世界の流れ 2

 外はまさしく、地獄絵図といっても過言ではない。それくらいひどいありさまだった。炎と死体が入り乱れ、きれいだった外観を血で染めている。腐敗した匂いがたちこめて、ユウキは顔を歪ませた。


 四人はただただ黙って走り続けた。手から嫌な汗がにじむ。体がべたつく。エレベーターをおり、そこから止まることなく白いレンガのアーチ――出入り口をめざす。もっとも、白いレンガは血にぬれて赤く染まっているが。


「うん?」


 ユウキは、その出入り口に、二人の影をみた。どちらも鉄仮面をかぶり、白の丈長のコートを着ている。間違いなく、魔女だ。


 ユウキは小さく舌打ちした。ムサシも気づいたようで、二人はどうするか、という視線をお互いに向けた。二人はそれだけで互いの意思をくみとった。キボウとゼツボウは不安そうだったが、口を挟むことはなかった。


 魔女二人は、行く手を阻むようにして立っていた。一人は長身で一人は小柄。でこぼこなコンビだった。


「こんにちは……って、ここずっと朝なんだっけ? 不思議なところねぇ」


 小柄なほうの魔女が、そういって笑い声をあげた。なんとも空気の読めなさそうな魔女だった。


「あ、私たちの名前知りたい? なら教えてあげる。私の名前はゴミ。そしてこっちの長いのはロクロ。宜しくう」


 頼んでもないのに自己紹介を始めるゴミと名乗る魔女。ロクロと呼ばれた魔女のほうは依然喋らない。それを感じとったのか、


「ごめんごめん、ロクロは無口なの。あは、ロクロは無口って言葉四角がたくさんあるね。面白いわ。ふふ」


 ゴミはひとりでに笑い、やがてむすっとした表情をつくった。


「ちょっと。私ひとりで喋ってバカみたいじゃない。どうしてなにも話さないのかしら? あ、もしかして女の子に緊張してるのかな? そうなのかな? ピュアなのねぇいまどきの男の子。草食系男子っていうんでしょ? なのにお肉が好きだなんておかしいわ。ベジタリアンになりなさいよ。ねぇ、ロクロ?」

「…………」

「あ、以心伝心ごっこ? なになに? 最近はロールキャベツ系男子がはやってる? そうなの? ロールキャベツってキャベツ一枚じゃない。そんなに草の部分って薄いの? そして開いたら肉がたくさん出てくる。なによそれ、開かせるのは女の股で充分よ」

「…………」

「あら、いま反応したわね君たち。可愛いわねぇ。あ、最近の君たちの世代ってろくにセックスもしたことないのよね。しかもある年齢までたどりつけばまるで聖者あつかい。生きてて楽しいのかしら? 楽しくないわよね。だって、娯楽のない世界で生きていくのと同じですもの」

「…………」

「喋るなって? それは私に死ねと言ってるのと同義だわ」

「…………」

「あら、そう言ったのね。じゃあ死んであげる。そのかわり、あなたも死んでねロクロ」

「…………」


 二人の摩訶不思議な会話に、四人はあっけにとられていた。そして――。

 ふわりと、なにかが宙に舞った。そしてカランカランとなにかが落ちて転がる音。


「久しぶり……でもないわね」

「けけ」


 笑ったたような、困ったような、悲しんだような顔を――フアンはした。隣にいるのはサツキだ。奇妙な笑い声で、鋭くとがった歯をきらめかせた。


 ここでようやくユウキが口を開いた。


「君たちも、魔女だだったんだね」

「うん。ごめんね……いままで……騙してて」


 フアンは先ほどの饒舌が嘘のように、ボソボソと小さな声で喋った。もしかしたら、あの鉄仮面には、なにか人を変える力があるのかもしれない。いや、もしかすると、人間の本来の本質を引き出すものなのかもしれない。


