配役 7

 さて、皆様は新入生クエストをご存知だろうか?


 新入生クエストとは、新入生がチームを組み、クエストを受注し、クリアする定番のイベントだ。


 学園ファンタジーものには一般的に知られており、とても馴染み深いものになっている。


 そしてその新入生クエストなるものが、この学校にも存在している。


 臆人の謹慎明けから四日後、つまり竜王が帰って来たその日に、新入生クエストの説明が成された。


 これから一週間、先ずは新入生クエストに挑むチームを作り上げる事から始まる。


 そして、出来たチームは学校に報告し、もう一週間使って連携などの訓練に入る。


 要は準備期間が二週間存在する。


 だが、その間も普通に学校の授業は存在しているので、あまり悠長に事を構えてはいられない。


 その説明が担任の先生からあった後は、皆、口を揃えて誰にするのか誰が良いのかを真剣に話していた。


 それに無反応なのは、臆人と隣にいる竜王位だ。


 そんな竜王は、いつも通り人を見下したような__本人にその気は無い__態度でただ黙って虚空を見つめていた。


 臆人はそんな竜王を見てから、窓の外を眺めた。


 桜は散って、肌寒そうな木々が釈然としない感じで立ち尽くしている。


 この新入生クエストは、有り体に言うとヒーローとヒールを戦わせる訓練である。


 この学校を卒業した後に、それぞれギルドに入ってヒールと戦う。それを見越しての模擬戦。


 詰まる所顔合わせみたいなものである。


 ヒーローとヒールの戦い方を教える為の__謂わば"魅せる"為の訓練だ。


 簡単に勝ちすぎてもダメ、だからと言って長過ぎるのはもっと有り得ない。それを体に覚えさせる為の新入生クエストだ。


 このイベントに、意味は有るのだろうか。


 臆人はこれを考えざるを得ない。


 けれど、何を考えるにしても、無力な一人の人間には、到底その常識を覆す事は出来ない。


「それにしても、やっぱりこのイベントやるのね。読者の皆も飽き飽きしてるんじゃない?」


「それは俺達が配慮する事じゃねぇな」


 帰り際、明が文句をつけるようにそう言った。


 確かに、このイベントは学園ファンタジーには無くてはならない要素の一つでもあるが、見慣れたものではある。


「まあ、そうね。それよりあんたさぁ__」


 明は平坦に言った。


「これ、受けるの?」


 その言葉は、臆人の言葉を詰まらせた。


 けれど、それは答えにつまづいてる訳ではない。単に、言うのに戸惑いがあるだけだ。


「あぁ……出るよ」


「そう。じゃあ私も出ようかしらね。何たって、もうチームなんて決まってるも同然だしね」


「いや、うさきちと知由乃だってもしかすると他にチーム候補あるかもしれないだろ……」


 そう言葉を返しながらも、臆人も内心あの二人はOKを出してくれるだろうと思っていた。


 というか、臆人にはその二人以外モブ科に知り合いはいないので、そうでなくては困ってしまう。


「取り敢えずあの二人を呼んで作戦会議をしましょう。さ、呼びなさい臆人」


「人使いの荒い奴め……」


 そう皮肉を呟きながら臆人は二人に携帯で連絡をする。


 二人は直ぐに二つ返事でOKし、酒場に集まることにした。



「臆人さんのチームに入れるなんて光栄です! 全力で頑張りますね!」


「しゃーねーな。臆人、モブ科に友達いねーもんな。あ、ヒーロー科にもいねーか! 悪い悪い」


「うさきち、お前は一言二言多いんだよ! これはあれだ! 人間強度的な奴だ!」


「おいおいパクんなよな。というか思うんだけどよ、あれって友達百人出来たら鋼の肉体にでもなんのかな?」


「西尾先生に謝ってこい! そんでもう一回最初から読み直せ!」


「確かに、前回は三時間位で全巻読み終えたからな。今度は二時間で挑戦だ」


「どういう読み方すりゃそうなるんだよ!?」


「省ける所を省く」


「全てが台無しだ!! 土下座してこい!!」


 仮に省ける所を省けば三時間で読めるのかも問い詰めたい所だが、話が逸れすぎてる為、ここでこの話は終いである。


「さて、ここから作戦会議を始める所なんだけど……それよりヒールってどんな生活してどんな所に居るのか気にならない?」


 突然、明がそんな馬鹿げた話をし始めた。


「まあ、気になりますけど……私達が干渉して良い事なんですかね?」


 知由乃が最もらしい意見を出すと、明はニヤリと笑った。


「何で干渉しちゃいけないのよ。ヒールがどういった生き物で、どういった思考を持ってヒールになったのか、知りたくない?

