世界の流れ 1
まず、ユウキとムサシはアジトに向かうことにした。もしかすると、エモーションのメンバーが避難場所として密かに隠れているかもしれないからだ。望み薄、ではあるが。
あのときマダムはユウキに、エモーションのほとんどのメンバーと言い、全員ではないような口ぶりだった。二人はそこに賭けたのだ。
だが、アジトに人が入った痕跡はなく、気配も感じない。そこはとても静まり返っていて、なんだかみんなが集まったときの空間とは思えないほどひっそりとしていた。
「おい! 誰かいないか!」
ユウキが周りを見渡しながら声を叫んだ。こうすると、味方が来れば御の字だが、敵が来る可能性もある。この場合、後者の可能性の方が非常に高い。けれど、呼ばずにはいられなかった。ユウキの声には、いてほしい、という気持ちが混ざっているようにも聞こえた。
「くそ……せめて誰が味方で誰が敵なのかはっきりしていれば……」
ユウキが歯噛みしたそのときだった――入り口の向こう側から、ドタドタと誰かが駆け足でこちらに向かってくる音が聞こえてくる。しかも、一人ではない。
入り口は暗く、奥まで見渡せない。なので二人は緊張感に包まれながら、暗闇から現れるだろう人――か魔女か――を黙ってみつめる。
すると、「うわぁぁぁ!」という少年の声とともに、ヘッドスライディングの要領で上半身を前に突き出し、二つの影が二人の目の前までずざぁっと滑ってきた。一つは赤髪、もう一つは銀髪をなびかせて、二人は「うぅ」とうなった。
「キボウ! ゼツボウ!」
ユウキが歓喜に満ち溢れた声で呼ぶと、二人の少年は顔を上げ、次にユウキ同様顔を喜びに染めた。
「てめぇいったいどこいってたんだよ! 探したんだぞ!」
「寂しかった……ぞ」
二人の小さな体はボロボロだった。戦った痕跡はないが、おそらく色々なところを点々とし、知り合いを探し求めたのだろう。
知り合いといえば――。
「ねぇ二人とも、カンシャは?」
その瞬間、二人の顔色が変わった。顔をくもらせ、表情がひきつる。
「お母は、いなくなってた……俺たちを置いて、どこかに消えちゃったんだ」
物悲しそうに、キボウは言った。信じられない、そんなそぶりが感じられた。ゼツボウは黙って下を向いていた。
「そうか……」
ユウキは慰めの言葉も思いつかず、静寂が訪れた。
それを破ったのは、キボウだ。
「ユメが――さらわれた」
「え? さらわれた?」と、ユウキが聞き返した。
「うん。変なお面をかぶった奴らにひょいと担がれて、どこかに連れて行かれたんだ」
ユウキとムサシは視線を合わせた。変なお面をかぶった奴ら――それは魔女のことだと確かめあうように。
「どこに向かったか、わかるかい?」
「それはわからない。でも、羅生門の方角に向かっていったのは見た」
ユウキは思考をめぐらせた。このコレクトから羅生門までの道中、ほぼすべてが草原で覆われている。いちおう少し羅生門からずれたところに洞穴があるが、あそこにはなにもないのは確認されている。では彼らはどこに向かったのか。いや、どこに向かったのかははっきりしている――イリーガルだろう。そこに向かうには、あの羅生門を開けるか、まだユウキがみつけていないどこか別の入り口をみつけるしかない。
だが、そこがどこなのか皆目見当がつかない。
ならばどうするか。考えるのは一つだ。
「羅生門をこじ開けるしか……」
「それなら俺に任せてくれないか?」
ムサシが話に割って入り、自信ありげき手をあげた。
「なにか策があるのかい?」
「策っていうほどじゃないけどな。もしかしたら、開けられるかもしれない」
ムサシはぐっと手のひらを握りしめ、拳になったそれをみつめた。
「ムサシがそういうなら、任せるよ。羅生門へ急ごうか」
ユウキが頷くと、裾のあたりをぐいっと引っ張られた。
「俺たちも連れてってくれよ」
キボウが不安そうな目でユウキをみる。
「えっと……そうだなぁ……」
ユウキは判断に困った。ここに置いておくわけにはいかないし、かといって連れていくわけにもいかないと、そう思ったからだ。
どうすればいいかと困惑してたとき、
「生存者、発見だぁ」
しわがれた粘液のような粘ついた声が、ユウキの体を震わせた。
「だ、だれだ――!」
ユウキはすぐさま振り返り、その人物をみた。無骨な鉄仮面に、真っ白な丈長のコート。その様相は、まさしく先ほどみたサンドと名乗る――中身はイカリ――魔女と同じだった。そしておそらく彼女――声からして――も魔女の一人だ。両手に大きな爪をつけている。俗にいう鉤爪だ。
ユウキはまず、キボウとゼツボウの盾になるように前にでた。
「君は、魔女なのかい?」
「ごめいとう。私の名前はヨツバ。私たちの正体を知ってるなんて、驚きだねぇ」
驚くそぶりもみせないまま、ヨツバはそういった。独特の舌を巻くような喋り方は、なんだかバカにされてるような気分だった。
「魔女が俺たちになんの用だよ……って、聞くまでもないか」
「まさしく。私たちはこの国を滅ぼしにきたんだぁ。だからなんの用かと聞かれたら、殺しにきたと、いうしかないねぇ」
そのときだった。
「お母……? お母なのか?」
キボウがユウキの背後から顔だけをつきだし、ヨツバをみつめる。その顔色は蒼白だった。信じられないものをみているかのようだった。
「お母ぁ? いったい誰と見間違えてるのかわからないが、私はヨツバだ。お母じゃないよぉ」
