世界の流れ 4
ユウキもまた、吐き気にさいなまれていた。まるで二日酔いにでもなったような気分だ。
しばらくじっとしてから、ユウキはゆっくりと目を開けた。視界がぐるぐると反転し、世界が何度も反転する。それでもユウキは気力をふりしぼり、体を起こした。
すると、目の前にゼツボウが立っていた。ゼツボウは目を覚ましたユウキを振り向いてから、体の位置をずらした。きっと、この混沌とした世界を見せるためだ。
ユウキは息をのんだ。まるで世界の終わりのような荒廃した渇いた世界。見るも無残、といっても差し支えのない、そんな世界が目の前には広がっていた。
そして同時に、魔女がこんな世界に住んでいたのかと思うと、少し胸が痛んだ。
「すごいところだね、ゼツボウ」
「あぁ。ここに、母さんは住んでたんだな」ゼツボウはそうつぶやいた。
二人は当てもなく歩くことにした。なにか歩いていればみつかるかもしれないからだ。ちなみに、キボウとムサシとはあのブラックホールに呑まれた際に、はなればなれなってしまったようだ。たが、二人が一緒ならば問題はない。
歩いても歩いても、景色は変わらない。まるで、ランニングマシンの上で歩いてるようだった。
「なぁユウキ。ユメは、どっちだと思う?」
ゼツボウは、突然そんなことを聞いてきた。色々と抜けた言葉だった。正しくは、ユメは魔女か人間かどっちだと思う、だ。
「どっちでもいいさ。どちらにしろ、僕は助けにきたからね」
「ユウキは魔女でも助けるのか?」
「……うん。助けるべきだと判断したらだけど、助けるよ。たとえ人間でも魔女でも、それ以外でもね」
「それは難儀なやつだぞ。俺には、そんなことはできないぞ」
ゼツボウは、理解できない、そう言いたげだった。たしかに、自分の国を滅ぼそうとした魔女を助けようとするなんて、気が狂っているかもしれない。それでも、助けたいと、そう思ったのなら助けるべきだと、ユウキはそう思っていた。
「俺なら助けないぞ。俺はそういう冷たい人間なんだぞ。俺はユメをおそらく魔女だと思ってるし、俺たちは罠にまんまとはめられてるだけなんじゃないかとも思うぞ。だから俺は冷たいんだぞ」
ユウキは頭がよくキレるし、博識だ。どこからともなく知識を身につけてくる。それは中々できることではない。けれど彼の心情はきっと、誰にもわからない。
「たしかに罠かもしれない。でも、ゼツボウは逃げずにここにいる。僕とは大違いだよ」
ユウキは苦々しく笑った。ゼツボウは首を傾げた。ユウキだってここにいる。自分と同じで逃げずに立ち向かっている。
「ユウキは……なにから逃げてるんだ?」
「過去だよ。昔々の記憶――僕はそれに、向き合おうとしなかった。もし、もっと早く向き合っていれば、違う未来もあったかもしれないのにね」
昔々――そんな言葉で言い表すほど、ユウキの見た目からして長い年月生きたわけではないはずだ。ならなぜそんな言葉を引用したのか。それがわからなくて悩んでいると、ユウキが立ち止まった。
「おや。ちっちゃいのとおおきいのがいるね。どちらも若々しくていいわね」
その声は女性の声だった。かわいく、まだみずみずしい声をしている。ヨツバとは大違いだった。
「私の名前はニノマイ。華麗なる――妖精よ」
ニノマイは白の丈長コートの内側から真っ黒い鞭を取り出し、ポーズをきめてそう自己紹介した。二人は少しぞっとしつつ、引いた。
「あれが武器なのか? 痛そうだな」
「もしかすると彼女はサドかもしれない。ちょっとゼツボウには早いから、後ろに下がってて」
「はぁ残念。わたし、男の子より女の子を痛めつける主義だったのに。テンション下がるわね」
ニノマイはぺろりと鞭の先を舐めた。ニノマイと名乗る妖精は、おそらく魔女だ。だが、鉄仮面をしているわけではなく、真っ白なベールで顔全体を覆っている。そこから覗かせるピンク色の舌は、なぜか少しいかがわしくみえた。
「あんまりみるなよゼツボウ。き、危険だ」
「うん? ただ鞭を舐めただけだぞ」
「いや、そうなんだけど……」
