第2話 後悔先に立たず、時計の針は狂気

 目覚めは最悪、悪夢の後のようだ。左腕に慣れない感触……ブレスレットか。

 どうやら、昨晩の出来事が本当らしいとわかった。とはいえ、断片的な記憶しかないが。怪物、痩せた男。少女、謎。ブレスレット、力。ヒーロー……は言ってたか?どうやら俺は単語しか覚えていないらしい。

 ふとブレスレットを見ると、突然頭に情報が流れてきた。

 どうやら、ブレスレットを使って身体を変化させた異形の姿では並外れた身体能力を得るが、ダメージを受け続けると元の姿に戻るらしい。まあ、そのダメージは体に残らないみたいだが。

 さらに、ブレスレットは一人に一つ、一度破壊されたら二度とてにできない、自分では破壊できないとのことだ。ひとつ気になったのは、自分が持っているのではない他のブレスレットに近づくとブレスレットが光るらしい。まあ、謎を解き明かしたい俺にとっては好都合だが。

 さて、今はそれよりも、自分のやるべきことをしなきゃならない。退屈で、正直嫌になるがな。


 変わらない退屈な日常をこの日も送った。ブレスレットが光ることもなく、ただただ普通の日だった。

 こんなものかと思いながら夜、帰路についた。

 その時だ、ブレスレットが光ったのは。


「誰か、持ってるよな。」


 呼びかけると人の好さそうな青年が現れた。


「はい、持ってます。」


 青年は笑顔で左腕を見せた。彼はバケモノみたいな見た目にはならないだろうと思った。


「それ、どう使うつもりだ?」


 俺は青年に問うた。


「僕の過去を消します。」

「そんなこともできるのか?」

「可能ですよ。でも僕の心は弱いから、完遂できませんでした。」


 たしかブレスレットの力は心をあらわすんだったな。心の強さで、できることが変わるのか。


「あなたの心は強そうですね、もしできれば、手伝ってくださいよ。親殺し。」


 親殺しだと?


「どういうことだ⁉」

「過去を消す一番簡単な方法でしょ?僕の過去を知る全員を殺すのって。」


 屈託のない笑顔でかれはそう言った。何が彼を狂わせた、何が彼を……


「何のために、過去を消すんだ。」

「僕はね、ずっと苦しかったんだ。思い出したくない、忘れたはずの過去を他人が知っていて、そのことを口にするのが。あなたにはわからないかもしれないけど、どうしようもない苦痛なんだ。だから殺した。友人も、知人も。でも親は殺せなかったなあ。殺すどころか、異形にすらなれなかった。弱いでしょ?僕って。」


 ああ、弱い。弱くて幼い。割り切るということを知らない。俺がもう少し早く会っていれば、踏みとどませる事ができたかもしれない。そうすれば、いくらかの命を……


「で、手伝ってくれんの?」

「いや、ここで止める。」


 知ってしまったからには、さらなる犠牲を増やさないために、動くしかない。


「じゃあ、君も殺すよ。」


 青年は姿を変えた。

 左腕には赤い腕時計、全身は赤黒く染まっている。


「時計の針って意外と鋭いんだよ。僕のは特にね。」


 右腕に大きなプロペラ、いや、時計の針のようなものが装備された。その先端は鋭い。


「これで串刺しにしてあげるよ。あ、でも君まだ見てないや。せっかくだから殺しちゃう戦おうよ。早く変わって、君の心を見せて。」


 ……ああ、言われなくたってな。

 俺はブレスレットを起動した。暖かな光が、俺を包む。


「ふざけてんの?その姿。子供っぽい見た目でさ。」


 自分の腕を見ると、驚いた。ああ、これではまるでスーパーヒーローだな。メカニカルな外装、武器、俺が好きだったものに似ている。俺も、幼いな。


「まあ、見た目なんかどうでもいいけど、楽しませてよね。」


 奴は針で突きにきた。それを躱し、腕を掴み、投げた。奴は受け身をとってダメージを半減、即座に左手から針を連射した。背後に跳び、それを避ける。そして銃を構え、奴を撃つ。が、奴は咄嗟に立ち上がり、すべて避けた。まずい。銃を捨て、刀を抜く。奴は一直線にこちらに向かっている。これで決める。


 一閃。


「つよいね、君……」


 青年は倒れ、元の姿に戻った。俺も、ブレスレットを解除し、彼に向かった。


「ああ、負けたんだ……みんなには、勝ったのに。」

「みんな?どういうことだ。」

「僕が殺したうち、何人かはこのブレスレットを持ってたんだ。」


 それが事実なら、相当な数の人間がブレスレットを持っていることになる。そのなかに、こいつのようなのがいれば、多くの命が奪われる。止めなければ。


「さて、僕は逃げるよ。誰か別のブレスレット保持者をさがすよ。」

「そうはさせない。」


 俺は立ち上がろうとする彼の腕を掴み、ブレスレットを外し、そして


「お前の罪は、重いぞ。」


 ブレスレットを破壊した。


「そうでもないよ。それに、ブレスレットがなくたって、殺しはできる。」

「いや、無理だろう。おまえは裁かれるのを恐れている。わかっているはずだ。罪の重さを。」


 彼はそれ以上何も言わず、無言で去った。彼の笑顔は、消えた。


――――


 そうか、僕は、殺して、殺そうとしたんだ。命を。なぜ、そこまで考えなかった。なぜ、わからなかった。


「ミツケタ」


 あれ、お前、死んだんじゃ……それになんでその姿になれんの?ブレスレットは壊したはずだよ。


「シネ」


 血の匂いだ。温かい。あれ、痛い。なんで。あーそうか、友人に殺されたのか。ごめんね。僕のエゴにまき、こ、ん……


 後日、青年とその友人の遺体が発見された。


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