配役 5

 翌日、この二人が教室に来る事は無かった。


 龍王が一週間の謹慎、臆人が三日間の謹慎を言い渡されたからだ。


 入学して僅か二日で謹慎処分を食らった臆人は、部屋で一人落ち込んでいた。


 この騒動は恐らく学校全体に広まった事だろう。


「俺、これから友達出来るかな……?」


 ベットに寝そべりながら臆人はボソリと呟いた。


 あの騒動から既に三日が経ち、今日が謹慎最終日だ。この三日間は部屋から出れずにただひたすら家でゴロゴロしていた。


 既に日が沈み始め、恐らく生徒達が帰宅してくる頃合だろう。


 あれ以来、臆人は誰とも顔を合わせていない。明が隣の部屋なので顔を覗かせてくるかとも思ったが、その様子もない。


「まあ、自業自得だしな」


 臆人は嘆息してもう一度ベットに寝転がった。


 その時、呼び鈴が鳴った。


「誰だ? 明かな?」


 その可能性は大いにある。臆人は興味本意で覗き穴から外の様子を覗いてみた。


 そこには可愛らしい少女が、緊張した様子で立っていた。


 臆人は思わぬ来訪に、疑問と緊張を持ちながらそっとドアを開けた。


「あ、こんばんは。知由乃です」


 丁寧にお辞儀をした少女__知由乃に対して、臆人はあやふやに返事をして、先ずは周りを確認した。


 他に人が居る気配は無い。


「一人か?」


「はい」


 知由乃は真面目な面持ちでそう答えた。


「取り敢えず中入れよ。こんな所他の人に見つかったら、知由乃ちゃんも謹慎になっちまうよ」


「知由乃で大丈夫ですよ。では失礼しますね」


 そう言って軽やかに部屋の中に入ってきた。もしかすると、知由乃は案外手練れかもしれない。


「どうしました?」


「いや、何でもない。それより何か出すよ。麦茶で良いかな?」


「あ、はい。ありがとうございます」


 知由乃は辺りをキョロキョロしながら、テーブルの横に正座で座った。


「何で正座……?」


 麦茶を持って来た臆人がそう言うと、知由乃は思いの外慌てた。


「あ、いえ! 男の子の部屋に入ったのは初めてでして! どう座っていいか分からずに……」


「普通でいいよ普通で。明なんていつも胡座掻いたり寝そべったり好き放題だし」


「え!? 明さんもうそんなに臆人さんの部屋に遊びに来てるんですか!?」


 少し顔を赤らめて驚いた知由乃に、臆人はハッとする。とんだ誤解をさせてしまったようだ。


「違う違う。俺がまだ小さい時に、よく明が家に遊びに来てたんだ。その時の事を言っただけだよ」


「なるほど。そういう事ですか。てっきり臆人さんは明ちゃんと付き合ってるのかと」


「無い無い! そんな事、例え地球がひっくり返っても有り得ないね」


 何とも失礼な話だが、臆人に悪気はない。知由乃は話題を変える事にした。


「え、えっと……部屋、綺麗ですね」


「まぁ……まだここに引っ越してきてそんなに日にち経ってないし……というか、そんな世間話をしに俺の所に来たわけじゃないんだろ?」


「う……はい。その通りです。今日は少しお話をさせて頂きに来ました」


「話……?」


 臆人と知由乃、まだ会って間もない二人に話す内容とは一体何なのか、臆人は考えた。


 愛の告白では無い。それは、知由乃の表情から読み取れた。


 恐らく、何か大事な話をしに来たのだろう。


「はい。少し、聞きたい事がありまして……」


 知由乃の様子は、明らかに言うか言わまいか迷っている__つまり言いにくい事柄である事は間違いない。


 それにしても、会ったばかりでまだ碌に話した事すら無いので、話の内容に思い当たる節がない。


「聞きたいこと……?」


「はい。臆人さんの父親である金条 忠助さんの事です」


 その言葉で、臆人はこの状況がやっと上手く吞み込めるようになった。


 つまり知由乃は臆人自身のことではなく、臆人の父親である金条忠助の話を聞きに来たのだ。


 臆人は内心がっかりしながら、「なるほど」と呟いた。


「でも、俺あんまり父親の事よく知らないんだ。知ろうとしなかったというか、知る努力をしていなかったというか……だからあんまり力になれないかもしれないけど」


「いえ、大丈夫です。私が聞きたいのは一つだけですから」


「____」


 穿つような空色の瞳が、臆人の心を深く突き刺した。


 否、突き刺す事では飽き足らず、抉り、中を掻き乱していく。


 知由乃の瞳は奇妙な力を持っている。臆人は何故、龍王があんな事を言い始めたのか少し理解出来た。


 いつの間にか心臓の鼓動が早くなり、汗が出始める。


 これは緊張から来るものじゃない。恐らくこれは畏怖だ。


 恐ろしく真っ直ぐで、刃物のような視線は、臆人の精神をも攻撃する。


 これは何かの魔法なのではないかと思う位圧倒的な眼力に、臆人は知由乃に怯えていた。


「教えて下さい」


 知由乃ははっきりと言った。


「な、何を……?」


 ゴクリと生唾を呑み込んだ。津波のように神経が逆立った。


「貴方の父親の本当の死因を教えて下さい」


「____!!」


 ぶわっと、身体中に鳥肌が立つのが分かった。


 冷や汗が頬を伝い、床に滴り落ちる。まるで警察に取り調べを受けているような圧迫感だ。


「その様子だと、何か知っているようですね。良ければ話してくれませんか? もちろん、口外はしません。因みにこういう時の口約束は基本守られるものです。小説あるあるですね」


「あ、あぁそうだな。うん。あるあるだ」


「そこはツッコミを入れる所じゃ無いんですか? 明さんは絶対にツッコミを入れてくれる筈だって言ってたのに」


「く、空気を読んでくれ……」


 シリアスな展開なのに変なものが混ざり込んだ。


 臆人は咳払いを一つして、話を元に戻す。


「まず聞きたいんだけど、知由乃は俺の父親の死因を知ってるんじゃないのか?」


「事故ですよね? ですが、私はそれを真実だと思っていません。それに、事故と言いますが具体的にはどういった事故で、どのように亡くなったんですか? 臆人さんはそれすらも知らないんですか?」


「いや、知ってるよ。俺の父親は車に轢かれたんだ。最後は呆気ない終わり方だったんだよ」


「でも、そんな記録は残されていません。金条さんはとても有名な方です。なのにその出来事があったのなら、普通はその時の記録が残っているものです。けれど、それが一切ありません。おかしくないですか?」


