代役 3

 世界は緑に包まれていた。というのは些か過剰な言い回しだが、まあ比喩表現の一つだと受け取って欲しい。


 丸裸になった木々には緑葉が生え、もうじきに来るだろう夏の気配を感じ取っていた。


 そんな中、小さな部屋に五人の少年少女が集まった。


「六畳に五人は狭すぎるから、隣の部屋に風穴でもあけようかしら」


「換気も良くなりそうですね」


「おいチキンー腹減ったー」


「…………」


「…………」


 順番に誰だか言うと、明、知由乃、右凶、龍王、臆人の順番だ。但し、最後の二人は逆転しても問題は無い。


「それで、話って何よ? もし、下らない事だったら本当に風穴開けるわよ。あんたに」


「俺にかよ!? ま、まぁ安心してくれ。恐らく下らない話じゃない。それは確かだ」


 そう切り返すと、明の顔は違う人物へと視線を向けた。


「風穴を開けることは後に置いておくとして、何であんたがいるのよ?」


「え、俺風穴開けられる事は確定なの!?」


 明は辛辣な顔で龍王に目を向けるが、龍王はツンとした表情で明の威嚇を意に介さない。


「ちょっとこっち向きなさいよ! 私の話聞いてるの? ねぇ、ちょっと!」


「うるさい奴だな。お前は何か? 構って欲しいのか? だが残念だが他を当たってくれ。俺にそんな良心は無い」


「何ですって!? ちょっと顔が良いからって調子に乗らないでくれる!?」


「別に事実を言ってるだけだ。おい臆人、こいつの躾がなってないんじゃないか?」


 すると、明の怒った顔がふっと消えて、不思議そうに龍王を見つめた。


「あんた、呼び方……」


「何だ? おかしいか?」


「いや、別に。まぁいいわ」


 するといきなり明は毒気を抜かれたのか、急に大人しくなった。


「それで、話って何ですか?」知由乃が話を進めてくれた。


「そうだな。先ずは昨日あった出来事を話すとしよう。話はそれからだ」


 臆人は昨日あった出来事を簡潔にまとめて四人に話した。龍王はその間、ずっと押し黙っていた。


 四人の反応は、ハッキリと言えば分かりやすく、そして予想してた通りだっだ。


 まあもう少し正確に言えば、右凶がそこまで怒りを見せなかっだという事だ。もしかすると右凶はここまで見越していたのかもしれない。


「あんたがやった事は、まぁ一概に正しいとは言えないけど、それでこれからどうするのよ反面教師?」


「気になりますね。どうするんですか見せしめさん?」


「その言い方やめてくれるかな!? 心が痛むんですけど!?」


 この二人、何だか以前より呼吸を重ねて臆人を攻撃して来る気がする。


「お前等、なんかあったのか?」


「あんたは知らなくていいの。それよりもったいぶらないで早く話しなさいよ」


「いや話を逸らしてるのはお前なんだが……まあいい」


 こういう時は、素直に退くのが一番良い。長年の経験がそう言ったので、臆人はこれ以上聞くのをやめた。


「では話そう。俺達が__俺達ってのは俺と龍王な? その俺達はこれよりある活動を執り行う。それに協力して欲しくて集まって貰った」


「ある活動? 一体何なのよ」


 明は訝しげに眉をひそめる。当然の反応だ。


「ある活動ってのは__学生運動だ」


「「が、学生運動?」」


 明と知由乃が驚いたような、拍子抜けしたような声をあげて言葉をハモらせて、ハイタッチした。


「いや何でだよ」とツッコミを入れると話が続かなくなりそうなのでここは堪えた。


「そ。学生運動。知ってるか?」


「勿論よ! 私はそうね、何でも出来るけどリレーなら誰にも負けないわ!」


「私はパン食い競争が得意です! 胸、揺れませんので! 胸、揺れませんので!」


「誰が一番早く国会議事堂のセキュリティを潜れるかの勝負なら誰にも負けねぇな」


「うん分かった! 皆まで言うな! てかまず運動会の事じゃないから! 分かってたけども!」


 前振りはここまでにして、学生運動の説明に入る。


「学生運動ってのは、学生が行う社会運動なんだ。別名改革運動とか政治運動とか言われてる。これは簡単に言えば、学校に対して不満や意見を聞いてもらうために、色々な騒動を起こすんだ。デモだったりボイコットだったり暴動だったり、それは様々だな」