うまい言葉がみつからず、ユウキはとりあえずゼツボウの前に立ち、あまりニノマイをみせないようにした。
「安心して。私、どっちでもイケるから」
ニノマイはそういって高く跳躍した。そして、可憐に舞いながら鞭を縦横無尽に叩きつけてくる。
ユウキは慌てて剣を抜き、それを全部防ぎきる。そして、ゼツボウにもっと遠くに離れるように強く言い聞かせる。ゼツボウはそれに黙って従った。
「従順な良い子ね。それにしても、物騒なもの持ってるわね。それでいったい私のどこを突き刺すのかしら。楽しみね」
「刺さないよ。斬るんだよ」
「どちらでもいいじゃない。感じられれば!」
ニノマイはなせか興奮した様子で鞭をしならせる。なぜか、先ほどよりも鞭をうつスピードか早くなっている気がする。
「もっともっとスピードをあげるわ。目じゃ追いつかないだろうから、体で感じてよね」
四方八方から自由自在に飛んでくる鞭は、ユウキの体をバチンバチン叩き、どんどん傷をつくり、ユウキはどんどんボロボロになっていく。そのスピードは尋常ではない。
「ユウキ!」
「ゼツボウ! 離れるだけでなく、耳もふさいでおくんだ!」
「え? わ、わかった」
ゼツボウが言う通りにしたのを見届けたあと、ニノマイに向き直った。
「君はふらちな言葉を言う天才か!」
「あら、もっと詰って」
「それだよ! けしからんね!」
ユウキがニノマイをギロリと睨むと、ニノマイは悶えていた。
「あらあら。だって私、快感をえないと生きている心地がしないんだもの」
「なんて難儀な体なんだ……どうしてそんなことに」
「不老だからよ。永遠と終わらないこの命って、案外退屈なのよ」
「……なら、ここで終わらせてあげるよ。それが君のためだ」
「なら、絶頂を感じさせて。そしたら私は死んでもいい」
鞭のしなりが超高速となり、ユウキの体のあちこちに噛みついてくる。そんな中、ユウキは考えていた。自身のことについてだ。
ユウキには、生前の記憶がない。いや、実をいうとあるにはあるが、これはおそらく本当の自分の記憶ではない。これはきっと、植えつけられたものだ。なぜかはわからないが、そう確信している。
ならば本当の記憶はどこにあるのか、それはユウキにもわからない。けれど、わかることもある。おそらく、この記憶の鍵は、ムサシにある。ムサシといれば、なにかが掴めるきがするのだ。だからユウキはつき進む。邪魔するものは、倒すしかない。
「なによ! もつとあえぎ苦しみなさいよ!」
ニノマイかキィキィいいながら鞭を振りまわしている。
「効かないよ。僕は鋼の肉体だからね」
「あらそうなの。ならみせてほしいわね!」
ニノマイの鼻息が荒くなった。
「みせないよ。だって君はここで僕に倒されるんだ。そして、勝つのは僕だ」
すると、ニノマイかぴたりと鞭をうつのをやめた。そして、高らかに笑い始めた。
「あなたたち、あの羅生門を通ってきたのよね?」
「あぁそうたよ。それが?」
「ならあのダークホール、見たわよね? あれってね、世界を呑み込む巨大なダークホールへと進化していくのよ。きっと今、なかなかの大きさになってるんじゃないかしら」
「な、なんだって!」
ユウキは動揺した。もしこのまま世界が呑まれたら、ヤマダ=タロウに会い、コレクトを救う運命も叶わなくなる。それだけは避けなければならない。
そのためには早く、この魔女を殺さなくては。
その瞬間、ユウキの雰囲気が変わった。
「救うんだ。コレクトを。だからここで、立ち止まるわけにはいかない」
剣を構え、ニノマイを見据えた。
ニノマイはふんと鼻を鳴らしたあと、鞭での攻撃を再開した。その一打目に合わせて、ユウキは剣を振り下ろした。スパン! となにかが断ち切れる音が響き、次の瞬間、鞭の根元がちぎれた。
「あぁ! 私の愛しの鞭が! おのれ!」
ニノマイの意識がふところに移動した。その瞬間――ユウキは動いた。
だか、ニノマイの動きも早かった。彼女が懐から出したのは拳銃だ。それを素早くユウキには向ける。
パァン!
ザクッ!
