第3話 三葉事件

「たいへーん郁斗!!」


「お前よくも朝からそんな……うるせぇ!」


「起きて―、たいへんたいへーん!」


 目覚ましよりもうるさい三葉の声がする。どうかどうか、幻聴であってほしい。爽やかな朝を迎えたいと思っていたのに、郁斗の布団に三葉がぴょーんと飛び乗ってくる。


「ぐぇええっ!」


 そうして郁斗は、爽やかとはかけ離れたうめき声を発しながら朝を迎えた。


「三葉! 危ないだろうがっ!」


「え? でもちゃんと玄関から来たよ?」


「そーじゃねぇ! 下りろバカ! 布団に飛び乗ってくるな! 危うく圧死するとこだったぞ!」


「え、たいへーん!」


「お前のせいだろうが! それに、男子の部屋に勝手に入ってくんなバカ!」


 郁斗が怒鳴りながら半身を起こすと、布団の上に乗った三葉が首をかしげる。


「くっそ……ふざけんな!」


「え、え、怒りすぎだよ郁斗。ごめんって、もう飛び乗らないでゆっくり乗るから」


「乗るな!」


 隙だらけの三葉を布団の上に押し倒すと、掛け布団をガッチガチに巻きつけてくるんだ。


「うえー! ちょっと郁斗、これじゃあたしが動けないってば!」


「しばらくじっとしてやがれ」


 じたばたしている三葉に意地悪な笑みを投げつけて、郁斗は部屋から出る。


「ちょっ……と、郁斗どこに行くの!! ってかこの布団!! どうやって解くの~!」


「洗面所だよ、顔洗いに。てゆーかここ俺んちだぞ、どこに行ったっていいだろうが……あーもう」


 絡まった布団から抜け出せない三葉は、布団お化けになりながらじたばたしている。


 やっと一本だけ手が出せたようで、握り締めていた携帯電話を郁斗に向けてくる。


「ねぇ郁斗待って、事件なの! 死体が見れるかもなのっ!」


「見れるわけあるかアホ。そんな簡単にリアルで死人ばっか出てたまるかよ」


「違うの、ちょっと待ってね。説明するよりも見せたほうが早いから……」


 まだどんくさく布団にからまったままの三葉は、顔を半分と両手を出して携帯電話の画面をかざしてくる。


「見てこれ! 『放課後渡り廊下に来てください、話があります』だって!!」


「ああ呼び出しね、よかったじゃねーか……って、え?」


 部屋から出ていこうとしていた郁斗は、くるりと踵を返して三葉の手から携帯電話をもぎ取って画面を見る。


「放課後、渡り廊下に……?」


「そう。嘘じゃないでしょ?」


 間違いなく、放課後に三葉を呼び出す文言が見える。目を何回もこすってみたが、幻影ではないらしい。


「自作自演か?」


「そんなわけないでしょ! よし、ちょっと布団解けてきた」


 郁斗は送信者を見る。


永山ながやますばる? あの、学年イチのイケメンか?」


 布団お化けもとい、三葉が首を大きく振った。誰の目から見ても、布団生物という新種の生き物が動いてるようにしか見えない。


 ちょっとほどけて来てしまっていたので、郁斗はもう一度ギャーギャー騒いでいる三葉をぐるぐる巻きにした。


「学年イチのイケメンが、なんの用だ?」


「ね、これこそすっごい大事件の予感がしない!?」


「呼び出しが本当なら事件だろうな。告白か? 三葉に? まさかな。そんなわけあるかよ。こんな猿か布団か女子高生かわかんねーやつに……謎すぎんだろ。死人出ても驚かねーぞ俺」


「あ、ひどーい!」


 三葉は暴れたが、余計に布団がからまってそのまま床に顔面から倒れた。


「絶対告白じゃねーな……」


 郁斗は床に転がった三葉を写真にとっておいた。


「恥ずかしいから写真撮らないでよ」


「死体みたいだったからつい」


 言い訳だったのだが、なぜか三葉は「ほんと!? 死体っぽい!?」と目をキラキラさせて死体っぽく倒れる演技を始めた。


 その三葉をほうって、郁斗は部屋から今度こそ本当に出て行こうとする。


「ねぇ、一緒についてきて、郁斗。お願い~」


「――はあ?」


「お願いー! ねーお願いー!」


 布団お化けがバタバタと暴れている。


「なんでだよ。呼び出されたのはお前だろ」


「一人じゃ怖いじゃん! ねぇ、郁斗お願いっ!」


 ついて行くことを承諾しなければ、おそらく今日一日中、三葉につきまとわれるパターンに違いない。


「来てくれたら、コンビニの新作のごっついプリンおごってあげるから。ね?」


「ふざけんな」


 しかし、放課後――。


 三葉によって、有無を言わさず渡り廊下の影に郁斗は待機させられた。


 「……絶対、あいつ自体が事件だ、歩く事件簿だ!」


 郁斗は深いため息をついた。

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