事じゃないさ。何せ、命令を無視したんだからね。擁護は出来ないよ」


「では、易々とあの子達を死なせるつもりですか?」


 その問い掛けには、冬香理事長も返答に悩んだ。死なせたくはない。だが、死にに行く生徒を止める手段は無い。


 その時だった。


 電話が音を立てて鳴り響いた。


「はいこちら勇泉高校」


「此方GHQ。サウスの最果てにて魔物の出現があったとの事ですが、どうなっていますか?」


 野太く、まるで歴戦を潜り抜けた強者のような声が電話口から発せられる。


 だが、それよりも冬香理事長はGHQの情報収集の早さに驚いた。


 GHQとは、世界執行特務機関の名称である。


 世界を牛耳り、裏で操ってるとまでされるその機関の場所は、この世界の中心部にある。


 この世界は正方形をの頂点を交差させる形で結んだ世界になっているのはご存知かもしれない。


 ならばその丁度交差する中心点__そこにその本部は存在している。


 このGHQの存在を知っているのは、このサウスに数えるほどしかいない。


 何せ、その機関が動く事がこのご時世殆ど無かったからだ。


 戦乱期には需要があったのかもしれないが、今の平成期でGHQが乗り出して来るほど大規模な事件は殆ど無かった。


 だから、結局の所知らなくても何ら問題の無い無用の長物と化していた。


「そうですね__」


 冬香理事長は先ず、この事件の概要を素早く説明した。


 この三角形の地形を取っているサウスの三つの頂点__通称最果てからそれぞれ一体ずつ魔物が出没した。


 名前はそれぞれハザード、ゴジラ、レトゥンの三体。


 入って来た情報によると、ハザードは人型をしていて、両手には木の棍棒を持っている。体長は十メートルを悠に越してるらしい。


 だが顔の形は歪で、目が一つしかなく、顔がまるまるその目で埋まる程だ。


 そしてその目を沿うようにして口が存在し、鮫のようなギザギザの歯を持っている。


 ゴジラはトカゲのような形をしているが、二本足で立つ事が出来る。皮膚は黒い鱗で覆われており、口から炎を放射する事が出来る魔物だ。


 体長は八メートル程だが、尻尾が長く、それを含めると此方も体長は十メートルを超える。


 そして最後にレトゥンは、四本足の魔物だ。突き出た頭は茶色い毛で覆われており、そこから覗かせる三つの目と牙のように鋭い歯は、人を恐怖に陥れる。


 四本の足にはそれぞれ獰猛な爪を備えており、それに切り裂かれたら人なんて一溜まりもない。体長は此方も尻尾などを合わせると十メートル位に匹敵する。


 その三体の魔物は、各々最果てで戦乱期に倒す事が出来なかった化け物のような強さを誇る。


 それぞれその三体の魔物は前進し、まるで狙いが定まっているかのように中心部へと移動している。


 その際、幾つかの村や小規模の街は破壊されてしまっているらしい。


「なるほど。分かりました。ですが、今GHQが此方に電話を掛けたのは、一つ気になる事が出て来たからです」


「気になること?」


「はい。実は其方で教師をしている小林昭人という方が、ある村の近くで目撃されました。最果てという人口が少ない場所で、見慣れない人物が目に付いたのでしょう。何か心当たりはありませんか?」


