第14話 王都ラズハウセン

「いやはや大変でしたな、ニト殿。ご無事で何より――」


にこやかで紳士なのだが、俺はどこかウィリアムさんをさわやかな人とは思えない。


「・・・ケイズさんとシエラさんのおかげですよ」


「何を言いますか。ケガを治せるものがいるからこそ、恐れず戦えるというものです」


そういうものだろうか?

おそらくこの人なりに、気を使ってくれているのだろう。


ウィリアムさんは村長からの伝言を俺に伝えた。

と言うのも村の人たちを救ってくれたお礼に、今夜や宴に俺たちを招きたいということらしいのだ。

はっきりと言おう。断る理由などない。

正直、チーズには飽きてきたし。

だが何故だかワインには飽きない。


「と言うことなのですが・・・おや?そちらの可憐なお方は・・・」


ウィリアムさんは俺の後ろにいたトアに気づいた。


「彼女はトアです。この村の方たちと同じように捕まっていたらしいんですが。どうやら別の場所から攫われてきたらしいんですよ」


「なるほど・・それはそれは――」


ウィリアムさんは労いの言葉を掛けるが、トアはウィリアムさんにも素っ気なかった。

彼女は少し恥ずかしがりやだと説明しておいたが、ウィリアムさんは「そうとは知らず申し訳ありません」とこれまた紳士の対応で、村へと戻って行った。


「はぁ・・・・ウィリアムさんもダメなのか?」


「・・・・・」


ダメみたいだ。

いったい何が嫌なのだろう。

正直、俺には分からない。


「とりあえず皆の所に行こうか?ここにいても何だし、お腹も空いてるだろ?」


日はすでに暮れていた。


「マサムネについてく・・・」


何故この美少女が俺をそこまで信用しているのか分からなかったが、とりあえず「そうか」と優しく答えた。


「ああ、そういえば言い忘れてたが、彼らの前では俺のことはニトと呼ぶようにしてくれ。訳はまた話す」


「知ってる・・・分かった」


そういえばシエラさんもウィリアムさんも俺のことはニトと呼んでいたし、トアもそれをそばで聞いていたから知ってるか・・・


俺はトアと村へ入った。


***


俺たちは宴に招かれていた。

何かのRPGで聴いたことのあるような音楽と、正面に置かれた大きな火の周りで踊る村人たち。

ジャックも踊っていた。一緒に踊っている女の子はリリだろう。

あの時、『神速』を使わなければジャックはどうなっていたことか・・・

俺はその光景を見て安堵した。


「マサムネ、あれは何かしら?」


トアは村の御馳走に興味深々だった。

そして、少し離れた場所から俺たちをチラチラ見ているのは、シエラさんだ。

合流した時、シエラさんは真っ先に俺に引っ付いて歩くをトアを指さして、「その女性はどなたですか?」と戸惑った表情で言葉を詰まらせていた。

それがあのフードで顔を隠していた女性だと知ると、また気に入らないといった表情に戻った。

それからというもの、シエラさんはああして俺たちを偶にチラッと横目で見る。

そんなに気になるならこっちに来ればいいものを・・・


「ところでトアは何で捕まったんだ?」


トアはワルスタインという牛肉に近い味のする肉を食べていた。


「知らないわ。気づいたら森の中にいて、あいつらに連れていかれたの――」


要領の得ない話だが、トア自身も何故、自分が森にいたのか分からないらしい。

おかしな話だ。


「それで・・家の場所は分かるのか?」


「分からないわ」


長い旅になりそうだ。

と言っても俺は特に心配はしてない。

旅の仲間は冒険には必須だ。

1人増えた所で今は2人。むしろ少ないくらいだ。


「そうか・・まあ気長に探そう――」


トアは肉を食べながら、「うん」と答えた。

まあ今はこんな感じだが、その内慣れるだろ。

俺はそんなことを考えながら、徐に異空間収納からワインを取り出した。

ワイン程度の大きさなら服の内側から取り出したように誤魔化せる程度には、このスキルにも慣れてきた。といってもこのボトルが服の内側に収まるはずもないのだが・・


