二人の勇者 4
簡単そうに言ったが、案外魔王城は遠かった。死にたくなるほど遠かった。それでも二人はなんとか魔王城へと到着した。
「それにしても大きなお城ですねぇ。まぁお城というよりは、屋敷に近いかもしれませんけど」
魔王城は二人を見下すくらいに大きく、不穏な空気を放っていた。なぜか魔王城に着いた頃には夜になっていたし、雷が凄いし、満月だしと、まるでこの城を演出しているかのようなセッティングだった。
二人は目の前にあるくすんだ茶色い扉を開けた。キイィィと、扉が軋む音が響く。二人が中に入ると、扉は勝手に閉まった。まるでどこかの幽霊屋敷みたいだ。
魔王城の中は薄暗く、まわりがよくみえなかった。
すると、天井のあかりが一つつき、二人の前を照らした。
「ようこそ魔王城へ。歓迎いたしますよ、勇者」
そこに立っていたのは、かわいらしいメイド服を着たオカシだった。オカシはメイド服を華麗に着こなしながら、お辞儀をした。とても様になっていた。
「なんでメイド服なんか着て私たちをもてなしてるんですかね、オカシさん」
「私が魔王についたからですよ、フシギさん」
「そんなの認めた覚えはありませんが」
「私の人生にあなたの許可は必要ありませんよ」
フシギとオカシは互いにけん制しながら、にこにこと微笑んでいた。それが逆に怖かった。
「では勇者、あなたを魔王の元へと案内しますので、ついてきてください」
「わかった」
本当に魔王の元へと案内されるのか不安だが、かといってこの大きな建物から魔王を探し出すのは骨が折れる。なのでコウはおとなしくついていくことに。
「魔王は最上階にいらっしゃいます」
「……だろうな」
コウは迷わないためだと自分に言い聞かせ、オカシのあとをついていく。
階段を上り、また階段を上り、そして階段を上った。
「エレベーターがあるのを忘れていましたが、もう階段の方が早いので階段にしましょう」
「……あぁ」
コウはついてきたことを後悔した。
ほどなくして、ひときわ激しく装飾を施した扉の前に三人は行き当たった。
「ここが魔王の部屋です。では、どうぞ」
オカシが一歩後ろへ下がった。コウはめいっぱい力をこめて、その扉を開けた。
「やぁ遅かったね、勇者。待ってたよ」
そこには、黒のローブを羽織った魔王がいた。
「ぼくの名前はアク。魔王だ」
「俺はコウ。勇者だ」
「ぼくはね、勇者。君が来るのをずっと待ってたんだ」
「俺も魔王にずっと会いたかった」
まるで恋人同士の会話のようだった。だが、その目をみればわかる。それが愛ではない別のものであることに。
魔王――アクは立ち上がり、手を開いた。そして現れる血色の剣。それは顕れると三叉にわかれ、左右にうねうね揺れた。なにかを探し求めているかのようだった。
「あぁこの子がうずいてるよ。はやく君をしゃぶりつくしたいってね」
「俺にそんな趣味はない」
「ならば芽生えさせてあげるよ。ぼくのかわいい剣でね」
アクは三叉にわかれた剣の矛先を、コウに向けた。すると、三叉にわかれた剣はぴくぴくと蠢き――伸びた。
「な!」
コウは刀を取り出し、それを斬り落とそうとしたが、それはコウの刃に絡みつき、離さない。そして三叉にわかれた剣は、コウの刀にどんどん巻き付くと――食べた。
口を開けて食べたわけではない。巻き付いたところから少しずつ消えていったのだ。そしてそれはコウの柄の部分までに達そうとしていた。
コウは瞬間的に手を離した。すると刀は柄の部分まで血色をした剣が呑み込んでいき、一瞬で食べてしまった。
「おいしいかいピクシー? そうかそうか。もっとおいしいものを食べさせてあげるから、ちょっと待っててね」
アクは剣にピクシーという名前をつけていた。そこにコウは驚いたが、いまはどうでもいいことだった。いま考えることはこの状況をどうするかだ。
「コウさん。ちょっといいですか?」
いつのまにか隣にいたフシギが耳打ちする体勢をとった。
「なんだ?」
「えっとですね、あのピクシーとかいう剣ってなんなんですか?」
「俺が知るか」
「本来は普通の剣のはずなのですが、イレギュラーがおこってますね」
「原因は?」
「まちがいなくオカシですね」
フシギはオカシを睨みつけた。いつのまにかオカシはアクのところにいた。あちらもなにか耳打ちしている。
「ちょこまかちょこまかとうざったいですが、このさい無視です。それよりあのピクシーとかいう剣をまずどうにかしてください。そうすれば物語は修正されます」