「小林昭人……? えぇ、彼は此方で教師を勤めていますが……」


 冬香理事長はそこで電話から顔を話して兵垂先生を見た。


「兵垂先生。小林先生の居場所知らないかい?」


「小林先生ならここの所学校に来ていません。何か病が悪化したとかなんとか……すいません、詳しいところは分かりません」


「……そうか」


 冬香理事長はこの時一抹の不安を感じた。


 これはもしかすると、この学校創立以来の大惨事になるかもしれない。


「失礼しました。彼は最近この学校を休んでおりまして……詳しい事情は分かりません」


「分かりました。では分かり次第此方へ連絡下さい。それでは」


 そうして電話はぷつりと切れた。


 冬香理事長はゆっくりと子機を戻すと、ふぅと溜め息を吐いた。


「取り敢えず兵垂先生。小林先生と連絡を取ってくれないか? 大至急だ」


「わ、分かりました!」


 兵垂先生は慌てた様子で校長室を出て行く。


「いかがされますか? 理事長」


 長谷川教頭は慌てた様子もなくそう聞いた。


「もし、この騒動にこの学校が絡んでいるのなら、此方としても、動かない訳にはいかない」


 冬香理事長は一瞬躊躇ったが、ある所に電話を掛けた。


「あーもしもし?」


 電話を出た彼の声はとてもかったるそうだった。


「荒良(あらら)理事長かい?」


「あーこれはこれはヒーロー理事長じゃありませんか」


 荒良はヒーロー側の人間を小馬鹿にするかのように、ヒーローという言葉に役職を付けてそう呼ぶ。


 こういう所が前々から気に食わなかったので電話を掛けたく無かったのだが、事情が事情だ。割り切るしかない。


「どうも。それよりそっちにもGHQから話が届いてる筈だが、どうだい?」


「あー来ましたねぇそんなの。めんどくさかったので適当に答えましたが、そっちはあれですか? やっぱり正義の御心のままにとか言って頑張っちゃう感じですか? いやー偉いですねー」


 荒良理事長は全くそう思ってないのを感じさせるような口振りでそう言う。


 本当に何でこんな奴がヒール側の理事長になったのか理解出来ない。


「お言葉を返すようですが、どうやらこの騒動勇泉高校の教師が絡んでるようなので……」


「まじすか! あ、もしかしてそっちの教師?」


「えぇ。名前は__」


「あぁ良い良い! 名前なんてどうでも! そっかでもそっち側の教師がしでかした事なんだからこっちに電話口から掛けて貰っても困るんだよね。

 だってこっちヒール側だし? 関係無い事には関わりたくないのが本音。分かる?」


「……ですが、もうそんな事言ってる場合では無いほど被害が大きくなっています。どうかお力添えをお願い出来ませんか?」


 冬香理事長は怒りに身を任せたくなるのを我慢して、懇切丁寧にお願いしたのだが、返ってきたのは期待外れの言葉だった。


「実はさ。一応学校側として一斉に学校への帰還命令を出してるんだけどさ。あるチームがそれに反抗しちゃって戻って来ないんだよ。理由は知らないけど、どうやら死にたがりらしい。だからそいつ等あげるよ。連絡先教えるからさ。それで許してくれよ?」


「もういい!」


 冬香理事長は力任せに電話を切ると、机を両手でバンと力一杯に叩いた。


「何なんだあいつは偉そうに! 頭きた!」


 ここまで怒りに打ち震えるのはいつぶりの事だろう。冬香理事長は頭に血が上ってるのを認識しながらそう思った。


 さて、これからどうするか。殆どの生徒はこの学校に戻って来てるらしい。


 こうなったら仕方ない。冬香理事長は自身のパソコンを立ち上げてある生徒の項目を調べる。そこに電話番号が載ってる筈だ。


 その時荒良理事長からメールが届いたのを見つけたが、どうせそのヒールの生徒の電話番号を載せてあるだけだろう。


 直ぐに見つかった電話番号に電話を掛けると、彼は直ぐに出た。


「金条君かい? 私だ」


「……冬香理事長ですか?」


「そうだ。少し君に頼みたい事がある。これは最早任務と言っても過言では無い」


「何でしょう?」


「まずはまだ帰還してないチームを呼び集めて欲しい。それから__」


「恐らくですが、帰還してないチームは全員ここにいます」


 冬香理事長は意表を突かれて一瞬言葉を失った。


「なら話は早いね。君達に頼みたいことと言うのは、小林先生の捜索だ。出来れば早急に取り掛かって欲しい。後、どうやらヒール側にも君達のように帰還命令を無視した生徒がいるらしい。もし見つけたら保護を頼みたい」


