第12話 ターニャ村

佐伯たちは相変わらず講習を受けていた。

教えているのは、こちらも相変わらずバトラー先生だ。


「例えば、上級魔術だ。これには必ずと言っていいほど魔方陣が使われる。何故なら上級魔術は多大なマナを消費することから、術式だけでは魔力を安定させるのが難しい。つまり、魔方陣はそれを補う役割をしているわけだ」


「先生!術式ってなんですか?」


彼女は早川千夏。ソーサラーだ。


「術式とは魔法を発動する際に必要となる言わば核だ」


生徒たちは要領を得ないと言った表情をしている。


「いいか?魔法とは術式とマナから構成される。術式がなければ魔力は生まれず、魔術は発動しない」


そう言うとバトラー先生は掌に小さな火球を生み出した。


「俺はこれを発動するのにまず、この火をイメージした。そして次にマナを使い、術式を構築した。そして今、お前たちが見ているこの火球が掌の上に生み出されたというわけだ」


バトラーは火球を消した。


「この過程を『詠唱』という。まずはお前たちにはこの詠唱をやってもらう。昨日の確認で魔術を発動できたものは、イメージから入るように、魔術師にとって詠唱は弱点だ。詠唱中は集中力を必要とするため、無防備になり隙が出来る。短縮するに越したことはない」


「先生!」


それは佐伯だった。

明確な理由はないが、ここ2日でバトラーにとっても佐伯は何となく問題児となっていた。


「思ったんすけど、魔方陣なしで上級魔術は使えないんすか?」


「熟練の魔導士の中にはそれを可能とする者もいるそうだが、佐伯――お前にはまだ早い。『火炎の鉄槌』は火を操る感覚に優れた者でも制御が難しいと聞く。魔方陣なしに発動すれば、術式は不安定になり魔力も安定しない。そうなれば最悪、自滅の恐れもある」


佐伯は反論しなかった。


「他の者もそうだ!謝った判断は事故に繋がり、事故は死に繋がる。何事にも段階というものがある。焦る必要はない。少しづつ進めていけばいい。お前たちには『恩恵』があるんだからな」


***


午前の授業が終わり、生徒たちは昼食をとっていた。

構内の一角には中庭があり、お昼になると、そこには様々なクラスの生徒たちが集まっていた。

そこに、佐伯と木田の姿もあった。


「恩恵!恩恵!ってバカの一つ覚えみてぇに言いやがってよぉ。碌に魔術も使えねぇで何が恩恵だ?木田――お前はどうだ?楽しいか?」


「そうだなー俺は楽しいかな。まだ2日目だけど、なんか剣術も少しずつだけど分かってきたし、それにこうやって剣に魔力を付与した時の感じがなんか俺、魔法使ってるなって感じでさぁ」


木田は手で付与をしている様子を表しながら、楽しそうに説明した。


「そうか・・良かったなー」


「とりあえず。何でもやってみたらいいんじゃないかな」


「そうは言うけどよ。俺は元々、向こうにいた頃もやる気なんてなかった。だからこっちに召喚されたあの時、チったーマシになると思ったんだ。賢者だと言われ、上級だの何だのと持て栄されて、それが何だ?まだレベルが足りないから上級魔術は使えないときた。MPが足りないんだってよ。それどころか、俺はそれしか覚えてなかった。付与とか支援系ってのはレベルが上がれば自然と覚えるらしいが、攻撃系の魔法はちょっと違うらしい。レベルを上げれば覚える事もあるが、ほとんどの場合は魔術書を使って覚えるそうなんだ」


「なんだ。ちゃんと授業聞いてるんじゃないか」


「一日目は俺もやる気だったからな――けどよ、また教科書読めってのか?冗談きついぜ!異世界に来てまで勉強って!何が良くてそんなことしなくちゃならねぇんだ?おかしいだろ?」


佐伯にとっての異世界であろうが日本であろうが、楽に生きられればどこでもよかった。


「でも佐伯、俺たちはやっぱり特別だよ。努力は怠れないし、もしかしたら日本にいた頃よりも楽なんてできないのかもしれないけど、日本で頑張っても多分俺は何も成し遂げられなかったと思うんだ」


「俺はそうは思わねぇな」


「佐伯は何でもできたからね」


こう見えても佐伯は、学期末テストのたびに高得点を出し、成績は上から数えた方が早いほど勉強ができた。


「強さだけが重要だって言うなら、それは佐伯の望んでた世界じゃないか?おまけに俺たちには『恩恵』があるんだろ?ちょっと頑張れば最強になれるんじゃないか?そしたらこんなところにいる必要なんてない。冒険にでも出かければいい」


「そうだな・・・別にやることもねぇ・・・俺もやってみっかな」


しかし、その後も佐伯のやる気は、特に変わることはなかった。


******


ここは王都ラズハウセンへと向かう馬車の中――


「そういえばニト殿。攻撃魔法が使えないのでしたら、剣術を学ばれてはいかがですか?