「おかしくない。記録は抹消されたんだ。有名なヒーローが事故死した記録なんて残しても仕方ないだろ?」


「いえ、そういう事では有りません。記録というのは、誰に聞いても、"その事故"自体をご存知無いんですよ。

 どのヒーローに聞いても、その事故の目撃者はいませんでした。第一発見者の方ですら、見てないとの事でした」


「それは多分……夜遅かったからじゃないかな? 事故現場は人目に付く所じゃ無かったし……」


「話によると、事故の時間帯は午後五時から午後七時の間だったそうですが、その日は天気も良かったそうなので、暗かったという事は無いと思います」


「じゃあ、きっと奇跡的に目撃者が居なかったんだよ」


「臆人さんはそれで納得してるんですか?」


 知由乃は、臆人の苦し紛れに出た言い分にも、怒る事なく自分の主張を明言した。


 臆人は、ようやくここで自分が計算違いだった事に気が付いた。


 知由乃は、興味本位ではなく、かなり本気で忠助の死因を調べていたようだ。


 取り敢えず、当たり障りの無い事を言っておけば帰ってくれると思っていたが、どうやらそれは難しいようだった。


 臆人は暫し腕を組んで考えた。


 何が彼女をそこまでさせているのだろうか。普通はここまで他人の死について踏み込んでは来ない。


「どうして、そこまで深く関わって来ようとするんだ? 知由乃にとってこれは関係無いことじゃないのか?」


「関係なく有りません。何故なら、私の母である小鳥遊 知由子は、金条さんの高校の同級生でもあり、チームメイトで仲間でもあったんですから」


「え、本当か!?」


 それを聞いて、臆人は面食らった。死角からいきなり豪速球が投げ込まれたような感覚だ。


 因みに、チームメイトは高校の時に作られたグループを指し、仲間はギルドのグループを指す。


 臆人はここで知由乃が何故、父の事をこんなに調べているのか合点した。


「知由乃は、母親から俺に聞いてくるよう頼まれたのか?」


「あ、いえ……これは私自身の単独行動です。母は、関係有りません」


 そこで初めて知由乃の顔に影が射した。


 家出した少女が保護されて、警察から質問責めにあって家族は関係ないと言ってる時の表情__要は絶対に関係してる筈なのだが無理矢理否定しているような顔をしている。


「そうか。じゃあ頼まれて無いけど、母親が心配だから調べてるみたいな感じか?」


「それも……違います。全然心配じゃ無いです。全く母の事なんて……心配……してません」


 ここは心配してるけれど、口に出したくないと解釈して、臆人は話を進める事にした。


「じゃあ何で調べる必要があるんだ? 父さんが死んだ事によって知由乃か、或いは知由子さんに何か迷惑を掛けているのか?」


「金条さんの死は……関係……有りません」


「……答えになってないな。迷惑を掛けているのかいないのかを聞いてるんだ。父さんが死んだ事が関係有るのか無いのかを聞いてるんじゃない」


「迷惑は……掛かって……いません」


「じゃあ何か? お前は俺の父親が死んだ事で何も迷惑も掛かって無いし、関係も無いのにこんなに調べてるって事か? それはもう、狂気の沙汰だ」


「金条さんは迷惑の掛かる事なんてしてません。いや、絶対にしません!」


「話の論点がずれてる! まずは俺の質問に答えろ!」


「そんな事より早く教えて下さい! 貴方の父親の死因は__」


「自殺だよ!」


 瞬間、世界が止まった気がした。


 臆人はカッとなって、自分から死因を口に出してしまった事を後悔した。


 案の定、知由乃は呆然としてその場に固まった。


 そして、彼女は泣き始めた。


「う……うぅ……」


 ぽろぽろと、溢れるように知由乃の目尻から涙が溢れていく。頰を伝い、滑らかに下に落ちていく。


 泣いた。泣いてしまった。泣かせてしまった。泣かせることになってしまった。


 臆人は慌てた。


「あ、おい……お前泣くなよ。いや、俺が悪かったから……ちょ、ちょっと待て! 今ハンカチとか! あ、ハンカチなんか持ってないし、ティッシュでいいか!?」


 取り敢えず言葉を取り繕いながら、ティッシュを二、三枚知由乃に渡す。