「分かりました。やってみます」


 彼は何故小林先生を探すのか、特にそれを聞いては来なかった。それは気を遣っているのか、はたまたそれを知っていたからなのか。


 だが、そんな事を聞いてる場合ではない。


「頼んだ。此方も体勢が整い次第教師を派遣して現場に向かう。いいか? 絶対に魔物には近づかないでおくれよ」


「……はい」


 変な間が開いた。分かりやすいな、と冬香理事長は思った。


「金条君。わざわざ死にに行くのは馬鹿なする事だ。前も言ったと思うが、君の代わりは幾らでもいる。だが、血筋の代わりは誰も居ないんだ。分かるかい?」


「冬香理事長。俺は死にに行くつもりはありません。俺は、ただヒーローの名に恥じない行為をするだけですよ」


「それは、本当に実力が備わってからにするべきだ。君はまだ生徒だ。そこまでする必要はない」


「本当にそうですか?」


 電話越しなので彼の表情は伺えない。だが、彼が心底真面目にそう言ってる姿は目に浮かぶ。


「本当に冬香理事長はそう思っているんですか?」


 それに何と返せばいいのか言葉に詰まる時点で、冬香理事長は負けてしまったようなものだ。


「好きにすればいいさ。でも、死ぬのはダメだ。分かったね?」


「もちろんです」


 そう言って電話は切れた。


「はぁ……理事長なんてやるもんじゃないよ本当に」


「フォフォフォ。若い子達の相手には体力を使いますからな」


 浮世校長は楽しげに笑った。


「そうだね。本当に私達を驚かせてくれるよ生徒達は」


「理事長もうずうずしてるんじゃないですか? こんな肩書きが無ければ直ぐにでも飛び出しそうな顔をしてますよ?」


 そう言われて冬香理事長は自分が笑っている事に気がついた。


「……そうだね。確かに私もここを飛び出したい願望はある。だが、そうはいかない。この学校には今生徒が集まって教師が対応に追われている。もしもの時に私達が居なければ現場は混乱する」


 冬香理事長は一度心を鎮めるべく深呼吸した。これは遊びじゃない。


「待つ事もまた、私達の仕事だ」


「本当にそうですか?」


 そんな切り返しをされるとは思っていなかった冬香理事長は驚きながら浮世校長を見た。


「理事長は一人で何もかも背負い込み過ぎじゃ有りませんか?」


 いつものように柔らかく、思わず眠ってしまいそうな口調だが、その言葉には真剣味がある。


「ここは一つ私達に任せて下さい。そして貴方は生徒達の元へと向かってあげて下さい」


「いや、でもそれは……」


 冬香理事長は何を言っていいか分からず口籠もった。


「そうですよ冬香理事長。私と校長でここは何とか収めます。ですので、行って下さい」


「はは……何だい。私なんて居なくても大丈夫って事かい?」


「そうは言ってませんよ。ただ、ここで大の大人がただ待ってるだけってのも気味が悪い」


「そうですな。生徒が頑張ってる時にここで待つだけというのも味気ない」


「……分かったよ」


 冬香理事長はやれやれと言わんばかりに溜め息を吐いた。なのに不思議と口角が上がるのは何故だろう。


 冬香理事長は背広を脱いだ。こんな物を着てたら動き難くて仕方ない。


「では行ってくる。ここは頼んだよ」


 こうして冬香理事長は校長室を出た。職員室には殆ど人がいない。


「あ、理事長! ダメです! 小林先生には何度連絡しても繋がりません!」


 すると、慌てた様子で此方に向かってきたのは兵垂先生だった。


「どうしますか?」


「そうだね。こうなったら実力行使。力尽くで見つけるしかないね」


「え、まさか理事長が自ら?」


「あぁ」


 兵垂先生は驚いた様子だった。こんな事想像すらしていなかっただろう。


「私は行くよ。兵垂先生は引き続き小林先生に電話を__」


「私も……私も行かせて貰えませんか?」


「え?」


 冬香理事長は思わず聞き返してしまった。


「私はまだまだ冬香理事長の足元にも及びませんが、少しでも助けになりたいのです。それに、生徒達が頑張ってる時にここでただ待っているだけの人間にはなりたくないのです」