 そんな事も知らないでヒールをただ倒すなんて、私達の正義に反するわ」


 さらっと"私達"と言っているのが、臆人には気に食わない。いや、性に合ってないと言うべきなのか。


 明は今、臆人の為を思ってこんな提案をしているのだ。こそばゆくて死にそうだ。


「おい明__」


「良いですね。確かに、それは私達の正義に反してます。そうですよね、臆人さん?」


 知由乃は臆人の方を見て、ニコリと微笑んだ。分かってる、と言いたげな表情だ。


 臆人は反論の言葉が出て来なかった。知由乃には前に大それた事を言ってしまった為、ここで否定は出来ない。


「うさきちはどうなんだよ?」


「俺か? そうだなぁ……ヒールの私生活には興味無えけど、ヒールと友達になれたら面白そうだな」


「友達ってお前……」


 臆人は反論しそうになって、少し思い止まった。


 ヒーローとヒールがもし友達同士になれば、この世界はどうなるのだろうか。


 ヒーローとヒールは対立するという根底が根こそぎ覆されるのだ。革命にも程がある。


 けれどもしそうなったら__


「決まりね!」


 明の一言が臆人の思考を遮った。


 机をバンと叩いて立ち上がった明は言った。


「じゃあ明日、ヒール科の校舎に突撃しましょ! そんでもってヒールがどんな生き物なのかこの目で確かめに行くのよ!」


「「「……えぇ!?」」」




 ***


 ヒール科の校舎は、ここの勇泉高校の中には存在していない。


 これは未然に無闇な争いを避ける為だ。そして、ヒーロー科、ヒロイン科、モブ科の生徒はヒール科の校舎の立ち入りを禁止されている。


 その逆も然りで、ヒール科もここの校舎には近づいて来ない。


 なので、もしヒール科の校舎に行くにはまずこの学校を出て、バスや電車を使いながら行く事になる。


 この学校は放課後は何をしても基本自由だが、門限には厳しい。夜十時を回ると門が自動的閉まり、中に入れない仕様になっている。


 なので、生徒が遠出をする場合は念のため、ロビーで手続きをして十時を過ぎる事に了承を得なければならない。


 そしてこの了承を得る為には、結構厳しく調査されるので、臆人達は十時を超えないように段取りを組んで学校を出た。


 バスに揺られ、電車に乗り、またバスに揺られること計三時間。結構な長旅だ。


 ヒール科の校舎は基本、ヒーロー科やヒロイン科、モブ科には知らされる事は無いが、情報というのは今やどうにかすれば手に入る時代だ。


 四人はネットワークで拾い集めた情報を頼りにして、遂にヒール科の校舎へと辿り着いた。


「ここがヒール科の校舎……」


「そうね。でも、なんて陰湿なとこなのよ」


 ヒール科の校舎は、例えるなら館を想像すれば良い。


 荘厳を体現したような黒塗りの外観は、随所から紫色の煙が出てきても不思議ではない。


 まだ時刻は夕方になったばかりの時間帯だが、この館の周りだけ夜のように暗く淀んでいる。


 この校舎の周りが草原なのも相まって、何だかここだけ異空間のようだった。


「何だか、ここにいるだけで気持ちが沈んでしまいそうですね……」


「ヒールの奴ってこんな所に住んでんのか。こりゃ悪さしたくなっちまうな」


 各々好き勝手に感想を言った後、四人は互いに見つめあった。


「んで、明。ここからどうすんだよ?」


「決まってるじゃない。中に入るのよ」


「はぁ!? そんな事したら捕まっちまうだろ!」


「そん時はまぁ……やっつければ良いんじゃない? 私達その為にいるようなもんだし」


「いや、自らちょっかい出して退治するヒーローがどこにいんだよ!? そんなのヒーローでも何でもねぇよ! ただのガキだ!」


「うっさいわね冗談よ。見つからないように入る。そんで、見つかったら逃げる。これで良いでしょ」


