世界の流れ 5

 またこうしてこの家を拝む日がくるなんて、思いもしなかった。もちろん、この家はレプリカだ。それは外観を見ただけでわかる。


「なぁ、キボウ。少しここで待っててくれないか?」

「うん、わかった」


 キボウは駄々をこねることなくうなずいた。きっと、この家を見たときにそう言われると思っていたのかもしれない。


 ムサシは家の扉を開けた。キィィとドアはきしみながら開いていく。


 ムサシはおそるおそる中に入っていった。


 まず見えたのが、フローリングの床だった。とはいえ、床とはいえないほどその床は汚く、表面はささくれ立っている。そしてその床はほぼ丸は違うで存在していた。ようは家具がまったくといっていいほどない。あるのは――中央にある二つの椅子だけだ。


 その椅子は対面するように並んでいて、その奥には一人の男――ヤマダ=タロウがいた。痩せこけ、青白い顔をし、栄養失調を絵に描いたようなその体つきは押せばバラバラになりそうだった。


「やぁ、創造主。ご機嫌いかがかな?」


 そしてヤマダ=タロウはじろりとムサシの体をみると、こくりとうなずいた。


「その顔色を見るからにさぞお元気なのでしょう。安心しました」


 ヤマダ=タロウは皮肉を言った。いや、本心でそう言ってるのかもしれないが、それはそれでたちが悪い。


「おやまさか、私の顔を覚えておりませんか?」

「ヤマダ=タロウだろ。知ってるよ」

「覚えていてくれましたか。それは恐縮です。ささ、おすわりください」


 ヤマダ=タロウは正面にある椅子をすすめたので、ムサシはそれにおそるおそる腰を据えた。居心地が悪いが、しかたない。


「なぁ、なんでコレクトを滅ぼしたんだ?」

「知ってどうするのですか?」

 
「お前を殺す」


「それは物騒ですね。でも、それも致し方ありませんね」
 


 ヤマダ=タロウはそう言って楽しげに笑った。殺されることに特に思うところはないようだった。



「コレクトを滅ぼしたのは簡単な話です。ただ羨ましく、その存在に怒りと恐怖を持ったからです」


「どういう事だ?」



 ヤマダ=タロウは、懐かしむような表情をした。

 
「これをお話するには、昔話をしなければなりません。宜しいでしょうか?」
 ムサシは何も答えなかった。それを肯定と受け取ったのか、彼はぽつりぽつりと語り始めた。
 その内容はこうだ。



