世界の行方 7
なんとも神々しい扉が、目の前にそびえていた。きらびやかで、目を細めなければ直視できないほど飾りつけられて、自己主張の激しい扉だと、ムサシは意味もなく思った。
入り口からこの扉まで、簡素な階段と無機質な壁のみだったので、この扉の場違い感はハンパではないが、造りに文句をいってもしかたないと思い、ムサシは扉に手をかけた。
グッと力をこめると、その扉は音を立てて開いていく。多少の砂埃が舞うが、気にはならない。そんなことより、この中のことを早く知りたかった。
中のイメージは、ムサシが思い描いていたのと同じだった。
一人暮らしのような簡易な部屋に、最低限の家具が置かれている。どれも綺麗で、埃一つついてない。まるで、この空間に献上された供物のようだった。
ムサシはその一つ一つをまじまじ見つめながら、奥へ奥へと進んでいく。六畳ほどなので、すぐにゴールは見えてくる。
ゴールの先には、ガラスケースと木箱があった。やはりガラスケースにも埃はついていなかった。きっと、手が触れたらくっきり跡が残るだろう。
ムサシはそっとガラスケースを横から掴んで上にあげた。ガラスケースは簡単にはずれて、木箱が顔を覗かせる。
べたりと指紋のついたガラスケースを横に置き、ムサシは木箱をそっと手にとった。この代物をみたことはないが、重要なものではあるという予感が、ムサシにはあった。
木箱はそれなりに大きい。それに片手で持つと少し重い。けれどそんなことを考えている場合ではない。ムサシはもう片方の手で木箱の蓋をとりはずした。
「これは……」
ムサシは目を見開いた。そこには――ゲーム機とゲームソフトがあった。古ぼけ、錆だらけでもう使い物にはならないだろうが、それは奉られるようにしてここに保管されている。
ムサシは確信した。きっとあの世界の人間たちはおそらく、この世界で生きていると。そしてこの国で平和に暮らしていると。それを思っただけで、ムサシの胸は温かい気持ちに包まれた。
「生きててくれて……よかった」
ムサシは木箱の蓋をとじて、抱きしめた。これは、あの世界の人間たちが消えていなかった証拠だ。手放してはならない。そんな気がした。
この神殿はおそらく、この木箱と、この部屋を祀るためにつくられたに違いない。そのため、この木箱を持ち出すのはいささか抵抗はあるが、そもそもこの部屋や、このゲーム機やゲームソフトをつくったのはムサシ本人なので、きっと許してくれるだろう。誰だかは、わからないが。
ムサシは木箱を脇にかかえて部屋を出た。勝手に、その扉を音を立ててしまっていく。その様子を眺めながら、もうここにくることはないだろうと、ムサシは思った。だから最後にその部屋の光景を、頭に焼きつけた。
神殿から出る途中、フアンやユウキにどう謝るか考えた。そして次に、フアンに話す神話の内容を考えた。元世界の神話なら、腐るほどある。いったいどれから話したものか、ムサシはあれこれ考える。
気づけばムサシは外に出る直前だった。さぁ、急ごう、とムサシは階段を強く蹴り飛ばして神殿の外に飛び出した。
そして、ムサシは硬直した。様子がおかしい、と思ったからだ。空が真っ赤に燃えていた。夕焼けとは違う、嫌な色だった。まるで、大空襲のときの空模様のような――。
「いったいなにが起きてるんだ……」
そのとき見上げた壁の上に、人影があった。その人影は、じっと下の様子をみつめている。白い丈長のコートを羽織り、ギラついた鉄仮面を被っている。奇妙だった。
そのとき、その人影が振り返ってムサシを見た。鉄仮面の黒い穴だが、おそらく。
コートを羽織り、鉄仮面を被った謎の人物は、颯爽と壁からおりると、ムサシと向かい合った。
「お前はいったいどこからきた? もしや――神殿か?」
男の声だった。その声からは怒りが滲みでていた。
だが、ムサシも負けてはいなかった。
「この騒ぎ、お前がやったのか?」
「正確には、俺たちだ。それより質問に答えろ。お前は、あの神殿から出てきたのか?」
「だったらなんだよ」
「殺す。それが、創造主のため。そして、あの方のため」
「……俺にわかるように説明してほしいな」
「知らなくていい。お前は死ぬから」
そして彼は、丈長のコートの内側からなにかを取り出した。
それは――レイピアだった。刃はないが、先端が鋭くとがっていて、斬るのではなく刺す、を武器にしたれっきとした武器である。彼のゴリラのような図体にはあまり似つかわしくないが。
「だが、剣士として名乗ることはしておこう。俺の名前はサンド。もちろん、覚える必要はない」
「俺はムサシ。俺としては逆に、忘れられないくらいに覚えてもらいたいね」
「ふん、武器を持たずしてなにができる。たかが人間ごときで」
サンドと名乗った彼は鼻を鳴らした。まるでその言葉を鼻息で吹き飛ばしたようだった。
「お前、人間じゃないのか?」
「俺たちは魔女だ。イリーガルからきたんだ。この国を滅ぼしに」
「それは、なんのために?」
「あの方のために、だ」
