第8話 シャオーン

俺は久しぶりに“声”を聞いていた。


「よくぞここまでたどり着いた! 冒険者よ!」


目の前には鎧を纏った銀髪オールバックの男がいた。



あの後、酔いの醒めた俺は、なんとなく通路を進み、目の前に現れた扉を開けた。

何の変哲もない扉だった。


俺は油断も隙もある状態でその部屋へと入ったのだった。



そして、目の前にこの男が現れた。


「ズーリよ! 何年ぶりだろうか? こうして我の前に冒険者が現れたのは?」


「もうかれこれ150年ぶりになります親びん!」


男の隣にはズーリと呼ばれる目玉にこうもりのような翼の生えた魔物が飛んでいる。


「何! 150年? そんなにか? いつの間に!……我は150年もここにおったのか?」


何故150年もいて気づかないのだろうか?


「ズーリよ! 今日は宴であるな!」


男はそう言うと、こちらに視線を戻した。

その時、俺はこいつが人間ではないことを悟った。

暗闇に光る2つの黄色い目。


それはまるで蛇のようで、明らかに人の目ではなかった。


天井に吊るされたシャンデリアに急に明かりが点き、部屋全体が照らされた。

明かりを取り戻した部屋は、グレイベルクで見た部屋のようであった。

そして正面の男の顔がはっきりと日高の目に映る。


「我こそは蛇の王シャオーン! では冒険者よ! 始めようぞ!」


次の瞬間、シャオーンと名乗る男の姿が消え――


“「殺し合いを――」”


