この物語は終わらない
なぜ、この話にエピローグが存在するかというのならば、答えは一つしかない。
それは、この先の話が本当に書きたかった話だからだ。いってしまえば、この話をするためにあの物語は綴られたといっても過言ではない。
だからこのエピローグは別に読まなくてもいい。あの物語はあそこで終わっていて、あれで完結してもなにも問題はない。
だがしかし、それでもあの物語の続きを読みたい読者がいるならば、これを読んでも損はない。
だが、これから綴られる話は、決してあの物語の続きではないことはここで明かしておこう。
ではこれから先に何が起こるのか、それは自身の目で確かめた方がはやいはずだ。百聞は一見に如かず。この先の物語は、そう言わざるを得ない
空が不自然に開いているなんてちゃんちゃらおかしな表現だと、ムサシは思った。
ムサシは今、あの家のそばに一人上を見ながらたたずんでいた。かすかに体が透明になっているのは、きっと見間違いなんかではない。
本当にそうなっているのだ。 あたりに人の気配は存在していない。存在することすら許されていない気がした。もう、彼らは先にあの向こう側へと飛び立ってしまったのだろうか。それを確認する術を、ムサシは持ち合わせていない。
ムサシは無音の世界に身を寄せながら、一人思いを馳せていた。何故、自分はここに半透明のまま留まっているのだろう。
それは分かるようで分からない――それがムサシに居心地の悪さを感じさせていた。自分はここにいてはいけない存在なのだから。
それにしても、空が開いているとはどういう意味なのか気になるところだが、それは至極そのままの意味に解釈していい。
まるで箱を開けるときのふたのようにそれは取り外され、空は斜めに伸びていた。果ては見えない。
ならその空がない空間になにが見えているのかというならば、それは数多にも及ぶ無数の目だった。
その目は、まるで何かを覗いてるかのようにこちらを凝視している。だが、ムサシに恐怖はなかった。
無数の目は、様々な色をしていた。赤や青、黄色に緑――羅列するのに一苦労するほどだ。
敷き詰められたような目の余った部分には、まるでテレビの砂嵐のような光景が映し出されている。薄気味悪いなと、ムサシは思った。
まもなくして、ゴーンゴーンと聞き覚えのある鐘が鳴り響いた。 「呼ばれる前にぃじゃじゃじゃじゃーん!」
数多の目を遮るようにして、白い煙と共に現れたのは、神であるミカだった。彼女は最初に会ったときとなに一つ変わらずそこに存在していた。
「久し振りだなんて全く思わないけど、久し振りだね!」
ミカはノリノリで、ひょいと片手を上げた。ムサシはそれに返すことなく黙ってミカを見つめた。
「私はみかの神のミカだよ!」
意気揚々と自己紹介をするミカだが、ムサシはまた特になにも返さなかった。するとミカはいっきにふてくされた顔になった。
「あれ? どこかの名所の神みたいな自己紹介するなってツッコミ入れないの? ムサシの唯一のアイデンティティはどこへ?」
ミカはげんなりした表情にころりと変わり、今度はつまらなさそうに空中を蹴り飛ばした。そしてそのまま一回転して笑った。
「なぁ、これは一体どういう状況なんだ?」
「あ、やっと喋ったね! もしかしたら鬼にお口を取られたんじゃないかって心配したんだよ?」
「鬼が取るのは口じゃなくてへそだ」
「あ、そーでした。鬼はへそしか取れないんでした」
小馬鹿にするように言ったあと、何が楽しいのかミカはその場をくるくる回って笑っていた。
「それで、質問に答えてくれないか?」
「うんいいよ! この状況はね! カミテレが終わった後の、クランクアップだよ!」
「……理解出来ないから、もっと簡単に説明してくれないか?」
「えっとね、カミテレっていうのは、神様が見るテレビ放送局のこと。クランクアップっていうのは、どの撮影が終わったことを表すの。それで今映っているのは、ミュージックビデオとかによくある、その後の風景みたいな感じ」
「つまり、この物語は全て神様のための見世物だったってことか?」
「うんそうだよ! ムサシ頭いいね!」
ミカは嬉しそうにうんうん頷きながら、親指をぐっと突き上げた。
「そして何を隠そう、私ことミカは、これをプロデュースした張本人! 略してミカPなのです!」
ミカは自分で自分を褒め称えるようにそう言っていた。若干威張っているようにも見えた。
「ムサシの生き様素晴らしかったよ! やっぱり物語はこうじゃなくちゃね! スパイスとしてちょっとした力が使えるようにしたのも良かったかな!」
「ずっと見てたのか?」
「もちろんだよ!この空の向こう側でムサシ達のことをずっと見てた! 最後のシーンはミカ泣けてきちゃったよ」
ミカはそのシーンを思い出したのか、急にしんみりした顔つきになった。そう思ったときには、ミカはけろりとしていた。
「後はね――」
ミカはまるで映画でも見終わったかのように、矢継ぎばやに色んなシーンの感想を言っていく。
だがすべてムサシの耳には入らない。入るわけがなかった。 「
なんで――こんなことするんだよ」
