第4話 暗闇から秘薬
今思い返しても俺の人生は何も成し遂げられない―……。
――無能、そのものであったように思う。
そんなことを考えながら、俺は目を開けた。
「どこだここは?……何も見えない」
そこはただ暗く。
何かが腐っているような臭いがした。
暗闇を探るように手を動かしていると……これは壁だろうか?
俺は立ち上がり、ゆっくりと壁に沿って進み始めた。
「確かにこんな何も見えない場所じゃ。生きられねえわな。はっはっ……」
俺はゆっくりと足を進めた。
1歩1歩、足が地面に擦れる音を頼りに、ただ呆然と進んだ。
この1歩を進めた所で、明かりが見える訳じゃない。
そんなことは分かっている。
只……一度止まればもう歩き出せない様な、そんな気さえしていた。
得体の知れない生臭さと、光一つない闇。
「う!……おぅぇえええええええええ!」
涙とゲロが混じる。
それでも俺は、歩き続ける。
「……ステータス」
何かを見ていたかった。
何も見えないから……。
ただステータスの表示だけは見えた。
その時の気持ちが、分かるだろうか?
分かる誰が理解するだろうか?
”皆! 俺!……ステータスが見えるよ!”
誰が理解するだろうか?
この時の俺にはこれすら救いだった。
「……無能……だな」
代り映えのしない表示に辟易する。
【状態:異世界症候群】
・異世界に憧れたものが患う病。
「病気か……意味不明だ……」
確かに俺は異世界に憧れを持っている。
また新たに1から何かを始められる。
そんな別の世界があるならばと、想像しない日はなかった。
だがここでは、それすら病気扱いになるらしい。
だったら今の俺はどうだ?
これが正常だと言えるか?
いるならそいつを連れてこい……。
まるで世界すらも俺も嘲笑っているようだ。
「女神……」
【固有スキル:女神の加護】
・女神の有難い慈悲により授けられた能力。
対象のライフをゼロにした時にのみ、相手の有する能力やアイテムから1つだけ選択し、手に入れることが出来る。
「有能だな……」
【魔術】
・【
基本的な治癒魔法。
俺はこれを見た時、ヒーラーが最弱と言われる所以を知ったような気がした。
確かに佐伯の言った通りだ。
これでどうやって攻撃しろと言うんだ?
――『お前はこの世界に誰かを癒しに来たのか?』
佐伯の言葉を思い出す。
俺はこれからどうすればいいのだろうか?
こんなことなら……異世界に行きたいと……思わなければ良かった。
俺は何で歩いてるんだろう……。
……。
殺したい……。
あいつらを……今すぐに……。
味合わせてやりたい。
この苦痛を……。
▽
光――
それは突然視界に入った。
急に赤い色が視界に現れたから、俺は血を流しているのかと頭を確認した。
――松明だった。
1本の……松明。
「……松明か……ないよりマシか」
これがRPGなら松明など初めから所持していただろうに……。
松明を手に取り、あたりを見渡すとそこは少し広めの部屋だった。
歩いてきた道を確認する。
まさかここまで狭い道だったのかと驚く。
天井も低い。
確かに何度か頭をぶつけた。
俺は急に怖くなった。
正体不明の恐怖が急に俺を襲うのだ。
明かり……おそらくこれのせいだ。
急に周りが見えたせいで、俺は自分の置かれた状況をより理解してしまったのだ。
怖い……。
何故俺が……俺だけがこんな目に遭わなくてはいけない?
今頃あいつらは飯でも食べているのだろうか?
何もない場所に、あいつらの顔が浮かぶ。
最も強く現れたのは佐伯の顔だ.
殺してやりたい。
あいつも……あの女も……一人残らず、皆殺してやりたい。
「殺してやる……」
声が部屋に響いた。
俺は返ってきた自分の声にビクつく。
「はっ……はっはっ……」
情けない。
『何が殺してやりたいだ? お前に人など、殺せる訳がないだろう?』
俺が、俺にそう言う。
俺は暫く、そこで立ち止まった。
▽
俺は部屋を照らし何かないか見渡した。
しかし何もない。
ただ生臭い……いや、カビの匂いか?
