配役 10

 今日は新入生クエスト当日である。


「さぁ始まりましたね新入生クエスト! 一体どんな戦いが繰り広げられるのか見ものですねぇ臆人さん?」


「そうだな」


「なんせギルドのお偉いさん方もお目にかかられるとの事ですので、一層両者気合が入る所ですね。ねぇ、臆人さん?」


「あぁ……」


「この新入生クエストの舞台は正義の勇泉高校と悪の勇泉高校の間に位置する建物"色部屋"が使われるとの事です。知ってますか色部屋?」


「いや、知らん」


「色部屋__別名はルービックキューブ。あのカシャカシャ音を立てながら指を器用に動かして色を合わせる皆様ご存知のあれですね。あれに似てる事からそう名付けられました。

 それぞれの部屋に色が付いてる訳ですね。白、黄色、青、赤、橙、緑……黒とかピンクとかですかね臆人さん?」


「あれは六面体だから色は六つしかねぇ。黒とかピンクはねぇよ」


「なんと! それはそれはすみません! でもですね臆人さん! この色部屋には黒の部屋があるんですよ!! それぞれ六つの部屋を白の丸い円筒で繋ぎ合わせ、それを中央の黒の部屋に全て繋がってる訳です。

 そして、その黒の部屋にはエレベーターが存在しており、そこが地上と繋がってる訳ですね! ここまで大丈夫ですかチキンさん?」


「さりげなくチキンと呼ぶな。まあ、何となく理解はしたかな。想像はしにくいけど」


「そこは大丈夫! 安心してください! 想像出来なくても支障はありません! 適当に形を想像すれば良いのです!」


「アバウトだな」


「そして私達は今、この黒部屋に一歩一歩近づいてる訳ですね。 ヒーローやヒールがごちゃごちゃとして今にも乱闘が起きそうですが、今の所問題有りません。それにしてもこの人数、あの黒部屋に入るのでしょうか。疑問が尽きません。入るんですかね臆人さん?」