 知由乃は静かにそれを受け取ると、鼻をかんだ。


「いや、涙拭けよ!」


「だって……みっともない姿見られたくないですし」


「そ、そうか。そうだよな。ツッコミ入れて悪かった。これは性なんだ。許してくれ」


 こういう時に格好良くフォローを入れられたらと、臆人は心の底から悔んだ。


「それより、何で泣くんだよ。確かに自殺ってのはショックだったのかもしれねぇけど、知由乃が泣く事じゃねぇだろ」


「あ、いえ……それがショックだった訳ではなく、臆人さんはその事をずっと言えずにしまい込んでいたのだと思うと……すいません同情なんて嫌ですよね」


 俯く知由乃に、臆人は溜め息を吐いた。


「知由乃はここまで色々と調べたんだし、そういう権利はあるよ。それに、思わず言った俺にも責任はあるしな」


「臆人さん……うぅ……」


「だから泣くなって! 俺が慌てふためくだけなんだからな!」


「そうですね。可愛かったですよ臆人さん」


「それはそれで何かムカつくな!」


「臆人さんは今までここまで突っ込んで来た人と会った事とか無かったんですか? 例えば記者の方とか」


「んー母さんが俺の所に来ないように仕向けたお陰ってのもあるだろうけど、無かったよ。ここまでずかずか土足で踏み込んで来るやつは」


「ちゃんと靴は脱ぎましたけどね」


「心の話だよ!」


 知由乃は中々のボケをかまして来る。これも予想外の出来事だ。


 何だか一気に疲れてきたが、ここで話を切り上げたら、もう一生ここまで深い話は出来ない気がする。


「それで、知由乃は事実を知れた訳だけど、これでもう満足なのか? 理由とかは知りたいのか?」


「え、聞いたら教えてくれるんですか?」


 キョトンと首を傾げて臆人を見つめる知由乃。臆人は直ぐにその視線に耐え切れなくなり目を逸らした。


「いや、というより、俺は理由を知らないんだよ。まあ、あれだ、聞きたくないという方が正しい……かな」


「いや、というより、まあ、あれだ、かなって要らない単語が多過ぎですね。もっとしゃきっとして下さい。臆人さんはヒーローなんですから」


 怒られてしまった。確かにそういう言葉遣いは良くない。反省すべき事だ。


「それを言うならお前はもっと素直に喋れよ。結局お前についてまだ何にも聞いてないんだぞ?」


「私の好きな食べ物はみかんです。身長は149センチで、体重は__って何言わせるんですか。訴えますよ?」


「お前が勝手に言ったんだよ! というか、お前自身の事じゃない。お前がどうして必要以上に俺の父親のことを調べてたのかって事だよ」


 すると知由乃は嫌そうな顔をしてそっぽを向いた。


 家族の話は苦手なのか、はたまた嫌いなのかは分からないが、中々口を割らない。


「それは……お話しなきゃダメですか?」


「あぁダメだ。俺が納得出来ないし、何より父さんが納得しないだろ。そんな不当な事は認めないってな」


 すると、知由乃は体を縮こませた。


「ずるいですね臆人さん。私がその押しに弱いという事を見越して……もしやそれを利用して何か良からぬ事を?」


「しねぇよ。しねぇから話せよ。お前の家族の事」


 そこから数秒二人の動きが止まり、やがて知由乃が顔を臆人に向けてため息を吐いた。


「分かりました。分かりましたよ。話します」


 本当に嫌そうな顔をして渋々納得した知由乃。臆人は敢えて何も言わずに、知由乃の言葉を待った。


「私の母は、金条さんの事があってから、良く家に引き篭もるようになりました。部屋から出ず、ずっと暗がりでボーッとしている事が多くなりました。

 母がモブとして稼いだお金は貯めてあったので、家計を崩しながら私は母を支えました。ですが少しずつ、母は体が衰弱していき、遂には寝たきりの状態になりました。

 母は口数が少ない人ですが、金城さんの話をする時はとてもよく喋ります。そして、表情が明るくなります。でも、最後は暗くなってしまいます。

 ある時、母は言ったんです。金条さんが事故死じゃないと、はっきり言ったんです。根拠は分かりません。けれど、私の心にとても響きました。母がここまで言うなら違うんだろうって。そこから私の捜索は始まりました」