「嘘つけ! 口調を変えたってバレバレなんだ!」
「……どう思われようが勝手だが、赤の他人に親だと勘違いされるのは、いただけないねぇ」
ヨツバの口調が一気に冷え、棘のようなものに変わった。そして体がゆらりと揺れた――そう思ったときには、彼女はその場から消えていた。
「え?」
キボウは目をパチクリさせた。そしてふとなにかの気配を感じて横をみた。そこには、鉤爪を頭上にかざし、薄笑いを浮かべたヨツバの姿があった。
「めざわりだ」
ヨツバは吐き捨てるようにそう言って、なんのためらいもなく鉤爪を振り下ろした。
ガキン! と、凄まじい音が響いた。
「なんだぁ。邪魔だなぁ」
「それが親のすることかい、カンシャ」
ヨツバとキボウの間に割って入ったのは、ユウキだ。体をぐっと捻るように曲げて、襲ってくる鉤爪を剣で下からすくい上げるようにして防ぐ。その一撃は重く、ユウキの体は少しずつ沈んでいく。
「二人とも……いったんここを離れるんだ」
「いやだよ。俺は逃げない。逃げたくない」
「俺もごめんだぞ」
二人に逃げる選択肢はない。全身を小刻みに震わせながらも、じっとヨツバから目をそらさない。
「健気なガキだなぁ。お前らみたいなのは早死にするタイプだ。あわれだねぇ」
「く……!」
ヨツバの鉤爪の力が先ほどより一層重くなった。ユウキは歯を食いしばり耐えるが、体が弾き飛ばされ、二人のそばから離れてしまうのは時間の問題だと思われた。
その様子を肌で感じとったのか、キボウが嗚咽しながら泣き始めた。ずざっと後ずさる音も聞こえてきた。きっと、彼もまた闘っているのだ。死神という化け物と、真正面からぶつかりあっているのだ。
「キボウ、おそれるものはなにもないそ」
聞こえてきたのはゼツボウの声だ。少し震えているが、泣いてはいないようだ。
ゼツボウはぎゅっとキボウの手を握りしめた。
「キボウは、なにも間違ってないぞ」
「へ。なんだよ、ゼツボウの手も震えてるじゃんかよ」
「泣いてるやつに言われたくないぞ」
二人が口元を緩めたそのとき、ヨツバはむずがゆそうに絶叫した。まるで聞きたくないとダダをこねる赤ん坊のようだった。
「じゃれあいは他でやりな!」
ヨツバは空いていたもう片方の腕でユウキを回り込むようにして二人に鉤爪を振りかざした。
「しねぇ!」
死が、二人に迫る――そのとき。
ゴン!
「――は?」
横合いから入れられたなにかの衝撃で、ヨツバの片腕が上に一気に吹き飛ばされた。無論、腕は繋がった状態で、だ。
「ユウキ、さっさとこいつ倒しちまえよ。もう、いいだろ」
ムサシが、まるでサッカーボールを蹴り終わったあとのような体勢になっていたのを一瞥したあと、小さな少年二人をみた。
「なぁ、二人とも、こいつ、倒してもいいかい?」
二人が頷いたのと同時、ぐいっと、押さえつけていた鉤爪がどんどん押し返されていく。
「く――! こいつ、力隠してたのかぁ!」
「隠してたわけじゃないよ。本当に押されてた。でも、いま僕は迷いを断ち切った。そして守りたいものがいる。こうなった僕は今まで負けたことがない」
「は――! ならその記録を俺が塗りつぶしてやるよ!」
「威勢がいいね。でも、それだけだよ。それだけで今の僕には勝てない」
刹那――血しぶきが虚空を舞った。
血しぶきはアーチ型に放出され、出迎えるようだったが、すぐに溶けるようにして落ちていった。それと一緒に、ヨツバも地面に倒れ伏した。仮面は割れていない。
ユウキはなにを思ったか、その鉄仮面を外そうと手を伸ばしたが、やめた。
「これは慈悲だよ、カンシャ。これまで一緒にやってきた仲間としてね」
剣を鞘におさめ、ユウキは二人に向き直った。
「キボウ、よくがんばったね」
ユウキがそっとキボウの頭をなでた。キボウはただされるがまま、動かなかった。
けれど、かすかにまだ震えていた。
「なぁユウキ。その、二人を……」
「わかってるよムサシ。連れていくよ。というか、それがたぶん、一番安全かもしれない」
「……そうだな」
きっと、この国に安全と呼べる場所はもうない。仮にあったとしても、時間の問題だ。だったら、一緒に行動したほうが守りやすい。
「さぁ、いこう。また魔女が来たらたまったものじゃないからね」
ユウキはせっつくように歩き出した。だが、キボウとゼツボウはその場を動かず、じっと倒れたヨツバをみつめていた。
声をかけるかためらったとき、キボウがあたりをキョロキョロと見渡し、やがてお目当てのものをみつけたのか、取りにいく。ゼツボウもそれにならった。
二人はそれぞれに同じものを持ってくると、ヨツバの手前にそっと置いて、二人で頷きあったあと、晴れた様子で戻ってきた。
二人が置いたのは、どうやら一輪の花のようだった(二人が置いたので実際は二輪)。その花を、ユウキがみたあと、薄く笑った。
「どうしてあの花にしたんだい?」
「え、きれいだったし、有名だからかな。チクチクしてたけど」
「ふーん、いいチョイスだね」
「そうなのか?」
「うん。まぁ、大人になればわかるよ」
こうして四人はアジトを後にした。
そのとき、そっとそよ風が吹いて、二つの一輪の花は揺れた。そしてこう言った。
あなたしかいない、なんて。
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