第3話 最弱という名の職業
勇者・賢者・上級騎士。中にはプリーストという職業もあった。
召喚された生徒、総勢21名。
その内、ほとんどの生徒が攻撃系の上級職を授かった。
そんな中、俺の有した職業は……。
『ヒーラー』……どういうことだ?
ヒーラーとは所謂、回復職のことだろうか?
俺の認識が正しければそれで間違いないはず。
いや……待てよ。この世界でのヒーラーは、若しかすると、勇者をも凌ぐ上級の中の上級という可能性もある。
まずは確認だ。
「あの! すいません!」
「どうされましたか?」
俺はアリエスさんを呼んだ。
「俺だけステータスの確認がまだ何ですが、その、見て頂いてもいいですか?」
「そうでしたか。では失礼します」
すると俺のステータスを見るなり、アリエスさんの笑顔が次第に歪んでいくのが分かった。
その表情の意味する所は2つあるように思う。
だがどっちなのか?
「こ……これは……何といいますか……その……」
するとそこへ佐伯が現れた。
「どうしたんですか? アリエスさん? ん?…なんだよ! 日高じゃねえか! お前、職業何だった? 仕方ねえからこの『賢者』である佐伯様が見てやるよ」
賢者に選ばれたことが余程嬉しいらしい。
そりゃぁ嬉しいだろう。
佐伯は俺のステータスを覗き込んだ。
「は? おいマジかよ! ふっ…ぶはははははははは! なんだよこれ! お前! 日高! いくら何でもこれはねえだろ! ヒーラーってお前! 真島でもプリーストなんだぜ? なのにお前ときたら」
佐伯は一条の腕にくっ付いている女子を指差してそう言った。
「あの、アリエスさん? ヒーラーって何ですか?」
佐伯のことなど、どうでもいい。
要はこの世界での基準を知りたいんだ。
俺はこの世界でのヒーラーという職業について、知りたかった。
万が一……ということもある。
「ヒーラーとは、治癒職、つまり……『最弱職』です」
「最……弱?……」
……最弱? 何で?
いや……そんなはずはない。だって他の奴らは上級職だったじゃないか?
何で俺だけが最弱職なんだ?
在り得ないだろ? どう考えても?
「とりあえずステータスの数値を確認しましょう」
先ほどよりもどこか冷たい声でアリエスさんはそう言った。
****************
ヒダカ マサムネ
Lv1
職業:ヒーラー
種族:人間
HP:60
MP:50
攻撃:10
防御:10
魔攻:10
魔防:10
体力:10
俊敏:10
知力:10
状態:異世界症候群
称号:転生者
固有スキル:女神の加護
*****************
「嘘だろ? 日高? 無能だとは思ってたけど、ここまでくると天才だな! あはははははははは!」
「どうしたんだい佐伯?そんなに大笑いして」
「おお木田! それがやべえんだって! 日高のステータス見てみろよ」
「日高っちのステータス? ん?……どれどれ?」
俺のステータスを確認した木田は、声も出さずに「ドンマイ」とでも言いたげな顔で俺の肩に手を置いた。
「佐伯くん! またあなたは日高君を!」
次は河内さんが現れた。
ある意味、この人には今、一番来てほしくない。
正直、俺はこの人が嫌いだ。
お節介どころか、この人は佐伯の怒りを助長させているだけだ。
いつもいい加減なことを言って、去っていく。
おかげで俺はより苛立った佐伯にまた余計なことを言われる。
「だってよ? ヒーラーはねえだろ? こいつこの世界に何しに来たんだ? 誰かを癒しに来たのか? 違うだろ? 俺たちは魔族と戦うために召喚されたんだろ? これを笑わずにいられっかよ?!」
「そのくらいにしといたらどうだ? 佐伯」
一条がイケメンの役目を果たしにきた。
「はあ?」
「お前の人を馬鹿にした態度は目に余る。不愉快だ」
「不愉快だ? おい一条、前から言おうと思ってたんだが……お前の方が不愉快なんだよ! いっつも女子を侍らせやがって! 僻みじゃねえぞ? チャラチャラしてる割に自分は聖人君子だとでも言いたげな態度でいやがる。それが不愉快だって言ってんだ!」
一条は佐伯の言い分を黙って聞いた。
