第5話 ただ一つの光明

目が覚めた。


ゆっくりと体を起こし立ち上がる。

足元には小瓶とその蓋が転がっていた。


「そうか……そういえばそうだったな」


どうやら俺は死ななかったらしい。

あの声の主は、俺を殺そうとしていた訳ではなかったらしい。


そこで俺はあることに気づく。

何となく……何となくだが、さっきよりも恐怖を感じない。

それに暗闇が割と見える。


どうやら目が慣れたらしい。


しかし俺の顔は沈んだままだ。

松明を拾い、俺は辺りに異常がないか確認する。


「そういえばまだ開けてないんだったな」


もう1つ、箱が残っていた。

俺は箱に手を掛け、そっと開けた。


しかし、それが間違いだった。


「ん?……うっ! うわぁあ!」


気色の悪い音を発しながら箱は、俺に飛びついてきた。


「うっ! あ! あああああああああ!」


喰われる! 食われる!


「ぐっ! うわあああああああ!」


箱が俺の腕に噛みついた。


「ぁあああああああああ!」


それは愛犬に噛まれるのとは訳が違う。

皮膚に牙を食い込ませ、確実に俺の肉を持っていこうとする。


俺は肉を食われた。


左腕からは大量の血が滴り落ちている。

制服の袖も持っていかれた。


「はあ……はあ……」


痛くない訳がない。

でも感覚は、この目の前にいる化け物が肉事奪い去っていった。


宝箱の口から生えた無数の牙。

どう考えても違和感しかない細長い足。

それから一番気持ち悪いのは、この長い舌だ。


俺は背を向け、逃げた。


狭い通路へと、ただ無心で走り続けた。





治癒――これが今の俺を支えている。


右腕の掌(てのひら)から発せられる小さな薄い緑色の波のようなものが、傷口を治していた。


「クソっ! クソクソクソクソ!」


傷は一回では完治せず、【治癒(ヒール)】を何度も傷口に当てた。

MPは残り少ない。


「ふっ……はっ! はははは!……終わったな……」


俺は悟った。

ここで終わりだと……。


【治癒(ヒール)】しか使えない俺が、あんな化け物に対抗できる訳がない。

あと何度使えるかも分からない。

この傷だけでこれだ。

また傷ついて、また同じように治せるとも限らない


「どうしろって言うんだよ?……・ん?」


その時あることに気が付いた。


【固有スキル:復讐神の悪戯】


「なんだこれ?」


先ほどの声を思い出す。

それはあの禍々しい液体を飲めと語る声のことだ。


俺はもう一度、ステータスを見た。


******************


【固有スキル:復讐神の悪戯】

〈復讐神の秘薬を体に取り込むことにより発動した固有スキル〉

・このスキルには【固有スキル:反転の悪戯〈極〉】が含まれる。


******************


さらにスキル説明には続きがあった。


******************


【固有スキル:反転の悪戯〈極〉】

・職業・ステータス・魔術・スキル・固有スキル・称号・装備品など。

あらゆるものを対象に、〈極めた反転〉の効果を任意で付与、または解除することが出来る。

(しかしステータスに付与した場合、プラスがマイナスとなり、これがHPの場合は対象が絶命してしまう為、自身に使うことはお薦めしません)


******************


正に悪戯のような説明文だった。


俺の感想としては所、意味が分からないというのが正直な所だ。


「試しに使ってみるか……まずは【治癒(ヒール)】だ……」


そして、俺がスキルを使おうとしたその時だった。


――【固有スキル:復讐神の悪戯】発動しました。


――【固有スキル:反転の悪戯〈極〉】を発動しました。


という謎の声が頭の中に響いた。


そして俺はまたしても驚愕する。


――【魔術:治癒(ヒール)】は固有スキル発動により【魔術:侵蝕の波動ディスパレイズ・オーラ】へと反転されました。


――以後、報告を省略させていただきます。


なんだ? その危ないネーミングは? 侵蝕?

あんなに可愛いかった【治癒(ヒール)】が見る影もないではないか。


俺はステータスを確認した。


***************


【魔術:侵蝕の波動ディスパレイズ・オーラ】〈MP:3~〉

・使用者を中心に360度、侵蝕効果のある球体型の波動を放つ。

その波動に触れた者は生命を奪われる。

効果範囲はMPの配分で拡大可能。


***************


「なるほど命を繋ぐ【治癒(ヒール)】が、命を奪う【侵蝕の波動ディスパレイズ・オーラ】に反転したって訳だ」


それも同等の状態ではなく【極】。


極がどのくらいのレベルを意味するのかは分からないが、これ訳はもしかしてチートか?

いやチートであってくれ……。


そこで俺は我に返った。


「あいつ……もしかしたら倒せるんじゃないか? 反転前と同じMPで使えるなら後少しは使えるし……」


傷も完治した。


松明を片手に、俺は通路を見た。


「……よし」



部屋に着くと正面に開いた箱が2つ。

閉じた状態の箱が1つあった。


どうやらこいつはこの部屋から出られないらしい。

時間が経つと元に戻る訳だ。


「じゃあ何を食べて生きてるんだ?」


ここには頻繁に冒険者が足を運ぶのだろうか?

いや、モンスターは食事などしないか?