日高の耳元で男の声がした。


その瞬間、腹部にこれまで感じたことのない激痛が走る。


「え?……ぐっ!……あああああああああああああああああ!」


俺は直ぐに現状を理解した。

腹に剣が刺さっている。

こいつは一瞬で俺の所まで移動し、剣で刺したのだ。


シャオーンは剣を引き抜いた。


俺はお腹を押さえ膝をつく。


「あははははははは! 思い出した! 思い出したぞこの感触を!」


シャオーンは血の付いた剣を眺めながら声高らかに笑っている。


「それにしても実に残念だ……これすら避けられないとは……我が隠居していたこの150年の間に冒険者の力は落ちたと視た」


「ガハッ!」


口から血が出た。

痛い……気持ち悪い……。


「……【治癒(ヒール)】!」


俺は手で押さえながら治癒で傷を治す。


「ん? 貴様プリーストか? ならば我の動きが見えぬのも理解できるが……ゾーリ!」


「はい親びん!」


そう返事をすると目玉の化け物が、俺をじっと見た。


「親びん! 分かりやした! こいつはヒーラーです!」


「何?! ヒーラー? そんな馬鹿な! ヒーラー風情がこの王の間に1人でたどり着いたとでもいうのか?」


「分かりやせんが……それと変なんですよこいつ」


「変とは?」


「それが、こいつスキルが――」


その時、俺の傷が感知した。


「【聖女の怒りセイント・シャイン】!」


俺は杖を拾いズーリに向けて魔術を行使した。


杖の先端から白い光が漏れる。

次の瞬間、ズーリ目掛けて輝く球体が放たれた。


そして球体がズーリに接触した瞬間、球体が膨れあがり白い発光と共に破裂する。


「ズーリ!」


シャオーンは再び俺の方へと振り返った。


――『【マッドアイ〈Lv.350〉】討伐により、【固有スキル:女神の加護】を発動します』


とりあえずそれは後にしよう。

それにしてもここの魔物はレベルが高いなぁ。あれでも350だからな。


「おのれ冒険者ぁ! よくもズーリを!」


またしてもシャオーンの刃が迫る。


「【侵蝕の波動ディスパレイズ・オーラ】!」


俺を中心に禍々しい波動が放たれる。


「な!」


魔術を発動した瞬間、シャオーンは振り下ろした剣を途中で止め、後ろに退避した。


「な?……なああああああああ! おのれ! よくも我が愛刀、蛇剣キルギルスをぉぉぉおおおお!」


「キリギリス? そんなださい名前だったのか? あの剣?」


シャオーンは顔に青い血管を浮き上がらせ、鬼のような形相でこちらを睨んでいる。


「貴様ぁ! ズーリでは飽き足らず我が愛刀までもぉおおお!」


「悪いな! おっさん、この腹の借りは返したぞ!」


「口だけは達者と視た!」


「久々に話し相手が見つかったと思ったら、まさかモンスターだとは俺もついてない。ところでおっさん――ここがどこか教えてくれないか?」


「貴様ぁ、我を愚弄するのかぁ! 我はモンスターではない――蛇王ぞ!」


「こっちは大真面目にここがどこか分からないんだけどな……」


シャオーンは日高を睨みつける。

そして、何故か「ふっ!」と笑った。


「ズーリの目に間違いはない。貴様がヒーラーであることは明白。が……その魔法はなんだ? ヒーラーではないのか?」


「ズーリの目に間違いはなかったんじゃないのか?」


「ズーリを殺った魔法。あれはその杖によるものであろう? おそらく光属性の魔法だろう。ズーリは光属性に耐性がないからなぁ。しかし、貴様が今しがた用いた魔法にアイテムを使用した痕跡は見当たらぬ……貴様はいったい何だ?」


