配役 11

「剣に勝るものってなんだろうな?」


 それは、臆人が妹の莉愛に剣では無い何かを見つけろと言われた後の事だった。


 剣とは、ヒーローに欠かせない重要なキーパーソンである。


 それがあるだけで華やかになるし、何よりそれが普通だった。


 もし、剣ではない何かをヒーローが使うのならば、それは俗にいう背徳的行為だ。


 剣はそれ位信頼されている。人は、剣に依存してしまっているのだ。そして、依存されても尚、剣はその輝きを鈍らせない。


 だからこそ、身動きが取れない。それで世界が成り立ち、彩られているのだから。


 剣を捨てるという事は、言うならばこの世界と真っ向からぶつかると言う事に他ならない。


 それが臆人には出来るか不安だった。


 臆人自身、この世界の規則にはどうも相容れない所はあると自覚しているが、世界の根本と対峙する気は無かった。


 一体どうしたものかと剣道場で寝転がりながら天井を腐る程見つめていた。


 その時、横からいきなり顔が覗き込まれた。


 明である。


「いつまでそうしてるつもり?」


「……放っとけよ」


 すると、明は溜め息を吐いて、「あ〜どっこいしょ」とかったるそうに臆人の横に寝転んだ。


「何やってんだよ」


「あんたの真似よ」


「俺はそんなジジ臭い言葉は使わねぇな」


「何? 私がババ臭いとでも言いたい訳?」


「いえいえ滅相もありません。でも、本当に何だよ。普段なら俺を叩き起こす癖に」


 臆人の恨みの篭った言葉に、明は何も返答しなかった。


 もしかすると、その事を今ここで急に反省してるのかもしれない。


「ねえ、ヒロインの条件って知ってる?」


 すると、話の方向が在らぬ所に飛んだ。


 臆人は少し沈黙した後、こう答えた。


「ツンデレ?」


「私デレた覚え無いんだけど……」


 確かに、明がデレた場合、雪が降るのは間違いない。霰が降れば上々で、飴が降ってくれば大変な賑わいを見せるだろう。


「あんた今凄い馬鹿で失礼な事考えたでしょ?」


 鋭いツッコミをされたので無視をすると、首を横から締められた。


 こんな奴でさえ、ヒロインという配役になれるのだから、そんな大層な条件なんて無いだろうと臆人は思った。


 だから明の次の言葉で、臆人はハッと息を飲む羽目になる。


「条件ってのは、簡単な話、可愛いか可愛くないかで決まるのよ」


 臆人はその言葉に何も言い返せなかった。可愛いか可愛くないか、その境界線はどこにあるのか、どこで決まるのか、聞きたいけれど、言葉が上手く出てこない。


「嫌な話よね。でも、ヒロインが可愛くないなんて、そんなの世間一般では許される事じゃない。そんな筋書きあってはならないの。分かるでしょ?」


「許す、許さないとか、分かる、分からないの問題なのかよそれ。そんなの__あんまりだろ」


 顔が整ってるか整ってないかなんて、自分でどうこう出来る問題ではない。


 仮に整形という運びになったとしても、それを隠して生きていかなればならない。


 整形したヒロインというレッテルは、この配役という世界ではとても生きにくい。


 何せ、ヒロインを支えるのは基本男性だ。ヒールと戦う可愛らしいヒロインの姿を、彼等は見に来るのだ。


 だが、一度整形というものが世に知れ渡ると、男性が寄り付かなくなる。すると、仕事が来なくなる。


 そうなると、この世界では立ち行かなくなる。


「それがこの職業の在り方なのよ。仮にヒロインを目指してる可愛くない女性が居たとして、その女性はきっともがき苦しむでしょうね。

 でもね、それをあんたは否定出来るの?」


 強い言葉だった。臆人の胸に突き刺さる一撃だ。


「否定出来るわけ無いわよね。だってあんたが今やろうとしてるのはそういう事なんだから。

 あんたは今、世界に喧嘩を売ろうとしてるのよ」


「世界に喧嘩をね……」


 臆人は思う。一体誰と殴り合えば良いのだろうか。


 この世界を統率する上のお偉いさん達や、ギルドのトップの人達と殴り合えば良いのだろうか。


 答えはノーだ。


 決まってる。これはそんな単純な問題じゃない。


 上をぶっ飛ばせば終わりなら、誰かがもうやってるか、とっくにこの配役という職業は無くなってるだろう。


 なら、どうすれば良いかなんて、分かったら苦労はしない。


「ま、私は可愛いから何の苦労もなくこの道を行けるから、世界に喧嘩なんかするつもりは無いけどね」


「大した自信だな。ある意味羨ましいよ」


「あんただってヒーローになれたんだから、それなりにヒーローになれる何かを持ってんのよ。だから、自信を持ちなさい」


 この時臆人は気付いた。どうやら明は励ましてくれているらしい。ぶっきら棒な優しさが、心に沁みた。


「おう。ありがとな」


「何話してるんですか? 告白でもしようものなら全力で阻止しますけど?」