そんなどうでもいいことを考えながら、俺は箱に近寄り魔法を行使する。


「これで死んでくれ! 【侵蝕の波動ディスパレイズ・オーラ】!」


すると先ほど腕の治療に【治癒(ヒール)】を使った時とは違い、政宗を中心とした球体が展開される。


しかしそこに【治癒(ヒール)】の面影はない。


「嘘だろ?……反転しただけでこれになるのか?」


表面が不気味にゆらゆらとした赤黒く禍々しい球体が、政宗を覆(おお)っていた。

政宗はさらに箱に近づき、奴に目掛けてさらに波動を拡大した。


奴は唸り声を上げ正体を現すも、身動きがとれないでいる。


「どうだ?! 俺の魔法は! 気に入ったか!」


箱は唸り声を上げながら、部屋の角へと逃げ出した。

俺は魔法を展開しながら後を追う。


「逃げられると思うなよ?! 俺の左腕の借りは返してもらうからなぁ!」


歪な鳴き声がする。


「なんだその返事は?」


波動に触れた部分が徐々に磨り減っていく。

正に、侵蝕である。


気づけばあっという間に箱の半分が侵蝕により消滅していた。

恐るべき魔法だ。


その直後、箱は突然発光して、キラキラと光る粒子になり辺りに散った。


「勝った……そうか……俺は勝ったのか……はっ……はははははは!」


笑いが止まらない。

するとそこへ、あのアナウンスが頭の中で流れる。


――【固有スキル:女神の加護】を発動しました。戦利品を1つ選んでください。


その声と共に目の前に詳細が表示された。


***********


1、【スキル:擬態】

2、【スキル:王の箱舟】

3、【消耗品:回復薬】


***********


「なるほど、これが女神の加護の能力か……そうだなあ……擬態も捨てがたいがこれだな」


************


【スキル:王の箱舟】

異空間収納。

異空間に持ち物を収納することが出来る。

大きさに制限はない。


************


「こいつ、箱の癖に良いもん持ってんじゃねぇか」


――【レベルアップを開始します】――


そこでまたアナウンスが頭の中に響く。


【ミミック〈宝箱〉Lv:500】討伐により経験値を振り分けます。


「あれはミミックだったのか? まあ知ってたけど。定番だし」


するとレベルアップを告げる音と共に俺のステータスの数字が上昇していく。


「ん? Lv500? いやちょっと待てよ! あいつそんなに強かったのか? 可笑しくないか? 500だぞ? 俺がLv1なのに対してLv500って可笑しくないか?」


しかし俺の声は、声の主には届かない。


――経験値の振り分けを終了します――


その時、俺のステータスは大変なことになっていた。


************


ヒダカ マサムネ

Lv:150


職業:ヒーラー

HP:9000

MP:7500

攻撃:1500

防御:1500

魔攻:1500

魔防:1500

体力:1500

俊敏:1500

知力:1500


【状態】:【異世界症候群】

【固有スキル】:【女神の加護】・【復讐神の悪戯】・【反転の悪戯〈極〉】

【スキル】:【王の箱舟】

【称号】:【転生者】・【復讐神の友人】

【魔術】:【治癒(ヒール)】


******************


俺はここで初めて、固有スキルの力とあの魔術の異常さに鳥肌がたった。


ステータスを見て俺は愕然とした。


何だこのイージーモードは?


確かに俺は耐えたよ!

あの姫さんの罵声にも佐伯の嫌がらせにも耐えた!

性格が捻くれるほどに!

ミミックに腕を抉(えぐ)られても泣かずに頑張ったさ! だからなのか?

だからこその褒美なのか?


「だとしたら、有難い話だけど……もしかして、この世界ではこれが普通なのか?」


異世界に来られたことは大変うれしく思う。

だが俺はこの気味の悪い場所以外に、この世界のことを知らない。


「佐伯や一条は俺よりも余裕で強いんだろうな……」


唐突に訪れる虚しさ。


「これも勇者召喚の恩恵かな? 俺ですらこれなんだ。あいつらなんかもうバケモンみたいに強いんだろうな……」


ただ悔しかった。

俺がなるはずだったのに……。


俺が勇者になるはずだったのに……。


するとまたしてもアナウンスが聞こえた。


――レベルアップにより【魔術:治癒(ヒール)】のレベルアップを開始します。


――レベルアップにより【魔術:治癒(ヒール)〈Lv.1〉】を【魔術:治癒(ヒール)〈Lv.MAX〉】にレベルアップしました。


「は? MAX? カンストだと? いや、レベル的には普通のことなのか?」


――レベルアップにより【魔術:状態異常治癒エフェクト・ヒール】を覚えました。


――レベルアップにより【魔術:状態異常治癒エフェクト・ヒール〈Lv.1〉】を【魔術:状態異常治癒エフェクト・ヒール〈Lv.MAX〉】にレベルアップしました。


――レベルアップにより【魔術:属性付与(エンチャント)】を覚えました。


――レベルアップにより【魔術:属性付与(エンチャント)〈Lv.1〉】を【魔術:属性付与(エンチャント)〈Lv.MAX〉】にレベルアップしました。


――レベルアップにより……

――レベルアップにより……

……

……


……


その後も声は鳴り止むことはなかった。


そこで俺は思った。

この“アナウンサー”は暇なのかと……。

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