第5話 こども

 俯いて歩くカッターシャツを着た少年を見たのは、夕暮れだった。彼の左腕と、俺の左腕が光っているのに気づいて、声をかけることにした。彼には戦意が感じられなかったし、俺はこいつが何かやらかす前にそれを止めたいと思ったからだ。


 俺は左腕を少年に見せた。


「あなたも、ですか。」

「ああ。浮かない顔だが、何かあったか?」

「かんけ―無いでしょ、別に。」


 少年のブレスレットが光る。幸い、周囲に人の気配がない。戦いたくないが、正気ではなさそうだから仕方ない。俺もブレスレットを起動した。


 少年の姿は、どうやらメカニカルな、俺のと同系統らしいが、一部装甲が剥がれてその隙間からバケモノの皮膚が覗いている。


「うおおおおおおおお!!」


 少年は単調な攻撃を繰り返す。避けるのも容易い。


「落ち着けよ。」


 刀で一撃、少年の姿を戻した。

 俺も戻り、少し時間を置いてから話を聞いた。


 どうやら彼は学校でいじめられているらしい。だからいじめっ子に仕返しをしようとしたらしいが、怖くてできなかったそうだ。それでいて、今日もまたいじめはあったから、精神状態が悪かったらしい。


「よかったよ。君がまだ行動に移してなくてさ。」

「え?」

「君はまだ、救ってあげられると思う。」


 俺がそう言ったまさにその瞬間、ブレスレットが光った。もう一人、背後にいる。


「なんで、お前らも持ってんだよ!お前のせいで、お前のせいで!」


 少年もそれに気づき振り返って鬼のような形相で叫んだ。おそらく、背後にいる奴が、いじめの首謀者。


「へえ、お前も持ってんの。その隣の奴は、おまえの友達か?に、しては年が離れてるけど。」


 彼は姿を変えた、バケモノだ。


「関係、無いだろ!」


 少年も姿を変える。先ほどよりひび割れが多い。不安定なようだ。


「あなたは、手を出さないでくださいよ。僕の問題だから。」


 少年の覚悟は本物のようだ。俺は手を出さないことにした。幸い、周囲に人影はない。


「へえ、結構動けんじゃん。運動できないくせに。」

「悪いかよ!」


 武器を持った異形の怪物たちが戦う光景ではあるが、どうも子どもの喧嘩の域を出ていない。中学生同士だ、無理もない。だが、彼らは本気だ。詳細な事情は知らないが虐げられた者が虐げる者に反旗を翻す。小さな社会の出来事であるが、彼らにとっては大きな問題だ。

 勝敗がつくのにあまり時間はかからなかった。少年が、勝った。


「今までどれだけの思いをしたか、分かれよ!」


 少年が人間に戻った相手に剣を振ろうとする。もう装甲はボロボロになり、バケモノの皮膚が見えている。ここで、止めてやる。

 俺は姿を変え、刀で少年の身体を斬った。無論、彼の身体にダメージが残ることはない。


「なんで、止めるんですか!」

「人殺しになりたいか?」


 少年は、黙り込んだ。自分がやろうとしていたことに気づいたのだろう。

 そしていじめの首謀者はいつの間にか逃げ出していた。二人分のブレスレットを壊したかったが、奴が逃げた時点でそれは不可能になった。少年のブレスレットをこの場で壊してしまっても、奴が何かしでかしてしまうかもしれないから今は放置するしかなさそうだ。


「その力で、誰かの大切なものを消さんようにな。」


 俺は少年にそう言い残し、その場を離れた。

 妙な感覚がする。今回は、誰も死ななかったからだろうか。



――――


 やれやれ、甘いんだよなアイツは。が、そろそろ奴と手を組まなきゃならんらしい。

 ブレスレットをばら撒いた元凶を倒すために。

 だが、その前に後始末が必要か。

“いじめ”か。ずいぶんと酷いことするもんだねえガキは。

 人が死んでいないなら、殺すまでもないし、まして死体を使う必要もない。だが、苦痛は受けてもらおう。


 とある中学生はこの日より、いじめをやめるようになった。その裏で、彼は叫び続けている。苦痛に喘ぎ続けている。誰も見ていない場所で。

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