第6話 ミミック

俺は相変わらず暗闇に苦しめられていた。

RPGで言う所のダンジョン。

おそらくはそう言うことだろう。


「だったらせめて装備品くらい落ちてたって良くないか?」


ここに来てからというもの、俺が目にしたアイテムと言えば、あの禍々しい液体くらいの物だ。それ以外は何もない。

いや、あったか? 松明だ。


つまり今、俺は制服姿である。

それも片腕の裾が破れた制服だ。


「これってただ高校生が道に迷っただけなんじゃないか? せめて服くらいくれてもよかっただろ? あのアバズレも」


アバズレとはアリエスのことである。

もっともあの姫がアバズレかどうかは知るはずもない。

俺がそう呼びたいから呼んでるだけだ。


俺はブツブツと独り言を言いながら進んだ。





目の前に置きな扉がある。


ここに来るまで一度も目にしなかった。

おそらく鉄でできた大きな扉だ。


両脇には松明が灯されている。


「んんん……ボスの予感がする」


RPGなら確実にイベントが発生するレベルの扉だ。

俺はとりあえず扉を押してみた。


「ん?……」


だがビクともしない。


「押してダメなら引いてみるってか? ん?……ない……ないぞ」


引くも何もそもそも扉でありながら、取手すらない。


「こいつ、入れる気あるのか?」


しかし、引き返すこともできない。

何か仕掛けでもあるのだろうか?

辺りを見渡しても何もない。

以前、壁に飾られた松明を下に下げると、隠し扉が開くシーンを何かで見た覚えがある。


試しにやってみたが、左の松明が反動で1本折れた。

何も起こらないどころか、手を少しやけどしてしまった。


萎(な)えてその場に座り込む。


「あっ! そうか、別にバカ正直に開ける必要なんてなかったんだ」


立ち上がり、扉に近づいた。


「【侵蝕の波動ディスパレイズ・オーラ】!」


すると扉は政宗の魔術に侵され、人一人余裕で通れるくらいの穴が開いた。


中から明かりが漏れている。


「なんて万能なんだ! この世界の魔法というものは!」


これがもしゲームなら、間違いなく鍵を探さなければいけない所だった。

俺は上機嫌で中に入った。


中に入るなり俺は軽く深呼吸した。

綺麗とは言わないが、これまでよりはかなりマシな方だ。


そこは広々とした区間だった。

天井も高く。

壁一面には火が灯されている。

それもすべて、松明ではなく蝋燭なのだ――


しかし、俺が気になったのはそんなことではない。

俺はこの部屋に入った時からそればかり見ていた。

もうそれが気になって気になって仕方がなかった。


それは俺の真正面、奥にある壇上に浮かぶ1本の杖だった。


「ついにここまで来たか……これは間違いないな」


俺は辺りを見渡しながら正面へと進んだ。


「ようやく俺も装備品を手に入れる訳か……それも杖!」


杖は光を発しながら浮いている。


「やっぱ魔法使いなら杖だろ? 何といっても! まあ、俺はヒーラーだけどな。レベルが上がってもプリーストにすらなれない……」


その時、地面が大きく揺れた。


「な! なんだよ急に!」


天井からパラパラと小さな石が落ちてくる。

そして俺は、その揺れの正体を目にする。


俺は思わずしりもちをついた。


上から巨人が降ってきたのだ。

それは騎士の鎧で全身を覆っていた。

さらに右手に剣。左手に盾を持っている。


「・・・・・・」


その天井まで届きそうなデカさに言葉を失った。


「おいおいおい! まだ異世界に来たばかりんだぞ! 荷が重すぎやしないか?」


震動! 天井から一てくる細かい砂と石。


巨人騎士はゆっくりと近づいてくる。

そして……。


「待てよ待てよ!」


巨人騎士の振り下ろした剣が、地面に大きな亀裂を作った。


「うっ!……くっ……」


俺はギリギリのところで回避したが、衝撃で飛び散った破片が政宗の体に無数の切り傷を与えた。

しかし数秒逃げ遅れていたなら、切り傷では済まなかっただろう。

それは地面を見れば明白だった。


「【攻防強化付与オディウム・オーラ】!」


体を紫色のオーラが肌に密着するように包み込む。


これは元々、【攻撃強化付与アタック・オーラ】と【防御強化付与プロテクト・オーラ】という2つの魔術であったが、レベルがカンストした時、1つの魔術へと集約された。


*******************

【魔術:攻防強化付与(オディウム・オーラ)〈Lv.MAX〉】〈MP:50〉

・攻防・魔攻防に強化効果のある魔法を付与する。

*******************


俺は立ち上がり、右側から巨人騎士の左足へと回り込んだ。


巨人騎士は、地面にめり込んだ剣を持ち上げ、そのまま後方に振り下ろした。


ズオオオオオ――!


