始まりの街 3
今日も昨日と同様晴れていた。朗らかな陽気に、思わず洗濯物がにっこりと微笑みそうだった。微笑んだところで特に乾きが早くなるわけではないので、干す人としてはどうでもいいが。
コウとフシギは、今日も情報収集に励むのだが、昨日とは違うことが一つ。これはビジョのママさんがお手製の手料理をふるまったときの一言によるものだった。
「街の人たちが使えないなら、もう直接あのクソガキ共に話を聞けばいいんじゃないかしら」
にっこりと満面の笑みで、まるで天使のようだったが、言葉が悪魔のようだったのは、人間だれしも表と裏が存在するのだと暗に二人に伝えるためだったのかもしれない。すばらしい若奥さまだ。ビジョも見習ってほしいものだった。
こうして二人は情報収集のため、アジトへと向かうのだった。
まず初めに向かったのは、この街の真上から見て北西に位置するハンターのアジトだ。
ハンターのアジトには簡単に着いた。少し拍子抜けしてしまうほどだったが、他がそうとは限らない。なので二人はさっさと聞き込みを開始することにした。
ハンターのアジトは、どうやら掘っ立て小屋のようで、間近でみるとけっこうボロボロだった。最近ここにアジトができたというのにこのボロさ加減はおかしなものだった。
それに、この掘っ立て小屋には人の気配がしない。野球ボールが飛んできて割れたかのような窓から中をのぞくと、やはり中は誰もいないようだった。これでは情報収集のしようがない。しょうがない、後回しにしようかと考えていたとき、彼らは帰ってきた。
「うん? なんだね君たちは」
戦闘にいるリーダーのような男がコウにそう問いかけた。彼の手には寝袋があった。よくよく見ると、後ろに控えているハンターたちも、みんな寝袋を持っていた。
「うん? どうした? これはただの寝袋だ。私たちはアジト寝はしない。それどころか、このアジトで生活することもしない。私たちの拠点は大自然だ。このアジトは、仮住まいのようなものだよ」
どうしてこの掘っ立て小屋がこんなにもボロボロなのかわかった気がした。使われないものってあんがい、朽ちるのが早かったりする。
「ふむふむなるほど。つまりどうしてここを活動の拠点にしていて、どうしてここから出ていかないのか、そしてどうすればこの四つの集団が争いをやめるのか、それを君たちは聞きにきたわけだね」
彼の名前はオードリーというらしく、このハンターのリーダーでまちがいないらしい。そんな彼――オードーリーは、強固なヘルムに顔をすっぽり覆い隠しながら唸った――たき火をしながら。
どうしてこんな真昼間からたき火をしているのかと聞いたら、訓練らしい。いったいどんな訓練か気になったが、そこに火があるからさ、と言われなかっだけよかったのかもしれない。
「君たちは少し勘違いをしているよ。僕たちはここで争いをしたいわけでもなし、逃げれるるなら逃げたいくらいさ。で、もまだここを住みかとしてまだひと月くらいしか経ってない。いくら僕たちがハンターで、拠点をよく変えるにしても、ひと月は早すぎる。それに、このあたりは魔物が多くて、みんなの狩りもしやすい。だから僕たちは、まだこの住みかを変えるつもりはないよ。変えるなら、いつも喧嘩を吹っ掛けてくる、ヤクザやマフィアの連中を変えてほしいね」
たき火に向かい合わせにしてあぐらをかくオードリーは、やれやれだと言わんばかりだった。そして、どうやらハンターは本当に住民に危害を加えるつもりはないそうだ。興味があるのは魔物だけ。それを聞いて、二人はハンターのアジトから身を引くのだった。
つづいて二人が訪れたのは、ヤクザのアジトだ。周りが藪に覆われていて、アジトの全貌がわかりにくいが、大きいのは一目でわかる。鉄格子で玄関は塞がれており、家の周りもぶあつい壁で覆われていて、侵入禁止、と強く主張されてるようだった。
「あ、なにやってんだそこの兄ちゃん?」
コウがインターホンのようなものがないかキョロキョロしていると、後ろから声が掛かった。振り向くとそこには顔中傷だらけで金髪、おまけにリーゼントの肌黒な男が顔を前に突き出して立っていた。
「いや、その……ヤクザのリーダーにちょっと話が」
「はなしぃ? あ、まさかてめぇ、昨日からこそこそ嗅ぎ回ってる連中か? ったくしょうがねぇな。待ってろ、いまタツマさんと話つけてやるからよ」
あんがいすんなりと二人の要件をのみ、そして数分後、これまたすんなりと鉄格子を開けてくれた。もしかすると良い人なのかと、コウの頭をよぎった。