 臆人の反論を聞き流すようにそう切り返して、明は入り口のドアへと近付いて行った。


 ヒール科の校舎は、門ではなくドーム型のドアが入り口となっている。


 そしてそこから左右に黒の鉄格子が伸びており、この校舎を覆っている。因みに鉄格子の先端は鋭く尖り、有刺鉄線が巻かれている。


 雰囲気もあり、そこだけ見たらまるで刑務所だ。


 明はそのドアに近付き取っ手を掴む。


「おい馬鹿! そんな簡単に開く訳__」


 臆人の言葉が言い終わる前に、明がその取っ手を後ろに引く。


 ガチャンと音を立てて、普通にそのドアは開いた。


「これ、簡単に開いたわよ?」


「こんな所にわざわざ入る奴なんてヒール科の連中位しか居ないから鍵掛けて無いのかもな」


「確かにそれは一理ありますけど……そういうものですかね?」


「とにかく入ってみるしか無いわ! きっと私達をこの向こう側へ誘ってるのよ!」


 明は意気揚々とドアを潜り、中へと入ってしまったので、三人もその後に続く。


 おどおどしながらドアを潜る三人だが、特に罠が仕掛けられている訳でも無さそうだ。


 そこにホッとしたのも束の間、今度はドアの向こう側に誰か居ないかキョロキョロ辺りを見渡すが、特に人影は無い。


 辺りは騒然としていて、逆に奇妙だ。


「おい明! もう良いだろ! 早く帰ろうぜ!」


「ダメよ! まだ、ヒール科の人間にも誰一人会ってないし、校舎の中も覗いてないじゃない!」


「校舎の中に入ったら見つかって終わり__」


「君達はそこで何をしてるんだい?」


 その時唐突に背後から声が聞こえた。透き通るようで、しかし重みのある声色だ。


 四人はビクッと上体を反らして、そろりそろりと後ろを振り返った。


 臆人達が今出て来たドアから、四人の生徒__恐らく__が、此方を見ていた。


「君達正義側の校舎人達だよね? さっきからドアの前で押し問答して、挙げ句の果てにここでキョロキョロしてれば分かるよ」


「何故それをって言わせて欲しかったわ。ヒールとしてそんなんじゃダメよ」


「あはは! 減らず口を叩く良い女性だね! ヒールとして__か。うん、確かにそうだね」


 クスクスと、その青年は笑った。他の三人はしかめっ面のまま固まっている。


 その男性は、何とも愛嬌良く笑う。まるで笑顔を貼り付けたようで、気味が悪いと、臆人は思った。


 情がないと言えば分かりやすいだろうか。心ここにあらずと言い換えても良い。


 色が抜けている。そう__それはその青年の髪のようだった。


 透き通るように白く、何にも染まってない純白の髪の毛。まるで絹糸で作られたカツラみたいだ。


 さらさらと、少しの風で靡くその髪は、艶やかで、きめ細やかで、女性が思わずうっとりしてしまいそうで、危うげで、儚げだった。


「どうしたんだいそこの君? 僕をじっと見つめて? 僕はそんな趣味は無いよ?」


「あ、いや……何だか"人形"みたいな髪色してんなって思って……」


 その瞬間、彼はハッとした。


 そして、笑った。


「人形か。良い表現だね。素晴らしい。満点だよ」


「は? 何言ってんだよ……?」


 訳が分からず首を傾げる臆人に対して、彼はまだ笑顔のままだ。


「君のお名前は? 僕の名前は殺伐 崇(さつばつ あがめ)だよ」


「……金条臆人だ。こういう時も名前を聞くときはまず自分からって言わせてくれても良いんだけどな」


 臆人は名前を名乗りたくは無かったのだが名乗った。


 これには、好奇心と不安が半々で混じり合っていたからだ。ヒール科の人間がどういう反応をするのか見てみたかった。


 案の定、四人の内三人が息を潜めたのが分かった。思っていた通りの反応だ。


