三元素通り 3

 コウは背中にひんやりとしたものを感じながら目を覚ました。あたりは薄暗く、よく見ると天井や壁はすべて氷に閉ざされていた。出口のようなものはない。


「気がつきましたかコウさん?」


 体を起こすと、隣にはいつものようにフシギがいた。


「ここはどこだ?」

「ここはおそらく牢屋のようですね」

「牢屋?」

「はい。おそらくコウさんを隔離するためですね。ぽいとゴミのように上から放り込まれたときは驚きましたよ」


 コウは記憶をたどってみた。たしかにあのフリーズの言葉を考えると、そう考えるのは妥当なところだ。ようは事が終わるまでここでおとなしくしてろ、ということだ。


「早く街に戻らなければ……」


 コウは氷でできた壁を叩いてみた。案外硬そうだったが、物は試しにと一発殴ったが、ただ手が痛くなっただけだった。


 次にこの氷を斬ることにした。使うのはビジョがくれた刀だ。業物なのかもしれないが、それはコウにはわからない。コウは鞘に刀を納めたまま腰を低くした。


 そして思い切り鞘から刀を抜きさりながら真横にないだ。カン! と鋭い音がしただけで、傷一つつかなかった。想像以上の硬さだった。


 コウが次に考えたのは抜け道を探ることだった。壁をノックするように叩き、その反響音を聞く。それを全方位繰り返し、軽い音がしたら当たりだ。


 結果として時間がかかったくせに徒労だった。くそ、とコウは舌打ちした。考えうる打開策はことごとく失敗に終わった。コウは次の手を考える。考えて、考える。


 ふと、フシギを見た。フシギはいまだに壁をノックしていた。その後ろ姿を見て、コウはあることを思いついた。


 それは魔法だった。ミノタウロスと戦ったとき、フシギは魔法を使ってミノタウロスの動きを止めていた。それを使えばこの状況を打破できるかもしれない。


「なるほど。妙手ですね」


 フシギはそう言った。


「この氷の壁を打ち破るほどの高火力魔法は私には使えませんが、コウさんなら使えるかもしれません」

「教えてくれ」

「いやです」


 コウは一瞬、なにを言われたのかわからなかった。


「どういうことだ?」

「私はコウさんに魔法を教える気はありません。やるなら一人でやってください」


 フシギは辛辣にそう言った。


「どうして教えない?」

「決まってるじゃないですか。物語がつまらなくなるからですよ。ここでコウさんに魔法を教えてしまったら、コウさんはそれを物にし、簡単にこの氷の牢を破ってしまうでしょう。それではだめなのです。ここはコウさんが自分で魔法を習得するか、違う方法を考えるかのどちらかしかないのです」

「それで街が滅びてもいいのか?」

「えぇ。街はたしかに必要ですが、必要不可欠ではありません。それに、もし仮にここを脱出してコウさんが街を救おうとして死んだら元も子もありません。コウさんはこの物語には必要不可欠なのですから」

「ようはお前はフリーズ側につくわけか」

「いえ。私は常に物語側ですよ」


 コウは押し黙った。そして奥歯を噛みしめた。


「なら自力でやるさ」


 コウは氷の壁と向かい合った。そして右手をかざした。


「スペル・オン――火!」


 なにも出なかった。だがコウはあきらめず名前をあれこれアレンジしたり手の位置を変えてみたりと色々やったが、うまくいかなかった。フシギは黙ってそれを見てるだけだった。


 ゴゴゴゴゴゴゴ! ドーン!


 かつてないほどの地鳴りと何かが噴き出す音。コウは直感でやばいと感じた。このままでは街が大変なことになる。


「くそ。どうすればいい……どうすれば」


 こんなとき、いつも手を差し伸べてくれる存在がいた。コウはいま、それに頼ろうとしていることに気がついた。もしかしたらなんとかしてくれるのではないかと思った。


 だが少女はなにも言わず、なにもせず、ただ焦るコウをみつめていた。まるでコウの言動を楽しんでいるかのようだった。


 コウは恥じた。こんな不思議で何を考えてるのかわからないやつを頼りにしていた自分に。そんな自分に心底嫌気がさした。このまま街を見捨ててしまおうか。それならそれでフシギの思い通りだ。