「知らねーよ! もういいよそのアナウンサーみたいな口調! 実況どうもありがとう! 伝わったかどうかは知らんけど!」


 妙に朝からご機嫌な右凶は、ここに来るなりそんな実況を始めたのだ。振られるこっちの身にもなって欲しいものだ。


「それにしても、こんなに正義と悪が揃ってるのにいざこざの一つもないなんて、日和ってるわねぇ」


「争いがあっても困る所ですけど、言われるとそうかもしれませんね」


 明と知由乃が辺りをキョロキョロ見渡しながら、穏やかに呟く。


 ここでそういう事を口に出すのはやめて欲しいが、確かに一理ある所だ。


 皆それぞれ緊張していてそういう所を考えている余裕は無いのだろう。


 何せ、先程も述べたがギルドのお偉いさん達がやって来るのだ。しかもいつやって来るか分からないし、どこにいるかも分からない。


 なので、ここで変にいざこざを起こしてお偉いさんに悪印象を持たれるのは、避けたいのが両者の心情だろう。


 臆人にもその気持ちは良く分かる。将来に不安を抱える学生達は、上からの視線にいつも気を張っていないといけない。


 けれど同時に、ヒーローとヒールが対峙しても何も起きないというのも、些か空回りしてる様な気もするが、藪を突いても出て来るのは蛇だけだ。


 余計な荒波は立てない方が良い。


 円柱型のエレベーターは見た目以上に人が入るので、どんどん地上の生徒達は黒の部屋へと昇っていく。


 臆人達もそれに続いて黒の部屋へと入った。


 前方には中継モニターらしき物がズラリと並び、それを座って観戦する為にパイプ椅子が部屋を蹂躙している。


 そして部屋には六つのドアが取り付けられており、それぞれ上に看板が立て掛けてある。そこにはそれぞれの色の名前が彫られている。


 因みにこの黒の部屋の色は言うまでもなく黒。勿論、真っ黒では無い。灰色に近い黒だ。


 何だかここに居るだけで気分が暗くなってしまいそうだが、取り敢えず手近な椅子に四人は腰掛けた。


 パイプ椅子はどんどん埋まって行き、満員になった所で前方から校長が出てきて祝辞を述べていた。


 欠伸が出そうな前口上が終わり、次に出たのは、キリッとした白髪のおばさんだった。


 髪をオールバックにしている彼女は、鷹のように鋭い目も相まって厳格な雰囲気が漂う。


「皆さんおはようございます。理事長の大河原 冬香(おおがわら とうか)と言います。皆さんの活躍をモニターで拝見させて貰います。では、楽しいひと時を」


 彼女はそう言って微笑んだ。


「大河原冬香さんって確か臆人さんのお母さんの知り合いっていう……」


「あぁ。まさかここで見られるとはな」


 理事長というのはあまり姿を現さない事で有名である。こういうイベント毎にもあまり顔を出さない人だと勝手に思っていたので少し驚いた。


 そしてもう一つ驚いたのは、最後の一言だ。


 楽しいひと時を。


 それはこれから楽しげなパーティーでも始まるかのようなニュアンスだ。


 そしてこれは少し反感を買ったようで、前の生徒が眉を顰めて愚痴をこぼしていた。


 お高く止まりやがってとか何が楽しくだよとか何とか。


 確かに言われてみればその通り、これは将来が掛かっているイベントだ。楽しい気持ちでやるものではない。真面目にひたむきに、上からの目線に恥じない動きをすればいいのだ。