 けれど、一人だけ__崇だけは少し驚いたようで納得したような不可解な表情を見せた。


「つーか俺達の名前も聞けよな! チキンだけ名前を聞くのは腹が立つ!」


「チキン? 金条……おくと……おくと……あぁ、漢字で臆病な人と書いて臆人だからチキンね! うん、良いニックネームだ」


「説明すんな! 空気読め!」


 まるで雲のように掴み所の無い奴だ。


「あははそうだね。空気は読まなくちゃいけない。そういうものだ。でも、興味が無いから仕方ない。名前は聞かないよ」


「なぬぅぅぅ!?!? てめぇ何様のつもりだよ!!」


 怒りをぶちまけながら、右京は崇を指差す。


 すると、彼はまた笑う。今度は蔑むような瞳をその両目に宿して。


「僕はヒール。そしてボス役でもある。因みに僕の周りにいるのは手下二人と幹部一人。丁度四人だね。ふふふ」


「お、お前ボス役だったのか!? 似合わねぇなぁ」


「良く言われるよ。似合わない。似つかわしくない。適していない。間違っている。ミス。まぁ色々あるけど、僕は大して気にしていない」


 崇の蔑むような瞳はそこでロウソクの炎のように揺らいで消えた。


 そして次に宿ったのは__無だった。


「こんな喜劇的で悲劇的で過激的で盲目的な人形劇なんて、僕にとって遊びみたいなものだよ。ヒールとしての役柄を演じ、報酬を貰い、生きていく。

 生きていく為に必要な職業。これは即ち"無"だよ」


 崇は無表情でそう言った。瞳に何かを燃やさぬまま、彼は自分の人生を劇のキャラクターだと断言した。


「世の中って上手く回ってるように見えて回ってない。歯車は動いているけど歯が上手く噛み合ってないみたいなね。けど人はこれを直そうとしない。何故なら動いていて、自身に支障は無いから。

 いや__もしかすると、そう"錯覚"しているからと言った方が正しいかもね」


「…………」


 この時、臆人は思ってしまった。


 似ている。この崇という人物は臆人と同じような思想を持っている。


 この世界は脆くて、不安定で、それでいて危うい存在だと、彼は分かっている。


 そして、ヒーローとヒールを自分らで生み出してしまっているこの世界に疑問を持っている。


 けれど、臆人と崇は違う行動を起こしている。違う感覚を持っている。


「お前はそれで良いのか?」


「良いも何も、それが世界の決定事項。ヒーローとヒールが争う事で世界を成り立たせる。そこに、僕が関与する事はないし、出来ない」


 世界が決めた事は、何をやっても覆らない。人一人がもがいた所で意味はない。


 例えそれが何十人という規模になっても変わらない。人はこの世界に億単位で存在しているのだから。


 それにもし、この世界に疑問を持っている人がいたとしても、きっとその人は反発する事なく世界の流れに乗るだろう。


 それが、世界の常識であり、それが生きていく事なのだから。


 流れに逆らわず、上手く障害を避けていけば、いずれ見えるゴールにたどり着くだろうと確信している。


 いや、ゴールなんて目指しているのでは無く、ただ漠然と下っているだけなのかもしれない。


 それでも、人は下り続けるのだ。


 それが世の常だから。


 でも、それは__


「正しいのかよ。それはお前にとって意味のある事なのかよ」


「意味はあるよ。生きることに価値があるって言葉があるように、生きる事に意味はある。人間の本能だよ」


「そんなの、ただの思い込みだ。ただ生きるだけで価値があるなら、人は夢なんて持たない。夢があるからこそ、人は生きようって思うんだよ」


「夢なんてただのまやかしだよ。その場しのぎの心しのぎ。だって、本当に叶えようとする人が、この世界に何人いると思う? 少数で、それでいて夢なんて持っても馬鹿にされる。