発砲音と斬撃音、二つが同時に響き渡った。
ユウキは、頰に一筋の血筋を残しながら、ニノマイの胸から背中にかけて剣を深々と突き刺していた。ようは、ニノマイの弾丸は外れ、ユウキの剣はニノマイの体を貫通したのだ。
ニノマイは驚いたそぶりはなかった。そっと下を向き、吐血しながらも言葉を連ねた。
「あぁ……いい。これが、絶頂なのかしらね」
ユウキの剣についた血を愛でるようにそっと撫でて、ニノマイは笑みをこぼした。晴れ晴れとした様子だった。
「美しいわね」
とくに死をおそれたことはない。これでようやく死ねると思ったほどだ。
「ねえ、死ぬまで剣は抜かないでくれるかしら」
「……わかった」
「ありがとう。優しいのね」
ニノマイは天を仰いだ。口から血を垂れ流し、彼女はなにかをみつめていた。
「あぁ、できれば最後にもう一度、創造主に会いたかったわ」
憂いにあふれたその言葉とともに、彼女はその生涯をとじた。
「さようなら、世界。また……どこかでね」
剣を引き抜くときに、そんな声が聞こえたのはきっと、気のせいなのだろう。
ユウキは彼女をそっと地面に寝かした。
そしてふと、ゼツボウをみた。彼はなぜか倒れていた。もしかすると、ニノマイの言葉が刺激が強すぎて倒れてしまったのかもしれない。いや、だか耳をふさがせたはずだ。ならなぜ倒れているのか。お腹でも減ったのか。
「――!」
近づいてみて、あぜんとした。ゼツボウは脇腹のあたりから血を流して倒れていた。血は、かなりの量地面に流れて染み出している。
「い、いったいどうして――!」
ユウキが思考をめぐらせて、やがて気づく。あのときのニノマイの発砲。あれはもしかすると、ユウキを狙ったわけではなく、ゼツボウを狙って撃ったのかもしれない。
「くそ!」
考えていても仕方ない。そうはいっても、ここに止血するような道具はない。ただ、ゼツボウの名前を呼ぶだけしかできない。
「どうしたら――! くそ! 僕はなんて――なんて非力なんだ! こんなにも長い年月を生きた――?」
ユウキは頭を抱えて無意識に言った言葉に違和感を覚えた。いったいいま、自分はなにを口走ったのか。だが、いまはそんなの考えている場合ではない。
「だれか――だれか助けてくれ!」
「ほんとうに、あなたはだうしようもないわね、ユウキ」
そのとき、冷えた言葉が聞こえてきた。ユウキはその声を聞いて一瞬夢かと思った。この声の主はユメだ。ユメでまちがいない。
ユウキは振り向きざまに叫んだ。ゼツボウを助けてくれと、めいっぱい叫んだ。もし仮にユメでなくてもいい。いまはゼツボウが助かるならどうでもいい。
ユメの声をした謎の人物は、そっとゼツボウの手前に正座して座った。そのたたずまい、そしてふわりとした髪、それはまさしくユメでまちがいなかった。
ユメは、ゆっくりゼツボウの脇腹に両手をおいた。
その瞬間――脇腹が淡く光り輝いた。
「私はあなたを助けるわけじゃない。たた、道ばたに倒れてる子供の治療をしてるだけよ。変な勘違いはしないことね」
冷たい前口上を述べながら、その光はゼツボウの脇を包み込むように輝き続ける。やがて、その光は止まり始めた。
「う……」
ゼツボウが意識を取り戻したのか、目を薄っすらと開けた。
「ゼツボウ! しっかり!」
「うぅ……ここは……イリーガル。私は……ゼツボウ」
「うん。どうやら大丈夫そうだね。ありがとう、ユメ」
するとユメはそれに反応することなく立ち上がり、去っていこうとした。
「君、魔法が使えたんだね。すごいや」
「そんな大層なものじゃないわ。これはいうならば、ちょっと不思議な力よ。それに、あなたにもあるものよ。この、ちょっと不思議な力は」
少し含んだ言い方をして、ユメは言った。少し、笑ったような気もした。
「僕のその、ちょっと不思議な力の正体を、ユメは知ってるのかい?」
「……教える必要はないわ。だってもう、この世界は破滅してしまうのだから」
ユメは吐き捨てるように言った。
「まだ、わからない。運命はまだ、変えられるかもしれない」
「そんな夢物語、私は信じないわ」
「じゃあなんで君はここにいるんだい?」
「……それは、私が魔女になるためよ」
「魔女になるため? なら君は、人間なのかい?」
ユメはうなずいた。
「私はね、不老を手に入れたかったの。だから魔女に魂を売って人間であることを捨てた。けれどやはり、魔女にはなれなかった。そんな、あわれな人間なの」
それでも、ユメの言葉に憂いはなかった。
「そしていま、この世界に創造主かきているらしいの。だから私は彼を探して、魔女へとこの身を昇華させる」
「なぁ、教えてほしい。その創造主ってのは、いったい誰なんだ?」
するとユメはにこりと笑った。
「創造主の名前はムサシ。本名クナイ=ムサシ。これが、私たちをつくった創造主の正体」
「――!」
その瞬間、ユウキの頭で歯車が噛み合った。
「なるそど、そういうことか」
「なにか、わかったの?」
「あぁ、やっとわかった――僕の正体がね」
ユウキは飛び跳ねるようにゼツボウを抱いて、一気に走り去った。それを困惑した様子でユメは追いかける。
ユメが追いかけるそのすぐ後ろ――。
そこは完全な黒で覆われていた。
世界の終わりはゆっくりと見え始めている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます