世界の流れ 6
話を終えたあとの雰囲気は、不気味なほど静かだった。
ヤマダ=タロウは全てを話し終えて満足したのか、その静寂に身を沈めていた。それはムサシも同様だった。
ムサシは気付けばヤマダ=タロウへの怒りを忘れていた。そして天井を見つめながら、ユウキの事を考えていた。
いったい、彼は何者なのだろうか。本当にただの魔女なのだろうか。類は友を呼ぶとはよくいうけれど、そこまでピンポイントに魔女だけを集められるのだろうか。
「創造主。一つ聞きたいのですが、宜しいでしょうか?」
「あぁ」
「なぜ、私たちを見捨てたのですか?」
「……寂しかったんだ。羨ましかったんだ。憎らしかったんだ。だから俺はあの世界を消した」
ムサシはそう口にして、これではヤマダ=タロウとなにも変わらないではないかと思った。彼もまた、同じ思いでコレクトを滅ぼしたのだろう。
「似た者同士ですね」
ヤマダ=タロウは心の内を覗きこんだようにそう言った。ムサシはなにも答えなかった。
そのときふと、ムサシは思い出した。それはいまだに手に握り締めている木箱だった。彼はそっとその蓋を開けた。 その音に気付いたのか、ヤマダ=タロウはそっと目線をその木箱に移し、やがて笑顔になった。
「これはこれは、また随分昔のものをお持ちですね。どこにあったんですか?」 「コレクトの神殿に祀ってあったんだ。俺が持ってきても、罰は当たらないだろ」
「それは仰る通りですね」
木箱の中で眠っている古ぼけたゲーム機とゲームソフトは、この部屋を明るくさせたような気がした。それを見つめていると、ふと何かが床に流れ落ちて、ムサシは視線を前に移した。
ヤマダ=タロウは泣いていた。涙を拭くこともせず、ただ黙って木箱を見入っていた。
「創造主。私はもう一度あの世界に戻りたい。そしてまた、貴方と共に世界を創っていきたい」
ヤマダ=タロウは涙ながらにそう言った。ムサシは黙ってうつむくことしかできなかった。
「創造主。一つ変なことを言ってもよろしいでしょうか?」
「変なこと?」
「はい。突拍子もないことで驚かれるかもしれませんが、私はちょっと不思議な力を持っているのです」
「ちょっと不思議な力?」
ムサシはその名前が自分が考えたものと同じでおかしくなって笑うが、ヤマダ=タロウは不思議そうに首をかしげていた。
「それは一体どういうものなんだ?」
「はい。それは、なんでも一つ願いを叶えてくれるという力です」
「それはまた突拍子もない力だな」
ムサシは苦笑した。自分の持つちょっと不思議な力とは偉い違いだった。
「この力を使って、創造主の願いを叶えたいのです。どうか、願いを言って頂けないでしょうか?」
「いいのか? 一回しか使えないんだろその力」
「構いません。私はあなたのために使いたいのです」
「そう言われてもな……」
ムサシは困惑した。誰でも急にそんなことを言われたら戸惑うだろう。
「なぁ、なんでその力を使ってあの世界に戻ろうとしないんだ?」
するとヤマダ=タロウは悲しそうな顔をした。
「この力を使うと、私は消滅します」
「は、はぁ!? 消滅!?」
ムサシは無意識に椅子から立ち上がっていた。だが、座り直そうとはしなかった。
「お前それでいいのかよ! 消滅ってことは要は死ぬんだろ!」 「
はい。ですが私はこの世界に長く留まり過ぎました。なので、死ぬことは怖くありません。むしろ光栄に思っています。最後に創造主にお会いできたのですから」
「いやだけどよ! そんなのって……」
ムサシは脱力して椅子に深々と座りこんだ。ヤマダ=タロウの目は本気だった。
「なら、一ついいか?」
「もちろんです」
「俺も一緒に死なせてくれ」
「……いいのですか?」
「あぁ」
ムサシはゆっくりと頷いた。ヤマダ=タロウの顔が、ほんの少し暗くなったくがした。