 夢や希望なんて持ってたって仕方ない。ただ生きるだけでいい。そう思うのがこの世界の常識なんだ」


「そんな常識なんて糞食らえだ。夢を持つのが何が悪い。生きるだけで精一杯な人生なんて俺は嫌だ。そんなの、ただ辛いだけだろ」


「慣れればどうって事ないんじゃないかな。人間ってそういう生き物でしょ。まあ、味わってみなければ分からない事ではあるけどね」


「そんな人生に本当に意味があるってのかよ。この先何十年もの間、その慣れって奴で誤魔化し続けるのか?」


「生きる為には仕方ない事さ。皆やってる事さ。何も持たない凡人は、そうするしかないんだよ。

 というか、まだこの話を続けるの? 僕はもう、この話は平行線だと思うけど」


 億人は奥歯を噛み締めた。いつの間にか体に力が入って拳を握りしめていた。


 崇の言いたい言葉の正直理解出来る。理解出来てしまう。


 何も持たない凡人は、生きる為には世界の常識に従わなければ生き延びる事は出来ない。


 だが、本当にこの時代で生き延びれない事なんてあるのだろうかとも思う。


 世の中は整備され、人権が行使され、生存権が与えられたこの世界で、流れに逆らうだけで死ぬ事あるのだろうか。


 無い__臆人は心からそう思った。


 そんな事は絶対に無い。この世界はそういう風には出来ていない。


「俺は証明してみせる。夢は見るもんじゃなくて叶えるもんだってことをな」


 その時、ずっと真顔だった崇の顔が少し緩んだ。


「臆人、君の夢は何だい?」


「俺の夢はヒーローになる事だ。世界一強くて優しくて格好良い、スーパーヒーローって奴にな」


「良いね。それはもう__潰し甲斐があるね」


 崇は微笑んだ。


「やっと本気で笑いやがったな。俺はお前を倒す事で、お前のその捻くれた考えとスカした顔を、捻り潰してやるよ」


「楽しみだね。じゃあまた新入生クエストで会おうよ。当たるかは分からないけどね」


「言ってろ。お前に勝つまで負けねぇ」


 こうしてここで崇と話が終わったのなら、新入生クエストに対してやる気が出て来たのかもしれない。


 しかし、そうは上手くいかなかった。


 二人がくるりと背を向けた際、崇が何かを思いついたように「あ」と声を出した。


「そうだ。最後に一つ良いことを教えてあげるよ」


 いつもの貼り付けたような笑みを浮かべて、崇は顔だけを此方に向けた。


「何だよ突然ヒールぶりやがって。最後だけ繕っても意味無ぇぞ」


「君にとっても悪い話じゃない。寧ろ、良い話さ」


「良い話……?」


 臆人は体を半身にして崇を見た。崇はいつの間にか此方に体も向けていた。


「うん。君の父である金条 忠助の良い話だよ」


 父親の名前が出た瞬間、臆人の心臓がビクッとはしゃいだ。


 先日の知由乃の件もあってか、父親の話は臆人にとって少し怖いものかあった。


 何を聞かされるか分かったものじゃないからだ。


「……早く言えよ」


「金条忠助は亡くなった。どのようにして亡くなったかは君は知っているよね?」


「……あぁ」


 それが事故なのか自殺なのか、崇がどちらを知ってるのはこの際どうでも良かった。


 一番悪いのは、ここで臆人自身がボロを出す事だ。


「じゃあ、何で亡くなったと思う?」


「何でってそりゃ……精神が不安定だったんだ」


「そうだね。それは知ってるよ。でもね、それだけが原因じゃないんだ」


「__は?」


 臆人は漠然とした。またもや、臆人の知らない"何か"を、赤の他人である崇が知っているのだ。


 臆人は平静を保とうとした。ゆっくり深呼吸をして、自分の心臓の動きを聞いた。


 だが、どんどんと冷や汗が体を伝い、心臓は暴れ回る。手の中は汗でびっしょりだ。


 その時、その手を誰かがそっと握り締めてくれた。


 それだけで、何かが取れたように落ち着きを取り戻し始めた。


「動揺してるかい?」


「別に。それで、原因ってのは何なんだよ?」


「贖罪だよ」


 崇は淡々と言った。


「君の父親は罪のない人間を殺したんだ。だから君の父親は自殺したんだ。それが、事の真相さ」


 臆人の目の前が真っ暗になった。















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