 兵垂先生の目は真剣だった。


「私も連れて行って下さい!」


 その時、職員室の扉が開き、二人の教師が入って来た。


 名前は確か、若造先生と老田先生だった筈だ。


「理事長! 私もお伴しますよ!」


 彼等の目もまた真剣だった。心の中が同じなのだろう。


 ここで冬香理事長は気づいたのだ。何故自分は一人で行くと決めつけていたのだろう。


 こんな騒動の中、一人で行っても手が回らないのは目に見えていたはずなのに。


 どうやら自分は周りが見えていなかったようだ。そんな自分を心の中でひっそりと恥じる。


「わかった。但し、容赦はしないよ?」


 その言葉で三人の顔がパッと花開くように明るくなった。


 それだけで冬香理事長も嬉しくなってしまうのだから、老婆心も恐ろしい。


 四人は直ぐ様校舎を出た。生徒達がまだ校舎の外で混乱していたが、ここは任せると決めた。


「では行こう。飛行魔法で行くから直ちに準備するといい」


 そう言って冬香理事長はふわりと体を地面から浮かせた。


 三人はそれを驚きながら見つめ、各自詠唱して飛行の体勢を整えた。


 飛行魔法とは、習得難易度の高い魔法の一つである。そして、習得しても扱うのに時間を要する。


 また、飛行魔法は燃費もかなり悪いため、現在では殆ど使う人間はいない。直ぐにガス欠になって動けなくなってしまうからだ。


 だが、彼等は飛行魔法を掛けた後に安定して飛行していたので、冬香理事長は半ば驚いていた。


 ここで一人か二人脱落するかと思っていたが、案外ここの教師は優秀らしい。


 冬香理事長は低空飛行しながらそんな事も思った。


 街には直ぐに着いた。四人が降り立った時、街は混乱の渦に飲み込まれていた。


 とにかく人が多いのだ。恐らく、魔物から逃げるようにして中心部に集まってしまったからだろう。


 だが、一応ギルドの人間も所々に垣間見えるので、避難は少しずつだが進んでいる筈だ。


 ここで最優先すべきは、生徒達の居場所の特定だ。


 冬香理事長はある所に連絡を掛けた。オペレーター室だ。


「どうされましたか?」


「至急街で確認出来るバッジの追跡お願い出来ないかい?」


「分かりました。少々お待ち下さい」


 カタカタとキーボードを叩く音が電話越しに聞こえて来た。


「そこから北西辺りに密集してますね。距離で凡そ一キロ程です」


「分かった」


 それを聞いて四人はその地点へと向かった。飛行魔法はこれ以上使うと後に差し支えるとして使わなかった。


「ここまで全速力したのいつぶりだろ……」


 ふとそんな事を老田先生が呟いた。確かに、と冬香理事長は思った。


「ちゃんとついてきなよ。私も時間も待ってはくれないからね」


 こうして四人はとにかく走った。人が多く走りにくかったが、何て事はない。


 すると、目の端で見慣れた生徒達を目撃した。


「金条君!」


「え!? 理事長!? それに兵垂先生も!!」


 臆人は走ってくる冬香理事長と兵垂先生にただただ驚いていた。


 その周りにいる生徒達も同様だった。


 そしてそこに、何やら見慣れぬ生徒の姿があった。


「君達は?」


「あ、僕達はヒール側の生徒です。少し、この騒ぎに興味がありまして。名前は殺伐 崇と言います」


 ここで冬香理事長はピンときた。荒良理事長が言っていた帰還命令を断ったヒール側の生徒だ。


「どうしてここに?」


「いえ、臆人君と偶々会ったもので」


「嘘つけ! 電話で急に呼び出しやがって! 知らない番号からかかって来る電話ほど怖いものはねぇんだぞ!」


 下の名前で呼んでる辺り、二人は面識があるのだろう。まあ、それはいい。大方新入生クエストで出会ったのだろう。


 それより、この崇という生徒の背後に潜んでいる異質な存在は何なのか。人形のような傀儡のような、そんな印象だった。


「あ、この子達は悪党のメンバーです」


「あ、悪党……?」


「はい。ヒーロー側が何やら面白い党を立ててると聞いたので、真似してみました」


 崇はそう言って笑っていた。


「党のメンバーがお前を除いて全員人形ってんだから驚きだな」


「これぞ人形劇だね」


「言ってろ」


 冬香理事長はその話についていけなかった。


「そ、それで……君達は今何をしてるんだい?」


「あ、えっと……小林先生を見つける為に各々三箇所に分かれて行動しようとしたんですが、どう配置するか迷ってて……」


「なるほど。その地図貸してくれないか?」


 状況は理解出来た。冬香理事長は臆人が見ていた地図をそっと手に取った。


「そうだね……ならヒーローチームは東。ヒールチームは西。私達教師チームは北へ向かおうか。だが三人じゃ物足りないね。ヒーローチームからこっちに誰か来るかい?」


「俺達が行きます」


 そう返したのは龍王だ。


「すいません。私達は多分行っても足手まといにしかならないので、ここで一般人の避難に努めます」


 芹香は冬香理事長にそう言った。


「分かった。なら、金条君のチームが東、ヒールチームは西、私達教師と銀願君のチームが北。それ以外は人命救助。これで異論は無いね?」


 反論は無いと見て、冬香理事長は臆人に地図を返す。


 臆人はその地図を受け取って、不思議そうに冬香理事長を見つめた。


「あの……どうして理事長自らここに?」


「なに。ミスをした教師の尻拭いをしに来ただけさ。深い理由は無いよ」


「そうですか。でも理事長。顔、笑ってますよ?」


 冬香理事長は自分がここまでポーカーフェイスが出来ない事に驚いた。


 だが、今はそんなのどうだっていい。


「さぁ、時間が無い。早く小林先生を見つけ出してきな」


 こんなのは照れ隠しの言葉だった事には気付いているだろう。


 だが、それに口を挟む事なく彼等は散らばって行った。


「行きますか理事長」


「あぁ」


 こうして街から生徒と教師は消えて行った。




 ***




 あの魔物達の目的は何か?


 世界の中枢から、彼等は訝しがるように魔物の行動を眺めていた。


 この魔物達は、ただただ街の中心部へと移動しているただのデカ物だった。


 確かに村や町を破壊してるが、それはただ進むべき道にそれ等があり、それをただ踏み潰しただけの事だ。


 人を食おうともしなければ、街を破壊する訳でもなく、彼等はただひたすら歩き続けていた。


 これは一体何を意味するのか。それが彼等が目を付けた所だった。


「もしかすると、魔物を上手くコントロール出来ていないのでしょうか?」


「それは逆だ。本来なら魔物は破壊の限りを尽くして、人を喰らう。だが、この魔物達は何もしない。不思議な事だ」


 この会議の指揮を担っているのは、ボーグルン大佐だ。顎髭や無精髭を蓄え、まるでライオンのようだった。


 ボーグルン大佐はじっくりとその魔物を見た。魔物の目はただひたすらに前を向いている。


 その時、その目が僅かに左にずれた。


「うん?」


 ボーグルン大佐は画面にぐっと近付けてその魔物を見た。微かに目が左に傾いている。


「ボーグルン大佐! 魔物がゆっくりと方向を左に転換させています」


「……どうやら何かを狙っているようだな。この魔物の進行方向直線でマークしろ。それでぶつかったところに何がいる?」


「……人です! どうやら学校の生徒みたいですね」


 そう言った部下の一言の後、その画面がボーグルン大佐の所にも届いた。


 ここ魔物の三点の交差する場所__そこには銀髪の少年がいた。


「もしかして、勇泉高校か?」


「はい。顔認証で調べた所、そのようです。名前は金条 臆人」


「金条……?」


 聞き覚えのあるその名字を訝しげに呼ぶと、彼は唸りを上げた。


「どうやらワンオーダーを取ってるようだな。この召喚人は」


 ワンオーダーとは、一つの命令しか与えない事を意味する。つまり、この魔物達はそれぞれこの金条臆人という少年に向かえと命令されて動いてるだけなのだろう。


「……狂ってるな、本当に。狂気の沙汰だ」


 だが、お陰で目的は分かった。後は__排除するのみだ。


「さぁ、出陣しよう。我らGHQの腕の見せ所だ」



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