第7話 ヒーラーの限界

ここにはミミックしかいないのか?


これだけ歩き回ってやっときたかと思えば、またミミック。

俺はどこにいるのだろうか?

ミミックの巣にでも迷い込んでしまったのだろうか?


――『経験値の振り分けを終了します』


「これも…どうにかならないものか?……」


レベルが上がるたびにピロピロと響くその音は、止んだ後も政宗の頭の中で繰り返し流れていた。



************

ヒダカ マサムネ

Lv:212


職業:ヒーラー

HP:12720

MP:10600

攻撃:2120

防御:2120

魔攻:2120

魔防:2120

体力:2120

俊敏:2120

知力:2120


【状態】:【異世界症候群】

【固有スキル】:【女神の加護】・【復讐神の悪戯】・【反転の悪戯〈極〉】

【スキル】:【王の箱舟】・【ミミックの人生】

【称号】:【転生者】・【復讐神の友人】

【魔術】:【治癒(ヒール)】・【治癒の波動】・【状態異常治癒】・【属性付与(エンチャント)】・【攻防強化付与】

******************


――Lv:212


おそらくこれは異常なことなんだろう。何となくそう思う。

ここまで一気にレベルが上がるなんて、どう考えても可笑しい。

これがゲームなら、クソゲーだ。


未だ俺はここから出られていない。

だから俺は外の世界を知らない。

つまり俺は“基準”を知らない訳で・・・


つまり……結論から言えば、何とも言えない。


それでも異常だってことは分かる。

だけど……覚えた魔術は5つのみ……。


……。


分かってた。ヒーラーが弱いってことくらい。

最弱なんだろ?

あいつもそう言ってたじゃないか?


あのアバズレの顔が浮かぶよ。


今ある魔術は前回、宝箱に偽装していたミミックを討伐した時に得た経験値で習得したもの。

そして今回、俺はまた大幅なレベルアップをした。

確かにステータスは上がった。

だが魔術は1つも増えることはなかった。


「つまり……これがヒーラーの限界ってことなんだろうな……」


この異世界にはいったい、どれだけの職業があるのだろうか?

俺はこの先もずっとヒーラーなのだろうか?


でも……もしヒーラーでも頑張れば、努力すれば……上級職に昇格できるならシステムがあるなら。

RPGみたいに……。


いや違うか、できないからあの姫さんは俺を飛ばしたんじゃないか?


いくら考えても余計に疑問が増えるだけ。

ここを出ないことには何も分からない。


……。


今、考えた所で意味はないか……。


俺は壇上の上で発光しながら浮かぶ杖を手に取った。

光は徐々に収束していく。


――『【魔道具:聖女の怒り】を入手しました』


――『装備品に追加しました』


魔道具?……とりあえず効果を確認しとくか?


***************

【装備品:聖女の怒り】

・光属性の中級魔法――【聖女の怒り】が付与された杖。

***************


中級魔法?……とりあえず魔力があれば、誰でも使えるって訳か


強いのだろうか?

知らないことが多すぎて嫌になる。

溜め息も、もう吐き疲れた。


俺はなんとなく部屋の角を眺めた。

そして部屋の左奥の壁に上へと続くハシゴがあるのを見つけた。


そろそろ腹がすいてきた。

いよいよヤバい様な気がする。


そんな死に方だけはしたくない。

どうせなら一気に死にたい。


だけど‥…殺して欲しいとは、中々思えない。

俺はそこまで腹が据わってないんだ。



ここは国立アリエス・グレイベルク学園の演習場である。

広々としたグラウンドの周りには色鮮やかな木々、そして花が咲いている。


そんな、政宗には想像もできないような優雅な場所で、2-3の生徒たちは講習を受けていた。


「魔法の訓練に入る前にまずは簡単なステータスの説明をする。皆、しっかりと覚えるように」


この男はフィリップ・バトラー。

学園では主に魔法と剣術を教えている。


バトラー先生がステータスの説明をする中、一人、眠たそうにあくびをする生徒がいた。


――佐伯健太さえきけんたである。


「と言うように、スキルはMPを消費せずに使うことが出来るわけだが……ここまでで何か分からないことはあるか?」


「先生!」


一人の生徒が手を挙げた。


「ここにある。体力・俊敏・知力ってどういう意味なんですか?」


彼女の名前は神井(かのい)絵美。

真面目でよく質問をする。

異世界に来たばかりだというのに、表面的には酷く冷静に見え、よく分からない奴だと思われている。


「それは簡単に言えば、体力は持久力と重量。つまり、どれだけ動いていられるのか? どれだけ重い物を持てるのか? ってことだ。例えば重い防具なんかを装備したい奴は体力値が高くないと難しいだろうな」


神井は「なるほど」と左の掌を右手の拳でポンッ! と叩いた。


「俊敏は動く速さだ。だが速く動き続けるには体力値が必要になってくる。そして知力だが、これはスキルや魔術をどれだけ覚えられるかってことなんだが、厳密に言えばそうじゃない……まあ今は記憶力とでも思っておいてくれ」


神井は納得して「ありがとうございます」とお礼を言った。


「他にはないか? なければ現時点で習得している魔術の確認に移りたいんだが……」


「先生! 俺も質問があるすけど」


「何だ?」


それは佐伯であった。


「俺、職業が賢者なんすけど、これってやっぱり強いんすかね?」


バトラー先生は顎を触りながら何やら考えるような仕草をした。


「そうだなぁ。強いかどうかは本人次第だろう。もちろんステータスは高いに越したことはない。それは職業も同様だ。だがどんなに強い魔法でも、使いこなせなければ意味がない」


