第3話
私は言葉を失い、ただ呆然と杏を見つめていた。長く下ろしていた髪は、去年と違って結えられ、ポニーテールとなっている。人形の様な長いまつ毛は相変わらずだ。
一年ぶりの
そんな当たり前なことが分からないほど、私は杏が行方不明になったことに対してショックを受けていたらしい。
「あ、杏」
私は絞り出すかのように彼女の名を呼んだ。
「えっ……」
と杏は驚いた表情をした。
「私のこと、知っているんですか」
まるで他人行儀な彼女に、私は絶句した。
*
杏は記憶喪失となっていた。私のことや家族のことは一切忘れていた。唯一覚えていたのが、杏という名前だった。
繁とは昨晩出会ったらしい。杏の様子がおかしかったので、一晩泊めていたそうだ。警察に連絡すると、杏の家族は既に引っ越していて、引き取るのは後日になると説明を受けたらしい。
私はその事情を知っていた。杏が行方不明となった後日のことだった。娘が行方不明となった地域が嫌になって、まるで逃げるように引っ越していったのだ。
「ごめんね智也君。君のこと、覚えていないんだ」
申し訳なさそうに杏は言った。もうすっかり日は暮れていた。祭り
神秘さを感じつつ、杏が私のことを ”智也君” と呼ぶことに深く落ち込んだ。杏との距離が物凄く遠くなったような、そんな気分だった。
「杏は夏祭りの最後まで居られるんだ」
繁は言った。夏祭りが終わったら、杏の両親が迎えに来るのだそうだ。
「ボクも、夏祭りが終わったら、引っ越しちゃうんだ」
「そっか。じゃあ尚更、遊び尽くさないとな!」
繁はそう言って、杏と私の手を握った。私は思わず繁を見た。すると反対側にいた杏も同じく繁を見ていて、その視線の射線上にいる私と目が合った。杏も私と同じく、驚いたような表情をしていた。
「えぇっ、杏ちゃんっ!」
金魚すくいの屋台にやってきた。おっちゃんは早速、繁に引き連れられた杏を見つけたのだった。
「やっぱり杏ちゃんじゃねえか。おいおい、今までどこ行ってたんだよぉ」
おっちゃんは杏ちゃんの両肩に手を添えると、崩れ落ちるように号泣した。
「ごめんなさい。私、何もかも忘れちゃったみたいで」
「ええ……そんな、こいつのこともかっ!?」
おっちゃんは私に指を差した。その指の先を杏はちらりと見た。するとやはり、私と目が合う。
「うん」
彼女は短く答えた。その後、おっちゃんは繁や杏から事情を説明された。
「ところでよ、繁」
とおっちゃんは話を遮って、繁を目をやった。
「なあ、さっきの話って」
「ああ、この子のことだよ」
繁はあっさりと答えた。さっきの話とは、つまり繁の恋人のことだろう。恋人ではなくて、片思いという落ちだったけれど、おっちゃんはそのことを知らない。
「まじかよ」
と言いながらおっちゃんは、複雑そうな表情で私を見たのだった。
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