始まりの街 4

 気づけば翌日になっていて、コウはぼうっと日の光を眺めていた。目の下には酷いクマができていた。一睡もできなかったせいにちがいない。


 コウは昨日の夜からどうすればこの状況を打破できるか考えていた。だが、何も浮かばなかった。まったくといっていいほど打開策は生まれなかった。


 この始まりの街に来てかれこれ三日経つ。早いものだった。そして、無駄足ばかり踏んでいた。というか、勇者というのは魔王を倒しにいく者なのに、どうしてこの始まりの街で身勝手でわがままな四つの集団を相手取っているのだろうか。しかも使っているのは口と足だけだ。とんだ食わせ者の勇者である。


 それでも、この街を放っておくことはできない。なぜなら彼は勇者なのだから。勇者は一度決めたことを破ってはならない。それがどんなに難解であっても、はたまた強敵であっても、諦めたら勇者ではないのだ。


「お、はようございまぁす! 眠れない勇者のコウさん。ごきげんいかがですか?」


 戸が開き、入ってきたのはもこもこしたピンクの寝間着姿のフシギだった。いつもはテルテル坊主のような白のワンピースなので、少しは大人っぽくみえていたのだが、今のフシギはただの小さくて無垢な子供だった。


「おはよう、フシギ。気分はまぁ、プラマイゼロってとこだな」

「どうやら私の寝間着姿が役に立ったようですね。ふふん。そろそろビジョ美女ママさんが朝ごはんをつくってくれる時間なので、いきましょう」

「……そうだな。というかそれだとビジョのことを呼び捨てにしてるぞ。いいのか?」

「まぁ、いいんじゃないですかね?」


 その瞬間、戸がまたしても暴れるように開いた。


「よくないわよ! ばかなこと言ってないで早く朝ごはん食べなさい!」

「わぁ、ビジョさんのくせに生意気ですね」

「生意気なのはどっちよ! こんの! 待ちなさいよ!」


 部屋の外で騒がしくドタバタと足音が聞こえる。


 コウはそれを聞きながら、ゆっくりと部屋を出た。


「コウさん! 外に出ませんか?」


 と言って誘ってきたのは、もちろんフシギだ。めいっぱいの笑顔を、いまだ寝ぼけているコウにこれでもかと降り注ぐ。コウは思わず目を細めた。


「……そうだな」


 朝食を食べ終わり、このまま部屋に戻ったら、きっといつしか眠りにつき、気づけば今日一日を無駄にしてしまうことだろう。だからコウはその誘いに乗った。


 今日もあいかわらず、良い天気だった。コウの鬱屈した気分を根こそぎ払ってくれるようだった。眠気の方は、どうしようもないが。


「おまたせしましたコウさん。ではいきましょう」


 フシギはいつもの調子でコウの隣に歩み寄った。そこは、彼女のいつもの定位置だった。コウはふと、フシギを見た。


「うん? なんだそれは?」


 フシギは、頭に見慣れない帽子を被っていた。丸い山形をしていてつばが広く、藁(わら)のようなもので編んでつくられており、山形になっている端に、ちょこんと淡い水色の花の飾りがついている。もしかしたらこれは、俗にいう麦わら帽子というやつではないだろうか。


 フシギが視線に気づいたのか、こちらを振り返った。あご紐がぴったりと、フシギの顎に沿って結ばれている。


「ビジョ美女ママさんからもらいました。似合いますかね?」

「あぁ。少女が幼女になった感じだ」

「それ、褒めてませんよ? むしろ貶してます」

「いや、褒めたつもりだったんだがな……若く見えるみたいな」

「それを言って嬉しがるのはアラサーだけだと思いますよ、コウさん。まぁいいです、いきましょう」

「そうだな」


 このとき、コウは初めてちゃんと街そのものを見た。色々な露店をまわり、当てもなく歩き回った。それだけで、なぜか楽しかった。気分が晴れ晴れした。


「それにしても、この街の中心にはなにがあるんでしょうね?」

「街の中心?」

「はい。だって先程からまるで、この街の中心を避けるようにして――ようは円を描くようにして歩いてるじゃないですか。いや、この場合、歩かされてるといった方が正しいかもしれないですが」