 説明を終えると、明や知由乃は納得したようなしてないような、曖昧な表情を浮かべた。


「要は学校側と対立するんだ。そんでもって色んなアクションを学校に起こすんだ。まあ、言い方は悪いがある意味戦争に近いかもな」


「……ってことはあんた、この勇泉高校と戦争しようって言うの!?」


 明は驚いたような呆れたような声をあげた。だが、臆人は落ち着いて話を進めた。


「いや、俺達はヒーローだ。戦争はしないし、暴動を起こす気もない。力で負かした所で返ってくるのはそれより大きな力だからな」


「じゃあどうするんですか?」


 知由乃がそれを聞くと、臆人はニヤリと笑った。


「力がダメなら態度で示す。それが俺が考えたやり方だ」


「態度で示す……? 要はヤンキーになるんですか? モヒカンにして特攻服着てガムをくちゃくちゃしながら机から足をはみ出して座るんですか?」


「ヤンキー像が少し古いけど、そうじゃない。勿論、最悪その手もあるけど、まあ、しないだろうな。俺達がするのは……そうだなぁ……先ずはボイコットかな」


「それはまた、中学生みたいな事するんですね……」


 どうやら知由乃はあまり乗り気ではないらしい。


「この学生運動ってのは、同じ志を持った仲間が集まってやるからこそ意味がある。だから、無理強いはしないよ。こんな子供みたいな事って思うかもしれない。でも__このままやられっ放しってのは俺は嫌なんだ。何としても、学校側に一泡吹かせてやりたい。何たって俺は見せしめだからな。少しくらい暴れても文句は言われないさ」


 臆人のそれは、決して復讐心から来るものではない。


 これは野心だ。


 見せしめとしてこの学校に居座るのが決定事項となった今、臆人はこの学校から逃げる事は出来ない。


 自主退学という決断も有るのかもしれない。けれどそれは、ただ逃げただけだ。それに価値は無い。


 ならば思う存分見せしめとなり、この学校に知らしめてやるのだ。生徒を甘くみたら痛い目を見る事を。


「臆人。少し意見して良いか?」


 手を挙げたのは龍王だった。


「どうした?」


「ボイコットすると言ったな。だが、頭数が少ない今、それでは効果が薄い。それじゃダメだ」


「まぁ確かに。もしかしてなんか他に案が有るのか?」


「そうだな……教室に爆弾を落とそう」


「そっか爆弾……って爆弾!? そんな事やったら生徒に危害が及ぶだろ!? 怪我するかもしれないし!」


「爆弾と言っても、ただ空気を入れた風船を爆発させるとかそういう類のものだ。爆薬を入れる訳ではない」


「目眩しみたいなもんか。それ面白そうだな」


「おいチキン。ならその爆弾作り俺にやらせてくれよ?」


 話に割り込んで来たのは右凶だった。


「え、いや……まずこの運動に参加してくれんのか? そうじゃないと手伝わせる訳には……」


「おいチキン! 俺はこの学校のモブ科のスパイだ。生徒だ。でも同時に俺は一人の少年だ。そんで一人の少年として言わせてもらうとだな」


 右凶は楽しげに笑った。


「面白そうだ! 俺は参加する! こうなりゃチキンと銀願と共に奈落の底に落ちてやる!」


「いや、そういう言い方やめてくれる!? 俺達は必死なの!!」


 こうしてこの運動に参加してくれる生徒が一人増えた。


「えっと……明と知由乃はどうする? 勿論さっきも言ったけどこれは強制的じゃないし……」


「ふーん」


 その瞬間、明にギロリと睨まれた。 その瞳に宿っていたのは怒りのようだった。


 どうやら臆人の言葉が明の琴線に触れてしまったらしい。だが、それが何なのか分からない。


「な、何だよ……?」


 すると明はそのままぷいっと横を向いた。怒っているというより拗ねていると言った方がこの場合正しいかもしれない。


「ムカつくのよその言い方」


「……へ?」


 臆人は訳が分からず間抜けな声を上げた。


 だが、明のボルテージはどんどん高まっていく。


「その気を遣ったような言い方がムカつくのよ! 何その態度! ふざけてるの!」


 その瞬間、明が爆発した。


 バンと立ち上がり、臆人に近づいていく。


「いや……俺は……」


 一体これから何が起きるのか、臆人には分からず及び腰になる。だが、明は構わずずんずん距離を縮める。


 そして、眼前に立ちはだかった。


「大体ね! 中途半端なのよ! ここに呼び出しておいて強制じゃないなんて言われてもね! ここでならやりませんって引き返せる訳無いじゃない! 大体ここに来たって事はそれなりに覚悟して来てるのよ! 分かる!? あんたを信用してここに来てんの! だからあんたがやる事は頼む事じゃないの! そうでしょ!」


