始まりの街 2
始まりの街といわれている由縁(ゆえん)はなんなのかと、その街に入る手前でフシギに聞いてみた。するとどうやら、勇者が最初にたどり着く街だかららしい。勇者であるコウが、まだその始まりの街にたどり着いていないのにそう呼ばれているのは不自然だが、そう命名されているのならしかたない。最初に入るべきはこの街なのだろう。
「そんなふうに納得できるのはコウさんくらいですよ」と、フシギに詰られたが、コウは気にしない――勇者なのだから。
始まりの街は黒い門扉と白い外壁に包まれていた。門扉には人はおらず、しかも門扉は開けっ放しだった。不用心にもほどがある。
「ま、簡単に入れますしいいじゃないですか。早く入りましょうよ、コウさん」
フシギは軽やかに門扉をくぐり、街の中へとてくてく歩いていってしまった。
勇者は果たしてどうすべきか迷ったが、結局、自分は悪くないと自分に言い聞かせてすごすごと中に入っていった。
「始まりの街の中はとても活気に満ち溢れていて、人々はそれはそれは楽しそうで、苦しむという言葉は彼らの辞書には載っていない――そんな雰囲気がこの街からは漂ってきますね! コウさん!」
「いや、嘘をつくんじゃない。本当は、この街はなんだかみんな沈んでいて、それを隠すためにわざと明るくしてる、といった感じだろう」
この始まりの街はとてもきれいな場所だった。露店や住宅などがひしめき合いながらも、なだらかに曲線を描くように舗道が街の奥へと続いている。晴天も相まって街がきらきら輝いているようだった。あちこちから風船が飛んでてもおかしくはない。
なのだが――様子がおかしい。おかしいのは街ではなく人だ。みんな、なにかに怯えるようにして外をうろうろしている。
「もしかして、勇者が来るかもしれないからと、そわそわしているんじゃないですか?」
「……話を聞いてみるのもありかもな」
「そんなにやけた顔で、よくそんな憮然とした口調ができますね」
「うるさい」
二人は情報収集と見物も兼ねて、この街を見ることにした。
そして、武器屋を発見した。
「武器屋がありますね、コウさん」
「そうだな。武器屋があるな――見よう」
「同意見です。事件を解決しようにも、手ぶらじゃあまりにも情けないですし」
こうして二人はこの街の不可解さは置いておいて、武器屋に寄ることにした。
この武器屋は、二階建ての一軒家を改築してできたようで、一階はカウンターのようなつくりになっている。きっと裏は玄関だろう。
コウは早く武器を見たかったのだが、今カウンターには二人の先客がいる。一人はこてこての鎧に身を包んだ顔がよく見えない男、もう一人は和服を着崩した厳つい男だ。どちらも言い争いながらなかなか席を退こうとしない。
「あの――」と、声をかけた瞬間、二人の男は鋭い眼光でコウを睨みつけてきた。そしてそこから噛みついてきたのは、和服の厳つい男だった。
「なんだよお前。ちょっと邪魔しないでくれよ。なぁおい?」
和服姿の厳つい男は、がんをこれでもかと飛ばしたあと、薄く笑った。
「なんだお前、旅の人か。あいにくここらはおれさまヤクザのテリトリーだ。ここで好き勝手しようものなら、どうなるかわかってんだろうな」
なるほど、とコウは思った。もしかすると、このヤクザなるものがこの街で幅をきかせているので、住民はあまり関わらないように、しかし気丈に明るくふるまっていたのかもしれない。
勇者は関係なかったようだ。
どんまい、といった顔つきのフシギは置いておいて、この状況はどうするべきか悩んでいたとき、割り込んできたのは鎧に身を包んだ男だった。
「ヤクザのテリトリーだと? は。笑わせるな。ここは私たちハンターの領地だ。無論、住民に危害を加える気はないが、街の周りにはびこる魔物を退治しているので、そこは考慮してもらいたいものだがな」
「あぁ? 魔物しか狩れない弱小チームがなにを言ってやがるんだ?」
「魔物しか狩れないんじゃない。魔物しか狩らないんだ。俺たちハンターはそういうチームだ。お前たちみたいなエゴイストとは訳が違う」
「まあまあいいじゃないですか。エゴイスト、私好きですよ。よくカラオケで歌いますし」
フシギの不思議な言葉の意味が二人には理解できず、二人は黙ったまま小さな少女をみつめていた。小さな少女――フシギは、満面の笑みで言い切った感を醸し出していた。
コウにもその意味はわからなかったが、フシギ自体がもう意味がわからない存在なので、うまく呑み込むことができた。
コウはフシギに声をかけて、ここからとりあえず離れようと思った。ここにいても事態が余計に悪化するだけだ。
だがそれは叶わなかった。