「おい待てよ。父親はどうしたんだよ? もしかして逃げたのか?」


「あぁいえ、父は中々帰って来ないんです。家にも寄り付かなくてふらふらしていて、仕事はしているそうなんですが……」


「しているそうって、父親の仕事知らないのか?」


「前まではヒーローをやっていました。あまり名前は知られていませんけど……ですが、恐らく今はもうやめてしまったと思います。そんな気がします」


 知由乃の父親の話は何とも曖昧なものだった。


 人の事を言えないが、もう少し家族の事を知っていてもいいのではないかと思った。


「そんな気がするって……ちゃんと話し合わないと、これから先どうやって生きていくんだよ!? 貯金だってそんなに有るのか!?」


「まあ、何とか。でも、いつまでもここでぐずぐずするつもりはありません。私は、早く社会に出て稼いで行かなければいけません」


 真剣な瞳で、真剣な表情で、彼女はそう言った。


 また、嫌な感覚が臆人の全身を襲った。


 とても真っ直ぐな、上流の川の水のような澄んだ瞳が、臆人を掴んで離さない。


「そっか……なら、捜索を始めて俺の存在を知ったのか?」


「はい。わざわざ臆人さんの学校に合わせて正解でした。所謂追っかけって奴ですね!」


「そんな堂々と言われても反応に困るが、そうか……俺を探して会うために同じ学校にして来たのか。凄い覚悟だな。若いのに」


「いや、臆人さんと同い年ですよ……」


 薄笑いする知由乃を見て、臆人は知由乃は苦労人だと思った。


 親を頼らずに生きるとは、まだ十六の少女には中々に大変な事だろう。


「そしてもう一つ、私は臆人さんに会ったらお願いを聞いて貰おうとしてたんですが、これはやめた方が良いかもしれません」


 すると、知由乃の可憐な瞳が伏せた。


「何だよ。言えない事なのか?」


「言えないというより、言わない方が良いというか何というか……」


「勿体ぶらずに早く教えろよ。気になり過ぎて木になるよ?」


「つまらないので死んでください」


「折角学校まで合わせて会いたい人物のギャグが面白くないからってお前はそうも簡単に殺すのか!?」


「マイケルジョーダンです」


「どうやら一緒に心中するしかねぇな」


「私は殺されても死にませんよ」


 軽口を叩いた後、臆人は言った。


「良いから教えてくれよ。頼むよ」


「まあ、隠したい話ではないので言いますけど、チームメイトにして欲しいとお願いしようと思ったんですよ。

 けど、どうやら臆人さんは学校を卒業する事に執着がないように見えたので……」


 なるほど、と臆人は思った。


 確かにあの騒動を間近で見た後に、臆人にチームメイトを要望するのは躊躇う事だろう。


 何せ臆人はこの学校を卒業する事に執着が無いし、そもそも卒業しなくてもいいと宣言したのだから。


 けれど、臆人は不敵に笑った。


「確かに俺はこの学校を卒業したいと思ってねぇよ」


 その言葉を聞いて、隠しているようで隠れてない知由乃の暗い表情が読み取れた。


 だが、臆人は続けた。


「でもな、知由乃。俺は、ヒーローになりたいと思ってる。これは他の誰よりもその想いは強いかもしれない」


 知由乃はその言葉に訝しげながら首を傾げた。


 ヒーローになりたいのに、学校を卒業する気は無い。それはこの世界では矛盾を意味している。


