第13話 必然の出逢い

「あれが野営地ですね?」


「うん――」


俺はシエラさんとケイズさん、そしてジャックと共に盗賊の野営地の前に来ていた。

ウィリアムさんは「私は戦闘向きではない」と言って村に残ることになった。その代りにケイズさんを同行させてくれたのだ。


「ではジャック殿は村に戻っていてください。一人で帰れますね?」


ジャックは「大丈夫」とだけ言うと、一人、来た道を引き返していった。


「私とケイズ殿で周辺の見張りを片付けてきます。ニト殿はここでお待ちください。終わったら合図しますので、くれぐれも無茶はなさらないように――」


そう言い残し、シエラさんは行ってしまった。

ここへ来るまでの道中、シエラさんはまたしても、俺にヒーラーの“すばらしさ”を再確認させるようなことを悪びれもせず言ってきた。

あの人にはもう少し、人の感情というものを理解してもらいたい。

ところで俺は何のためにここへ来たのだろうか?

そんなことを考えていると、シエラさんから剣で刃で光を反射させ、俺に合図を送っていた。


そして俺は、シエラさんと合流した。


「流石ですね――」


「それほどでもありませんよ――ニト殿。あれを見てください」


盗賊たちの野営地は森が途切れたその先にあった。

牢屋が4つ。村の娘たちが捉えられているのが見える。


「盗賊はいないようですね。今の内に村人を開放しましょう」


俺たちは牢屋の鍵を開け、村人を開放した。


「思ったよりも簡単でしたね?」


「そうですね。盗賊が留守で助かりました。ケイズさんも助かりました。ありがとうございます」


「いえ――」


ケイズさんは低いトーンでそう言った。

シエラさんは、村人たちを集め、「では着いてきてください」と静かに支持を出す。

その時だった・・・


“「どこへ行かれるのですかな?騎士殿?」”


声がした方向に振り向くとそこには、顔に傷のついた一人の男がいた。

そして、俺たちはあっという間に逃げ道を塞がれ、囲まれてしまった。


「そういうことですか・・・」


おかしいとは思った。

何故、盗賊が一人もいないのかと――

攫ってくるのも楽ではないはずだ。

それを、あんな無防備な状態でほったらかしにするだろうか?

答えは簡単――罠だったのだ。

俺たちはまんまと嵌められてしまったわけだ。

シエラさんは傷の男を見るなり、驚いた表情をした。


「あなたはオリバー・ジョー!」


「何だ?俺を知ってんのか?」


「あなたはラズハウセンの元王国騎士。そして討伐部隊の1つである“灰の団”で隊長を務めていた男。しかしあなたは2年前、突然部下であった者を一人残らず惨殺し、姿を消した」


「ご紹介痛み入る!――そして俺はここで盗賊稼業さ!はははははははは!」


オリバー・ジョーの笑い声が響く。


「そんなあなたが何故?――」


「強いて言うなら見るに堪えなかったからだな。あの虫唾の走る馴れ合いに――」


「現国王は寛大なお方!国民部下問わず!人々へと愛情が深いお方だ!」


「それが馴れ合いだって言うんだ。ふ・・・国に忠誠を誓った者の目だな。気色が悪い。俺が殺した連中もお前と同じ目をしてやがった。が・・中身はペラペラだ。自分の行動の意味も理解しちゃいねえ。ただ周りに流されていただけだ――だから教えてやった。善は必要ない。寄り添うなら悪。そして金だとな」


シエラは理解できないといった表情をしていた。

部下にそこまで評される王様、そしてその王と国に使える騎士。

それだけでも国を守る騎士としての重圧は凄まじかっただろう。

さらにこいつは部隊の隊長。部下も含めた、部隊の管理を任された管理職。

俺には想像もできない。

そんな同情の目で、日高はオリバーを見た。


「やるしかないようですね・・・」


「お前らぁ!女は殺すなよ!こりゃ上玉だぁ。高く売れる――」


盗賊たちは、殺気を放ちいきり立っていた。


「男は殺せ――」


オリバーは低い声でそう言った。


「ニト殿!村人を頼みます!」


やっぱり俺、着いてこない方が良かったんじゃないか?