「あっしがタツマといいます」
二人が案内されたのは和室だった。床はすべて畳が敷かれており、木彫りの熊とか、どこかの景色を描いた掛け軸とか、和を感じるものがたくさん陳列していた(これらが和だということは、もちろん彼らは知らない)。
「あっしらはですね、コウさん、フシギさん、べつに争いがしたいわけではないんです。たしかに気が短いやつは多いですが、だからといってそいつら全員争いが好きなわけじゃないんです。でも中にはそういうのが好きなやつもいるかもしれません。ですが、こいつら全員あっしの大事な部下たちです。そこらへんは許してやってください」
タツマと名乗った彼は、とても目が細く、描こうと思えば一本線で描けそうだった。タツマは背景に雲が似合うような男で、風雲児という言葉がぴったりだった。
そんな彼は畳にあぐらをかきながら、深々と頭を下げた。それを見ていたヤクザの連中は涙をこらえていた。コウは悪者になった気分だった。
「あっしらはですね、なにかを求めているんですよ。それはもしかすると、スリルだとか熱い友情だとか助け合う心だとか。あっしらはまだこの街でなにも学んでいません。ですのでここには住み続けたいと思います。勝手なことを言って申し訳ない。以後、争いは極力減らすようには言い聞かせます。どうか」
その瞬間、周りの連中が泣いて叫んで大騒ぎ。コウはなぜか良心が痛み始めた。なにも悪いことはしてないはずなのに。
そこに愛の手を入れたのは、フシギだった。
「すいません。その代わり、と言ってはなんなのですが、見せてもらいたいものがあるのです」
「うん? なんだい?」
タツマが首をかしげると、フシギはその腰に差さった黒い鞘をゆびさした。
「その腰にさしている刀を見せてもらってもいいですか? 私、刀に目がないんですよ」
「あぁいいよ。好きなだけ見るといい。というかそんな小さいのに刀が好きなのかい?」
「はい。とっても大好きです」
コウは初めて聞いた話だったが、フシギとはまだ会ってから日が浅いので、知らないことのほうが多いに決まってると思い直し、頭の片隅に置いておくことにした。
フシギがたっぷりと刀を見たあと、二人はヤクザのアジトを後にした。
次に向かう盗賊のアジトは、とても初見ではわかりそうになかった。なんせ、盗賊のアジトは洞穴の中にあったのだから。なぜ街に洞穴があるのかは疑問だが、あまり深く考えないことにした。きっと盗賊たちが街の人に内緒でつくったのだろう。
二人は戸惑いながらも洞穴の中へと入っていった。
洞穴の中は薄暗く、ごつごつした道の両脇の壁から飛び出たランプが無ければ、何度もつまずいてしまうほどの足場の悪さだった。
「足場が悪いばかりに足ばかり見てしまいますね、コウさん」
「たしかにそうだな。フシギ、転ばないように気をつけろ」
「……気をつけた方がいいのはコウさんですよ。私は汚れてしまいました」
掛け合いの成立しない会話をした矢先、道がいきなり二つにわかれた。
「これはきっとコウさんのせいですね。責任持ってどちらか選択してください」
「なにかした覚えはないが、そうだな。右だ」
「さすがコウさんです。さ、いきましょ」
フシギは軽やかに、二つにわかれた道の、右の道へと進んでいった。コウは自分で選んだにも関わらず、びくびくしながら奥へと進む。
そのとき、フシギの足取りに気がついた。
「なんだ、しっかり歩けるじゃないか」
コウは首を傾げて、フシギの後を追った。出口(入り口かもしれない)を見つけたのは、それからすぐのことだった。
「かはぁ! おめぇらよく死なずにここまで来れたな! あの手前の道を左に進んでたらお前ら死んでたぞ! かはぁ!」
出口に入ったとき、出迎えたのはヘップという中年の男だった。かはぁかはぁ言ってるのは、お酒をのんだあとの声だ。これがけっこううるさい。
ヘップは、ばかでかい丸テーブルの奥に座って顔を赤くさせながら酒をのんでいた。そしてその丸テーブルには他にも盗賊が座って酒をのんでいた。タバコを吸っているやつもいた。彼らはみんな民族衣装のような衣服を身につけていた。
盗賊のアジトは手狭だった。間取りとしては申し分ないが、いかんせん物が多い。しかも使っていないだろうと思われるものが、いたるところに散らばっていた。これでは物をしまったときに、どこにあるのかわからなくなりそうだった。
