三元素通り 4

 コウは温かい布団の中で目を覚ました。


「あ、起きた」


 少女の声がした。コウは顔だけをそちらに向けた。


 そこにはボブカットの赤い髪に、赤い瞳をした一人の少女が椅子に座って心配そうな顔でこちらを見ていた。


「大丈夫、コウ?」


 その少女はコウの顔を覗き込んだ。端正な顔立ちが眼前に広がる。けれど鋭い目をしているので、他人からは機嫌が悪いのではないかと誤解されそうだ。


「ねぇちょっと聞いてる?」

「あ、あぁすまない」


 とりあえずコウは上体を起こした。すると、いっきに激しい倦怠感に襲われ、コウは起こした体を元に戻した。


「ここはどこだ?」

「どこってあんたの部屋よ。まぁ正確にはあんたの部屋じゃないけどね」


 そう言われてコウは部屋を見渡した。たしかにここは武器屋の人から貸してもらった部屋だ。まちがいない。


「それよりコウ! あんたがやったの? あの街の外にある氷漬けの溶岩って」

「そうだ」

「あんた案外やるわね! さすがは勇者ね!」

「……まぁな」


 コウは歯切れ悪くそう言った。


「それに私との約束もどうやらちゃんと守ってくれたみたいだしね」

「約束?」

「そうよ。まさか忘れたわけじゃないわよね?」

「すまん。わからない」

「そうよね。忘れたとは言わせ――え?」


 その瞬間、その少女は目を見開いた。そしてそのあと笑った。


「あんたってそんな冗談言うやつだったかしら? 驚かせないでよ」

「本当にわからないんだ。すまない」

「あんた、本気で言ってるの?」

「俺は嘘はつかない」


 その少女は信じられないものをみる目でコウを見た。やがて、口がわなわなと震え始める。


「ねえ、コウ」


 その少女は自分を指さした。そしておそるおそる口にする。


「私の名前、わかる?」

「それもわからない。お前はだれなんだ?」


 その少女は愕然とした。開いた口がふさがらない。


「冗談でしょ? そう言いなさいよ」

「本当にわからないんだ。すまない」

「な、なんで――どうして?」


 どの問いかけは、コウにとってもわからなかった。コウは不気味でしかたないのだ。


 どうしてこの少女は知ったような口調で自分に話しかけてくるのだろうか。それが恐ろしく怖かった。もしかしたら自分をだれかと勘違いしているのではないかと思った。


 だが彼女は自分の名前を呼んだ。だから彼女は自分のことを知っているのだ。しかも深くまで。なにせここで意識が回復するのを待っていてくれたのだから。知り合い程度ではここまでしてくれないだろう。


 ならばどうして彼女のことがわからないのだろう。その理由が、コウにはわからなかった。


「なにか答えてよ」

「すまない」

「ばか! もういい!」


 パンと、頬を叩かれた。彼女は泣いていた。名前の知らない彼女は、真っ赤な顔をしていた。そして彼女は逃げるように部屋を出て行った。


 彼女と入れ替わるようにしてフシギが部屋にやってきた。彼女のことは覚えていた。


「どうかしたんですか、コウさん?」

「なぁ、フシギ。教えてくれないか? あの少女はだれなんだ?」


 フシギは少し考えるような仕草をした。考えるようなことだろうかと思ったが、口は挟まなかった。それより早くあの少女の名前を知りたかった。


「彼女は――」


 フシギは言った。


「ただの武器屋の看板娘ですよ」


 街の長から直々に祝詞を述べたいから家にきてくれと申し出があったのは、昼下がりのことだ。コウはまったく気が進まなかったが、フシギにむりやり連れ出された。フシギはまた麦わら帽子をかぶっていた。


 街の長の家はけっこう大きな家だった。マフィアの家ほどではないが、立派な一軒家だった。庭まであるのだから驚きだ。


「やぁ、よく来てくださいました。どうぞこちらへ」


 街の長は腰が折れ曲がったおじいさんだった。歩くのもやっとというようなおじいさんに案内され、客間へと移動した。


 客間には数人人がいた。当然だが、そこにあの少女はいなかった。


「どうぞ座ってくださいコウさんとフシギさん」


 案内されるがままに席につくと、隣の酔った兄ちゃんが楽しげに話しかけてきたが、コウは相手にする気も起きなかった。


 まもなく全員がそろったところで、彩られた料理がふるまわれた。コウは手を付けなかった。食べ物が喉に通る気がしなかった。街の長にはまだ食欲がわかないと言った。


 食事がぼちぼち進んだころ、街の長が切り出した。


「このたびはこの街を救っていただきありがとうございました。街の代表として感謝申し上げます」

「いえ」


 コウはどう反応したらいいのかわからなかったので適当に答えた。


 話があるところに転がったのは、当たり障りのない話を数分したあとのことだ。


「失礼を承知で頼みがあります、お二人さん。あなたに火山の調査を依頼したい」

「火山の調査?」

「はい。いまは氷漬けにされて活動を停止している火山ですが、氷が溶けたらまた噴火するかもわかりません。ですからお二人になぜ火山がいきなり噴火を始めたのか調べてほしいのです。もちろん報酬は出します」


 とのことだった。コウはそれを受けた。報酬はいらないと言った。しつこく迫られたので、コウは二つお願いを聞いてもらうことにした。


 一つはオウマについてだ。そしてもう一つは――


「夕食ですか? えぇえぇかまいませんよ。ですが、そんなことでいいのですか?」

「あぁ」


 これは切実な問題だった。武器屋で食事をするのは気が引けるからだ。街の長は首をかしげながらも了承してくれた。


 夜になってもコウは中々寝付けなかった。寝返りを何度もうって気を紛らわせたが、うまくいかない。まだ頬が痛む。もう腫れは引いてるはずなのに。コウはくそ、と自分に悪態をついた。けれど心のもやは晴れなかった。

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