「じゃまだよ、お前ら」
静かな声音で、後ろから声が掛かった。コウが振り向くと、そこには白のスーツに白いハットを被った男たちが三人いた。みんな、伊達なサングラスをかけていた。
この粋な男たちにコウは驚いたが、なにより驚いたのが、ヤクザとハンターの行動だった。二人は、三人の男たちを見るや否や、クモの子を散らすように逃げていったのだ。
だが、コウとフシギは動けなかった。ただ、三人の男たちを食い入るようにみつめているだけだった。
すると、先頭のサングラスをかけた男が、そっと白スーツの内側に手をいれた。まさか、名刺でもくれるんじゃ――。
「すいませんお客さま。どうぞこちらにおかけになってください」
ぐわっと急に黒い物体が前を塞いだかと思うと、今度は誰かに襟をぐいっと引っ張られ、力強く武器屋の横の隙間に押しやられた。
この力強さは男に違いあるまいと、コウは確信した。
「あんたたちいったいなにやってんのよ! ばかなの! 死ぬの! ていうか私があとちょっと遅かったら本当に頭貫かれて死んでたわよ!」
だが、押しやったのは女だった。しかも片手で。もう片方はフシギだったようだ。こほこほとかわいく咳をしていた。ちょっと和んだ。
「いい! いまこの街では『ハンターには何もするな。盗賊には気を付けろ。ヤクザには優しく。そしてマフィアには道を開けろ』っていう決まり文句があるの! これを胸に刻んで街中を歩きなさい! でないとほんとに死ぬわよ!」
その女は人を穿つような目でコウを睨みつけた。怖くてちびりそうだった。暗がりでよく見えないが、彼女の髪はトマトのように真っ赤で、瞳もそれと同じく真っ赤だった。
「まったく! こんな小さなかわいい子供を連れて! あんた何者よ! ていうか誰よ!」
助けた人間に、誰よ! なんて問いかけるのはおかしな話だが、その迫力は恐竜なみで、コウは顔を仰け反らせながら自己紹介をした。フシギも含めて。
「コウに、フシギ、ね。そんであんたたちってどういう関係なの?」
「……主従関係?」
「一緒に旅をしている仲間だ。それよりあいつらがなんなのか説明してくれないか。あー……」
「私の名前はゼセーノ=ビジョ。この武器屋の看板娘よ」
「すまない。それでビジョさん、あいつらはいったいなんなんだ?」
「…………あ、あいつらはこの街に最近住み着いて、我がもの顔で歩く厄介な連中よ。そして私は伝統あるこの武器屋の看板娘よ!」
「ようはハンターとヤクザと、あの白いのが一気に住み着いてあんな風になってしまったってことか」
「え、えぇそうよ。ちなみにあの白いのがマフィアね。このハンター、ヤクザ、マフィア、そしてまだ登場していない盗賊。こいつらが縄張り争いをしてるのよ」
ビジョが盛大にため息をついた。
「大人気だな」
「そうね。ちなみに私もあの武器屋ではけっこう人気のある看板娘なのよ!」
「どうやらビジョさんは、看板娘病にかかってしまっているようですね。かわいそうに」
「どんな病気よ! あんたたちがまったく反応しなかったからイラっときただけよ!」
「それは悪かった。看板娘に対してなにか誉め言葉がないとイラっとしてしまう症状なんだな。看板娘、似合ってるぞ」
「もういっそ頭を撃たれて死ねばよかったのに!」
殴りたい欲求をおさえて、ビジョは二人をじろじろとみつめた。
「それにしてもあんたたち、旅の人というわりにはずいぶんと軽装ね。本当に旅人なの?」
「あ、あぁ……最近旅を始めた旅人だからな。そしてここが初めて訪れる街だ」
「初めてって……勇者ならともかく、ただの旅人がここが初めての街だなんて、本当に旅人と呼べるのかしらね。旅人に失礼じゃないの? いや、失礼よ! ただの格好つけで旅人を名乗ろうなんて百年早いのよ! 看板娘として断固反対するわ!」
「だいぶ先程のことを根に持っていますね、ビジョさんは。ですがご安心ください。なぜならコウさんは勇者ですから」
「――は?」
ビジョは硬直した。そしてヒビがはいり、それは割れて粉々に砕け散った。
「ビジョさん、割れちゃダメですよー戻ってきてくださーい」
「ほ、ほんとなの?」
戻ってきた(どう戻ってきたかはご想像にお任せします)ビジョはおそるおそる聞く。コウは「ほんとだ」と答えた。
「しょ、証拠は?」
「証拠はない」
「ありますよコウさん。ビジョさんに鎖骨のあたりをみせてあげてください」
コウはフシギがなぜそれを知っているのか不思議だったが、フシギは不思議なのでいちいち悩んでいられない。コウは襟をぐいっと引っ張り、ビジョにみせた。
「ほんとだわ……あんたってほんとに勇者なのね」