 だがそれは、果たして正しい事なのだろうか。


「それでは新入生クエストを開始いたします。分けられたグループ毎にそれぞれの部屋に移動して順番を確認して下さい。

 尚、待ち時間の間は何処にいても構いませんが、試合開始時刻までに戻らなければ不戦敗となります」


 理事長がそう宣言した後、生徒は皆それぞれ行動し始めた。


 部屋へと向かう者、この観客席で中継モニターを眺める準備をする者、難しい顔をしながら話し合ってる者と様々だ。


「取り敢えず早く割り振られた部屋に向かおう。人目がうざい」


 臆人に対して、ちらちらとヒーローやヒールの視線が此方に向けられてるのは居心地が悪い。けれど、部屋を移動した所で人が減るだけで、視線は感じるだろう。


 金条の名はそれほどまでに重いのだ。


「流石、人の目を集める天才だな」


「茶化すなよ」


 右凶の言葉を適当にあしらって、四人は割り振られた白の部屋へと移動した。


 真っ白な円筒の中も勿論真っ白で、まるで色が無くなったみたいだった。


 着いた先にはもう人が集まり始めていて、それぞれが対戦相手を確認していた。


 この新入生クエストは勝ち抜き戦である。ヒーローとヒールが戦い、勝った者が次の相手と戦える。


 どちらか一方の勝ちが偏った場合、敗者から抽選で何人か選ばれて戦う仕組みになっている。


 一応言っておくと、これは優勝がどうのこうのという物ではない。


 勝てば勝つほどお偉いさんに見てもらえるし、色んな戦術を披露できる。


 要はチャンスが沢山あるのだ。


 一回戦で負けてしまうと、戦えるのは一回のみになる。それか敗者復活戦での当選を祈るしかなくなる。


 何とも過酷なゲームだ。


 四人は多少のドキドキを身に隠しながら、対戦者と対戦する順番を確認した。


 そして顔をしかめた。


「大トリ……ですか」


 詰まる所、一番最後である。何とも目立つ所だ。


 最初も嫌だが、最後はもっと嫌だ。戦い終えた野次馬が多くなるからだ。


 何たる神の仕打ちかと、臆人は神を呪った。


 その時だった。


「おい、赤の部屋で銀願の試合が始まるらしいぜ」


「それは見に行くしかねぇな! 早くしないと席が埋まっちまう! 急ぐぞ!」


 そんな会話が臆人の耳に入ったのだ。


「龍王……」


 龍王とはあれ以来、言葉を交わしてない。


 臆人は龍王の戦いに俄然興味が湧いた。


「おいお前等! 早くしねぇと銀願の試合始まっちまうぜ! 席は取ってあるから早くしろ!」


 それを聞いてたのかどうかは知らないが、右凶がせかせかと臆人達を手招きする。


 どうやらとっくに右凶はその情報を手に入れていたらしい。


「No.2と言われた銀願 鳳凰の息子がどんな戦いをするのか見ものね」


「龍王って名前ですし龍になるんじゃないですかね? 火とか吐いたりして!」


「いや、それは無いと思うわよ……」


 何だかとてもファンタスティックな妄想をしている知由乃に苦笑しながらツッコミを入れる明。


 どうやら皆見に行く気満々らしい。


 臆人はそんな変わらない様子に少し安堵しつつ、赤の部屋へと向かった。


 そこは、もう人が群がるように集まっていた。


 この部屋の作りは正方形のタイルが敷かれたリングのような舞台が中央にあり、それを囲むようにして観客席がある。


 ボクシングなどの会場を思い浮かべれば分かりやすいだろう。


 そして、その観客席には男子よりも女子の方が場所を占領していた。


 黄色い声援を送りながらキャーキャーと騒ぐ女子を傍目に、四人は観客席に腰掛けた。


 この部屋は赤で統一されているので、人の多さも相まって部屋の中が熱く感じる。臆人は額の汗を拭った。


 龍王のセンスは、この全生徒の中でずば抜けている。


 常日頃から銀願の事を見ていた訳ではないが、時折見せる鋼のように固い意志は、臆人の心を震わせた。


 それ位、銀願には人を魅せる素質があるのだ。


 臆人とは違い、小さい頃からずっとこの日まで鍛錬を怠らなかったのだろう。そう思うと、少し心が痛む。


「これより、試合を開始致します」


 教師の合図と共に、四人ずつ、計八人がリングに上がった。


 主に黄色い歓声が飛ぶ中、試合は開始された。


 動きからして、ヒールの方はボス役一人に幹部一人、そして手下二人の構成というのは分かった。


 これはどちらかと言うと普通の構成だ。幹部が手下を動かしながら戦い、ボスはヒーローと対峙する。


 というより、そうさせる為の構成のようだったが、ヒーロー側は違う。


 補助魔法二人に、遠距離武器の使い手が一人、そして特攻役が一人。


 その特攻役が龍王である。


 補助魔法を受けて身体能力を上げた龍王は、リングの中央を突っ切っていく。


 そこに遠距離攻撃か来るならば、遠距離武器の使い手であるヒロインが援護する。


 そして龍王がヒール達に近付いたが最後、あっという間に学校で支給された刃引きされた剣で薙ぎ倒し、堂々たる勝負を飾った。


 何ともヒーロー至上主義な戦い方だろうか。モブやヒロイン役の活躍は一切無い。


 ただ、龍王のアシストをしただけだ。


 それだけで決着が着いてしまうのだから、龍王の強さは半端では無い。


 龍王は黄色い歓声が沸いてる中、緊張する様子もなく手を振っていた。黄色い歓声が一層強くなっていく。


 臆人は、そんな龍王をただ唖然と見つめていた。


 龍王の見事な剣技に思わず鳥肌が立った。洗練された一つ一つの剣技が舞うように繋がり、ヒールを倒したのだ。見せ方、強さ、そして顔立ち、全てがパーフェクトだった。