「氷の風激(アイス・ウィアード)!」


シエラさんは剣を一振りした。

すると、どこからともなく鋭い氷を含んだ風が吹き、俺たちの周りを囲んでいた盗賊を切り刻んだ。


「流石は、白王騎士団か・・・」


「知っていたのですか?」


「やはりそうか?クックック!――そのマントの下に隠れた鎧を見れば分かる」


マントの下から、白く光る鎧が見える。

シエラは奥歯を強く噛みしめた。


「よそ見してんじゃねええ!」


図太い声で唸りながら巨体の盗賊がこちらに走って来る。


「私が行きましょう――」


ケイズがその盗賊に向かっていく。


「爆裂拳(ばくれつけん)!」


グハッ!――


ケイズの拳が男の体に触れた瞬間、巨体は爆発し、肉片と血が辺り一面に飛び散った。


日高はその様を、惚れ惚れと見ていた。

攻撃職だとあんなことが出来るのか・・・

悔やんでも悔やみきれない――

どうしようもないのだから。


そしてあっという間に、シエラさんが他の盗賊も切り刻み、残るはオリバー・ジョーだけとなった。


「いやぁ・・まったくよぉー俺の部下は弱っちいなー何年盗賊やってんだか・・・」


「これで終わりです!」


「そうでもねぇさ――」


「なっ!―――」


余裕な表情を見せたオリバーの腕の中に、何故かジャックがいた。


「ジャック!」


村人の中にいたジャックの母親らしき、女性がジャックの名を叫ぶ。


「母ぁざん!」


「うるせぇ!黙ってろクソガキがぁ!――」


ジャックは涙を流し泣いていた。


「何故ジャックがここに?」


「何故ぇジャックがぁここにぃ?はははははは!お前がちゃんと面倒見てやらねえからだろ?」


オリバーはシエラさんの言葉を真似しながらふざけている。


「せめて家まで送ってやれよ?それでも騎士なのか?ぁああ?」


「母ぁざん!」


「うるせぇな!――クソッ!子供の声ってのはどうも苦手だ、耳がギンギンしやがる」


「彼を話しなさい!」


シエラさんは怒りに震える声でそう言った。

俺も流石に胸糞悪くなってきた・・・


そしてオリバーはニヤっと笑い、静かにこう告げた。


――「思わず殺したくなっちまうじゃねぇかぁ」


次の瞬間、オリバーはジャックの首筋に向かって逆手に持ったナイフを振り下ろそうとする。


「ジャック!」


母親の悲痛な叫びが響く。


――【神速】!


グサッ!――


「はっ?――グハッ!」


オリバーは血を噴き出した。


「・・・だん・・だ?・・・・ぼまえ・・は・・・」


それは一瞬よりも刹那よりも“速い”出来事だった。


オリバーが持っていたはずのナイフがジャックではなく、オリバーの首筋に刺さっている。


ドサッ!


オリバー・ジョーは倒れ、すでに死んでいた。


「ジャック、お母さんのところまで行ってやれ」


日高はジャックにそう言った。


「うん・・・ありがとう。お兄ちゃん」


ジャックは涙を拭い、母親の元へと走って行く。


「ジャック!」


「母さん!」


母と子は涙を流しながら、再会を果たした。


シエラ・エカルラートは今、目の前で起きたことが理解できず、静止していた。


「じゃっ・・じゃあ、戻りましょうか?ケイズさん!シエラさん!――村のみんなも心配してるでしょうし」


「ふ・・・そうですね」


ケイズはニトを見るなり、意味深な表情で笑った。


「待てぇぇぇええええい!――」


やはりきたか――

その声はシエラさんだった。


「な・・何でしょうか?」


「何ですか!あれは!今のは!どういうことですかニトさん!あなたはヒーラーではなかったのですか!」


「ヒーラーですよ・・紛うことなき」


「変な言い方で誤魔化さないでください!ではあの首に刺さっているナイフは何ですか?どうやってあの者の手から奪ったんですか?いえ!そもそもあの一瞬でどうやってここからあそこまで移動できたんですか!おかしくありませんか?!」


その後も、シエラさんの畳み掛けるような質問は続いた。

挙句の果てにはステータスを見せてくださいとまで言う始末。

俺は、『ただでさえヒーラー何ですから、勘弁してくださいよ』と誤魔化しその場を切り抜けた。


「とにかく、戻ったら話してくださいね!」


「ははは・・・はは・・・」


変な顔をし過ぎて顎が痛い。

俺はとりあえずシエラさんから離れた。


「いやーそれにしても何ですか?あの魔法は?流石ですねケイズさん」


「・・・いえ、あなたほどではありませんよ。ニト殿」


ケイズさんは俺をじぃーと凝視した後、静かにそう言った。

話しかけるんじゃなかった。なるほど、この人も敵か?