剣先が壇上の一部を抉る。


「おいおい! お前! あの杖、壊す気じゃねえだろうなぁ?」


しかし、言葉は通じるはずもない。


――「【侵蝕の波動ディスパレイズ・オーラ】!」


巨人騎士の左足が侵蝕により、見る見る内に消失していく。

すると巨人騎士の左膝から下が、完全に消失した。

直後、巨人騎士はバランスを崩し、斜めに倒れるように膝をついた。


「ふっ! 楽勝だな!」


しかし、それが甘かった。


巨人騎士は消失を免れた左足の膝から上の部分を軸にして回転し始めた。

速度は徐々に上がり、物凄い速さで振り回される剣と風圧が襲う。


その時、巨人騎士の右足が直撃した。


「ぐわああああああああ!」



あまりの速さに反応できず、蹴り飛ばされてしまった。


「ぐはっ!」


俺は地面に血を吐いた。

生まれて初めての吐血だ。


「クソっ!だ いてぇな……ただ思ったよりは耐えられた……これも魔法のおかげか? いや、レベルか?」


俺は力を振り絞り、起き上がった。

ダメージのせいか体が重い。

だが痛がっている暇などない。

最初から全力で行くべきだったのだ。

大幅なレベルアップと複数の魔術を同時に習得したことにより、どこかで自分の力を過信していたのだろう。


「今度は全力でいかせてもらう。出し惜しみはしない――」


巨人騎士は回転したままこちらへ向かってくる。


「【侵蝕の波動ディスパレイズ・オーラ】!」


禍々しいオーラが体を包む。

そしてそれを巨人騎士へ、十分に当たる距離まで範囲を広げていく。


そして、波動が巨人騎士に直撃した。

一瞬回転と競り合うような動きを見せたがそれは見間違いであった。


巨人騎士の頭の高さまで拡大された波動は、触れた部分から侵蝕し、回転しながら削れていく様に巨人騎士は消失していく。


「ふははははははははははは! 俺は最強だぁ!」


半分ほど巨人の体を削り終えたところで、巨人は発光し小さな粒子となり散った。


「終わったか……」


巨人は図体こそ大きいものの、あまりにあっけなく散った。


――【ミミック〈鎧の巨人〉Lv.400】討伐により【固有スキル:女神の加護】が発動しました。


また前回と同じ声が聞こえた。


「ん? ミミック? あれが? あいつミミックだったのか?」


あの巨人がミミックだと誰が想像しただろうか?


「何にでも化けるんだな。ミミックは、というかLv.400ってっ! あいつ! あのデカさで、あの箱よりレベル低かったのか?! どう考えてもこっちの方が強いだろ!」


――『戦利品を一つ選んでください』


アナウンスが聞こえた。


「今回は何があるかな……」


まだ2度目ではあるが、この戦利品選びは政宗の中で楽しみになりつつあった。



*************


1.【スキル:ミミックの人生】

2.【装備品:上級騎士の大剣】

3.【装備品:上級騎士の盾】


*************



「上級騎士か……どれも捨てがたい。捨てがたいが、そもそも俺はヒーラーだ。ヒーラーとは何か? それはあのアホとアバズレが殺したくなるほど教えてくれた。という訳で、ここは潔(いさぎよ)く【スキル:ミミックの人生】にしとくか……へーと、効果はなんだぁ」



***************


【スキル:ミミックの人生】

・『偽装』それはミミックの人生そのものである。

高レベルのミミックが稀に所持しているスキル。

使用者は自身のステータスを偽装することができる。


***************



「こいつも苦労したんだろうな……」


偽装が人生……。


俺はミミックに同情するほど、弱っていた。


「グッバイ……俺のファンタジー」


表示された『上級騎士』の文字が消えていくのを眺めながら、そう呟いた。


――【スキル:ミミックの人生】を習得しました。


「うるせえよ……」


俺は小さくそう呟いた。

心は切なさと儚さに押しつぶされそうであった。


――【ミミック〈鎧の巨人〉Lv.400】討伐により、レベルアップを開始します。


そして、異世界に来てから、2度目のレベルアップが始まろうとしていた。

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