「ヒーラーだよ」


「口の減らぬ奴め」


怒りの困った低い声が部屋に響く。


「だから、俺はヒーラーだって」


「嘘をつくなぁ!」


「いやヒーラーなんだって! あの目玉も言ってたろ? ヒーラーだって? 間違いないんじゃなかったのか?」


「貴様! ズーリまでも愚弄するか?」


「いやいやいや話通じてるか? お前? なんか面倒臭くなってきたな面倒臭くぁ」


再び【侵蝕の波動ディスパレイズ・オーラ】を発動し、自分を覆う程度に止め維持する。


「貴様、何が何でも言わぬつもりか? 無礼だとは思わんのか?」


「いやだからさぁ……」


もうこいつは何を言っても信じないだろう。


「まあ強いて言うなら『ニート』だな!」


これは佐伯に向けた皮肉だ。

この名前を広め、最後にあいつの前でこう言ってやろう。

”お前はニートに殺されるんだよ!”と。


「なるほど貴様は“ニト”と言うのか? そうかそうか」


「いやニトじゃなくてニート!」


「そう何度も言わずとも聞こえておるわ! ところでニトよ! 貴様まさか生きて帰れると思ってはおるまいな?」


どうやら耳が腐っているらしい。

俺はもう何も言わないことにした。

あいつも何故か納得しているみたいだし。


「ああ? 思ってるけど」


「くっはっはっはははははは! 笑止!」


いや笑ってんじゃん。


そう言うと、シャオーンはまた目の前から消えた。


俺は波動の範囲を拡大した。


そして――


「ぐわっ!」


波動は見事シャオーンに直撃する。

どうせバカなこいつのことだ。

またあのバカみたいなスピードで俺に突っ込んできたのだろう。


そして案の定。


そこには右手と右足を失ったシャオーンの姿があった。


「ぐはっはっはっはっ! ここまで虚仮(こけ)にされるとは、我ながら呆れたものだ。力が落ちていたのは我の方であったか……」


俺はシャオーンを横目にステータスを開いた。

マッドアイ討伐後、まだ戦利品を選んでいなかったからだ。


************


【スキル:真実の魔眼】

【消耗品:高級回復薬】

【装備品:騎士の斧】

【魔術:闇の一閃】


************


「別に気にする必要はないんじゃないか? 俺だってあんたの動きは全く見えなかったわけだし」


闇の一閃も捨てがたいが……能力がいまいちだなぁ……真実の魔眼はこの先、役に立つだろうし……。


闇の一閃は目から闇属性の中級魔法を放つという実にふざけた魔法であった。

それよりも俺は真実の魔眼が気になった。



***********


【スキル:真実の魔眼】

対象のステータスを覗き見ることが出来る。


***********



「うん、実にシンプルで強力なスキルだ」


――『【スキル:真実の魔眼】を習得しました』


「敗者に対して労(ねぎら)いの言葉を忘れないか? くっくっ……寛大だな」


「そうでもねえよ……あんたはあんまり悪そうな奴に見えねえからなぁ」


「それは違うぞニト! それはお主がまだ未熟だからだ」


「……そうかもな。忠告どうも」


頭の中ではレベルアップの音が響いていた。


「気にすることは……ない……ただの気まぐれだ。気まぐれ次いでに、もう一つ我の話を聞くが良い」


「ん?」


「貴様はヒーラーなのであろう?」


「何度も言うようにそうだが」


「別にもう疑いはせぬ」


シャオーンは何かを考えているようであった。


「ならばこれから先、素性は隠した方が良いぞ」


「どういうことだ?」


「我はこれでも何百年と生きた蛇の王なのだ。これでも昔は大陸中に名を轟かせていた。しかしお主はそんな我を容易くこの姿に変えた。ヒーラーでその強さ。おまけに得体の知れぬ魔術を使う……誰もが挙(こぞ)って欲しがるであろうことは明白」


頭の中でレベルアップ終了の声が聞こえた。


「貴様が自己顕示欲を満たしたいだけの愚かな者ならば好きにするが良い。ただそうでないのなら、我の話を聞くが良い。力を持つ者というのはそれだけで周囲を惹きつける。そして、おそらくお主は面倒ごとに巻き込まれやすい体質であろう。我は何百年と生きた。大抵のことは見れば分かる」


「……そうかもしれないな」


俺は虐められていたころの自分を思い出した。

あの頃は弱かったが、面倒事だけは惹きつけてたな……。


「その異様な魔力……訳を聞かせて欲しいと言っても教えてはくれんのであろう?」


「それは俺にもよく分からないんだ。ここに来る途中で見つけた変な液体を飲んだら使えるようになってただけでな」


「なるほど。そうであったか……そんな物が……」


「ああそうだ。死ぬ前に一つ教えて欲しいことがあるんだけど」


「なんだ? なんでも聞くが良い」


「復讐神って言葉に聞き覚えはないか?」


「な!」


シャオーンは目を見開いた。

どうやら何か知っているらしい。


「ニトよ? その名をどこで? いや……そういうことか……はっはっははは」


シャオーンは突然、笑い出した。

蛇の眼がより不気味に見える。


「なんだよ? なんか知ってんのか?」


「ん? ああすまんすまん。久しぶりに懐かしい名を聞いたものでな、つい……」


「じゃあ」


「その名は一度だけ聞いたことがある。遠い昔にな。それは呪われた冒険者の異名だ。だが我はそれしか知らぬ」


「ふーん。神なのに冒険者か……訳が分からんな」


「まあ気にすることはない。この世界を旅していればいつかその名を知る日も来よう」


「ほんとは他にもなんか知ってんじゃないか?」


「焦ることはない。楽しみはとっておくものだ。ところでニトよ……お主、本当の名はなんと申す?」


俺は薄っすらと笑みを浮かべた。


「何だよ。ちゃんと話通じてるじゃないか。政宗……日高政宗だ」


「政宗か……名まで……あいつ……に……」


「あんた初めとキャラ変わってないか?」


――『【蛇の王シャオーン】討伐により【固有スキル:女神の加護】を発動します』


「おっさん?……」


…………。


……。


シャオーンは死の淵で夢を見ていた――遠い、昔の夢を……。


『復讐神! そうだシャオーン! 俺はこの名を世界に轟かせる!』


懐かしき声が聞こえる……。

何故今まで忘れていたのだろうか?


(あの者に託すのか?)


ここであってここではない別の世界。そこにシャオーンの姿があった。


(そんなんじゃねえよ、ただの気まぐれだ)


シャオーンの前に立つ男が答えた。


(気まぐれか……お主らしい答えだ)


(ならば我らはあの者の行く末を見守るとするか――“ゼファー”よ……)


(ふ……その話し方は相変わらずなんだな、シャオーン)


そう語らいながら、2人の姿はどこかへと消えていった。

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