「どうにかしろといわれても、俺にはいま武器がない」
「なら、創ればいいのですよ」
「つくる? どうやって?」
「決まってるじゃないですか。思いで、ですよ」
「なるほどな」
コウとフシギの耳打ちが終わったとき、アクとオカシの耳打ちもちょうど終わっていた。まるでタイミングでも見計らったかのようだ。
「死ぬ算段はついたかい、丸腰の勇者くん」
「……丸腰ではないさ」
コウは鞘からなにかを引き抜いた。そしてそれをかまえた。
「……は? なにやってんのかな、それは」
「みえないのか、これが」
「みえない……?」
アクは眉をひそめた。コウの手にはなにも握られていない。そうみえるからだ。
「ふざけてるのか」
「ふざけていない。いたって真面目だ」
「そんなみえない剣でなにが出来る! そんな虚勢、僕には通用しない! いけピクシー!」
ピクシーはにゅるにゅると体を伸ばし、コウにしがみつかんとする。だがそれを、コウはみえない剣で斬ろうとした。
「ばかが! そんなことができるわけ――!」
けらけら笑おうとしていたアクの顔が引きつった。そして青ざめる。
「う、嘘だろ? なんで? お前が剣なんて握ってるはずないんだ。なのに……なんで――ピクシーが」
ピクシーは、根元の方からなにかに斬られたように断裂し、床でうねうねとしたが、やがて動かなくなった。アクはそれをみて泣き叫ぶ。
「くそぉ! 俺のピクシーを殺しやがって! 殺してやる!」
アクはやけくそになったのか、もう伸びなくなったピクシーとともに、コウに突っ込んでくる。コウはそれをみえない剣で跳ね返した。
「そんな! いったいどうして――」
「魔王には一生わからないだろうな」
コウはみえない剣を振りかぶった。アクは泣きそうな表情で這いずるように逃げようとしていた。
「しね――」
コウが刀を振り下ろそうとした瞬間、なにかが三本、コウの首に巻き付いた。
「は?」
そして――首が無くなった。支えるものがなくなり、コウの頭が床にごろんと転がる。そして体を床に倒れていった。
「くく……くははははははは! ざまぁみろ! このばか勇者が! 言っておくけどな! 俺のピクシーはただ切っただけじゃ死なないんだ! さすがに一時間くらい経つと死滅しちまうけどな! それまでは自由に操れるんだよ! お前のみえない剣とやらとは格が違うんだ! わかったか!」
「あぁわかったよ。どうして俺に死ぬことをあきらめるなって言ったのか」
「……はぁ?」
アクはおそるおそる胸のあたりを見た。そこから鈍色の剣先が顔を出していた。血にまみれていて、ピクシーが喜びそうだった。
アクは後ろを振り返ろうとした。だが、それをすることはできなかった。剣を勢いよく引き抜かれ、床に倒されたからだ。べちゃっと嫌な音が響いた。
「これでいいんだろ、勇者――いや、コウ」
頭と胴体が切り離され、床に転がったコウの死体をみて――セイギは言った。
「う、うそ……そんな……」
そうつぶやいたのは、フシギだった。目を見開いて、コウの死体をみつめていた。
「フシギさん。ごくろうさまでした。あなたの役目はここで終わりです」
「え?」
「あなたはきっとコウさんが勝つ物語を紡いでいたのでしょうけど、それは私の物語の物語を紡いでいただけなのです」
「え、えぇ……えぇ……?」
フシギは信じられないものでもみているかのような瞳で、オカシをみていた。
「さて、物語もそろそろ終わりですね。どうですか、本物が偽物だと思っていたら本当は本物だった感想は?」
「そうだな。こんなもんかって感じだ。正直偽物だと思って生きてた方が楽しかったよ。コウもこんな気分だったのかと思うと同情するぜ」
セイギは吐き捨てるように言った。
「オカシこそどうなんだよ。物語の紡ぎ人の物語の紡ぎ人をやってさ」
「そうですね。やっぱり私は水色の髪の方が似合うので、次の物語の髪の色は水色にします」
「はぁ、なんだよそれ?」
「わからなくていいんですよ。あなたたちはけっきょく私に創られた物語の引き立て役なのですからね」
「なんかそれむかつく言い方だな」
「セイギさん。フシギさん。お時間です」
突如として、世界がガラスのように粉々に砕け散った。
「次はどんな物語にしましょうか。楽しみですね」
割れた破片からそんな声を聞きとれる者は、もうここにはいなかった。
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