「剣術ですか?」


「はい。剣術ならヒーラーでも使えますし――」


日高はそこで疑問に思った。

剣は騎士や、その類の職業に限られるものなんじゃないのか?と・・・

しかし、シエラさんから返ってきた答えは意外なものだった。


「ニト殿?それはどういう意味ですか?剣や弓、斧だって、誰にでも使えるに決まってるじゃないですか?」


俺は、職業は絶対なのだと思っていた。

だけどそう思うのは仕方がない部分もあると、俺は思う。

グレイベルクのあの姫さん。通称『アバズレ』は、俺を最弱で無能だと言う理由で飛ばした。

そこまでされれば、ヒーラーは傷を治す以外、何もできないのかと思ってしまう。


「じゃあ例えば、火の玉を出したりとか電気を放出させたりだとか、そういうことも出来るんですか?」


「それはヒーラーである以上は難しいかと思います。個人差は当然ありますが、そもそもヒーラーのような支援職を有する方とソーサラーなどの攻撃職を有する方とでは、マナの性質が異なりますから――」


やはりダメみたいだ。

しかしそこで、俺はあることに気づいた。ならば、属性付与は何故使えるのだろうか?

シエラさんに尋ねたところ。属性付与は属性を武器に付与するだけの魔法で、所謂(いわゆる)、属性魔法とはまた違うらしい。


「そもそも属性付与は術式を必要としないので、属性事態に魔力もありません。そこが根本的に属性魔法とは異なるんですよ」


俺はシエラさんが何を言っているのか、さっぱり分からなかった。

王都で調べなければいけないことが増えてしまった。


「ヒーラーで属性付与が使えるというのも珍しいんですよ。ヒーラーは基本的に治癒しか使えませんから――でも属性付与が使えるなら、やはり剣術はおすすめですね」


ヒーラーは基本的に治癒しか出来ない・・・・

まぁシエラさんは悪気があって言っている訳ではないことは、分かっている。

何より事実だということも――


「剣術ですか・・・それもいいかもしれませんね」


シエラさんは「私で良ければお教えしましょうか?」と、自身に満ち溢れた表情で、むしろ、教えたそうにしていた。

ホントに変わった人だ。


*****


日高たち一行は、ターニャ村に到着していた。

ひとまず、この村で休ませてもらってから王都へ向かうことになったのだ。

しかし、到着早々、何やらただ事ではない雰囲気を感じた。

村民たちが一つの家の外に集まり、何やら騒ぎ立てている。


「私が話しましょう」


そう言ったのはシエラさんだった。

おそらくこういった事には、慣れているのだろう。


「すいません。この騒ぎはいったい何事でしょうか?」


すると、村人たちの中から一人の老人が姿を現した。


「あなた方は?――」


「失礼しました。私たちは王都へ向かう途中、偶々ここを通り掛かりまして、できれば一晩、泊めていただけないかと思いまして」


「なるほど、旅のお方でしたか――」


俺たちは、それぞれ名を名乗ると、とある集会所のような場所へと通された。


「それで・・この騒ぎの真相を伺ってもよろしいですかな?」


ウィリアムさんはそう切りだした。

あのご老人は、この村の村長であった。

話を聞くと、どうやらこの村を盗賊が襲撃したらしい。


「娘たちは皆、連れていかれました。それどころか子供まで・・・」


村長は悲痛の面持ちでそう語った。

あの村人たちは、これから盗賊を襲撃しようと集まっていた者たちだった。


「娘たちは俺たちが狩りに行ってる間に攫われたとジャックが言っていた」


一人の村人がそう答えた。

シエラさんはそのジャックについて尋ねた。


「ジャックは6歳の少年です。小さい頃に父親がハンティングウルフに襲われ、それから母親と2人、この村で暮らしていました」


しかし、母親も連れていかれたという。

シエラさんは黙ったまま、何かを考えていた。それからこう切り出した。


「盗賊は山賊とは違います。独自のルートを持ち、奴隷商人と裏でつながっているというケースは少なくありません。つまり、引き取り人が来るまで少し時間があります。今すぐ助けに行くべきですが・・・どなたか盗賊の行方を御存知の方はいますか?」


シエラは村人たちの顔色を窺った。

しかし皆、首を横に振る者ばかりだった。


「俺、知ってるよ!」


それは一人の少年だった。


「ジャック!寝てなくていいのか?」


「うん――」


「して、ジャックよ。盗賊の居場所を知っているというのは本当か?」


村長はジャックに尋ねた。


「うん、俺・・・あの後、あいつらを着けたんだ。そしたらあいつら、母さんやリリ達を牢屋に入れて――」


ジャックは必死に自分が見た光景を説明した。

リリとはジャックと同じくらいの女の子らしい。


「なるほど、それならば今すぐに向かいましょう。ジャック殿、案内できますね?」


そして村長の口から発せられる「ジャックはまだ子供です」というお決まりのセリフと展開――


俺たちはジャックに案内され、盗賊の野営地へと向かうことになった。

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