第2話 勇者召喚

「成功……した――成功しましたぞ! 王様!」


視界から光が消え、全貌が見えてくる。


「私たちは成功したのですね――!」


目の前で長い髭を貯(たくわ)えた老人が騒いでいる。

そして金髪の美女がいた。


「うむ、そのようだなアリエス。これでこの国も救われる。アルバート? お前の長年の努力も報われよう。よくやってくれた! アルバート、礼を言うぞ」


「ぐすっ……勿体無きお言葉……」


「良いのじゃ……良いのじゃ……」


何だ? この爺は?


老人は目から涙を流し、感動している様子であった。

そこへ先ほどから気になっていた王様風の男が俺たちに語り掛ける。


「ようこそ転移者たちよ! よくぞ参られた! 余はグレイベルク王国第47代国王、ヨハネス・グレイベルクである」


こいつは王様らしい。

自分で言っているのだからそうなのだろう。


ん?……転移者? どういうことだ?

――ここは異世界なのか?


「まず初めに、皆に謝罪しなければいけないことがある。余の勝手な都合でここに呼び出した事、申し訳なく思っている」


「そんな陛下! 顔を上げてください! これは私がやったこと故、謝罪をしなければならないのは私です」


先ほどの老人は涙を拭きながらそう話す。


「いや……良いのだアルバート。お主の提案を聞き入れ、最後に決断を下したのは余ぞ?お主が謝ることではない」


老人は「勿体無きお言葉」と、先ほどと同じ言葉を繰り返していた。


「さて、転移者である其方らは今こう考えているであろう? ここはどこなのかと?」


王様が“俺たち”に問い掛けた。


ん? 俺たち? そういえばさっき王様は“其方ら”と言っていたような――

俺は無意識に『俺たち』という表現を使った。

俺は嫌な予感を頼りに、この時――初めて後ろを振り返った。


――予感は的中した。


そこには俺のいた2年3組の生徒の大半がいたのだ。

もちろん佐伯や木田の顔もある。


俺は一瞬、佐伯と目が合ったがすぐに逸らし王様の方へと向き直した。


「ここ、グレイベルク王国は長きに渡る魔族との戦いに身を投じてきた。だがしかし、未だ終戦には至っておらぬ。奴らの魔力は恐ろしく強力だ。幸運にも魔族に対抗できるだけの力を持つ者はこの国もおる。しかし、それも数名。数がまったく足りぬ。そして余はそこにおるアルバート指揮の元、“勇者召喚”を行ったのだ。そして――」


校長の話よりも長く、後半はまったく頭に入ってこなかった。

だが非常にざっくりとした説明ではあったものの、大体のことは分かった。


――つまりここは異世界で、俺たちは異世界転移したということだ。


「勇者召喚により呼び出された者は、その瞬間から神の加護を受け、高い能力をその身に宿すと――文献には記されている。皆にはまず自身のステータスの確認をしてもらいたい」


「ちょっと待てよ!」


誰の声かは分かった。

可笑しいとは思っていた。

あの王様がそこにいるアルバートとかいう爺と“漫才”を交えつつ、訳も分からず召喚されてしまった俺たちに、事の経緯を説明し出してからおよそ何十分と経っている。

何故誰も、何も言わないのだろうか?


普段あれだけ威張り散らしている佐伯は何故黙っているのかと、そう思っていた。

あいつなら普段の様に大声で威嚇を交えつつ、不満を叫んでも不思議ではないのに。


「さっきから黙って聞いてりゃぁ転移だの召喚だの意味の分からねえことを言いやがって! こっちは迷惑してんだよ! せっかくの昼休みが台無しじゃねえか! 何がステータスだ! お前ら分かってんのか? これは誘拐だぞ!」


その時、佐伯に対して3人の衛兵らしき者たちが槍を突きつけた。

あれがランスと言うのだろうか?

実際に見るのは初めてだ。

想像していたよりもデカい。


「国王様の御前であるぞ! 控えよ!」


いきなりのことに生徒たちの緊張が高まる。

あれだけ威勢の良かった佐伯の顔も引き攣っており、その背後では木田が怯えていた。


「よい!」


王様の声と共に衛兵がランスを納めた。


「誠に申し訳ないことをしてしまった。それは余とて重々承知しておる。しかし先に伝えておく、召喚した者を元の世界に返す術はこの国にはない。どちらにせよ、其方らはここで生きていくしかないのだ」


「ふざけた事を言ってんじゃねぇ! 帰れない訳がねぇだろ! 何が召喚だ! 馬鹿にするのも大概にしろ!」


すると王様は佐伯に手のひらを向け、聞き慣れない言葉を呟いた。

その瞬間、その手のひらから発光した球が飛び出し、サエキの足元で小さな爆発を起こした。


「なっ!」


佐伯はその場で固まった。

――佐伯は自分の置かれた現状を理解した。

それは佐伯だけではない。


それはCGでもなければ何かの演出でもない。

皆、“それ”が何かを理解しただろう。


――魔法だ。


俺は目の前で魔法を見たのだ。


「其方、名はなんと申す?」


すると王様は佐伯に直接語りかけた。


「……佐伯だ」


「なるほど、では佐伯殿ここで一つ重要な話をしておく。佐伯殿も含めた其方らの生死に関わる話だ」


生死という言葉を聞いて、またしても佐伯の表情は強張る。

だがそれは佐伯だけに限ったことではない。


「この世界には様々な国が存在する。中でもこのグレイベルク王国は“始まりの町”が近いということもあり様々な人種・価値観を持つ者たちが頻繁に出入りしておる。異界の者である其方らのように価値観の違う者でも受け入れる数少ない国だ。そして、其方らは特別だ。」


「ああもう! 何が言いたいのか分かんねえんだよ! 始まりの町とか知らねえよ! 話もなげえしよぉ」


どうやら佐伯は魔法を目の当たりにしても、意外と動揺していない様だった。

それとも動揺以上に、この王様の回りくどい話に嫌気がさしていたのか?