「聖人君子か……まあ不愉快だったなら謝る。すまなかった。だがそれとこれとは話が別だ。お前の日高に対する行いは目に余る」
「謝ってねえんだよ?! お前は謝ってるつもりかもしれねえがなぁ!」
「ちょっと佐伯! 一条に噛みついて何がしたいわけ?」
「そうよそうよ! 一条君は日高を虐めてる佐伯が悪いって言ってるだけなんだから」
「女はすっこんでろ!」
佐伯の剣幕に女子2人は一条の後ろに隠れる。
2人はまだ言い争っている。
するとそこにアルバートが現れ、2人の争いを無視しながら俺のステタースを覗きこんだ。
「アルバート様、どうされましたか?」
「いや……少し気になってのぉ。何故お主だけ称号欄に“転生者”とあるんじゃ?」
「転生者?」
アリエスは疑問符を浮かべている。
「そうなのじゃ。他の者は皆、勇者じゃ。なのに何故かこの少年だけが転生者なのじゃ。まあその理由は本人に聞くとするかのぉ」
アルバートとアリエス、そしてその後ろで言い争っていた2人がこっちを見た。
「その……あの……実は……」
屋上から飛び降りたとは言いたくない。
特にこいつらの前では……。
「ふむふむ、なるほど。言いにくいか? なるほどのぉ。事情は大体分かった。ならばこの話はまた後にしようかのぉ……陛下! 先に話を進めてもよろしいですかな?」
「任せた」
アルバートは確認を終えるとこちらを向いた。
「それでは皆のステータスも確認できた所で、其方らの今後について話したいと思う。まず其方らには学校へ入学してもらう。そこで魔法や剣術について学び、魔族に対抗し得(う)るだけの力を身に着けてもらう。よって今から転移魔法で学生寮へ移動してもらうことになる。移動した後はここにおるアリエスの指示に従うようお願い申し上げる」
「では皆さま、転移を行いますのでこちらにお集まりください」
指示された場所に向かう時、佐伯が俺に話し掛けてきた。
「やっぱお前、俺らのジュース買うくらいしか才能なかったな? まあ精々がんばれよ。何も出来ねえって言ってもニートよりはマシだろ? ヒーラーの方が? お前なんてこんなことにでもならなけりゃぁ高校卒業した所でニートくらいしか道はなかったんだ。少なくとも職を与えてくれたあいつらに感謝すべきだろ? そうは思わねえか?」
世界が変わっても、俺はまたこいつに虐められ続けるのか……。
「佐伯くん! いい加減にしろと言っているだろ!」
「うるせぇ!」
また一条か……。
「一条くん……」
辟易する。佐伯も……一条も……河内さんも……。
『普段、何も言ってこない日高が初めて自分から話し掛けてきた』
一条のこの表情の意味はそんな所だろう。
だから結局、こいつも同じなんだ。
こいつらと……。
「もう、そういうの……止めてくれないか?」
「ど……どうしたんだい急に?」
「正義の味方気どりか? 一条くんを見てると吐き気がするんだよ……」
もう、どうでもよかった。
こいつは自分の株を上げるために俺を助ける。
いや、助けるフリをしているだけだ。
根本を解決しようとはしない。
解決してしまったら、助けたフリが出来なくなるから……。
「はははっ! そうだよな? 日高! 気持ち悪いんだよこいつ! 分かるわぁ!」
「君もだよ……俺を虐めて楽しいか?」
諸悪の根源……佐伯……。
こいつさえいなければ、俺の人生はもっと輝かしい物になっていただろう。
「は?! 言うようになったじゃねえか?! 日高! どうなるか分かってんだろうな?!」
「分かりたくもないね。だって君のことなんてどうでもいいから……」
佐伯はいつも通りの表情だが、初めて反抗的な態度を見せたせいか少し動揺している様にも見える。
「河内さん? いつも助けてくれてありがとう。面倒臭かったでしょ?」
「私はそんな……」
「嘘はつかなくてもいいよ」
そう……嘘はつかなくていい。
こいつは一条とよく似たタイプのクズ。
要は学級委員気取りなわけだ。
俺を助ける自分……つまり正義を為す自分に酔っているだけだ。
一条と河内……どちらの方が、質が悪いのだろう?