 フシギに言われて初めてそのことに気がついた。たしかに、この三日間の中で、二人は一度も街の中心に行ったことがなかった。いうならば、四角いドーナツ型にくるくる歩いていただけだ。これはいったいなぜか。


 その理由は簡単だった。この街の中心は更地だったからだ。ようは、行く必要がなかったから行かなかっただけだ。本当に簡単なことだった。この街の問題も、こんなに簡単だったらよかったのに。


「あ、見てくださいよコウさん。あそこで野球をやってますよ」

「野球?」

「野球です。ベースボールです」


 フシギが指さした先には、たしかに十人くらいの子供たちがいて、野球をしていた。みんな、楽しそうだった。


「あ、あそこが試合結果のようですね……どうやら今は九回裏で、満塁、そしてツーアウト、ここでアウトなら試合終了、打って二点取れれば逆転みたいですね」

「それはまたとんでもないところに出くわしたな」


 コウは、子供たちが送るこの試合を見ることにした。すぐ終わることだし。そう長くはかからないだろう。


 そう思った矢先、ボールがぽーんと跳ね上がった。それは内野と外野の頭を超えたところでポトンと落ちた。


 ようは逆転サヨナラ満塁ホームランだった(子供たちのルール上)。

「逆転しましたね」

「そうだな」


 コウはその様子をじっと眺めていた。そしてしばらく黙考する。


「コウさん?」

「……そうか。なるほどな」

「あ、もしかしてなにかひらめいちゃいましたか? いいですねぇいいですねぇ、そのひらめき方。私、興奮してきました。さぁコウさん。部屋に戻って聞かせてくださいよ。コウさんが考えたアイデアを。この物語の、紡ぎ方を。ふふふ」


 コウは、部屋に戻るまでのあいだ、色々なことを考えていた。思いついたのはいいが、果たして本当に実現できるのかどうか。結局、机上の空論なのではないか。たとえそうだとしても、そこからなにかヒントになるようなものがあるかもしれない。コウはそればかり考えていた。


「コウさん、しっかりしてください。もう部屋についてますよ」

「うん……? ほんとだ」

「完全に自分の世界に入ってましたよ。それより早く教えてくださいよ。そのためにデートを中断したんですから」

「ばかを言うな。あれは散歩だ」

「いやですねぇ、ジョークですよ。それより早く」

「……ようは、逆転の発想だ。『追い出そう』とするのではなく、『取り入れる』んだ。つまり、利用する。あの四つの集団が言っていた、魔物退治やスリルや金稼ぎや武器の試しがいっぺんにできるような――そういった施設をつくるんだ」

