第1話 幼馴染み事件
「それでは、ここに死体があったとします!」
「あるわけねーだろ。学校の体育館だぞ」
理路整然とした完璧な返しを
「あ・っ・た・と・し・ま・す・ぅ!!」
三葉は腕組みしながら「うーん、やっぱり死体役がいないとリアリティに欠けるよねぇ」とトンチンカンなことを言い始める。
郁斗はため息を落とした。
「あーはいはい。ありましたね。死体。で?」
郁斗が面倒くさいを前面に出した顔で続きを促すと、三葉は満足なのか顔をキラキラさせた。
「でねっ、郁斗が発見しちゃったとします!」
「はあ?」
「発見しちゃったとし・ま・す・う!!」
「ああ、はいはい。俺が死体の第一発見者ね」
「そう。さーて郁斗ならどうしますかっ!?」
「警察呼ぶだろそっこー。間違ってもお前を呼ばねーよ」
「だ――……っ! 違うってば、もうっ! だーかーらー、想像でイマジンで、もしもの話でっ!」
躍起になって体育館の床を上履きでダンダンと踏みつけながら、三葉は握り拳にした腕をバタバタと動かした。
「あーはいはい。あったとしますね死体。で、発見しちゃったとしますね、死体。そしたらお前はどーすんだよ、三葉」
やる気の0,01パーセントも感じられない郁斗の返しにも、いつものことだから三葉はめげない。
「あたしはね、まずは死体の状態を確認して、変なところがないかチェックします!」
「死体がある時点で変だろ。ってかその前に、まじでそんなのあったらお前――」
「それから『超お嬢様家政婦探偵・西園寺舞子の事件簿』の舞子ちゃんみたいに、華麗な推理を展開しちゃうんだ。そうね、たとえば……」
片手を腕組みして、もう一方をほっぺたに当てながら、死体があると仮定した周辺をゆっくり回るように三葉は歩きだす。
推理にもなっていないような単純な観察結果を話し終わるころ、郁斗は体育館の壁から背中を離した。
「で、事件は解決なのっ! どーお、あたしの推理?」
「お疲れさん。警視勲章ものだな、さすが三葉――帰るぞ」
「ちょっと郁斗、あたしの話聞いてた? めちゃくちゃ適当にしてない?」
「聞いてた。死体があってお前が事件解決する話だろ。『家政婦探偵』みたいにな」
『超お嬢様家政婦探偵・西園寺舞子の事件簿』は、超お嬢様が家政婦として色々な家へと派遣され、そこで出会う事件を解決する今世間で大人気のテレビドラマだ。
「そお! 事件は超お嬢様家政婦が解決よっ!」
台詞とポーズを決める三葉。テレビの中の女優とは雲泥の差だ。
「……お前、超お嬢様でもなければ家政婦でもなくて、ただのその辺に転がってる女子高生だろうが」
「ただのってなによ、ただのって!」
「じゃあただものじゃない女子高生でいいから。もう帰るぞ」
これ以上は面倒なので、郁斗は三葉のカバンもついでに持って、さっさと体育館から出た。
「ちょっと待って待ってー!」
三葉が郁斗のあとを追って慌てて体育館から出てきた。
「その辺に転がってるって失礼じゃんっ!」
「じゃあその辺に立ってる女子高生な」
「そうじゃないのにぃ……」
三葉はぷくっと頬を膨らませていたが、郁人は事実しか言っていない。
「いーじゃんっ、郁斗しかあたしの話聞いてくれないんだもん」
「話っていうか、妄想劇な」
そりゃそうだろ、面倒くせぇもん。そう思ったものの、口には出さずに郁斗は半眼で三葉を見下ろす。
「はいはい、で、次の事件はなんだよ。とっとと終わらせろよ妄想探偵ごっこ」
三葉はにこっと笑って郁斗からカバンを受け取る。
「次の事件はまだ考えてないんだけど、プールで水死体が浮いてるのとかどう?」
「めんどくせぇ……」
「もー!」
郁斗と三葉の家は隣同士だ。
二人はいわゆる幼馴染みで、おむつも取れていないころから一緒に育っている。
昔から三葉はドジな上に能天気を極めたような性格だ。成長して治るかと思っていたのだが、そのまま身体だけ大きくなってしまった。
流行りに流される能天気な女子高生で、頭のねじがちょっと緩んでいる天然でもあった。
ここまで無事に生きてきたのは、一言、郁斗が幼馴染だったからとも言える。
「そういやお前、先月まで別のドラマにはまってなかったか?」
「そうそう、覚えててくれたんだ! 『異世界獣人探偵』シリーズ、シーズンⅡだよ」
「あー、そんな名前だったよな」
そのドラマにハマっていた時も、三葉は最悪だった。
朝から勝手に郁斗の部屋に入り込んできたかと思うと、魔物がここで刺されて死んでいたとしたらと推理を展開するのだ。それも、毎日のように。
そうして郁斗の部屋を勝手に殺人 (殺獣?) 現場にしては、一人でぎゃーぎゃー騒いでいた。
「お前、ほんとよく飽きないよな」
「そうだ、もしかすると体育館で死んじゃったのは他殺じゃなくて事故っていうのも考えられるかも!」
今日の体育館の事件は解決したのだと思っていたのだが、いまだに妄想推理は大暴走しながら続いているようだ。
三葉のくだらない推理を聞きながら歩いていると二人の家が見えてくる。
やっと三葉から解放されると郁斗が思った時――。
「あ、郁斗! 今日、家政婦探偵の日だからあたしの部屋にきてね」
「うわぁ、最悪……」
「待ってるから一緒に見ようよ、ね。お願いっ!」
「ふざけんな。なんで毎週お前の趣味につき合わされなきゃいけねーんだよ」
郁斗は毎週放送をささやかに恨んだ。
「だめ、一緒に見るの! ベランダから来て」
夜の女子高生の部屋に男を呼び込むとは、そっちの方が大事件だ。
しかし、三葉はこれっぽっちも事件と思っておらず、おまけに郁斗のことを男性と認識さえしていない様子だ。
「来ないと郁斗の分のコーラ用意しておかないからね、ねぇ、来てよ……一緒にみようよぉ……」
ついに郁斗の制服を引っ張って、泣きそうな顔でせがんでくる。
「――うるせぇ! わかったから!」
「やったぁ! じゃあ部屋でお待ちしてまーす!」
郁斗は盛大にため息をついた。
もし郁人が行かなければ、三葉は郁人の部屋に乗り込んできてしまう。それも、猛烈に怒り散らしながら、ベランダ伝いに。
だったら郁人が行くしかない。
選択肢はないのはわかり切っていたことだった。
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