その直後、グゥンと風が歪んでいなないた。そして、気づけばムサシの肩口にレイピアが突き刺さり、貫いていた。
「くっ!」
ムサシはそのレイピアを素手で掴むと、思い切り引き抜いた。血が、滴り落ちる。
「首を狙ったんだがな。見えてたのか?」
「驚いたか? 言っておくが、俺も人間じゃない。ちょっと不思議な力を持った、ただの魔法使いだ」
「魔法使い……だと? ふざけるな! 人間がそんなことを口にするな! 万死に値する!」
ムサシの軽口は、サンドの雰囲気を急変させた。怒り狂っていると、鉄仮面越しだがムサシの体にひしひしと伝わってくる。
だが、ムサシはもっと怒っていた。サンドが外側への怒りを爆発させるなら、ムサシは内側だ。上っ面だけを見れば、ムサシは怒ってないようにみえるが、実際ははらわたが煮えくり返っている。
この国の人間を傷つけることは、たとえ誰であろうと許しはしないと、ムサシは心の中で思った。口にはしない。言ったら、価値が薄れる気がするのだ。
守らなければならない。この国を、そして人々を。それがムサシの使命だ。それを胸に刻み、ムサシはサンドを睨みつけた。
そして、二人は同時に地を蹴り飛ばした――そのはずだが、気づけばサンドはムサシにぶん殴られて、壁に激突していた。その威力は、一発でノックダウンしてしまえるほどだった。
ムサシはゆっくりとサンドに近づいた。
「言いたいことはあるか?」
「ない。死ぬことは怖くない。だが、一度でいいから創造主の顔を見てみたかった。俺は、見たことがなかったから」
「いま、見ただろ。それで十分だ」
「え――」
サンドが顔を上げた瞬間、そこに拳がめりこんだ。先ほどよりは威力はないが、意識を刈るには十分だった。
「いったいこの世界はどうなってる? なにが起きてる? 魔女ってなんだ?」
サンドの意識を完全に断ち切ってから、情報を聞き出せばよかったと後悔した。ムサシがどうすればいいか悩んでいたとき、その鉄仮面にヒビが入った。
そして――割れた。
「――は?」
ムサシは思わず目を見開いた。思わぬことが起きたからだ。
鉄仮面の下には、知らない顔が映るのだと、ムサシは思っていた。なにせ、この世界のほとんどの人間を、ムサシは知らないからだ。だから、気を抜いていた。仮面の下が知り合いだなんて――想像すらしてなかった。
「イカリ、だよな……?」
見間違いなんてありえない。会った期間は短いが、顔を見間違えるなんてことはないほどには、顔を合わせている。その顔が今ここに、晒されている。ムサシは理解に戸惑った。
「遅かったみたいだね。でも、生きててよかったよ、ムサシ」
声を強張らせて、背後からそう言ったのは、ユウキだ。見なくても、声でわかった。
「なぁユウキ。教えてくれよ。いったい、なにが起きてるんだ」
「僕にもすべての事情はわからない。でも、できる限り説明するよ。そして、僕と一緒に戦ってほしい」
「戦う? なにとだよ」
「この国を滅ぼそうとしている魔女を統率している魔女――ヤマダ=タロウを討ち倒す。そのために、協力してくれ」
ムサシはまず、説明を聞くことにした。話はそれからだと思ったからだ。それに、ヤマダ=タロウには聞き覚えがあった。
ユウキは説明を始めた。まず、ついさっき魔女がこの国を襲ったこと、そして、街の人間たちが次々に死に絶えていること、逃げ場がなく蹂躙されていること、そしてマダムの三つの助言とラッキーアイテムの存在。ユウキは淀みなくすべてを説明した。
「状況はわかった。でももうこの国は破壊されてるんだろ? この状況からどう逆転勝ちするんだ?」
「さ、さぁ。それは僕にもわからない。けど、もうこの助言に賭けるしかない。とりあえずこの国を抜けて、あのイリーガルに行かなくてはならない。そのために、あの羅生門をくぐり抜けなければならないし、ラッキーアイテムも獲得しないといけない。状況は最悪だ」
ユウキは苦々しくそう言った。ユウキは本当に大丈夫ななのか自信を無くしているようにみえた。そんな落ちこんだ肩をムサシは叩く。
「任せろ。羅生門とラッキーアイテム、その二つはなんとかなる。というか、もうなんとかなってるんだよ。ほら」
ムサシは脇にかかえた木箱を持ち、その蓋を開けた。そこには、ゲーム機とゲームソフトが大切に保管されていた。ユウキは目を見張った。
「これ、どこで?」
「まぁ、細かいことはいいだろ。あとは羅生門だけど、あれもなんとかなる。俺に任せとけ」
ムサシは自分の胸をドンと叩いた。素直に頼もしいと、ユウキは笑みをこぼした。
「それにしても、ヤマダ=タロウか。あいつがボスとはな」
「え、知ってるのかい?」
「あぁ。あいつは――」
俺が創りあげた人間の一人目だ――そう言いたかったところを、ムサシはこらえた。そんなことをいってユウキを混乱させるのは今することではない。
ムサシはユウキをみた。
「俺が倒す」
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