第4話 例えば芸術家の場合

 数日休んで、ようやく食事をする気になったので飯を買いに行った。その帰り、家の近所の河川敷でブレスレットが光った。もう、うんざりだ。俺は無視して帰ろうとしたが、


「君、こっちに来てみなよ。」


 キャンパスの前に座って絵を描いている男が左腕を掲げて俺を呼んだ。


「悪いが、気分じゃない。」

「ぼくはいま、ブレスレットを使っているよ。」


 どういうことだ、まるで姿が変わっていないじゃないか。

 俺は話を聞いてみることにした。


 どうやら彼は事故で右腕を失い、その上、下半身不随になったらしい。だがある日、少女からブレスレットを渡され、それを使うと右腕が再生し、歩けるようにもなったらしい。


「僕の心は、ずっと自分の足で大好きなこの街を歩いて、この街で絵を描きたかったんだと思う。左手では、上手に描けないから。」


 男はにっこりと笑った。これが一番美しい、正しい使い方なんだと思う。


「君は、戦うタイプなんだね。でも、自分のためじゃない。誰かを守るためにね。」

「なぜ、そう思う?」

「事故に遭って以来、いろんな人と関わったから、かな。」


 彼は少し、悲しい表情をした。


「君の目的はなに?」

「え?」

「ああ、ごめん。ただ、気になったんだ。」

「最初は、誰かを助けたいと思ってた。けど、俺が関わっても結局、人は死ぬんだ。」

「優しいんだね、君は。君みたいな人がいて、よかった。大好きなこの街を大嫌いにならなくて済む」


 彼はまた笑った。


 この後彼は絵をかきながら色んな話をしてくれた。昔、コンクールで優勝した話、人助けの話、事故の後、支えてくれた人たちの話……

 俺は彼のような人々を守りたいと強く思った。この笑顔を守りたいと。


「できた。この街の絵。これ、君が持っておいてよ。」


 そういって彼は一枚の絵をくれた。


「いいのか?」


 聞くと彼は笑顔で頷いた。


「これは僕の最後の絵だから、君みたいな人に持っておいてほしい。それと、これ、壊してほしい。」


 彼は自身のブレスレットを右手で俺に渡してきた。


「どういうつもりだ?」

「本来、僕は一枚、絵を描けたら満足だったんだ。もう、元の身体に未練はない。僕は自分の運命を受け入れて、前に進むよ。だから、お願いだ。ブレスレットを壊して。」


 彼はやはり笑顔だ。俺は一瞬迷ったが、これが彼の望みというなら、仕方ない。

 俺はブレスレットを壊した。


「ありがとう。」


 彼の右腕は消え、椅子は車いすに変わった。そして、満足そうな顔で俺に言った。


「君は、ヒーローだ。」


 この言葉を、俺は忘れない。


 ――――


 後日、テレビ番組である男が紹介された。下半身不随になり、さらに利き手を失いつつも美しい絵を描き続ける画家の男だ。彼の絵は、今や世界中に羽ばたいている。彼はずっと笑顔で絵を描き続けたのであった。

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