よく分からない。
考えることを止める様に、壁にもたれかかった。
するとどこからか、音が聞こえた。
地響きの様な低い音だ。
俺は怖さのあまり、身動きが出来なかった。
だがそれは今に始まったことでもない。
少しすると音は鳴り止んだ。
どうやら何かを触ってしまったらしい。
そんな気がする。
壁にもたれかかった時に背中に何かレーバーのような感触があったのだ。
ということは、そういうことだろう。
俺はまた怖くなった。
当然だ”何か”を動かしてしまったのだから。
しかしそこで、あることに気づいた。
先ほどまで何もなかった向かいの壁。
その一部がなくなり、そこに通路が出現している。
「仕掛け扉だったか……」
俺は歩き続けた。
▽
あれからさらに時間が経過した。
しかしどのくらい経ったのか……それは分からない。
時間などどうでもいい。今の俺には……。
いくつかの通路と部屋を通り抜け、俺はとある部屋に辿り着いた。
「宝箱か……」
目の前には3つの箱が置いてある。
おそらく宝箱的な奴だ。
知りもしないのに、何故か俺はそう思った。
それだけ希望を求めていたのか?
それとも単純に俺が馬鹿だったか。
待てよ。
開けたら牙があるんじゃないか?
口になっているんじゃないか?
そう……ミミックだ。俺はそいつをよく知っている。
開けるべきか?
黙って通り過ぎるべきか?
ただこのまま進んでも後で後悔するだろう。
ミミック――命名するなら初心者殺し。
あれは、それがミミックだと知らないプレイヤーを死に至らしめる。
逃げる隙は与えない。
俺は悩んだ末、まず一番右の箱を開けることにした。
だが中には何も無かった。
特に驚いたりはしない。
大して何も望んでいないのだから。
とりあえず、水でも出てくれば儲けものだ。
そして俺は次を開ける。
今度でヤバいのが出てきた。
俺はそれを手に取って眺めるように見た。
それは小さなガラスの小瓶で、中には禍々しいオーラを放つ液体が入っていた。
「気持ち悪いな……」
色の問題ではない。
確かにそれは赤黒く得体も知れず、いかにも「毒ですよ」と言わんばかりの雰囲気を醸し出している。
しかし、色の問題ではないのだ。
理由は分からないが危ない。
何かが俺にそう告げるのだ。
その時だった・・・
「ソレヲ飲メ・・・」
声が聞こえる。
俺は何故か嬉しくなった。
「なぁ! 何だ?! どこにいるんだ?! ここはどこだ?! 俺はどこにいるんだ?!」
勿論返事などない。
若しかしたら、ここは怖がる所なのかもしれない。
急に誰かの声がするのだ。
しかも暗闇で……。
だけど嬉しかった。
一人じゃないと一瞬でも思えることが、こんなに嬉しいことだとは思わなかった。
……そう……一瞬でも……。
結局声はしない。
俺の質問には答えてくれない。
「ソレヲ飲メ・・迷ワズ・・・」
次は、はっきりと聞こえた。
今は聞こえているだけで嬉しい。
ないよりはマシだった。
声の主は飲めと言っている。
おそらく俺が手に持っているこいつのことだろう。
「力ガ欲シイノダロウ? ナラバ飲メ・・飲ミホセ!」
「力なんかいらない! 俺を元の世界に返してくれ!」
しかし返答はない。
その後、何を言っても返事はなかった。
俺はその場に座り込み、じっとその小瓶を眺めた。
黒い……そして、部屋は暗い。
俺は暗い所が好きだった。
怖いとは思わない。
むしろ落ち着くほどだ。
だけど、今は怖い。
暗闇がこれほど心細い物だとは思わなかった。
俺はもう一度、小瓶を見た。
俺は悩んでいた。
このまま地道にレベルを上げていったとしても俺のステータスは佐伯や一条にしてみれば蟻のようなもの。
そしてヒーラーである俺があいつらにダメージを与えるすべなど、この先見つからないだろう。
そもそも、そのレベルで悩んでいる俺はこの先生きていけるのだろう。
俺はあいつらにたどり着く前に死ぬ。
間違いなく。
ただ、人生は運だ。
その運をどう勝ち取っていくかで決まる。
怖い怖いと、いつまで言ってはいられない。
決断する時が来たのかもしれない。