「――?」


 ここでコウはふと気がついた。本当にそうだろうか。ここであきらめることは、フシギが本当に望んでいることだろうか。


 答えは否だ。ありえない。


 なにせフシギの望みはこの物語をおもしろくさせることだ。だがここでコウがあきらめてしまえば、コウは生き残るが物語としては終わりだ。街が滅びました。めでたしめでたしだ。それではおもしろくないし、フシギは満足しないはずだ。


 もしかするとフシギは信じているのかもしれない。コウがここで打開策をだすことを。あるいは知っているのかもしれない。コウが見落としているなにかを。それを探し出すのが、いまコウがやるべきことだ。


「フシギ。たしか俺たちは上から放り込まれたんだったよな?」

「えぇそうです。おそらくあの辺です。ですが、聞いてどうするんですか?」

「天井をぶっこわす」


 コウは刀を天に向けてかまえた。


「その長さじゃ届きませんよ、コウさん」

「わかってる」


 コウはドンと戦った(正確にはドンが操ったロボットと)ときのことを思い出す。最後、ドンがロボットの頭に乗って浮遊したとき、もうだめだと思った。


 だがそのとき、コウはタツマが飛ぶ斬撃を放ってドンのロボットをぶった斬ったのを見た。それは神業ともいえるべき所業だったが、タツマは人間だ。そしてコウも人間である。ならばコウもできなければおかしい(たいそうな理屈だが)。


 こればかりはもう、自分を信じるしかない。そして見事氷が割れてくれるのを祈るばかりだ。コウは神経を研ぎ澄ました。


「はぁぁぁぁ!」


 刀をいきおいよくないだ。高速に動いた刃は風をまとい、ヒュウウという音を立てた。そしてその風は空へと飛んだ。風はどんどん勢いを増し、やがて天井に到達する。


 スパッとという音がした。


 それから数秒後、天井は音を立てて崩れ落ちた。


 天井の氷がうまく足場となり、二人はみごと氷の牢を脱した。だが、喜んではいられない。なんとかしてフリーズを説得しなければ、あの火山を止めることはできない。


 だが、火炎の里の方角は真っ黒な雲に覆われていた。遠目からでよく見えないが溶岩も見える。そしてそれは勢いよく始まりの街へと向かっている。


「くそ!」


 コウは一目散に流れ出ている溶岩へと走った。だが、まにあわない。どんなに走ってもあの溶岩を止めるのは不可能だった。それでもコウは走った。


「健気ね。もう無理よ。間に合わないわ」

「それでもあきらめない」

「どうして?」

「助けたい人たちがいる。それに、大切な人もいる」

「大切な人……それはどういう人?」

「とにかく不器用で、愛想がない」

「好きなの?」

「さぁな」

「その子を助けたい?」

「あぁ。そのためなら命以外なにを捨ててもいい」

「そう。わかった。なら力を貸してあげる。でもその代わり――」


 その声は言った。


「あなたの記憶をちょうだい」


 突然、コウの体が浮いた。そして発光する。


 ビュンと風を切る音がして、コウは今起きている事態をようやく吞み込めた。


 コウの体は高速で移動していた。そして気がつけばもうコウは始まりの街の前にいた。


 眼前は黒い煙が視界を覆っていた。そしてゴゴゴゴゴゴゴと雪崩のような音も聞こえてくる。おそらく溶岩だろう。


「オン・スペル・ウィンド」


 コウはそんな言葉を口にしていた。その瞬間、激しい竜巻がコウの前に出現し、黒の煙を一瞬で吹き飛ばした。そして見えた溶岩。ヘドロのように地面を汚しながら生物のようにこちらに向かってくる。


「このさいザンのやつも氷漬けにしちゃいましょ。また怒りだしたらめんどうだし」と、コウとは思えないような口調でそう言ったあと、コウは唱えた。

「オン・スペル・アイスエイジ」


 その瞬間、溶岩はおろか、その出どころである火山さえも一瞬で凍った。あたりは一気に静寂に満ちた。


「おつかれさま、勇者コウ。あなたが死ななくて本当によかったわ。あなたが魔王を倒すことを期待してる。じゃあね」


 『コウのようなもの』はコウにそう言って、『コウのようなもの』は消えた。


 コウはぼやけた意識であたりを見回した。今起きたできごとは見ていたからわかった。だが、あれはいったい誰だろう。気にはなったが、そんなことはどうでもよかった。


「体が……動かん」


 コウは眠るように意識を失った。

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