俺に味方はいないのか――


俺たちは村へと戻った。



******



村へ到着するなり捕まっていた村人たちは、自分たちの帰りを待っていた夫や家族と抱き合い、喜びを分かち合った。

中には村長の娘もいたらしく、村長は泣いて喜んでいた。

するとそんな中、一人、誰の元へ行くわけでもなく一人その場に立ったままの女性がいた。

彼女はフードで顔が見えないが、何となく女性であるような気がした。

近くで見ると、俺と背丈はあまり変わらないくらいだった。


「君は行かないのか?」


そう問いかけても、彼女は何も答えない。

この子の家族はどうしたのだろうか?

俺は近くにいた村に、その彼女について聞いて周ったが誰も知らないという。

すると俺に一人の村の女性が話しかけてきた。


「その子は違うよ――その子は私たちがあいつらに捕まる前から、牢屋に入れられてたんだ」


どうやらこの彼女は、この村の人間ではないらしい。

村の女性は捕まっていた時、彼女には何度か話しかけたが何も話さないのでどこから連れてこられたのかも分からないと言っていた。


「どこから連れて来られたんだ?」


しかし彼女は俯いたまま何も答えない。

そこえシエラさんがやってきた。

俺は事情を説明した。


「なるほど、つらい思いをしましたね。ですがもう大丈夫です。あなたのことは私が責任を持って保護しましょう。私たちは明日」


その後シエラさんは俯く彼女に、王都にある役所で申請すれば故郷に帰れるというような主旨の話をしていたが、俺に言わせれば何も話そうとしないこの状態の者に、何を言っても話など伝わるはずがない。


「もしここにいるのが嫌なら、どこへでも好きな所に行くと良い。だが、もし帰り方が分からないなら俺が故郷まで送り届けてやるが、どうしたい?」


俺がそう話すと、シエラさんは軽く俺を睨みつける。

シエラさんは俺の耳元で、「あなたはもう少し優しく話せないのですか」と不満そうにしていた。

しかし、さらにシエラさんの表情が不満そのものへと変わっていく。


――フードの彼女は、何故かそっと俺の制服の裾を掴んできた。


「そ・・そうですか。で・・ではニト殿、後は頼みました」


シエラさんは少し頬を引き攣らせながら、“笑顔”で村の方へと言ってしまった。

俺も自然と微妙な表情になる。

俺は隣にいる彼女を見た。


「あのなーこれじゃあ俺が悪いみたいだろ?シエラさんも怒ってたし」


「・・・だって・・・・嫌なんだもん・・あの人」


「嫌?何が嫌なんだ?って!お前!・・・」


シエラさんが話しかけてもだんまりだった彼女が、あまりにもあっさりと話し始めるもので、俺は思わず反応が遅れてしまった。

何故かため息がこぼれる。


「お前何でさっきは黙ってたんだ?」


「・・前・・じゃない・・トア・・・」


「ん?――」


「トアトリカ!――」


その瞬間、俺はまるで時が止まっているような感覚を覚えた。

勢いよく俺の方を向いたことで、彼女のフードが脱げる。

するとそこに、薄いピンク色の髪をした美少女が現れたのだ。

肩まである彼女の髪が風に流され、彼女が神秘的に映る。


「ねぇ聞いてる?――」


そこで俺は我に返った。


「ああ聞いてるよ・・トアトリカだろ?」


「トアでいいわ」


彼女は何故か恥ずかしそうに小さな声でそう言った。


「え?――」


「トアでいい!」


トアは何故か俺に怒っていた。

最近やたらと女に怒られるな・・・なんでだ?


「ああなるほどな、トアトリカだからトアか。良い名前だな・・ははは・・・えーと、ああそう言えばまだ名乗ってなかったな、俺は――」


その時、トアは何故か俺の目を真っ直ぐ見ていた。

綺麗な青い――異世界の空のような瞳だ。

俺は何故か目を逸らすことが出来なかった。


「――政宗だ」


俺が何故その時、トアに本当の名前を言ったのかは分からない。

でも何故か嘘はつけないと・・つきたくないと、そう思ってしまった。


「ニト殿!」


それはウィリアムさんだった。

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