「え、臆人告白すんの!? チキンの癖に!?」


 すると、剣道場の入り口から知由乃と右凶が陽気に入って来た。いつもの調子である。


「ごめんな臆人……お前はもうチキンじゃねぇ。キッチンだ」


「そうか……だから火を起こせるし電気も発するのか……何たる目の付け所だようさきち」


「いやそれは魔法のお陰な! ボケにボケで返すのやめてくれるかな!?」


「それより本当に何の話をしてたんですか?」


 知由乃は不思議そうに臆人と明を交互に見つめる。


 臆人は言った。


「そうだなぁ……まぁ俺の今後の生き方みたいな__」


「え、もう老後について考えてるんですか? 早いですねぇ」


「ちげーよ! 何で十六の俺が昼間っから剣道場の床で寝転んで老後の事考えてんだよ! おかしいだろ!」


「あ、もしかして草食系男子になるか肉食系男子になるか迷ってたんですか?」


「迷ってねーよ! つーか迷うものなのかそれ!? 因みに俺は草食系男子だ!」


「え、男の人って皆肉食系じゃないんですか!?」


「まぁ、昔はそうかもしれないけど今は違う! 草食がこの世を装飾してるんだ!」


 若干上手い事を言ったが、知由乃は疑問を呈した顔だ。伝わってないようだ。


「そうなんですか? 草ばっかり食べるなんて逆に身体壊しそうですけど……」


「そのままの意味かよ! てか男は肉しか食わないと思ってたのか!?」


 もしそうだとしたら、この世の男は皆貧血で倒れる事になる。


「それより知由乃はヒーラーになる為にクリアしなきゃいけない条件ってあったりするのか?」


「勿論有りますよ。まず、一定以上の魔力総量が無いとヒーラーにはなりません。有る場合は回復魔法や補助魔法に対して適性があるか調べられます。それをクリア出来ればヒーラーとしての道を歩めます」


「因みに俺も条件あるんだぜ。まずは、情報を得るためのツールを使いこなさないといけないし、人に気付かれないように気配を消したり足音を立てないで歩いたりしなきゃならない。

 でも、これは練習すれば出来るようになるタイプだから、知由乃ちゃんや明ちゃんとはちょっと違うけどな」


 二人の話を聞いて、臆人はただ驚くばかりだった。臆人自身、ヒーローになる為にした事なんて何一つ無いのだから。


 強いて言うなら父親に強制されてやっていた剣術くらいだ。


「お前らも苦労してんだな」


「でも、これが私達モブのお役目ですからね。やらなきゃいけません」


「俺達はこれで食ってくしか無いんだからな」


 世界のレールから外れないように対策する。それは、臆人には中々出来ない事だ。


 だって、世界のレールの先に待ってるのは循環だ。法によってがんじがらめにされた無の中を、ひたすら周り続けるのだ。


 十年、二十年、三十年と、定年になるまでひたすらぐるぐる周り続ける。


 臆人にとってそれは恐怖だ。


 だから、そのレールから自ら外れようとしている。その外れた先すらも無の領域__或いはそれよりもっと酷い地獄かもしれない。


 けれど、その先に待ってる楽園を見つける為に、臆人は日々悩んでいる。


 それが臆人でいう"生きる"という事だ。


 だが、決して臆人は世界のレールの上の人間を下に見てる訳では無い。だってそれは、賢い選択なのだから。


 間違ってない。正解不正解は置いておくとしても、間違いでは無いのだ。


 生きていく為には、そのレールにまず乗ってから事を構えなければならないのだから。


 その先の結論は、個々の自由だ。


「あんたはこうして努力してるチームのメインなのよ。ぐだぐだしてたら、後ろから刺し殺すわよ?」


「それは笑えない話だ」


 昔は使えない上司が居たら、戦争中に後ろから刺されていたらしい。しかも、それが上司の死因の大部分を占めていたというのだから怖い話だ。


 それにしても、どうして自分はヒーローになれたのか良く分からない。


 条件面だけ見れば、臆人はヒーローとしてのそれをクリアしたのだろう。


 だが、それは上っ面の部分が良かっただけで、中身が適しているのかと言えば返答に窮する所だ。


 何せ、ヒーローになる為の条件の一つである剣の使用を今放棄しようと考えているのだから。


「この世界のヒーローって一体何なんだろうな」


 それから夜に至るまで、臆人はそれだけをひたすら考えた。


 だが、どれだけ考えても答えは出て来ない。


 そんな時、ふとテレビを付けた。


 リモコンでチャンネルを何となく切り替えていく。


 その時だった。


「あ……」


 思わずリモコンを落としそうになる程、臆人はテレビに釘付けになった。


 それは代々続くアニメだった。


「これだ!」














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