トアは俺がワインを飲んでいると、「私も欲しい」と言うので、「じゃあコップをもう一つ貰ってくるよ」と言うと、「いい」と言ってそのまま口を着けて飲んでいた。

止めようとしたが、すでに手遅れだったので仕方がない。

どうやらトアもこのワインが気に入ったようだ。

そして俺は、あっさりと人生初の間接キスをした。



宴が終わり皆が寝静まった後、ウィリアムはケイズと共に馬車にある商品を整理していた。


「今日はどうでしたか?ケイズ。やはり、白王騎士団ともなると凄まじい剣技だったでしょう?シエラ殿は――」


「はい。シエラ殿の剣捌きは華麗で殺意の込められた見事なものでした。剣技だけなら私でも敵わないでしょう」


「なるほど、“剣技だけなら”ですか・・・」


ケイズは「はい」と短く答えた。

ウィリアムはパイプを取り出し、火を点けた。


「問題はヒーラーの――」


「ニト殿ですか・・彼はこの先、大変でしょう。ヒーラーと言う恵まれぬ能力を持ちながら冒険者とは、おそらく険しい茨(いばら)の道を歩くことになるでしょう。そういえば、トア殿を故郷まで送り届けるそうですが、それも可能かどうか・・」


「おそらく問題ないでしょう――」


ウィリアムはケイズとは長い付き合いであった。

勿論、護衛として信用しているし、ケイズ自身もウィリアムに対して忠義を誓っている。

だからこそウィリアムは、目を見ただけでケイズが何を言わんとしているのか理解した。


「そうですか・・なるほど、して・・お前から見て彼はどう映りましたか?」


「あれは一種の“化け物”でしょう」


「お前にそこまで言わせるとは・・・なるほど・・面白い」


ウィリアムはパイプを銜え、ゆっくりと煙を吐き出した。


「これもまた・・何か、意味のある出会いなのでしょう――」


吐き出した煙が宙を舞い、月明かりに照らされた闇へと消えていく。


「あの頃が懐かしいですね?ケイズ――」


「はい」


そこにはいつもと雰囲気の違うウィリアムの姿があった。

彼は優しく微笑んでいた。



朝を迎え、俺たちは村人たちと共に村の入り口に来ていた。


「この度は何とお礼を言えばいいのか・・ありがとうございました」


そう言って頭を下げる村長。

「頭をお上げください」と、シエラさんは昨晩の宴についてのお礼を伝えた。

ジャックは俺に「ありがとう」と手を振っていた。その横でジャックの母親が俺に頭を下げていた。

「リリを守れるだけの男になれ」と言うと、ジャックは照れながら笑顔で「うん!」と答えた。

昨晩トアのことをウィリアムさんに話した。

ウィリアムさんは「もちろん構いませんよ」と同行を許してくれた。


そして、俺たちはターニャ村を後にした。



「良い村でしたね」


「そうですね。ニト殿にガールフレンドもできましたし」


シエラさんは皮肉交じりにそう言った。

俺は苦笑いで誤魔化した。

そんな俺のガールフレンドではないが・・トアは俺に寄りかかりながら眠っていた。


「ところでニト殿、あの時のあの技についてまだ聞いていませんでしたね」


やはりその話題がきたか――

シエラさんは終始、聞きたそうにしていたからな・・

俺は仕方なく答えることにした。

シエラさんは「そのようなスキルをお持ちなのですか」と、理由が分かり納得したようだった。

納得したと思いきや、その後ヒーラーかどうかまで疑われたが、仕方がないのでステータスの職業欄だけシエラさんには見せた。

名前とレベルはスキルで偽装し、他は物理的に手で隠した。


「本当にすいませんでした」


シエラさんは顔を真っ赤にして謝っていたが、疑いが解けたことで俺もほっとした。


「ニト殿!見えましたぞ!」


そんなこんなで、俺たちはようやく王都ラズハウセンに到着した。

王都は俺が想像していたよりも巨大で防壁がどこまでも続いていた。

王都の中をすべて周るにはいったい何日かかるのだろうか?

