現在2(居酒屋 串松にて)

本日のオススメが書かれている立て看板が強風で、歪んでいた為、八雲は、位置を直し、串松の扉を開けた。


カランコロンという電子音で作られた鈴の音が鳴ると、いらっしゃいませと、厨房から英嗣えいじの声が聞こえる。


木製のカウンター越しに厨房を覗くと、英嗣が、忙しく料理を作っていた。


店は、カウンターと座敷のテーブル席が4つあるだけの、間取りで、お客の殆どが常連客である。


八雲はショーケース型の冷蔵庫から、瓶ビールを、一本取りカウンター席でコップに注ぐ。




「ワリィな、八雲。今日は、亜希あき陽介ようすけが、小住こすみのおじさんの所に行っているんだ。俺一人だから、ちょっと料理は待ってくれ」




英嗣は顔の前で拝むポーズをして、串盛りの乗った皿を、座敷席に運んでいる。






八雲は、ビールを飲みながら「勝手にやっているから、気にしなくていい」


英嗣に向かって、コップをかざした。






松木英嗣まつきえいじは、龍太郎と高校時代に、野球部でバッテリーを組んでいた。高校卒業後は、フリーターをやっていたようだが、株か何かで、小金持ちになり、今の店舗付きアパートを一棟買い取り、店舗(串松)のオーナーとなっている。




亜希と呼んでいるのは城石亜希子しろいしあきこで、八雲達と同じ高校を卒業後、親の反対を押し切り美容師となった、横浜の美容院で数年間修行をしていたが、一昨年、突如、この船橋にシングルマザーとして、帰ってきた。転勤族の両親は、既に近くには住んでいなかったが、今は絶縁状態になっている。


行くあての無い亜希を英嗣は、店の2階のアパートに住まわせ、串松のアルバイトとして雇っている。






陽介ようすけは、亜希の息子で、小学2年生になる。陽介は、英嗣をマッちゃんと呼び慕っていて、英嗣も、父親イベントに積極的に参加して、陽介を可愛がっていた。


ただ、英嗣と亜希は、高校時代2回、交際して別れてを繰り返した結果、今は、まるで水と油の様に仲が悪い。






オーダーが落ち着いた頃に、英嗣は八雲の席に、野菜炒めと唐揚げを持ってきて置いた。




「この店は、お客のオーダー取らずに料理を出すのかよ」と八雲は笑いながら、カウンター越しにコップを取り、英嗣にビールを注いだ。




「普通のお客様は、冷蔵庫から勝手にビール出さねえよ」と乾杯をした。




「ほら、敬老の日か、なんかの作文で、陽介が特選を獲っただろう。小住のおじさんと、おばさんの事を書いたヤツ。あれが、手元に返ってきたみたいでさ。陽介が冊子にして、プレゼントしに行ってるんだ。」




「あれか。小住さん喜ぶだろうな。」




英嗣は、自分でビールを手酌し、




「俺、買い出しの時、小住さんに時々会うんだけど、会う度に泣きながら、陽介の作文の事を話すんだぜ。隣にいるおばさんまで涙ぐみ出すんで、スーパーの店員に変な目で見られてさあ。あれが、本当の孫だったらどうだったんだろうって、思わず考えたよ。」と言った瞬間、あっという表情で英嗣は、思わず真顔になって口を閉ざした。




八雲は、苦笑いをしながら俯き「そうだな」とぼそりと呟いた。


「大将 焼酎お湯割りで」座敷の部屋から、オーダーの声が聞こえ、英嗣は返事をして厨房に引っ込んだ。




最後の唐揚げにレモンをかけている時に、龍太郎りゅうたろうがやって来た。




「お、来てたか」




「呼び出しておいて、遅刻かよ」




龍太郎は、そのまま厨房の入り口にある、ビールサーバーから生ビールをジョッキに注ぎ、八雲の隣に座った。




「八雲、お前、本当に教師だったんだな。ちょっと感動したぜ」


最後の唐揚げを手掴みして、口の中に入れて、頬張った。




「それは、こっちのセリフだ。お前が刑事なんて、眉唾ものだったが、佐分利さんと話して、やっと現実味が湧いてきたよ」




八雲は瓶ビールをコップに注ぐが、半端な量になってしまい、ショーケースから追加を取り、栓を開けた。



「ところで、何をしに来たんだ。うちの高校に」




龍太郎は、鉄板焼きを英嗣にオーダーして、話を始めた。




「先月、男子高校生が、高校の教師を線路に突き落として、死亡させた事件を知っているか?」




「新聞に載っていたな。怨恨で教師も殺されるのかと身震いしたけど、二人は全く面識が無かったんだろう。その後、男子高校生の受験ノイローゼによるものとかって感じで、報道も少なくなった気がしたけど」




龍太郎は生ビールを、一気に飲み干した。




「実は、あの事件の二か月前に、同じような事件が千葉市内で起きていたんだ。男子高校生が、ある高校教師を線路に突き落とした。ただ、その時は、電車が来るまでに時間があったので、線路から引き上げられた。


二人は全く面識がなかった。


男子高校生は、なぜ、突き落としてしまったのか分からないと泣いていたらしい。」




「なぜ、突き落としたか分からない?」


八雲は、眉をひそめる。




「加害者の高校生同士に共通点は、今の所、見つかっていないんだが・・・・」


今度は、八雲が使っていたコップに、瓶からビールを注ぎ、口をつけた。



「被害者の二人には共通点があった。四年前まで、八雲のいる城北高校で、共に働いている」


八雲が、今の高校に赴任してきたのは二年前、面識はない。




「だからウチの高校に来たのか、だが、高等学校は、小中学校と違って、数は少ない。だから、教師同士が同じ高校で教鞭をとる事は、そんなに珍しい事では無いと思う。それに、加害者は既に、逮捕されているわけだろう。事件は解決しているじゃないか」




「ああ、佐分利にも同じことを言われた。だから警察は動けない。ただ、カッコいい事を言っていいか。ククク、それはな、刑事の勘さ。ダハハハ」


龍太郎は豪快に笑う。




英嗣が、大盛りの鉄板焼きを運んできて、龍太郎の前に置いた。




「俺らの尊い税金は、こんな奴の為に使われているのかと思うとウンザリするよ、お前のだけ水増しして請求してやる」




「その時は、現行犯で逮捕してやる」と二人で笑い始めた。




龍太郎は、警察のピーポ君が印刷されている、封筒を八雲に渡した。




「八雲、パソコン得意だろう。これ調べてくれ。佐分利にプリントアウトさせた。」どうやら、パソコンが吐き出すアクセスログのようだった。




確かに、八雲は今の高校で、情報システムの担当だった。メディア教室にあるパソコンのメンテナンスや、学校のセキュリティ管理、システム業者との打合せなどを行っている


昨今、情報教育や、それを使った教材などが増えてきて、本業の物理の授業と、同等の雑務に追われていて、城北高校では部活動の顧問も免除されていた。




「なんで俺が!佐分利さんに言えば良いじゃないか。」



「佐分利は、真面目な性格でさ。俺に業務外の事を調査させられていますとか上司にチクりを入れられたら、面倒臭いんだよ。それにアイツも、忙しそうだし」




「お前な、俺も十分忙しいんだけど」




龍太郎は、八雲の性格を昔から熟知している。承諾することを知っている。だから、無駄な話はしない。頼むとか言う言葉を使わない。彼の中で完結しているのだ。




「ああ!くそ。やっぱり面倒くさい事になった」八雲は頭を抱える。




近くにいた英嗣は、わざとらしく、手を揉みながら


「本日は、最高の佐賀牛と、高級な刺し盛を用意しておりますが、いかがしましょう」


先ほどの、立て看板に書かれていたものだ。




八雲はニヤリとして「大将。それを頼むよ。棚の上にある焼酎もね。勿論、支払いは濱野君に頼むよ。」






「まいど!おおきに」松木のわざとらしい関西弁が店中に響き渡った。




相関図 


八雲 直毅(城北高校の物理教師)


濱野 龍太郎(千葉県警の刑事)


松木 英嗣(居酒屋_串松のオーナー)


城石 亜希子(居酒屋_串松のアルバイト)


【八雲、濱野、松木、城石は、高校の同窓生】




城石 陽介(城石 亜希子の息子)


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