結局は同じだ。こいつらも佐伯と変わらない。
「皆は俺が虐められてる時、よく見て見ぬふりをしてたよね? いや、別に助けてほしかった訳じゃないんだ。さっき一条くんに言ったことも本心だし、でも……無罪だ何て思わないでね? 君たちやここに召喚されなかった残りのクラスメイトも大いに関係してるんだから」
生徒たちの中には何のことだろうと困惑する者もいるだろう。
それは俺が虐められていたことなど、端から何も知らなかったことを意味していた。
でも、だから俺は無罪ですって……そうじゃないだろ? それでいいのか?
それでいいと思ってるのか? こいつらは?
「アルバートさん。さっき俺のステータスを見て“転生者”という表記について聞いてましたよね?」
「いかにも」
「でもそれは不思議でも何でもないんですよ。だって俺は1回死んでますから」
「ふむふむ、そうだろうとは思っておったよ。そもそも転生とはそういう意味じゃからのぉ。それにのぉ、お主の目を見れば分かる。つまりそういうことじゃろ?」
「はい、俺は自殺したんです。校舎の屋上から飛び降りて…」
思ったよりも生徒たちの反応が薄い。
どうやら本当に驚いた時と言うのは表情に出にくい様だ。
そりゃそうだ? こいつらは、俺を殺した!
佐伯を筆頭に、俺を辱め! 死に至らしめた! 人殺しだ!
だから今! 申し訳ないという気持ちすら表情に出来ない。
分からないんだ。どうすれば償えるのか!
そうだ! 後悔しろ! 見殺しにしたことを! そして詫びろ!
俺に土下座して謝れ! 僕が悪かったと、そう言え!
「落ちて、意識が薄れかけた時、光が見えました。あれはおそらく召喚の光だったんだと思います」
「ふむふむ。なかなか興味深い話じゃのぉ」
何だ? この爺は? それだけか?
あまりにもあっさりし過ぎていないか? 気色悪い。
「日高? それだけか?」
それは佐伯だった。
佐伯は俺に問い、見ると、ニヤニヤしていた。
そこにいたのはいつもの佐伯だった。
「何が?」
何で笑えるんだ? 俺のは話を聞いていなかったのか?
「何がじゃねぇよ。てめが自殺しようが俺らには何の関係もねえって言ってんだ!」
待てよ? どういうことだ?
整理が追い付かない。
「俺が今までのことを泣いて謝るとでも思ったか? は?! 馬鹿か?! 後悔するくらいなら初めからやっちゃいねぇよ! 元はと言えば、てめぇが無能なのが悪いんだろうが!」
何? 俺が悪いだと? こいつは何を言ってるんだ?!
自殺したんだぞ?! 俺は?!
人を殺したんだぞ?! お前は?! 何故そんな言葉が出てくる?!
「佐伯、止さないか!」
またこいつか……。
こいつもそうなのか?
俺が悪いと……そう言うのか?
佐伯と同じように……。
「一条、お前も聞いてただろ? 吐き気がするんだとよ! つまりこいつはそういう奴なんだ! 助けようとしたお前にすら暴言を吐く! 自分のことしか考えないクズなんだ!」
うるさい……黙れ……。死ね! お前なんか死んでしまえ!
「おい日高、死にたきゃ勝手に死ね! そうしてくれた方が俺らも助かる。これから得体の知れねえもんに挑むって言ってるそばで、辛いから死ぬだと? はぁ?! 同情誘ってんじゃねえよ?!」
ふ……なんだこれ?
感情が言葉にならない……。
何だ? その目は?
見るな……見るなよ……俺を見るな……。
「日高くん? さぁ? 魔法陣の中に行こう」
話しかけるな……死ね……。
傍観者が……。
傍観が無実だと?……関係ないと?……そう言いたいのか?