 彼が気付いたときには、もうこの地に足をつけて立っていた。
 


 まるで人生の終着点のような深い寂寥に包まれたこの世界は、あの楽園のような世界とは真逆の、腐りきった世界だった。
 


 彼はなぜ自分がこの地に足をつけて立っているのか理解出来なかった。なので彼はその場にうずくまり、その理由を必死に探していた。
 


 やがて気付くのだ。創造主はきっと自分を見捨てたのだと。いらなくなったおもちゃのように、自分は捨てられてしまったのだと。
 


 彼は怒りにうち震え、その身に誓った。絶対に創造主に復讐してやると。彼はそれを深く胸に刻み込み、まずはこの世界を知るために歩き回った。
 


 すると、この世界にはあの地で出会った人間達がわんさかここに集まっていることに気がついた。


 地点はバラバラだったが、長い苦労の末に、彼は総勢百二十八人の人間を集めることに成功した。
 


 次に彼が考えたのが、国を建国することだった。またあのときのように人々が和気あいあいと暮らせる国を造りあげたかった。
 


 最初は皆乗り気だった。だが、ここで直ぐ困難が襲った。
 


 まず、ここにはまともな資材が無いし、なにより家を建てることに関して無知だった。だから作業は一向に進まなかった。彼は悔しいおもいでいっぱいだった。



 次に困らせたのは食料だった。あのときは創造主のおかげで食べ物は行き渡っていたので考えてすらなかったが、これは大変なことだった。
 


 人間達は皆必死になってこの荒廃した世界に食料を求めた。
 食糧はたしかに存在していた。だが、その数は乏しかった。
 


 すると、いっきに人間同士の争いが絶えなくなった。強奪略奪なんでもありのサバイバルになった。
 


 彼らはもう建国どころでは無くなった。生きる事で必死になった。
 


 人間はどんどん数を減らしてついには二桁になった。詳しい数は覚えていない。みんな、生きることに必死だったからだ。
 


 そんなある日、彼は絶対的なリーダーを一人つくろうと考えた。そうすればあのときのようにうまくいくはずだと。
 


 だが、そうはならなかった。なぜならみんな、創造主からつくられた人間であり、対等だ。そこに優劣なんてなく、この話はうやむやになった。
 


 彼はなんどもなんども世界が平和になることを考えた。どうすれば争いはおきなくなるのか。
 そ


 こで彼は考えた。自分が創造主になればいいと。
 


 まず、彼は信頼のおける人間たちを手元におき、魔女と名付け、あとは全員殺した。そして彼はみずからをヤマダ=タロウと名乗った。
 


 次にヤマダ=タロウは、あの欲有る家を魔女とともにつくりあげることに決めた。それだけで何十年もかかった。
 


 魔女たちが家の建設に取り組んでいるころ、ある疑問が浮上した。どうして、自分達は老いないのかと。
 


 ヤマダ=タロウはおよび魔女たちはこの世界に来たときのまま維持されている。もうこの世界に来て何十年も月日は流れているはずなのにまったくく容姿が変化しない。
 


 考えたすえ、魔女たちはある結論をだした。これはきっと不老だと。不死ではないことは、周りの死んだ人間たちが証明している。
 


 魔女たちが次にしたことは、この世界を細部まで調べることだった。だから魔女たちは徹底的にこの世界を調べた。すると、この世界のずっと奥に、不思議な門があるのをみつけた。その門はなにをどうしても開くことはなかった。
 


 次に魔女たちはその門の近くに不思議な洞窟を発見した。その洞窟は、不思議な世界へと通じる懸け橋のようなものになっていることにも気がついた。しかも、その世界には自分たちと同じ人間が住んでおり、かつ自分の国をつくりあげたいた。これには魔女たちはとても驚いた。
 


 その国の名前はコレクトというようだった。なので魔女たちもそれを真似して自分たちの国――一つの家しかないが――をイリーガルと名づけた。
 


 コレクトは魔女たちの理想像といえるほどの美しい街並みを造りあげていた。資源も、食料も、人口も、技術も、なにもかもがイリーガルの比ではないし、人間たちも楽しそうに生活をしていた。
 


 それを知ったヤマダ=タロウは、魔女を刺客として次々にコレクトに送った。そして、定期連絡を送るように義務づけた。
 


 すると、どうやらコレクトも人間たちが一から建国したというのがわかった。しかもコレクトで暮らす人間たちは年を取り、老衰や病気などで死ぬらしい。
 


 ヤマダ=タロウはある仮説に辿り着いた。
 


 もしかすると不老を持った人間はイリーガルに、それを持たない人間はコレクトに、それぞれ分別して創造主が捨てたのではないかということだ。
 


 なぜ創造主がそんなことをしたのか、ヤマダ=タロウには見当もつかなかった。それに、いつのまにか創造主に対する憎悪も消えていた。
 そ


 れからいくばくか時が流れたころ、ある不思議な少年に魔女たちは出会った。その少年の名前はユウキというのだった。
 


 どこが不思議なのかというと、ユウキは事あるごとに魔女と関わり、仲間に引き込んでいくのだ。それも彼は無自覚でのことだ。エモーションという組織が設立されたとき、メンバーがほぼ全員魔女だったのは、けして狙ったわけではない。


 気付けばそうなっていたのだ。これはただの偶然とは簡単に割り切れないできごとだった。
 そしてユウキにはもう一つ不思議なことがある。


 それは、彼の見た目が月日が流れても全く変化しないことだった。これに関しては、会ってからまだ日が浅く、もしかしたら見た目が老けない体質なのかもしれないという見方も出来る。だが、それにしても変わらなさ過ぎるということだった。
 


 さらにユウキは、過去の話を全く語ろうとしない。一番初めにエモーションに加入し、長い付き合いであるユメでさえ、彼の過去はおろか、彼の家の場所すら知らないのだ。
 


 この報告を受けて、ユウキという人間は魔女――イリーガルでいうところの――なのではないかとヤマダ=タロウは考えた。いや、考えもしなかった。ヤマダ=タロウはユウキを魔女だと断定した。
 


 そしてヤマダ=タロウはこれまでにないほど彼に怒りをおぼえた。
 創造主にコケにされるのは、許せた。彼は神のような存在で敬うべき存在だと改めて認識していたからだ。
 


 けれど、ユウキは違う。同じ人間で、しかも彼は魔女だ。それなのに彼はその人生を何不自由なく過ごせていた。それが憎くて憎くてたまらなかった。
 ど


 うして彼だけが幸せにならなければならないのか。ヤマダ=タロウはそればかり考えていた。
 


 そして彼は決断したのだ。
 


 あのコレクトを――いや、ユウキという存在を地獄に叩き落してやろうと。
 それが、この物語の全てだった。


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