王都の門を潜る時、検問を受けた。が、シエラさんの顔パスで何事もなく入ることが出来た。


「流石シエラさん!有名何ですね」


「いえいえ」とシエラさんは顔を赤らめていた。

ほとんど公の場には顔を見せない白王騎士団だが、中にはシエラさんのことを知っている人もいるらしい。

今回は偶々知っている人で良かった。


「ではニト殿、私は商人としての仕事がありますので――」


「ここまで運んでいただいて、ありがとうございました」


トアにもお礼をするように言うと、彼女は素直に「ありがとうございました」と答えた。


「いえいえ――道中、ニト殿の“武勇伝”もお聞きできましたし、まったく久々に退屈しない楽しい旅でした」


ウィリアムさんは最後に「またお会いしましょう」と頭を下げ、馬車と共に去って行った。


「さて、では私たちも行きましょう」


俺とトアはシエラさんに誘導され、冒険者ギルドへと向かった。



ギルド――それは異世界に訪れたならば一度は行ってみたい場所であり、RPGにおいては出発点ともいえる場所だ。


そこはキレイなレンガ造りの大きな建物だった。


「では行きましょう――」


俺たちはシエラさんと共に入って行った。

中に入るとそこは広々とした空間で、左手にと正面奥にかけてそれぞれの受付があり、右には集いの場が設けられていた。

そこには、様々な冒険者たちが仲間と語らい、中にはギルド名物――『怖そうな冒険者』もいた。


「ではこちらに名前と職業をお願いします」


俺たちはまず受付に向かい、申請手続きをした。

ステータスを登録するからと、目の前に魔道具が出てきた時は少し焦ったが、偽装は問題なくクリアした。

レベルはギルド内を見渡して、平均的な数値にしておいた。職業はそのままだ。

そして勿論、名前は偽名で登録しておいた。

何かの拍子でグレイベルクの連中に“日高政宗”が生きているということを知られたくない。


「ご職業はヒーラーですね。ではニト様、あなたにアラン様のご加護があらんことを――」


アランとは冒険神の名前だそうだ。

神と言うだけに神話の存在かと思いきや、実在する人物な上に、このギルドのギルドマスターらしい。

受付のお姉さんはそう言って俺たちを送り出した。

トアにもギルド登録をするかどうか聞いたが、必要ないと断られた。


これからどうしようか――

そんな話をしていた時、俺たちに男が話しかけてきた。


「両手に花とは羨ましいじゃねか?坊主、ちょっと俺たちにも分けてくれよ?その幸せをよ」


それはギルド名物――『怖そうな冒険者』であった。

目の前の席でこいつの仲間と思わしき奴らが、ぎゃはははは!と大笑いしている。


「そういやさっきヒーラーとか言ってたなー」


どうやら受付でのやり取りを盗み聞きしていたらしい。


「お前冒険者なめてんのか?あ?ヒーラーが冒険者何てできるわけねえだろ?ここは子供の来る場所じゃねえんだ!とっととママの所へ帰んな!後ろの2人は俺たちが世話してやるからよ」


男は目を見開き、俺を睨みつけてきた。

奥の連中は相変わらず馬鹿笑いしている。


「あんたらもそんなガキ相手にしてねえで、俺たちとこっち来て話さねえか?」


席に着いている男の一人が話しかけてきた。

転生する前の俺なら間違いなく。震えて何も言えなかっただろう。

だがこれ以上に怖く痛い思いはあの迷宮で経験した。

それに比べればどうってことない。

それにステータスを見る限り、こいつらは弱い。

しかし、無用な争いは避けるべきだ。何より、めんどくさい。


「すいません。そういうつもりはなかったのですが・・・それと、できれば、見逃していただけませんか?2人は僕の友人なので」


「だからその友人を置いて行けって言ってんのが分からねえか?」


穏便に済ませるつもりだったが、こいつの理解の無さに腹が立ってきた。


――バンッ!


その時だった。

ギルドの扉が勢いよく開き、甲冑を来た数名の騎士がギルドに入ってきた。

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