「もちろん、作品をつくるためだよ」
えっへんと、ない胸を張るミカだが、今はそんなことどうでもよかった。
「お前は人間をなんだと思ってるんだ」
「うーん。役者?」
ミカは堂々と言った。いっそ清々しいほどだった。
「人間だってよくやるじゃない。ドラマとか実写映画とかお芝居とかさ。それと同じことだよ」
「人間は、それを分かった上で演じてる。それとこれとはわけが違う」
「じゃあこれはドキュメンタリーだよ。実際の記録をそのまま映像化したんだからね」
「こんなことしていいと思ってるのか?」
「うん。当たり前じゃない。だって私は神だから。何をしても許されるの。もしかしてムサシは、人間が最上の種族だと思ってた?」
ミカは何を思ったか、一瞬でムサシに近づくと、彼の顎をそっとなぞった。 「人間は最上じゃないよ。最上なのは私達。例えるならね、人間は粘土なんだよ。こねて形を整えて混ぜ込んで、一つの作品を造りあげ、そしてそれを使いもっと大きなものを造っていく。作品ってそういう風に出来ていくんだよ?」
ミカは妖美に笑った。その瞬間、ムサシは既視感に襲われた。ミカのこの笑みを、どこかで見たような気がした。
「なぁ、このストーリーってこうなるものだったのか?」
「うんそうだよ。ミカの予定通り。すごくない?」
「何が目的なんだ?」
「聞かなくても分かりそうだけど、教えてあげる。ひつまぶしだよひつまぶし。うん? ひまつぶしだったかな。人間と同じ理屈だよ」
「こんな事して何とも思わないのか?」
「思わないよ。だってこれ全部ミカが生まれ変わらせたんだから」
ミカはやれやれ大変だったんだよ、とでも言いたげだった。そんなこと頼んだ覚えはないとムサシは言いたかったが、上手く言葉が出て来なかった。
「中でもムサシは特別なの。だってムサシって死に巡りしてた時は心のない空っぽの人形だったからね。それはもう、柔らかくて柔らかくて、こねるのが簡単だったよ」
「俺はただのねんどろいどだったってわけか?」
「粘土だけにって? さすがムサシ! ミカの最高傑作なだけある!」
こんなに褒められて嬉しくないのは初めての経験だった。こんなこと、ある意味そう経験できない。
「結局ミカが俺を救ったのは、全部自分のためだったのか」
「まぁ厳密に言えば視聴者のためって言いたいところなんだけど、きっと分かってくれないからそれでいいよ」
「なぁ、俺はこれからどうなるんだ?」
ムサシはこのことが気になり始めていた。一体自分はこれからどうなるのか。
「そんなの決まってるよ。ムサシはまた違う世界に行って違う冒険をするの。言っておくけど、今まで起きたこと全て記憶を消しちゃうから。これも含めてね」 「このまま直ぐにまた冒険が始まるのか?」
「ううん違うよ。まずは輪廻の果ての工場でこねこねしないと。冒険はそれから」
「その時俺は意識はあるのか」
「うーん。わかんない。考えたことなかったし」
ミカは本当に分からない様子だった。だからムサシは決意した。
「ミカ。人間を舐めるなよ」
「そんなばっちいことしないよ。人間は手でこねるのが楽しいんだから」
「なぁミカ。輪廻の果てで追いかけっこしないか?」
「え? 追いかけっこ? いいね楽しそう! 捕まえたら好きにして__いいんだよね?」
一瞬、ミカの獲物を狩るハンターのような目つきに気圧されたが、ムサシは拳を強く握って見つめ返した。
「あぁ。煮るなり焼くなりこねるなりしろよ」
「ムサシにとっては軽いデスゲームだね」
「軽い? 馬鹿にすんなよ。俺は死に物狂いで逃げるぜ」
「そう。なら頑張ってね」
ミカは話すのが面倒になったのか、早口になるとくるりと宙を一回転して、高く高く舞い上がった。
きっとミカは輪廻の果てとやらを目指しているのだろう。一体それはどこにあるのかなんて、人間であるムサシが考えても無駄だろう。
その時、体がずぶずぶと沼に沈むような感覚が襲って、ムサシは下を向いた。気付けば彼の体は上半身しか無くなっていた。
ムサシは空を見た。少し前まで覆いつくすような数の目がそこにあったが、今は数えられるほどしかそこに無かった。それは当然のことかもしれない。こんな後日談のようなものに最後まで目を通すような物好きは殆どいないだろう。
気付けばムサシは頭一つしか残っていなかった。それでも彼は上を向いていた。そして今や大部分となった砂嵐を、瞬き一つせずに見つめていた。
絶対に逃げ続けてやると、ムサシは思うのだった。人間の底力を見せてやると歯を食いしばるのだった。
間もなくして彼は全身を空中の沼に埋めた。その瞬間全ての目が消えて、虚空には砂嵐のみが映し出された。
「逃げ続けるなんて言葉、もう聞き飽きちゃったなぁ。あと何回聞かなきゃいけないのかな」
ふわふわと浮かびながら、瓦解するその世界をみつめて、彼女はつぶいた。
その言葉を耳にしたものは誰もいなかった。
この世界に生きる意味をぼくに教えてください よるねむ @yorunemu
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