「佐伯君!」


そこで一人の生徒が突然、話に割って入ってきた。


「何だ?」


こいつは一条幸村。

毎日、女子に囲まれた学園ライフを送っているイケメン。


――つまり、リア充である。


「佐伯くん――俺たちは今、刃物を持った衛兵に囲まれてる。王様の一声でいつでも殺せる状況にあるんだ。勝手な都合で召喚されたとはいえ、もう仕方のないことだ。それに俺たちは右も左も分からない状態と言える。とりあえず話を最後まで聞くべきじゃないか?怒鳴るのはそれからでも遅くない。佐伯くん、君はそうは思わないかい?」


一条の腕に2人の女子がしがみついている。

2人は正に恋をした乙女の様な目で、一条を見ていた。


俺はそれを心の中で笑った。

あれをカッコいいと思っているこいつらはどうかしていると――


「そうよねぇ? 佐伯は空気を読まなさ過ぎだよねぇ」


「そうそう、ちょっと黙ってて欲しいんだけど!」


今直ぐこいつらに怒鳴り散らしたい。

だが佐伯は堪えた。

ここで事を起こせば、周りの連中に何をされるか分からなかったからだ。

佐伯もそれほど馬鹿ではなかった。


「ちっ! 分かったよ……」


佐伯は軽く舌打ちをした。

王様は「よいかな?」と前置きをした後、再び話を始める。


「悪いようにはせん、寝る場所も食事も服も用意してある。ここには何でもある――しかし、一歩でも国の外に出ればそこはお主らにとって未知の世界。今の其方らでは太刀打ちできん。文献には召喚された者はこの世界のことを何も知らぬと書いてあった。お主らもそうであるのだろう? ならば結果は明白だ」


王様は佐伯を見た後、生徒全員にこう告げた。


「どうか我々を……この国を救ってほしい! この通りだ勇者たちよ!」


勇者? なんだそのお決まりのセリフは?


「勇者だと?」


初めに声を出したのはやはり佐伯だった。


「我々が行ったのはただの召喚魔法ではない。勇者召喚なのだ! これにより召喚された者は先ほども言ったように皆、等しく高い能力を持ち、勇者はさらにそれを上回る高い能力を得ると文献にはある。そして先ほどの話に戻るわけだが、ここからはそこにいるアリエスが説明する」


「では私が説明させていただきます。まずステータスの確認をしていただき、職業欄を見て頂きます」


金髪の美女が王様に代わり説明を始めた。


「すいません。ステータスの見方が分からないのですが……」


一条が質問した。


「ではまずステータスと呟いてください。その後、目の前にステータスが表示されるはずです」


”「ステータス!」”


生徒たち言われるがまま、口々にそう呟いた。

そして生徒たちは、そこに表示された各々のステータスを確認した。


「アリエスさん! ちょっと見てくださいよ! 俺のステータス!」


大声を出したのは佐伯だった。

しかし何故、敬語なのか?

さっきはあんなに横柄だったのに、しかも王様に対してだ。



***************


サエキ ケンタ

Lv1

職業:賢者

種族:人間

HP:22

MP:27

攻撃:12

防御:12

魔攻:20

魔防:18

体力:11

俊敏:12

知力:18


称号:転移者

魔術:火炎の鉄槌


***************


「すっ! 凄いですわ! 王様! 佐伯様の職業は賢者です。ステータスもレベル1とは思えない数値です。それに、火属性の上級魔術――【火炎の鉄槌】を習得されています!」


「そうかそうか! どうやら我々にも、まだ先があるようだな? アルバートよ――」


「はい! 陛下!」


王様は満面の笑みでそう語った。


そして、何人かの職業が会話の内容から分かった。

まず、木田の職業は上級騎士だった。


「王様!【勇者】が出ました!」


その知らせと共に辺りは静まり返る。


――勇者?


それは俺にとっても誰にとっても憧れの存在だ。

だが誰が?


俺はブロンド美女の隣にいる生徒を見た。

その瞬間、表現しがたい脱力感が俺を襲った。


一条幸村――イケメンリア充だった。


「王様! どこを見ても信じられないほどのステータスです! そして固有スキルまでお持ちです!」


世の中は残酷だ。

そして理不尽である。

リア充はこの世界でも優遇されるのか? おかしくないか?

いや、悩んでも仕方がない。

奴が勇者である事実は変わらないのだから。


次は俺の番だ! 夢にまで見た異世界! 俺は必ず栄光を掴んで見せる!


「ステータス!」


俺はその瞬間、心臓が止まりそうになった。

そして、固まったまま動くことが出来なかった。


【職業:ヒーラー】………どういうことだ?


誰か責任者を呼んで欲しい。

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