世界の行方 5

 この世界には夜がこない。ずっと朝のままだ。昼もない。だが、時間の概念は存在していた。日付の存在はあったが曜日の存在はなかった。


 この世界はコレクトという国がある以外ほぼすべてが草原である。荒れ果てた野原を想像すればわかりやすい。


 コレクトという国はまるでウェディングケーキのような形をしている。段々畑のように層が上につらなっており、つらなるたびに層の面積は小さくなっていく。層のまわりには石壁が覆っており、それはまるでデコレーションされたホイップクリームのようだった。


 そしてコレクトには東西南北に四つのエレベーターが存在している。それぞれ下の層から一階二階三階と順番に示されている。最上階は八階である。その最上階には神殿がある。古来よりあるらしいが、一般人の立ち入りは禁止されていたため、謎に包まれている。ちなみにエモーションのアジトはその神殿の真下――コレクトの内側につくられていた。


 ムサシはユウキと一緒にコレクトの階層をすべて見てまわった。下層はほとんどが住宅街で、上にいけばいくほど商店街や施設が多くなった。そしてこのすべての建物は、最上階の神殿を崇めるためのものにみえた。


 この国はそれなりにどこも活気があった。だれもかれもが楽しそうだった。みんな、この先には平和しかないと謳ってるようだった。なぜそんなことを思ったのか、ムサシにはわからなかった。


 それにしてもこの街は、元世界とあまりにも似すぎていた。まるで元世界にかえってきたような気分に陥るほどだった。ムサシはやはり自分の仮説は正しいのではないかとこの街並みをみて思った。


 二人は今、最上階にいる。そこにはあの神殿と、それを囲むようにして巡らされた先端が鋭く上を向いている鉄格子、そして壁と鉄格子の間にある芝生のみだけで、二人はいま芝生の上に立っている。壁で体を支えながら、上から下の景色をのぞき見ているのだ。


 景色は素晴らしかった。きっと元世界では見れない光景だと思った。


 ムサシが下ではなくふと前を向いた。そしてギョッとした。とんでもない景色がそこに広がっていたからだ。ムサシはユウキにそれについて詳しく尋ねた。


「あれは黒のカーテンって呼ばれてるんだ。いつからあるのかと聞かれたら、ずっとあるとしか答えられない。それくらい昔から、あれは存在してるんだ」


 ムサシは黒のカーテンをじっとみつめた。黒のカーテンは横に限りなくずっと続いている。終わりはここからじゃ見えないし、あるのかもわからない。まるで漆黒のマントを横に広げているみたいだった。


 そして、このコレクトを出た先を黒のカーテンとぶつかるまでまっすぐ歩くと、なにやら門のようなものに行き当たる。まるで貼り付けられたシールのようだった。


「あれは羅生門。イリーガルと呼ばれる国に続く門だと言われているけど、本当かどうかはわからない」

「どういうことだ? 開けてたしかめればいいじゃないか」

「ところがね、あの門はなにをどうやっても開かないんだ。普通の人間ではたとえ束になっても開けられない。あれはそういう門だ」


 ムサシはへぇとぼんやりつぶやいた。羅生門は歪な楕円型をしている。真っ白で、本当に門なのかどうか怪しいものだった。だが、たしかめたいとは思わなかった。


「そういえば、イリーガルってなんだ?」

「イリーガルというのは、あの門を開けた先にある国の名前だ。言っておくと、別にみにいったわけじゃない。そういう言い伝えがあるんだよ。つまるところ誰かの受け売りなんだ」

