第2話 三葉の方がもはや事件

 *


 夜。


 郁斗は自室のベランダから三葉の部屋に行くことになった。本当は嫌だったのだが、三葉はヤモリのように窓にびたっとくっついて郁斗の部屋を覗いていた。


『来ないとどうなるか、わかってるよね!?』


 聞こえるはずのない三葉の幻聴まできこえてきて、郁斗はカーテンを閉めて痛む頭を抑えた。


「なんで、俺なんだよ……」


 面倒だしうるさいし、いつまでたっても子どものままの三葉に振り回されすぎている気がする。


 ――でも、放っておけない。


「俺、面倒見がよすぎじゃねーか?」


 自分の性格を呪いつつ、時間になると三葉の部屋に向かったのが先ほど。


 結果、隣で三葉は場面ごとに百面相を繰り返している。先ほどまでオープニングの歌を楽しそうに歌っていたというのに、駅のコインロッカーに死体があったシーンに大騒ぎしている。


「きゃーやばーい! あたしこんな所に死体あったらやだ!」


「あるわけねーだろ、ドラマだぞこれ」


「郁斗、もしあたしがコインロッカーに詰まっている死体見つけちゃったら、助けに来てくれる?」


「……警察呼べよ」


 次の場面で登場した爽やかなイケメン俳優を見るなり、三葉は「うっわー!」と大げさに反応する。郁斗のまともなツッコみは、それによってかき消された。


「やばいやばいこの展開! 絶対これ、この人怪しいよねっ! みんな見てるかな? 瑠奈るなも見てるかメールしなくちゃ」


「おいこら三葉! メールするくらいなら、笠原と電話しながら一人で見ろよ」


「電話はできないの。瑠奈って案外鋭くって、犯人すぐにわかっちゃうタイプだから」


「もういい、俺帰るわ」


「ダメダメダメダメっ! 怖いじゃん、一人で見たら」


「はあ? ホラーでもあるまいし」


「だってこんなに顔面が青くて血が出てるんだよ? 夢に出てきそうじゃん!」


「じゃあ見んなよ」


「そうは問屋がゆるしません!」


 三葉はわけのわからないことを言って、郁斗の服の裾を引っ張って離さない。


「ねぇ郁斗、お願いお願い。一緒に居てよ、ね。高級プリンあげるから」


「いらねーよ」


「え、じゃあ超高級プリンなら一緒に居てくれる?」


「……もういい。プリンいらないから、ひとまずテレビ見てろ」


「ありがと! 見終わったら、感想もつき合ってね」


「……ふざけてる」


 結局、見終わったあとも興奮冷めやらぬ三葉は、テレビの内容を一人芝居をしながら再現し始めた。それにつき合ったため、郁斗が自分の部屋に帰れたのは深夜手前だった。


 三葉はあくびをすると、電池が切れたようにその場に座ってフリーズした。


「布団で寝ろ。床は布団じゃねぇ」


「うーん、疲れて動けない」


「お前、ほんと最悪な幼馴染だよな!」


 郁斗は三葉を後ろから抱えるとベッドに乗せる。


「ありがとー郁斗。おやすみ」


「とっとと寝てくれ、頼むから」


 なんで俺が布団かけてやんなきゃなんだよという気持ちを、しっかり顔面に出したが、三葉は眠いのか目をつぶってむにゃむにゃしている。


「あー、でもやっぱりあのトリックは」


「寝ろ、まじで早く寝ろ!」


 三葉の目元にタオルをかけ、彼女が早く寝るように頭を撫でる。まるで子守りをしているような気分になりながらため息を吐いていると、そのうちに寝息が聞こえてきた。


 郁斗は三葉が寝たのをしっかり確認してからベランダ伝いに自室に帰った。


「そもそも、高校生にもなって幼馴染に布団をかけてもらって寝付く奴がどこにいるっていうんだ……いや、いるわ、俺んちの隣に」


 郁斗は自室で頭を抱える。


「なんなんだよ、三葉の奴。天然なのも最悪だ。なんであれが俺の幼馴染なんだよっ!」


 三葉は面倒見がよすぎる郁斗とともに育ったがために、手がかかる高校生になってしまった。


 つまり、三葉がこうなってしまったのは、郁斗のせいでもあるとも言える。


 断じて郁斗は認めないが、両方の親たちには散々そのネタを言われまくっていた。


 ――ドラマよりも、三葉のほうが事件そのものだ。


 三葉の流行りもの好きは今に始まったわけではない。


 小さい時からテレビドラマ (特になぜか刑事もの) に影響されては、探偵ごっこを高校生になった今でも繰り返している。


 もはや、頭の中は幼稚園児と一緒だ。身体だけでかくなったお子様なのだと、いつも郁斗は自分自身に言い聞かせている。


 そうじゃないと、やってられない。


 三葉のミステリードラマのまねっこごっこにつき合わされる日々が続いている。


 郁斗はそれを『三葉妄想事件』と呼んでいて、なぜか回避できずに幾度となく巻き込まれていた。


 そして翌朝、またもや事件を三葉が持ち込んだ――。

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