 その時、リングの上にいる龍王と目が合った。


 龍王は臆人の存在に気付いたのか、ニヤリと笑った。


 お前の戦いも楽しみにしてるよ。


 そう言われてるような気がしてならなかった。



 ***



 龍王の試合を見た後は、白の部屋に戻りそれぞれの戦いを見届けた。


 客数は知名度に応じて増えたり減ったりを繰り返しながら、やがてその時は訪れた。


「では続いて金条チーム、剛田チーム準備をお願いします」


 それは臆人達に向けられた言葉だった。


 観客席から立ち上がった時の周りの視線は、極力見ないようにしながらリングへと向かう。


「うぅ……お腹痛い……」


「何弱気になってんのよ!もっとシャッキっとしなさい!」


 縮こまってる臆人の背中を明にバシンと叩かれ、臆人はその痛みで背筋が跳ね上がった。


 完全にモミジが出来た痛みだ。


「これくらいやんないとあんた、また縮こまるでしょ? それともまだ足りないかしら?」


「……分かった分かった。堂々とすりゃいいんだろ」


「えぇ。それでいいのよ。さあ、行きましょ。私達の晴れ舞台よ!」


 明はノリノリだった。その図太い神経を分けて欲しいものだと、臆人は思う。


 会場はどんどんと人が埋まって行く。


 これがアイドルやロックバンドのライブだったらとても盛り上がるだろう。


 臆人はザワザワと騒つく会場を見て、ふと思う。


 この大勢の人達はこの試合を見に来ているのだ。何百人という規模ではあるが、不思議な気持ちになる。


 それぞれが色々な事を思いながらも、席に座りその時を待っている。ライブなら手やタオルがテンポよく振られる。


 その主役に臆人は居るのだ。胸が騒つく。冷や汗が止まらない。震えが止まらない。


 これは、武者震いなのだろうか。


「それでは、これより白の部屋の最終試合を始めさせて頂きます」


 その合図で、野次馬が口笛を吹いたり、色々な心無い言葉が乱れ飛んだ。


 けれど、臆人は不思議とそれに対して何か思う事なかった。


「やっと来たわ! 魔法やら何やらどんどん使って壮大に戦うわよ!」


「回復と援護は任せて下さい!」


「遠距離と情報が俺の武器だぜ!」


 明は剣を、右凶は銃を、知由乃は杖を持ちながら、意気揚々と答えた。


 心が段々と落ち着いていく。視界がクリアになっていく。


 観客席の心無い言葉なんて、この三人が傍にいればなんて事はない。


 臆人は剣を握り締めた。


「行くか」


「それでは試合開始!」


 審判の開始の合図と共に、両者は弾けるように前に出た。


 相手は六人の構成である。


 ボス一人に対して幹部二人に手下三人。結構大掛かりなチームだ。


「さぁ行け野郎ども! 七光りに勝って名を上げようじゃねぇか!」


 ボス役が豪快に笑って命令を開始した。


 手下三名が、物は試しだと言わんばかりに臆人に剣で突撃してくる。


 けれど、チームワークが完全に成り立っていないのか、攻撃はバラバラだった。


 臆人が跳んで後ろに下がると同時に、明が前に出た。


「はぁぁぁぁ!」


 明の一振りに、手下の一人がリング外に吹き飛ぶ。


 それに一瞬怯んだ手下だったが、すぐに表情を変えて猛攻を開始した。


 それと同時に、先程まで動いていなかった幹部二人が補助魔法と攻撃魔法に分かれてそれぞれ詠唱。そして発動した。


 補助魔法の効果、速度上昇。攻撃魔法は無数の矢の雨だった。


 明は速度上昇した手下二人の相手で手一杯になり、矢への対処が追い付かない。


 その時、散弾のような破裂音が何発も響き、四人の範囲内のみを打ち落としていく。


「どんなもんよ!」


「ナイスうさきち!」


 幹部と手下が驚いた隙を、明は見逃さなかった。


 すぐさま手下二人の剣を弾き飛ばし、手下を場外に吹き飛ばした。


 不味いと判断したのか、幹部は一気に攻撃魔法を連発した。


 天井付近から野球ボール大の火球、そして雷が襲い掛かる。


「守ります!」


 知由乃は無色透明の結界を頭上に展開した。


「甘いなぁ」


「きゃあぁ!」


 いつの間にかヒーロー側の陣営に忍び込んでいたボス役が知由乃を剣で斬り伏せた。


 知由乃はその攻撃で場外では無かったものの、意識を失い戦闘不能となった。


「げぇ! いつの間に!」


「お前等が後ろに気を取られている瞬間だよ」


 右凶は遠距離武器なので、懐に入られたのは負けを意味した。


「二人目!」


「がはっ!」


 右凶は物の見事に吹き飛ばされた。その強さは知由乃とは比べ物にならない程強く、その吹っ飛び方は少し異常だった。


「おっらぁ!」


 だが、寸での所で臆人は右凶の体を全身で受け止めた。強烈な勢いに吹き飛ばされそうになりながら、臆人はどうにか耐えた。


「あ、あぶ危ねぇ! 場外行くとこだった!」


「ごほっごほっ!」


 そんな事を言っている場合では無かった。右凶は苦しそうに唸った。


「大丈夫か?」


「女子の胸に受け止められたかった……」


 右凶を場外に放り投げた。


「いや酷すぎない!?」


「馬鹿言え。これは正当な権利だ」


「負けても知らないからな!」


「は! 誰が負けるかよ」


 臆人は珍しく怒りを宿していた。


 あの威力はただ右凶を場外に弾き出す威力では無かった。


 さあここから狩りを始めようではないか。


「終わったわよ?」


「なにぃ!?」


 明の言葉でヒール側に視線を傾けると、ボス役以外は全員のされていた。


「あ、ボス役はちゃんと残してくれてるのね」


「当たり前でしょ。勝たなきゃ殺すわよ?」