「ふむふむなるほど。ですがそれだと、根本的な解決にはなっていませんよ。たとえそのような施設がつくられたとしても、この街の状況はあまり変わらないでしょう」

「そうだな。だからここにある要素を取り入れる」

「ある要素、ですか?」

「そう。それは――」

「ちょっと大変なのよ! 手を貸してほしいんだけど!」


 コウの部屋――つまり男性の部屋をノックもせずに大げさに開けたビジョは、大慌ての様子だった。なにか急な用件があるようだ。


「ノックくらいしろ」

「いいじゃないのそれくらい! それより早く来てよ! パパが! パパが大変なの!」

「大変?」

「そうなの! パパがね! 積み荷を卸してる最中にぎっくり腰になっちゃったの! だからあんたたちに積み荷を卸すの手伝ってほしいの!」


 こんな申し出だった。だが、ぎっくり腰でそんなに慌てることもない気もするが。


「いいタイミングだ。さすがビジョ」

「え?」


 コウは首を傾げているビジョではなく、フシギを見た。フシギもまた、きょとんとした顔で小さく首を傾げていた。この顔のつくり方を、ビジョにも見習ってほしいものだ。


「フシギ、ある要素というのはつまりはこういうことだ」

「……なるほど。御恩と奉公、というわけですね」

「そういうことだ」


 いったいなんの話をしてるのか、ビジョには理解できなかった。


「つまり、あの更地に何でも屋をつくるわけね」


 ビジョはとてもまとまった一言を言ってくれた。砕けた言い方をすれば、ようはそういうことだ。住民がなにかを依頼し、何でも屋が解決する。そしてその依頼に見合った報酬を渡す。これが一つの流れとなる。


 だが、ここで問題が三つある。一つは、その施設を建てる資金。もう一つは施設を建てる許可。そして最後の一つは、


「この案をあの四つの集団が乗ってくれるか、だな」


 とにもかくにも、これが一番の問題だった。たしかに理にかなっている気はするが、相手は幅を利かせた悪党たちだ。簡単な依頼は断るだろうし、ハイリスクローリターンの依頼ならば相手にすらしないはずだ。だから、厳密にいえば何でも屋というわけではない。『本当に困ったときに駆け寄るところ』みたいなフレーズのほうがしっくりくる。


「たしかにそこが一番の難所ではありますが、だからといってここで手ぐすねを引いていてもしかたありません。突撃あるのみです。それに、勇者は困難に立ち向かってこそ勇者なのです」


 もっともな意見だ。


「立ち止まることは、勇者にとっても、そして――物語にとっても悪ですよ」

 と、フシギは最後にそう付け加えた。


 コウとフシギは、再び四つの集団のアジトに出向くこととなった。まわる順番は昨日と変わらない。初めはハンターからだ。昨日とはまた違った緊張がコウの体を駆けまわる。


 ちなみに、ビジョにはこの街の偉い人にコウの案の旨を話し、建物をあの更地に建てていいか許可をもらう係にまわってもらっている。なんだかんだ、ビジョは良い奴だった。金の工面もいちおうは聞いてみてもらうことにはなっているが、そっちは期待していない。断られるのがみえてるからだ。それでも聞かないよりかはましだ。


 ハンターのアジトはあいかわらずで、野外訓練もあいかわらずだったけれど、コウが提案した案には良い反応を見せた。


「面白いじゃないか。僕たちは意味もなく魔物を倒すのが嫌いなんだ。だから野外訓練も極力魔物には危害を加えないようにしていたんだ。だからその案はこちらにとっても好都合だ。もし正式に決まったらぜひ声をかけてくれ」