「どんなところなんだ?」

「話によれば、まるで地獄のような場所らしいけど、本当のところはどうかわからないよ。すごく綺麗なところなもしれないし」

「そういう昔話って他にあったりするのか?」


 ユウキは首をひねった。すぐに出てこないということは、数はそこまでないのだろう。なぜこんなことを聞いたのかと言えば、ただなんとなくだった。


「昔話というか、神話ならあるよ」

「神話? 神さまの話なのか」

「いや、一人の魔法使いの話なんだ」

「魔法使い?」


 ムサシは眉をひそめた。まさかここでそんなファンタスティックな生き物の名前が出てくるなんて思いもしなかった。どんな内容なのか聞いてみた。


「たしか魔法使いが質素な家に住みながら、どんどん世界を創っていく話かだったかな。あんまりよく覚えてないけど」

「なんだそれ? もっと詳しく話してくれよ」

「えっと、あるところに魔法使いが住んでいて、彼はひとりで寂しかったから人間を創りはじめるんだ。そしてたくさんの人を創ったら今度は国を創るんじゃなかったかな。そんな感じの話だよ」


 ムサシはその話に妙に引きつけられた。なんだか、他人事のように思えなかった。ムサシはおかしな感覚にとらわれた。


「その魔法使いって結局どうなるんだ?」

「え? んーどうだったかなぁ……」


 ユウキは顎に手をあてて考えていたが、思い出しそうな気配はない。ムサシは切迫した様子で言った。


「思い出せ! はやく!」

「え、えぇ? あ、でも詳しそうな人なら――」

「それ、誰だか俺に教えてくれないか!」


 ユウキはムサシの異様なくいつきに困惑した。こんなにも神話に興味があったなんて知らなかったからだ。だが、ここまで必死なのだから、相当神話が好きなのだろう。ならば、一肌脱ぐしかない。


「わかった。ならさっそく行こうか」


 ユウキはさっそく歩き出した。


「その詳しいやつはどこにいるんだ?」

「彼女はね――占いの館にいるんだ」




 それは五階の北エリアに存在していた。


 占いの館と呼ばれているその建物は、館のような形をしてはいなかった。だがその代わり、とても風変わりな形をしていた。例えるならシチューによく使われる鍋のような形をしていた。色合いは紫色ではあったが、屋根を開ければホカホカのシチューがありそうな建物だった。見方を変えれば、どこかの風俗店のようにも見えた。いったいこの占いの館という建物はなにを目指していたのか、まったく推しはかれなかった。もし仮にこれに風情があるなんて言おうものなら、風情の神は怒り狂うはずだ。


 だからなのか、この通りにはほとんど人が通らない。通るにしても、この建物を避けるようにして通っていく。なんだか閑古鳥でも鳴きそうだった。


「ご、ごめんくださーい」


 ユウキか が及び腰で扉を開けた。しゃらんしゃらんと扉についた鈴が鳴り響く。中は真っ暗だった。


 二人はキョロキョロと頭をあちらこちらに動かしながらも、中に入っていった。いぜん、音はなにも聞こえない。


「誰もいないのかな?」

「んなわけあるか。鍵かかってなかったんだぞ」


 そのときだった。ムサシの肩をトントンと誰かが叩いた。ムサシはそれに驚いてパッと振り返った。


 その瞬間、なにかと目が合った。


「ぎぃやぁぁぁぁ!」

「うんぎゃぁぁ!」

「うわぁぁぁ!」


 三つの悲鳴が順々に真っ暗闇に響きわたったそのとき、パッと明かりがついた。


「なになにいったいどうしたの! ていうか電気はつけなっていつも言ってるじゃないおばあちゃん!」


 ムサシはその声の人物をみた。ピンクのロングスカートに赤紫のフリルをほどこした、なんとも奇抜な服装をした黒髪ショートヘアの少女が、部屋の奥の扉を開けて立っていた。


 その少女とムサシの目が合ったとたん、少女は扉の奥にひっこみ、頭だけつきだしてこちらを覗きこんだ。


「うわ、お客さんだ……しかも男……」


 急に物怖じし始めた少女を見て、おばあちゃんと呼ばれた女性はため息をつく。


 ムサシはおそるおそる振り返った。そこにはしわしわのおばあちゃんがいた。しわがありすぎてどこに目があるのか一瞬わからなかった。それくらいしわしわだった。けれど服装は少女に負けずド派手だった。


「私はマダム。ここで占い師をやってるんだ」


 マダムはとことこと部屋の奥にある血みどろのような色合いのカーテンで仕切られたとこに入ると、二人を呼んだ。二人はまだ自己紹介をしていなかった。


 血みどろのカーテンをくぐると、そこには椅子が二つ丸テーブルを挟むようにおいてあり、丸テーブルには紫色のテーブルクロスがかけられている。そのテーブルクロスの上にはおなじみの丸い水晶が鎮座していた。その水晶は不思議な光を放っていた。


 マダムはキセルを持ち、煙をぷかぷか宙に浮かべて二人を待っていた。


「んで、あんた達はいったいなんだい? まさか私の体目当てかい?」

「いやまったく」と、ムサシは即否定した。

「ならあんた達はあれか。当たらずとも遠からず占いの客か。けっこうなことだ。フェッフェッフェ」

「すごいぶっちゃけた名前だな! それで大丈夫なのか?」

「占いなんてのは当たるときは当たるが、外れるときは外れるもんさ。百発百中なんてただの夢物語だ。どうだい、それでも占いをするかい?」

「いや、占いはぶっちゃけどうでもよくて」

「そりゃまたほんとにぶっちゃけたね」


 ならなにをしに、とマダムがいう前に、ユウキがさっとカーテンの仕切りを取っ払った。そしてその先には、顔をのぞかせたままの少女の姿があった。


「僕たちは彼女――フアンに会いにきたんですよ、マダム」


 その瞬間、マダムが、ほぅ、と唸った。それは予想していなかったと聞こえてきそうだった。


 フアンは口を開けたままぽかんとしていた。その表情は少しかわいかった。そしてその表情は一気に引きつり、おそるおそる自身を指さして、「私……ですか?」と震えた声で言った。


「やあフアン。元気そうだね」


 ユウキがスマイル全開で挨拶すると、フアンは顔を下にうつむかせてコクリと頷いた。


「うん……ありがとうユウキ。それとごめんね……会議に出席しなくて」

「いいよ、会議は自由参加だしね。それより、少し話があるんだけど時間あるかな?」

「うん……それはいいけど……いったいなんの話?」フアンは首を傾げた。

「神話について少し詳しく聞きたいんだ。僕じゃなくて彼、ムサシがね」

「ムサシ……?」


 フアンは聞き慣れない名前にまたも首を傾げて、ユウキの隣にいるムサシに視線を移した。彼は緊張した面持ちだった。少しシンパシーを感じた。


「その……いきなり知らないやつが図々しいかもしれないけど、聞かせてほしいんだ。その、魔法使いの神話ってやつ」

「神話……好きなの……かな?」

「え、あ、あぁ! 好きだよ!」

「そう……わかった。いいよ」


 フアンはゆっくりと頷いた。ムサシは思わずガッツポーズしそうになった。だが、本番はここからだ。


「おいフアン。どうせなら部屋につれていってゆっくり話しな。変なことしたら――まあ、いい機会だ。がんばりな」

「ばあさん節操ねぇな!」

「私ははやく孫の顔がみたいんだ。年寄りの生きる醍醐味さ」

「だからっていきなり上がりこんだやつの子供なんかみたくないだろ」

「フェッフェッフェ。まぁそうだね。なら話を聞いてさっさと帰りな。私は忙しいんだ。それと出るときはそのカーテンしめていきなよ」


 マダムはそれだけいうと、水晶にむかってなにやら怪しげな動きをし始めた。手をぶんぶん上下にふり、はぁぁと息を振り絞り、なにかを必死に水晶にこめているようだった。


 とりあえず三人はその部屋を離れて、二階へと向かった。その途中、いくつもの奇怪な人形や胡散臭いツボなどが散乱していたが、そこには触れなかった。


「ご……ごめんね。おばあちゃんってああいう性格だから変な誤解されやすいんだけど……良い人なんだよ」


 フアンは部屋に向かう途中、マダムのフォローを色々言っていた。嫌ってほしくない、その思いが彼女から滲みでていた。ムサシは温かい気持ちになった。


「フアンって良いやつだな」

「そ……そんなことないよ。おばあちゃんは私の……唯一の母親だから」

「母親?」


 そう問い返してから気がついた。フアンがなにを言いたかったのか。フアンは寂しげに笑った。心が少し痛くなった。


 部屋につくと、フアンが目をギラつかせて先に入り、多大なる片付け音を数分鳴らしたあと、ゆっくりとドアを開け、中に招き入れたくれた。汗をかき、息をきらしていたので、よほど忙しく片付けたのだろう。


 部屋の中は、とてもメルヘンチックだった。ありとあらゆるものにピンクがあしらわれ、ぬいぐるみが窓の手前にぎゅうぎゅうに置かれ、ドレッサーがあり、ハート型のマットが敷いてあり、その上にはまたもハート型の机がちょこんと置いてある。壁紙は白馬に乗った王子様とピンクのドレスを着たお姫様が至るところに散りばめられたものだった。


 二人は部屋の中を見て目をぱちくりさせた。こんなにもインパクトがあるとは思っていなかったからだ。これは家の様相よりも衝撃が走った。


「この部屋を人にみせるのは……生まれて初めてだけど……どうかな?」

「え? まぁ、いいんじゃないか。なぁユウキ?」

「うえぇ? ま、まぁ女の子っぽいというか、ぽ過ぎるというか……」

「え……女の子の部屋ってだいたいこんな風じゃないの?」


 そう言われて言葉に詰まった二人。なんたって二人とも、実際に女子の部屋を見るのは初めてだったからだ。


 三人はとりあえず机を挟んで座ることにした。


「えっと……魔法使いの神話が知りたいんだよね?」

「あ、あぁ。頼む」


 ムサシはそわそわしながら聞いた。なんだかこの部屋は落ち着かなかった。


「でもその代わり一つ……条件があるの」

「え、条件? それって……」


 ムサシはたじろいだ。なにを要求されるのかと心配になったからだ。


 だが、それは杞憂にすぎなかった。


「なら……ムサシの知ってる神話……教えてほしいの。ダメ……かな?」


 フアンは頰を赤くさせ、丸まっている体をさらに丸めさせ、縮こまった。その様子は怯えている子ウサギのようだった。


 ムサシは思わず笑ってしまった。重く考えていたことがアホらしかった。


「全然いいよそのくらい」

「そっか……嬉しい」


 フアンは本当に嬉しそうにニコリと笑った。まるでクリスマスプレゼントを初めてもらったときの子供のような顔だった。ムサシはドキッとした反面、モヤッとした。


「じゃあ話すね。私の知ってる神話は――」




 あるところにひとりの魔法使いがおりました。魔法使いは平凡な家を一つ持っていました。けれどそれは魔法のような家でした。なんとその家は願いを叶えてくれる家なのです。


 魔法使いは日々をひとりで過ごしていました。その世界にはなにもありませんでした。魔法使いはとても退屈でした。


 そんなあるとき、魔法使いはあることを思いつきました。それは、人間を創ることでした。人間は簡単にできました。家はなんでも願いを叶えるのです。


 そして魔法使いはその人間と暮らしましたが、やはり退屈でした。魔法使いは数を増やしました。どんどん増やしていきました。


 やがて、魔法使いはこんなことを考えました。もっと人間を創り、建物をつくり、ありとあらゆるものを創りあげ、この世界に国をつくろうと。


 魔法使いはまず、家をつくりました。そこにつくった人間を住まわせていきました。そして近くにスーパーやコンビニなどのお店をつくりました。


 お店をつくっているとき、なんと人間同士から子供ができました。魔法使いはたいそう喜びました。


 魔法使いはあっという間に国を完成させました。

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