ちなみに、この部屋の奥には銀色に輝く厳重に施錠され、見張りまで配置された扉があった。宝物庫に違いないが、ばればれだった。いったい中になにが入っているのか、コウは気になったが、ヘップが用件を聞いてきたので、コウの頭はそれで支配された。
「んで、用件ってなんだっけか?」
かれこれ三回目となるコウの説明だったが、ヘップはまるで初めて聞くかのように神妙な顔でうんうん唸っていた。そしてようやく事態を呑み込めたようで、まじめな顔つきに変化した。
「なるほど。おめぇさんらの言いたいことはわかった。それより、どうしておめぇらはここにいるんだ? 何しにきた?」
全然わかっていなかった。初めてコウに殺意というものが芽生えた瞬間だった。
「だからですね、ヘップおじさん――」
こんどはフシギが語り始めた。ヘップは一言一句逃さないとでもいうかのように眉をひそめ、目線を合わせて聞いていた。そしてそれは伝わったようだった。説明に対して差はないはずなのだが。
ヘップは語り始めた。
「俺たちはよぉ。とにかく金が欲しいんだよ。え? なんでかって? そりゃ欲しいからに決まってんだろ。え? それをどうするか? そうだなぁ、みんなで津々浦々酒場めぐりの旅でもするかな! かはぁ! 争い? だれだそんなことをしてんのは。俺たちはバレずに盗みを働くやつらだ。争いなんてもってのほかだ。そんな馬鹿な真似をするやつはここにはいないぞ。よって俺たちはここから出ない。わかったな。だからお前らも帰ったら財布がないなんてあっても喚くなよ。盗られた方が悪い。なに? 一銭も持ってないだと? おい、いますぐこいつらをここからつまみだせ! 貧乏が移っちまう!」
二人が金を持っていないのだとわかると、ヘップの態度が急変し、まるで汚物であるかのように扱われ、洞穴の外にぽいと放り投げられた。
なんて酷い扱いなのだと憤りを覚えるコウだったが、それよりも汚物扱いされたことにショックを受けていた。
「大丈夫ですよコウさん。コウさんは勇者ですし、たとえ汚物でもプラマイゼロです!」
全然フォローになっていなかった。
ここが最後だと、二人は気合を入れた。というか、気合を入れないと、この中にはとうてい入れそうもなかった。それくらい立派なお屋敷だったからだ。マフィアが着ていた真っ白なスーツと同じく、この屋敷も真っ白だった。手入れをするのはさぞかし大変なのではないかと思った。
インターホンが普通に存在していたので、インターホンを押すと、中から普通に声がして、事情を説明すると、簡単に中に入れてくれた。二人は緊張しながら開かれていく門をじっとみつめた。
門をくぐると石畳の階段があり、それをのぼったところにドアがあった。そこには、やはり白スーツを着た男がいて、中に入れてくれた。
中に入り、奥の荘厳な扉へと連れていかれ(道中の絨毯はすべて真っ赤だった)、やがて扉は開かれ、数人の男たちに囲まれながら中に入っていく。
中はうっすらと照明があるくらいで、周りになにがあるかはわかりそうにない。もっとも、そういう仕様にしているのだろうが。そしてこの全貌のわからない部屋の、おそらく真ん中あたりに、彼は座っていた。恰幅のいい男で、唇がたらこだった。薄暗いのにサングラスをかけている(今までの人たちもそうだった)。
「なんの用かね?」
コウは事情を説明した。サングラスをかけているので、話を聞いているのか聞いていないのかはわからなかった。
マフィアのボスである彼の名前はドンというらしい。名前に恥じないドンとした体格だった。そして性格もまた、ドンとしたものだった。
ドンは言った。
「せっかくいいアジトができたのに、手放すには惜しい。それに、この街は武器が豊富だ。退くわけにはいかない。武器の試し打ちや試し斬りも、まだまだ終わりそうにないしね。ひひ」
ドンは最後にこう言った。
「お引き取り願おうか。こっちも暇じゃないんだ。実のない話に付き合う気はない」
これがマフィアのボス――ドンの出した答えだった。
こうしてすべての答えが出揃ったわけだが、とんだ骨折り損のくたびれ儲けだった。なにせ、みんなそれぞれ独自の理由を持ち、信念を持ち、ここに滞在していて、それを二人は一日かけてただただ確認していったにすぎないのだから。
どうすればこの四つのグループは争いをやめ、そしてここを立ち退いてくれるのか。
考えれば考えるほど、コウの頭は空回りするばかりだった。
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