 そこからとんとん拍子でヤクザ、盗賊のアジトにも出向き、話をすると、この二組も面白いように話に賛同してくれた。


 ヤクザいわく、「人のためになるならば」と。盗賊いわく、「金になるなら協力する」とのことだった。


「コウさん、順調ですね。私はとても嬉しいです」


 フシギは笑顔でコウにそう言った。「いやこれからだ」とコウは言ったが、まんざらでもなさそうだった。


「残るはあと一つ。マフィアだけですね。これが成功すれば私たちの案は通ったようなものですね」


 というのは、盗賊のアジトを出た矢先、住民の一人がいきなり声をかけてきて、街のリーダーがこの街の中心にに施設を建ててもいいと了承してくれたのだ。


 だからこそ二人は浮かれていた。そして気持ちが浮ついたままマフィアのアジトに入り、絶望するのだった。


「賛同できない……?」

「えぇ。住民は住民らしく、子猫のように震えていればいい。私たちと対等な立場になろうなんておこがましい。くだらない。ばかげてる。そう、お伝えください」


 前と同じように白スーツを着て、どかりと不遜に座るドンは、ひじ掛けに肘をつき、さも同然のようにそう言った。


 コウは慌てた。ここで簡単に引き下がるわけにはいかない。


「そこをなんとかお願いできませんか?」

「前も言いましたが、実のない話をする気はありません。お引き取りください」


 ドンは取り付く島もなかった。それでもコウは引き下がれずにいた。ここまできて――そのおもいだった。


 それを見抜いたのか、ドンはため息をついてからこう言った。


「いつまでもあんたらに関わってる暇はないんでね。まだごねるようなら、強行策をとらせてもらうよ」


 ドンは指をパチンと鳴らした。すると、ドンの背後の暗闇から銃や剣などの武器を持った男たちがぬっと現れた。そして不気味に笑う。


 コウの背筋がぞわりと震えた。きっとドンのいうことは本当だろう。これ以上ここに留まったら殺されてしまう。


 それでも――いや、だからこそコウは前を向いた。


「死にたくはない。だが、俺は勇者としてここでそう簡単に引き下がることはできない」


 住民の期待を背負っている。だからこそ、勇者として諦めるわけにはいかなかった。


 その瞬間、背後の男たちが動く。カチャンと銃のセーフティーが外れる音が聞こえる。その音はコウたちの後ろからも聞こえた。


 どうやらいつのまにか囲まれていたらしい。コウの心拍が体中を駆け巡る。


 コウの頭の中は、いかにしてフシギを守るかで埋め尽くされていた。こんな愛らしい少女を巻き込むわけには――


「撃て」


 コウがフシギの体を抱きしめるのと同時――


「待て」


 ドンの声が甲高く部屋に響いた。


 そして――


「少年、お前は勇者なのか?」


 ドンの疑うような声がコウに届いた。


 コウは事態がうまく呑み込めず、うまく声が出てこなかった。


「そうですよ。彼がこの世界の魔王を倒す勇者さまです」


 コウの腕に包まれながらも、フシギはドンから目を離してはいなかった。むしろねめつけるような視線を送っていた。


「豪胆な少女だ。お前は何者なんだ?」

「私は物語の紡ぎ人ですが、この世界の人々にとっては何者でもないただのいたいけな年齢不詳の愛らしい少女です」

「物語の紡ぎ人? それはなんだね?」

「この世界の人々にとってはどうでもいいものですよ。それより早く話を進めてください。勇者とわかったドンさんは、なぜ手下の方達に撃つのを止めさせたのですか? それとコウさん、もうそろそろ解放してくださいよ。動きにくいです」

「あ、あぁ……すまない」


 コウはゆっくりとフシギから離れた。そしてドンを見る。目が合ったような気がした。


「君は本当に勇者なのかね?」

「そうだ」


 今度はコウはドンから目を離さない。暗闇に光るサングラスを、コウは穴があきそうなほどみつめた。


「ならば勇者。あなたに頼みたいことがあるんだ。引き受けてくれるかね?」

「頼みたいこと?」

「そうだ。そしてもしこの依頼を成功させてくれたら、私たちは喜んで君たちのその提案に協力しよう。なんなら、その施設を建てる金を工面してもいい。どうかね?」


 それは願ってもない話だった。だが、うまい話には必ず裏がある。


「その頼みたいことってなんだ?」

「それはだね、ある宝玉を取ってきてほしいんだ」

「宝玉?」

「あぁ。この街を西に進むと、ココノ遺跡という遺跡がある。そこに眠る宝玉、それを取ってきてほしい」

「その宝玉を取り、お前に渡せばいいのか?」

「そうだ。ただし、この頼みごとには条件がある」

「条件?」

「まず一つ、遺跡には午前零時から午前二時までに入ること。二つ目、宝玉を手にしたらすぐにここへ持ってくること。三つ目、期限は明日まで。ようは、今日の夜しかチャンスはない。以上、この三つだ」

「……わかった」

「取り引き成立だな。成功を祈る」


 こうして二人はマフィアのアジトを後にした。


「遺跡に眠る宝玉。それっていったいどんなものなのでしょうね」


 帰り際、フシギは言った。


「楽しみですね、コウさん」

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