生徒たちは少し困惑したような表情を見せた。


「分かりにくかったか? 例えば俺の職業は騎士なんだが、俺の場合、主にこのロングソードを使う。そして魔術やスキルは騎士という職業に沿ったものを習得している」


バトラー先生は左手に持っていた鞘から剣を抜いた。


「では皆に質問だが、この中にこの剣を扱えるものはいるか?」


生徒たちは突然の問いに黙ったまま答えようとしない。


「聞かれてる意味が今一分からないんすけど、ここにいる木田なら使えんじゃないすか?」


「確か上級騎士だったか? 彼の職業は?」


「はい」


「なるほど、では木田に質問する。お前は剣を使えるか?」


その答えは佐伯にとって意外なものだった。


「使えません」


「は?」


佐伯にとってそれは予想外の答えであった。

無論、それは他の生徒にとってもそうだった。


「お前、上級騎士だろ? だったら剣くらい使えるだろ?」


「使えないよ! 使える訳ないだろ?! あんな本物の剣なんて今まで見たことすらないんだから……」


「佐伯。つまりそういうことだ」


佐伯はバトラー先生の方へ向きなおした。


「お前たちを見ていて戦闘経験がないことは直ぐに分かった。だが俺が言いたいのはそういうことではない。お前たちは現時点で戦い方を知らない。そして、佐伯――先ほどの質問に答える前に、お前に1つ質問するが、お前? 職業が賢者である自分はどんな魔法でも使えると勘違いしてないか?」


――どういうことだ? こいつの話は分かりにくいなぁ。


「いや、お前たちに限っては勇者召喚による恩恵があるため発動するくらい容易いだろう。普通ならまず魔力の流れを感じるところから学ばなければいけない」


「なら何の問題もないんじゃ……」


「ならば佐伯、お前はどうやって敵に魔法を当てるんだ?」


佐伯はそこでようやくバトラーの意を理解した。


「属性付与(エンチャント)程度の魔法であれば、上級騎士なら朝飯前だろう」


バトラーは自身の剣に火属性の魔法を付与してみせた。


「しかし、いくら剣を強化しようと今の木田に剣は使えない。他の者もそうだ! お前たちの世界での常識を俺は知らんし、お前たちが何故そんな勘違いをしているのかも俺は知らんが、技術も経験もないお前たちが剣や魔術を自在に扱えるわけがないだろう?」


生徒たちがステータスを確認した時、ある者はこう思った。

俺は最強だと。無論、佐伯のことだ。

それに比べてヒーラーである日高はなんてかわいそうな奴なんだと……佐伯は過剰に自身を評価した。


「佐伯の質問に答えるなら、それは『弱い』だ。だがそれは現時点での話。何故ならお前たちには才能がある。職業とは才能だ! 心配することはない――お前たちは確実に強くなる」


生徒たちは安堵した。

中にはゲーム感覚でこれからを想像する者もいたが、大半は不安だったのだ。


「先生――じゃあ例えば職業がヒーラーでも強くなれるんですか?」


木田は問いかけた。


「ヒーラー? それは難しいんじゃないか? そもそもヒーラーは攻撃職でもないし。魔術も治療くらいのものだ。偶にレベルの高いヒーラーに属性付与を使える奴がいるが、まぁそれくらいなら今見せた通り俺にも使えるしなぁ……」


「……ははっ……そうなんですか……」


木田は苦笑いをした。

一方、佐伯は「やっぱり」と言わんばかりにニヤリと笑った。


「それに治癒魔法はプリーストの魔法だ、冒険者のパーティーに参加してることは少ない。ああ! そういえば俺の知り合いに町で開業医を経営してる奴がいるんだが、そいつは確かヒーラーだったなぁ……そいつはスキルで治癒(ヒール)を使えるんだが、MPを消費せずに傷を治せるってことで大儲けしてたなぁ」


ヒーラーとはそういうものなのかと、佐伯を除いた一同は唖然としていた。


一条と河内(かわち)を除けば、彼らが一度でも政宗を助けようとしたことはない。

彼らは毎日、昼のチャイムと同時にパンやらジュースを買いに行かされる政宗を、ただ傍観していただけだ。

しかし、それでもクラスメイト? ということなのだろうか?

心配という感情とは少し違うかもしれないが、気にはなるのだろう。


――今、政宗はどうしているのだろうかと……生きているのだろうかと……。


「では、これより訓練に入る。名前を呼ばれた者は前に出るように!」



***



「これなら俺でもまだいけるな」


俺は酔っぱらっていた。

酷く酔っぱらっていた。

だが楽しい。ここに来て初めて俺は、楽しいと思っている。


「でもまさかヒクッ! うぅぅ……こんなところに食料庫があるとは……ん? 食料庫?……酒蔵? 何だっけ?……」


ワイン貯蔵庫で座り込みながら、ワインを口に流し込む


「うっ! うめぇ!」


左手にワイン。右手にチーズ。

チーズは貯蔵庫を見つける少し前に食料庫で見つけた。


「悪いな相棒!? 俺の両手は今、ワインとチーズで塞がってるんだ」


足元には【魔道具:聖女の怒り】が転げ落ちている。

杖の先端に丁寧に彫り込まれた聖女が誰なのか知らないが、怒りを向けられても言い訳できないだろう。


「ふぅぅぅ腹ごしらえもしたし、ちょっと寝るか……ぐううう……ぐうううう……ぐう……」


お休み……異世界……。

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