「意味が分かりません。ちゃんと説明して下さい」


 そして知由乃は、顔一面にムスッとした表情を浮かべた。


 コロコロと表情が変わるのは、見ていて飽きない。


「なぁ、ヒーローってのはどうすればなれると思う?」


「えっと……学校を卒業してギルドに入った時、ですかね?」


 知由乃は思考しながらそう言った。


 けれど臆人は、その答えに首を振った。


「違う違う。俺はさ、ヒーローは"人を助けた時"に、初めてヒーローになるんだよ」


「はぁ……なるほど。まあ、確かにそうかもしれませんね。依頼を終えて、報告すれば、それは人助け__つまりその時にヒーローになるって事ですね」


 知由乃が無理矢理に理解しようとしたのが分かった。こじ付けのような正解に、知由乃の顔は晴れなかった。


「それも違う。ヒーローってのは、人を助けた時だけヒーローになれるんだ。依頼とか、報告とか、そんなの関係ない。どうでもいい。

 怪獣を倒すとか、火の海から人を救い出すとか、そんな大きな事じゃなくても良いんだよ。

 持っていた風船が飛んで泣いてる子供の風船を取ってくるとか、迷子の子供の親を探したりとか、そんな小さな事で良いんだよ。それだけで、ヒーローは誕生する」


「…………」


 知由乃は黙って臆人を見た。


 子供のように無邪気に笑う臆人は、まだ社会の大変さを知らず、世間の厳しさも知らない唯の学生だ。


 これを聞いた大人はきっと馬鹿馬鹿しいと笑うだろう。それで飯が食えるかと怒るだろう。


 だけどきっと、それは今考える事じゃない。


 将来が不安でも、お先真っ暗でも、彼はきっと笑いながら一銭にもならない人助けをするのだろう。


 そう思っただけで、知由乃の身体の熱が一気に上がった。


「どうした知由乃? 顔が赤いぞ?」


「あ、いえ……臆人さんって唯のヘタレじゃなかったんですね。あ、もしかしてそれが将来有名になる為の下積みになると思ってるんですか?」


「馬鹿言え。有名か有名じゃないかなんてヒーローにとってはどうでもいいだろ。だってそんなの、助けられる側にとっては何の関係も無いだろ?」


 ニヒヒと笑う臆人に、ますます体温が上がっていくのを知由乃は感じた。頰が熱い。


 そして同時に、知由乃はどうして母である知由子がそこまで金条忠助に拘っていたのか分かった気がした。


「やっぱり似た者同士だね、お母さん」


 不思議とまた涙が溢れて行くのが見えた。そして、臆人が一気に慌て始める様子も。


 胸に焼き付けておこう。そして、今度母に会ったら言わなければならない。


 お母さんがずっと好きだった金条忠助の息子は、立派に成長していると。


 金条忠助の事を、知由乃は殆ど知らないけれど、きっと似ていると確信している。


 微かに知っている金条忠助の面影が、ぴたりと臆人に重なった。


「俺は真のヒーローになる。配役に縛られたヒーローなんてお断りだね」


 二重に聞こえた二つの声が、遠くの空に木霊した。


 けれどこれは、序章に過ぎない。


 まだまだこれからだ。


 俺達の冒険はまだ始まったばか__


「何だか連載打ち切りの漫画の最終話みたいですね」


「良い感じでおわらせてくれよ!」


 り?


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