 明は淡々とそう言って場外に出て行った。


「いやいや場外に出る必要は無くない!?」


「なに? 負ける見込みが少しでもあるわけ?」


 明の鋭い眼光が光った。だが、そこで引く臆人ではない。


「世の中に絶対は無い」


「あるわよ。なんたって、ヒーローは必ず勝つんだからね」


 明は無神経に笑いながらそう言った。それだけで、何だか全部がどうでもよくなった。


「……違いない」


 明との言い合いで、臆人は勝ったことは無い。


 こんな言い争いは無意味だった。けれど、不思議と力が湧いてくる。


 それは正しく、どこかのヒーローの様だった。


「お涙頂戴の演劇は済んだのか?」


 ニヤニヤとボス役は笑っていた。こうやって待ってくれるのは流石ボス役である。


「なぁ、少し話でもしないか?」


「……はぁ?」


 その瞬間、ボス役の顔が一気に引きつった。


 けれど、その後何かを合点したように笑った。


「お前まさか本当なのか?」


 ニヤニヤと笑うボス役に、臆人は首を傾げる。


「そんな含んだ言い方してねぇで早く言えよ」


「その強がりで隠し通せると思ってんのか! やっぱり本当なんだな! お前が剣を振ることが出来ねぇってのは!」


「剣が振れない?」


「そうだ。剣を振れないお前は、口八丁で誤魔化して時間を稼ぐ。そして隙を狙って仲間で攻撃してくるか、或いはせこい手でも使ってくるんだろ?」


 なるほど、と臆人は思った。


 臆人が剣に対して何らかの障害を持ってると言うのは、薄々気づかれてるらしい。


 だが、それが何の障害なのかはまだちゃんと把握出来ていないようだ。


「んまあ、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。そんな事よりもっと話をしよう」


「は! そんなの聞いてられるかよ! とっととぶっ飛ばして俺がこの配役の世界に名を轟かせてやる!」


 ボス役は剣を両手に持ちながら、脚のバネを使って飛ぶようにして臆人に迫る。


 臆人も場外にならない為にリングを蹴った。


「なぁ、神様って信じてるか?」


 力任せに剣を振るうボス役の剣戟を交わしながら、臆人はそう尋ねた。


「あぁ!? 神様!? んなもん信じてねーよ!」


「そっか。なぁ、神様ってどんな形をしてると思う?」


「は、はぁ!? いきなり何馬鹿な質問してんだよ!」


 ボス役はどんどん攻撃の手を早めていく。そしてそれを剣で弾く事もなく、体を半身にさせたりスウェーさせながら避けていく。さながらそれはボクシングのようだった。


 ボス役は顔を真っ赤にしてひたすら剣を振る。


「真面目な質問だよ」


「どこがだよ! それに神様なんてのは髭もじゃの老人って相場は決まってんだよ! それを何だよいきなり!」


「いや、何で神様は人の形をしてるんだろうな。誰も見た事ないのに」


「は! 詭弁だな! ユニコーンやケルベロスだって誰も見た事ねえのに形が有るじゃねぇか!」


「確かに、ユニコーンは馬の形をしていて、ケルベロスは犬の形をしてるな。

 じゃあ何で神様は人の姿なんだろうな?」


「元より人は神だったんだろ。ユニコーンも然り、ケルベロスも然りだ。それ以外の何者でもない」


 吐き捨てるように、ボス役は言った。


 確かに、空想上の存在なんてそんなもんだ。前々からそういうものだった。


 だから神様が人の姿をしていたなら、前からそれは人の姿をしていたのだ。


「どうして人なんだろうな。蛸だって鼠だって、蟻だって良いわけだ」


「そんなの許される訳ないだろ。そんな下等生物を神に例えるもんじゃねぇよ」


「俺達は上等な生物か?」


「当たり前だろ。人は考え、模索し、行動出来る唯一の生物だ。そんな何も考えてねぇような奴等と一緒にすんな」


「考えて無いのはお前だよ」


 猛然と、臆人は言った。煮え切らない想いが沸騰した鍋から溢れる湯水のようにせり上がってくる。


 だが、臆人の言葉に敏感に反応したボス役もまた、熱でもあるかのように顔を赤くさせた。荒い鼻息が此方にも聞こえてくる。


「考えてないだと! さっきから小馬鹿にするような口を聞きやがって逃げ腰野郎が! 良い血筋はやっぱり俺達を鼻に掛けて笑うんだな!」


 感情が剥き出しになって行くのを見つめながら、臆人はそのまま言葉を紡ぐ。


「なぁ、お前はどうして剣を握っている?」


「知るかよ! 剣ってのはボス役にとって無くてはならねぇ存在だ! どうしたもこうしたもねぇよ!! ボス役は剣を使うって決まりなんだ!」


 怒号は続いた。


「だから好きでも嫌いでもねぇって__!!」


 瞬間、ボス役の視線が上に向いた。


 何かを追い掛けて顔が上へと傾いていく。


「この世界は緩やかな急勾配だよな。矛盾して、中味と外見がぐちゃぐちゃだ」


 臆人は拳を握り締めた。


 ふわりと宙に浮く剣が半円を描き、その切っ先が天井を差した時、臆人は地を蹴った。ザッと地を擦る音が聞こえる。


「このスクランブルエッグがぁ!!」


 メリッというひび割れる音が響いたかと思うと、そのボス役の巨体は一気に吹き飛んだ。


 そしてそのまま場外に叩き出され、決着はついた。


 だが、審判、そして観客すらも静かにそこに佇んで、拍手も無かった。


 ただただ、唖然とするばかりだ。


 けれど、重力の波に呑まれて落ちた剣がカランと音を立てた時、審判はハッとなった。


「勝者__金条チーム!!」


 歓声は上がらなかった。

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