「日高様? 転移を行いますので、こちらへ」
「俺は……行かない……」
「は?」
聞こえただろ? 2回も言わすなよ。
「俺は行かないと言ったんです!」
「そうですか……はぁ……。陛下! 許可をいただけますか?」
「ふむ。任せる」
そうか……俺は何も見えてなかったんだな。
こいつらに心があると、どこかで信じていた俺が間違いだったんだ。
気づくべきだった。
こいつらは人の皮を被っているだけだと……。
「日高様、実を言いますと日高様がヒーラーであると分かった時点で日高様はこの魔法により、1人、彼らとは違う別の場所へと飛ばされる予定でした」
「え? どういう……ことですか? 別の場所?」
「そうです。転移場所はランダムであり、私たちにも予想がつきません。そしてこれは救済措置として我々が設けたシステムなのです」
「救済措置?……ということは?……俺は助かるんですか?」
どうやら俺にもまだ、希望は残されているらしい。
「何を勘違いしてるんですか?」
………。
…………え?
「それは! 私たちに対する救済措置です!」
……。
「だってそうではありませんか?! この勇者召喚に、いったいどれだけの魔力と! 時間を! 費やしたと思ってるんですか?! それだけではありませんよ?! 国民の…人の命まで犠牲にしなければ行使できないほどの魔法なのです! そこまでして召喚した者が! まさかヒーラーだなんて! 誰が想像できますか?! 私は命を捧げてくれた者たちに! どう説明すればいいのですか?!」
こいつは何を言ってるんだ。
何をそんなに怒ってる?
何故俺がそんな言い方をされなければいけない?
「はっ!……はっ!……はははははははは!」
やばい……なんか笑えてきた。
「あなたですよ?! 日高様! あなたに話しているのですよ?! いったい何が可笑しいと言うのですか?! あなたのような無能を召喚してしまった上、さらにそれを保護するなど! この国に無能を手厚く保護するような無能はおりません!」
やっぱり……俺って生きてちゃ行けないのかな?
「アルバート! 転移の準備を! その無能を飛ばします!」
「ほっほっほっ! 分かりました。姫様」
姫様?
「そうかあんたはこの国の姫だったのか……」
下らない……これが一国の姫だと? ふざけるな……。
こんな姫がいていいはずがない……。
「無能に教える身分などありません!」
そうか……これがこいつらの正体……この国の正体か……。
はは……何が無能だ……。
俺の足元を青い光の円が囲んだ。
皆、俺を見て笑っている。
俺が夢見た異世界とは、一体何だったのか?
「なぁ日高? やっぱお前は無能だったな?」
佐伯も笑っている。
こいつも……あいつも……皆が俺を見て笑っている。
「この召喚に協力してくれた者たちの命を無駄にした罪! その身で償いなさい!」
その時、俺の中に、何か、悍(おぞ)ましい感情が沸き上がってくる
何故俺ばかりがこんな目に遭わなくてはいけないのか?
何故、いつも俺ばかりが、負けを背負わされるのか……。
こいつらは笑う……そして楽しむ。これからも……ずっとだ……。
そしてこれから俺が望んでいた異世界ライフを、魔法や剣の授業と共に満喫する。
一方、俺は訳も分からず飛ばされる。
嘲笑われ……罵られながら……。
「この世界のどこに飛ばされても! 今のあなたが生き残るのは不可能でしょう! それほどにこの世界は厳しいのです! 恥を知りなさい!」
こいつらを殺してやる……いや……殺さなきゃダメだ。
俺は自然とその発想が浮かんだ。
「どうせ碌でもねぇ国なんだろ? そうだ……消してやるよ。この国ごと……」
出来るはずもないが……これが、俺にできた精一杯の反抗だった。
「……遺言はそれだけですか? 愚か者は恥すらも理解できませんか?!」
「外道が……」
俺はアリエスを……佐伯を……そして、視界に映るそいつらを睨んだ。
笑いたければ笑うが良い。
だが――
「必ず……殺しに来るからな……お前ら全員!」
俺はそう言って睨みつけることしかできなかった。
怒りで胸が張り裂けそうになる。
俺は決して、最後まで目を閉じなかった。
この光景を! 殺したい奴らの顔を! この感情と共に! 心に刻み込むために!
……全員……一人残らず……殺す……。
最後に見たのはあの女の笑った顔と、あいつらの見下した目だった。
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