あの声に従いこれを飲むか、それとも空しく、孤独に死ぬか。
「一度は捨てた命だ……本来なら生きてることが可笑しい……おい! 誰か知らないが、これ……飲ましてもらうよ! だから頼む!」
カラ元気――それがお似合いの言葉だ。
俺は瓶のフタを開け、それを一気に飲み干した。
「フッフッフッ! 承知シタ」
その時だった。
微かに聞こえた笑い声と共に俺の体に激痛が走る。
「ぐっ!……クソっ! 何で……だよ……」
俺はその場に倒れた。
「これで……終わりかよ……畜生……」
最後に、あった感情は”諦め”だ。
もういい……。
後悔はない。もう行きたさ。十分に……。
そして、俺の意識はそこで途切れた。
▽
ここはグレイベルクにある魔術と剣術、そして戦闘における様々なことを学ぶことが出来る学校。
――国立アリエス・グレイベルク学園である。
そしてそこに学校の寮へと向かう一行がいた。
「おい佐伯。お前本当にあれで良かったと思ってるのか?」
「何がだ?」
「何がだじゃないだろう!日高のことだよ!」
アリエスが転移者一同を寮へと案内する中、その道中で一条が佐伯に突っ掛かっている。
「はぁ……一条、お前ってホントにお優しい奴だよな?助けた相手に暴言でお礼をされてもまだ助けようとするんだもんな?本当にお優しいよ。真島と木原はこいつのそういうところに惹かれたのか?」
「う~ん。最初はそうだったんだけど。でも流石にお人好しが過ぎると思うな……私は……」
そう答えたのは真島だった。
「確かにね。誰にでも優しいのは一条くんの良いところなのかもしれないけど、でもねぇ?」
木原も複雑そうな表情をしている。
「そういうことだ一条。お前のその“優しさ”とやらに付いて行く奴なんていないってことだ。分かったら奴のことは諦めろ。もうそのことで俺に突っ掛かって来るのも止めろ。まあどちらにしろ、今頃あいつは死んでるだろうがな」
一条は何も言わなかった。
そしてそんな一条の表情を密かに見つめる人物がいた。
アリエスだ。
もし一条が勇者でもなければ、アリエスは間違いなく一条を、日高に行使した転移魔法で飛ばしていただろう。
しかし、それはできない。
もしこの先、一条が戦意を喪失するような出来事が起ころうともそれは出来ないのだ。
彼は腐っても勇者である。
勇者とはそれほどに強力であり、一国の命運を左右するほどの力を持っているのだ。
だからこそ無暗に飛ばせる訳もなかった。
「着きました。ここが皆さんの寮になります。後はここの寮母の方に任せてありますので、分からないことがありましたらそちらに尋ねてください。それと、明日から各職業に合った授業が始まります。明日に備えて今日は十分に疲れを癒してください。それでは私はこれで――」
そう言い残し、アリエスは転移でその場からいなくなってしまった。
「アリエスさんって綺麗な人だよなー」
そう話すのは佐伯だ。
「あなた見てなかったの?あの女の形相。日高を飛ばした時のあの顔を!綺麗どころか、悍ましい以外ないわね」
そう話すのは河内である。
「何言ってんだよ。綺麗な女には棘があるって言うだろ?」
「いいえ。あれは棘なんてものじゃないわ。深入りすれば私もあなたも殺されるわよ」
「日高みてぇにか?」
佐伯は河内の忠告など聞いていない。
「木田君はどうなの?あなたあの時はずっと黙ってたけど?あなたも彼と一緒になって日高君を虐めてたでしょ?」
「そ……それは……」
「おい河内!木田に八つ当たりすんじゃねえよ!木田はこれでも上級騎士なんだぞ!」
「あら、私はソーサレスよ」
ソーサレスとはソーサラーのことであり、女性の場合ソーサレスとなる。
「まあなんだ河内。終わったことは仕方がねえ。いくら騒いでも日高は戻らねえんだ。木田や俺を責めてもな。まあ仲良くしようや、俺たちはこれから魔族討伐のために頑張らねえといけねえ訳だしな」
「都合が良すぎるとしか言いようがないわね」
彼らは寮の中へと入って行った。
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