「では、創造主の願いを教えて下さい」
「コレクトを、これまで通りの平和な世界に戻すこと。それが俺の願いだ」
「承知しました。では――」
「待ってくれ!」
突然、やぶからにドアが開けられ、中に入ってきたのはユウキだった。その後ろにはユメやキボウ、ゼツボウの姿が見えた。
「おや……」
「ユウキ!」
ユウキはムサシの驚いた顔には目を向けず、部屋の中央まで移動すると、ゆっくりとヤマダ=タロウの顔を見た。
「君がヤマダ=タロウか」
「はい。あなたは私の長年の宿敵。ですがいまは、もうなにも感じません。創造主に会えたからでしょうかね」
「いったいこれからなにをするつもりだい?」
「コレクトを元に戻し、私達は消滅するのです」
ヤマダ=タロウは特に隠すことなく、明け透けに話した。
それをユウキは疑うことなく、「そうか」とぼやくようにつぶやいて、ムサシの隣の床に腰かけた。
「僕も参加させてくれるかな?」
まるで球技大会に遅れて入って来た子供のように、ユウキは言った。ヤマダ=タロウはすぐにそれを了承した。もしかしたら、これは予想していたのかもしれない。
「なぁユウキ。お前の正体を教えてくれないか?」
おもいきってムサシが聞くと、ユウキは薄く笑った。 「
「うん。僕はね、ムサシに一番初めにつくられた人間なんだ。あの世界にいたのはほんの数日だったけどね」
「ほぉ」
反応したのはヤマダ=タロウだった。彼は驚いた様子で、ユウキをまじまじとみつめていた。これは予想してなかったらしい。
一方のムサシは軽い放心状態だった。何を言っているのかわからなかったからだ。
だが、段々とその言葉が脳にインプットされ、やがてアウトプットされていく。
「そうか……ユウキはあの……」
ムサシの中で記憶がよみがえる。確かにあのとき、ヤマダ=タロウをつくる前に人間をつくった覚えがある。確かすぐに消してしまったはずだ。
どうやらそれがユウキのようだ。
「ついさっき気づいたんだ。本当に驚きだよ。あの時の記憶はほとんどないけど、僕にはわかる」
「そっか」
「ちなみにいうと、不老を持つ人間はムサシが創ったオリジナル。寿命がある人間は、そのオリジナルから生まれた子供だ」
「なるほど。そうだったんですね。長年の疑問がようやくとけました」
ヤマダ=タロウは晴れた顔をしていた。そして三人は顔を合わせて笑った。
「不思議だな。それぞれ三人は違う人生を歩んで、こうしてこの家で顔を合わせてるんだからな」
「まぁ、家は家でもあの家のレプリカですけどね」
「それは関係ない。きっとこの家が俺達を導いたんだ」
「もしかすると――家族だからかもしれないね」 「
家族ってなんかはがゆいな」
「ムサシ、照れてるのかい?」
「んなわけねぇだろ。だいいち血がつながってないだろ」 「
そんなの関係ないよ。というか、血も何も、全身をムサシが生み出したんだから、案外血よりも僕たちはつながってるんんじゃないか?」
「たしかに言えてますね」
「ぞっとするようなこというなよな。ていうか、俺が親か。なんか信じられないな」
そこから三人共、沈黙した。けれど、嫌な沈黙ではなかった。
「それではそろそろ始めましょうか」
それが合図だった。
世界はヤマダ=タロウの願いにより元通りになった。
そこから先の話は、その行く末を見ていた三人の少年少女が目でたしかめ、肌で感じ、全身で味わってくれることだろう。
だがそれを、ここで語ることはない。
平和な世界を長々と語れるほど、作者に文才はないし、それに付き合ってくれる読者も少ないことだろう。
ただいえるのは、この世界は結局なにも起きなかった
ただそれが、この物語の結末だ。
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