「……別にいいさ。それよりも、そこを通してくれないか? 僕は、ここを出なきゃならない」

「もちろん……いいよ。私たちは戦う気がないから」

「こいつは、人間に興味をもったあわれな魔女だ。だからこの国の人間を殺すことができないのさ。挙げ句の果てに、人間に恋をしたんだからな。救えねぇよ。けけ」


 サツキは淡々といったあと、こう告げた。


「フアンは人間を知りすぎた。心が人間になっちまったんだよ」

「ならどうしてこの争いがおきることを教えてくれなかった。もっと早く知ることができれば、こんなにも犠牲が増えることはなかった」


 ユウキは悔やみ、いままで通ってきた道端に石のように転がる死体を思った。もし、もっと早く知れたら、あそこまで死体が増えることはなかったかもしれない。


「あれは……人間じゃないよユウキ。人間の皮をかぶった……屍だよ」


 さめざめと、フアンは言った。冷たい、冷気のような表情を張りつけて、彼女は言葉を連ね始める。


「なにもしない。なにもできない。ただ生きるだけ。そんなの……人間じゃない。人間はもっと……地べたを這いずりまわって……上を向く。弱くても弱くても……あがくもの。それをしないのは……人間じゃないよ、ユウキ」

「それでも、人間は人間だ! 殺すことは許されない!」

「それは、誰が決めたの?」

「それは、法律だよ」

「その法律は、誰がつくったの?」

「誰がって……それは――」


 ユウキは言葉をうしなった。たしかに、人は殺してはいけないというのは、だれが考え、だれがつくったのだろうか。


「この世界は歪んでる。そう思わない? だって人間が平等なんてうそ。ていうか……人間はなにをしても平等だなんていうやつがいるから……人はあがかない。上を向かない。ただ生きるだけの屍になるの」

「そんなことはない。人はみんな、一生懸命生きている」

「本当に……そう思うの? あなたはコレクトでいろんな活動をしてきた。それで集まったのは人間に扮した魔女だけ。それでもあなたは人間はみんな、一生懸命生きてると、豪語できるの?」

「違う! それは僕の力不足だ!」

「認めなさいよ。小さな幸せで満足している……あわれな人間を、下にみていると」

「もう黙れ!」


 ユウキは剣を早々と抜き、飛びかかるように剣を大きくふるい、フアンまで跳躍した。フアンに逃げるそぶりはない。


「ユウキ。あなたは魔女は斬れても……仲間を斬ることはできない」

「あぁぁぁぁ!」


 フアンの言葉をかき消すように、吠えながらユウキはフアンの首元に噛み付くように剣を振り下ろした。


 だが――刃は途中で止まった。


「ほらね……殺せない」

「く……!」


 ユウキは剣に力をこめた――ようにみえた。だが、剣は震えたままぴくりとも動かない。


「どうして……避けないんだ」

「だって……信じてるもの。ユウキは……仲間を殺せないってこと」

「僕がまだ、君たちを仲間だと思っていると? そんなはずないだろう。こんなにも、僕の国をめちゃくちゃにしたんだから」

「大丈夫だよ……ユウキ。運命はまだ変えられる。このコレクトという国は、まだ救うことができる。自分を信じて」


 フアンの言葉は、ユウキの心には響いてこなかった。けれど、斬れないものに刃を立ててもしかたない。そう思い至って、ユウキは剣を鞘におさめた。


「いこう、みんな」


 ユウキはそれだけ言い残して、二人の間を突き進んでいった。


 あとの三人が慌てておいかけていく。最後のひとり――ムサシが二人の間を横切ったとき、フアンが声をかけた。


「ねぇ、ムサシは人間なの? それとも……なに?」


 ムサシは足を止めた。そしてその不思議な問いについて少し考えたあと、こう答えた。


「ちょっと不思議な力をもった人間。そんなとこ」


 そう言い残して、彼もまた、去っていった。


 その姿を、フアンはじっとみつめていた。いつの間にか、サツキが隣に立っていた。


「おもいは伝えないのかい、フアン」

「うん。だって私は魔女だから。伝えるとするなら――」


 ふわりと風が目の前の草原をウェーブするように揺らした。それをみて、大きく息を吸い、目を閉じて――


「生まれ変わったら、かな」

「けけ。お前の頭はいつでもどこでもメルヘンだね。ほんと、面白いやつだ」


 サツキは天を仰いだ。いつものように、朝日は地上を照りつけていた。もう、何年もあの月はみていない。


「あぁ、これでようやく死ねる。もう、こんな呑気な世界はこりごりだ。次生まれ変わるなら、もっとスリルのある世界に生きたいね」

「人間が弱すぎて殺すことに興味がなくなった、あわれな魔女さん、とりあえずお墓に行きましょう。あそこは快適よ。昔々を思い出せるし」

「そうだね。さ、早くいこう」


 こうして二人の魔女は颯爽と消えていった。


 もうこの先、彼らが会うことは、ない。

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