 臆人は呆気に取られすぎて頭が真っ白になった。


 明は言いたい事を言い終えたのかふんと鼻を鳴らす。臆人はそれをただ見てるしかなかった。


 そして気付くのだった。


 どうやら臆人は明を見くびっていたようだった。何も見えていなかった。


 小さい時から一緒にいるというのに、なんて体たらくなのだろう。


 女心というのは難しい。けれど、そんな簡単に分かるものなら、きっと今臆人の両手には沢山の華がある筈だ。


 本当に明には頭が上がらない。


「そっか。なら来いよ明。一緒に学校をぎゃふんと言わせてやろうぜ」


「やってやるわよ。やってやろうじゃないの。どこまでも。それに、乗りかかった船だしね」


 明はそう言ってまた横を向いた。これは何となく分かる。照れているのだ。


「なんだこの女、照れるという仕草もするのか」


「……あぁ? ていうかこの女じゃないわよ。私の名前は明。次言ったらはっ倒すわよ?」


「本当に威勢が良いな。俺は嫌いじゃないぞ」


「あんたには嫌われた方がマシね」


「あんたには、か。好かれてるな臆人?」


「はっ倒す!!」


 こうして口喧嘩をしている仲睦まじい(?)二人はさておき、臆人は最後の一人に目を向けた。


「知由乃、お前は__」


「私は怖いです」


 その瞬間、またも臆人は言葉を失ってしまった。知由乃の体が小刻みに揺れていたからだ。


「臆人さん達がやろうとしてる事は、いまいち理解出来ていません。だから不安なんです。私はどうすれば良いか正直よく分かりません」


「知由乃……」


 知由乃の気持ちは素直に分かる。確かに、こんな事をしようとしている生徒なんてこの世界には殆ど居ないだろう。


 だから怖いのだ。未知の世界に踏み出そうというのは、本当に勇気がいる事だ。


 こういう時は、優しく背中を押してあげるのが良いのだろう。でも、踏み込んだ先が危険地帯だと分かっているのに、背中を押すのはナンセンスだ。


 待つしかない。臆人はそう思った。


 けれど、臆人の懸念は意味を持たなかった。


「でも、私は決めました。臆人さんについていく事を。臆人さんを信じる事を」


 パッと知由乃は伏せていた顔をあげた。その瞳には、強い力が籠っていた。


 この時、不覚にもドキッとしたのは内緒だ。


 やはり彼女の瞳には何らかの力がある。臆人はそれを確信した。


「それに、臆人さんの目はあの時と変わっていません。だから私は潔くこの身を捧げられます」


 知由乃は、臆人の家に押し掛けた時の事を思い出していた。


 あの時、臆人に対して不信感しか抱いていなかった知由乃だったが、臆人が最後に語った夢の事は忘れられない。


 その時の彼の表情に、曇りという概念は無かった。そしてそれは今も変わらない。


 知由乃の心は、最初から決まっていた。


「私も仲間に入れて下さい。そして、存分にこき使って下さいね」


「いや、ちょっとさっきから言い方があれなんだけど……想いは伝わったよ。ありがとな」


「はい! 臆人さんの為なら死ねます!」


「馬鹿言えよ。知由乃が死ぬならその前に俺を死なせてくれ」


「良いですよ。それはそれで私のものにしますので」


「狂気の沙汰だよそれ!?」


 臆人が驚いていると、知由乃は小さく微笑んだ。


「冗談はこれくらいにしておきましょう。話が進みませんしね」


「……何か納得しないが、そうだな」


 この小さなスペースで、今日この五人は仲間となった。


 五人をゆっくりと見渡して、臆人は何だか感慨深いものを感じる。


「本当、恵まれてるよ俺は」


「何黄昏てんのよ! この際どんな騒動を起こすか決めちゃいましょ!」


 明がバンバン机を叩いてこっちへ来いと合図する。


「いや待て。それより先に決める事があるんだ」


 それを制し、真面目なトーンで臆人はそう言った。


 その表情には物々しい何かがあり、場の雰囲気が一気に一変する。


「な、何よ……まだ何かあるの?」


 明が恐る恐る聞く。


「ある。これはとても大事な事だ。皆にも、俺にとってもな」


 四人は緊張した面持ちで臆人を見つめた。


 臆人はカッと目を見開いた。


「それは__グループ名だ!!!!」


「「「「…………」」」」


 その瞬間、場は氷のように固まった。そして冷ややかな視線が臆人に注がれる。


「え、待って? ちょっとしたサプライズというか茶目っ気な演出というか……待て! 因みに徹夜で名前を考えたんだ! 聞いてくれいや待てじりじりと近付いてくるな怖い怖い怖うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 この後の事は割愛とする。


「で、名前は? 何て名前にしたのよ?」


「ふ、ふ、ふ……よくぞ聞いてくれた。それはなぁ……」


 ボロボロになった臆人は、よろけながら近くにあったペンと紙を取り、字を連ねた。


 それを四人は囲むようにして見守る。


「見よ!」


 そこにはこう書かれていた。


 自由ヒーロー党。


 と。


 それを見た四人の反応ははっきり言って微妙だった。


「自由ヒーロー党……何かダサいわね。もっと格好良いの無かったの……?」


「うるせぇぇ! これでも徹夜で考えたんだぞ! ありがたく思え!」


「はぁぁ!? 何でこんなダサい名前をありがたく思わなきゃいけないのよ! 私が考えたほうがマシよ!」


「なにぃぃぃ!?」


「まぁまぁ別に良いじゃないですかこれで」


「ま、チキンにしては良い出来なんじゃね?」


「俺はどうでもいい」


「ぐぬぬぬぬ……分かったわよ」


 明がいつの間にか出していた拳を引っ込めて、この会話は終了した。


「よぉし! ならこの自由ヒーロー党の名の下に活動を開始して行くぞぉぉ!」


「「「「…………」」」」


「いやここは乗ってくれよぉ!?」


 こうして、自由ヒーロー党はここに誕生した。


 さて、どうなる事やら。

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