コウはいったい自分の鎖骨のあたりになにがあるのか見たいが、いくら目線を下げても見えないのであきらめることにした。
ビジョはしばらくぼうっとコウをみつめたあと、軽く咳払いし、頬を赤く染め、体をもじもじさせ、上目遣いで言った。
「ゆ、勇者なんて初めてお会いしたから、どう接すればいいかわからないわ」
「きもちわるいからやめろ」
「あんたほんとぶっ殺すわよ!」
ぶっ殺されはしなかったがぶん殴られて、コウの頭にどでかいたんこぶができたあと、ビジョが寒気を呼び起こす笑みを浮かべた。
「あんたは勇者。そしてここが初めての街。そしてこの街に起きている事件。そしてあんたは手ぶらで私は武器屋の看板娘。ここから導きだせる答えはなんでしょう?」
「よ、看板娘」
「あんた、たんこぶ増やされたいわけ!」
その言葉の前にすでに増えていることはさておき、ビジョへの答えはもうわかりきっていた。
「この街を救う代わりに武器をおひとつプレゼント、みたいな」
「そう! 協力してくれるわよね? なにせあんたはあの勇者なんだし」
どうやら逃げ場はないらしい。それに、武器がもらえるのはありがたい。なにせ、コウの手元には一銭たりとも金はないのだから。
「決まりね。まぁ、お金がないならこの武器屋を宿屋として使えばいいわ」
「それは助かるな」
コウは内心ほっとした。もちろん金がなくて今日の夜はどう過ごせばいいかわからなかったからだ。
「それでいいか、フシギ?」
「えぇ大丈夫ですよ。私はコウさんの決断に従うだけですから」
フシギはにっこりと微笑んだ。
「ならさっそく始めなさいよ! 私は武器屋があるから手伝えないけど、さぼったら承知しないからね!」
「勇者にかけて誓おう」
「ならいいわ!」
ビジョは二人を信用し、武器屋の看板娘として武器屋へと戻っていった。コウはそれを見送ったあと、「いくか、フシギ」と言った。
するとフシギはこんなことを言った。
「楽しみですねコウさん。いったいどんな物語が紡ぎだされるんでしょうか。見ものですよ、これは! ふふふふふ」
やる気満々――だけどどこか他人事のような口調のフシギに、コウはため息をついた。
さて、これからどうしたものかと、コウの頭はそれで支配された。
まずはあの四つの集団について知ることだと、コウは思った。だからまずは聞き取り調査を始めることにした。この四つの集団がなぜこの街に現れ、どうしてここを住みかとするのか。少しずつひも解いていくのだ。
最初の一人目は、有力な情報がゲットできそうな宿屋からだ。少々小太りな宿屋の主人がカウンターで暇そうにしていたので、簡単に話をすることができた。いちおう周りを確認して、話を聞いた。
どうやらあの四つの集団がこの街にやってきたのはつい最近のことらしい。そしてそれぞれこの街の四隅にアジトをかまえているようで、写真をみせてもらえた。どれも大層なものばかりだった。
次に話を聞いたのは、ジュエリーショップを営むちょっと奇抜な服装の色黒な女性店員だ。化粧と香水の匂いがたちこめる店内で、彼女もまた、店内の様子をうかがってから話し始めた。要約すると、彼らは頻繁に小競り合いを起こしているようで、けっこう住民は迷惑を被っているという。そして最後に彼女は小声でこう言った。
「ていうか、最強はマフィアっぽいっすよ。あたいが聞いた話では、なんすけど。あいつら人を殺すことにためらいがないらしいっすよ。まじやばいっす、ぱねぇっすよ。あんたらも気を付けたほうがいいっすよ」
続いて話を聞いたのは、酒場にいる屈強そうな若い二人組の男だ。彼らはあの四つの集団に腹を立てているらしい。どうしてかと聞くと、彼らは酔った勢いでこう答えた。
「働いてもねぇのになんであんな立派な家があんだよ! 不公平だ! 理不尽だ! 俺もあんな家に住みたいぜ!」
それから日が暮れるまで、コウとフシギは(主にコウ、というか全部コウ)街中を散々歩き回って話を聞いたが、成果は芳しくなかった。なので二人は切り上げて武器屋に戻ってみることにした。
武器屋には、ビジョが客引きとして(客は来てなかった)外に立っていた。そして、二人の姿をみつけて駆け寄ってきた。その様子はほんの少し可愛かった。
ビジョは二人の様子をみると、やれやれといった表情をして、言った。
「その顔はどうもうまくいかなかったみたいね! まあそんなときもあるわ! それより早く上がりなさい! 夕飯をつくってあげるわ! ママが」
ビジョは二人の手を取ると、客引きにあるまじき力と、客引きの素養がありそうな俊敏さで、二人を武器屋の中へと連れ込んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます