第4話 告白事件

 渡り廊下に待機してしばらくすると、きれいな顔立ちをした男子生徒が三葉の前に現れた。


「五十嵐さん。本当に来てくれたんだ!」


「え、うん……もちろん。えへへ」


三葉は照れた様子ではにかんでいる。辺りをきょろきょろ見渡しながら、告白スポットで有名な渡り廊下に永山昴ながやますばるは三葉に向き直る。


(なーにが『えへへ』だ。調子こいてんじゃねーぞ)


 郁斗は悪態を心の中で吐き散らした。


(なんで、俺はまた巻き込まれてるんだよ……バカか)


 呼び出されたのは三葉なのに、なぜ郁斗が一緒に行かないといけないのか。かといって、ついてきてと言われなかったとしたら、それはそれでむかつくのだ。


 そんな郁斗の心の中のモヤモヤは、三葉にはこれっぽっちも届いていないだろう。


(三葉こそ事件をかぶって歩いているようなもんじゃねーかよ。死体にでもなれ永山め!)


 郁斗の愚痴は誰にも届かない。


 そうこうしているうちに、なぜか二人は世間話に花を咲かせている。


 腹が立ったので思い切り聞き耳を立ててみる。どんな愛の囁きかと思いきや、三葉の突拍子もない話題に、学年イチのイケメンが付き合わされているだけのようだ。


「……バカらし。帰るか」


 座っていた物陰から郁斗が立ち上がろうとしたところ、昴が声をワントーン低くした。


「あのさ、五十嵐さん。今日は内海うつみは一緒じゃないよな?」


「へ? 内海って、内海郁斗?」


 急に自分の名前を出されて、郁斗は肝を冷やしながら再度しゃがみ込む。


(バカバカ、俺が近くに待機してるって、絶対に言うなよ三葉!)


 三葉は本音が顔にもろに出るタイプだ。きっと目が泳いでいるに違いない。


 これで三葉が郁斗が物陰にいることを昴に告げたら、そもそも郁斗が隠れている意味がなくなってしまう


「絶対言うなよな、あのバカ……マジでやめてくれよな」


 郁斗は神様にお願いする勢いで祈りながら頭を抱えた。


「あーっと。郁斗は~、さっきまで一緒だったけどー、今はー……ええと、その」


「一緒じゃないならいいんだ。いつも仲が良いから、もしかして今もついてきてるのかなって思っただけで」


 昴の疑問に、「郁斗は幼馴染だからね!」と三葉は無邪気に笑った。


「郁斗とはお家が隣なの。昨日も一緒に、超お嬢様家政婦探偵・西園寺舞子の事件簿を見たんだ! 今朝も朝起こしに行ってね、あ、ちゃんと玄関から行ったんだけど……」


「え? 夜も? 朝も?」


 ――三葉のやつ、頭の中アホすぎんだろ。


 告白しに来た相手に、夜も朝も男と一緒だったことを楽しそうに話すバカは三葉くらいだ。そもそも、ここが告白スポットだと気付いてさえいないかもしれない。


 結局出るに出られず、帰るに帰れず、郁斗はその場でしゃがみ込んだまま待機する形になった。


「へ、へぇ……仲いいんだね? でも大丈夫? 男子の部屋にそんなに頻繁に行って」


「男の子って郁斗が? 確かにクローゼットの中に友達からもらったえっちな本あるし、あたしが行くと怒るけど、でも郁斗は郁斗だよ」


「あっと、えっと……」


「今朝も布団に倒されて、ぐるぐる巻きにされて大変だったんだよー!」


「ちょっと待って。俺の思考が追い付かないんだけど、どういうシチュエーション!?」


 昴はすっかり三葉のド天然にたじたじしている。


「永山、可哀そうな奴め……」


 郁斗は両手を合わせて、永山に念仏を唱えた。三葉はたしかにかわいい。口さえ開かなければ、美少女の類だ。


 けれどそれは外見だけの話で、中身は……言うまでもない。


 ――っつーかあいつ俺の部屋のエロ本のこと暴露しやがって!


 あとでしばきたおしてやろうと思っていると、三葉が真剣な声音になった。


「ところで永山君。あたしになにか伝えたいことあるんだよね?」


「あ、うん……そうだった」


 永山も本来の目的を思い出したように、コホンと咳払いをする。しかし、三葉が得意げに笑った。


「あたしね、永山君の伝えたいって思ってる内容、たぶんわかってるよよ!」


「あはは、ばれてるよね。やっぱりこんなところに呼び出したら……」


 恥ずかしそうにうつむく昴を見て、三葉はふふん、とかわいく笑った。


「うん! 永山君、死体になりに来てくれたんだよね!」


 永山は目玉が落ちるほど瞼を開いてびっくりしている。郁斗はガックシと肩を落とした。


「うん。え……死体? ちょっと……あれ? どういう……」


「やっぱり! あたしが体育館で郁斗と一緒に、家政婦探偵の舞子ちゃんの真似をするの見てたんでしょ?」


「いや、ううん!?」


「あの時死体役がいなくて困っているのを見てたから、死体役を自己推薦しに来てくれたんでしょう?」


 ――詰んだわ、これ。


 嬉しそうに笑って死体役の楽しさと怖さを伝えている三葉に、郁斗は思わず笑った。


 昴は、ただただあっけに取られていた。

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