奪還作戦 1

 魔渦を抜けた先は、懐かしい場所だった。


「ここは……」


 見晴らしのいい高台。そして後ろには鬱蒼とした森がある。


「なんだ貴様。知ってるのか?」

「うん。魔渦を通ったら、ここにつながってた」

「そうか。数奇な運命よな。ここは、臆人と楓と我の秘密の場所だ。ここは景色が一望できるだろう。だから、よくここに来ては景色を眺めてた。良い景色だろう?」

「うん、良い景色。……まぁ、苦い記憶を思い出すけど」


 純は魔素中毒によって倒れた挙句、マグマの群れに襲われそうになったことを思い出して、苦い顔をする。


「それで、その秘密の通路ってのはどこにあるのよ。さっさと案内しなさい」

「わかった。なら、そこに転移するとしよう。集まれ」


 そして楓と純が近づくと、イルナは両腕を二人の背中に回し、肩をぐっと掴む。


「うわ、暑苦しい」

「そら行くぞ!」


 嫌味を言う楓をよそにイルナが掛け声を放ったその瞬間、純の目の前が一瞬白い光に包まれ、その眩しさに目をつむる。


 そして目を開けるとそこは、まったく違った場所に移動していた。


「ここは城の裏庭だ」


 その場所は、色んな草木が生え、花々が手入れされているとても綺麗な庭だった。そのど真ん中に、三人は立っている。


「通路はこの草花の下にある」


 イルナは見慣れているのか草花には目もくれず、草木で奥まった場所へと移動する。二人もそれについていく。


「ここだ。確か、ここら辺に……」


 特に何の変哲もない芝生の具合でも確かめるように、イルナは手探りで地面を探る。すると、その手に何かが引っ掛かった。


「これだ。ここを開けると……!」


 イルナがぐっとその引っ掛かりを持ち上げると、それはギギギギギと軋むような音を立てて土埃とと共に上に上がって行く。どうやら板のようだ。両脇にはそれを支える支柱があり、ある程度の高さまで行くと支柱が立ち、板が押さえつけられるようになっていた。


 そしてめくれた板の下には、暗くて先の見えない階段があった。


「嘘じゃなかったのね。驚いたわ」

「我は王だ。嘘はつかん。さ、行くぞ。ここを降りれば後は一本道で牢屋と繋がるはずだ」


 イルナがそう言って中に入ると、両壁に備え付けられていて灯りに火が灯った。かなり長い階段のようだ。


 楓、純の順番で中に入ると、板を閉め、階段をそっと降りる。誰もしゃべらない。静寂が三人の間を包む。


 しばらく階段を降りると、三人で横並びになれるくらいの幅の通路に出た。


「ここを道なりに進めば牢屋に通じるはずだ。行くぞ」


 イルナを先頭に、なるべく足音を立てずに進んでいく。


 しばらく進むと、イルナが突然足を止めた。


「止まれ……誰か来る」


 イルナが後ろにいる二人に止まれの合図を出し、二人は足を止める。


 純がイルナの背後からそっと顔を覗かせて見ると、通路の奥から人影がぼんやりと浮かび上がっている。その人影は通路を陣取るほど大きく、なにやら大きな武器を持っているように見えた。


 そしてその人影は徐々に近づき、三人の前に姿を現した。


「なんだ、ほんとに来たぞ。さすがダルア。信じた甲斐があったの」


 ずしんずしんと地響きを立てながら近づいてきたのは、自身と同じ大きさの棍棒を持った大男だった。その身の丈は通路を塞ぐほど大きく、顔を上げないと顔を合わせることすらできない。


「でか……」


 純は思った以上の巨体さに、あんぐり口を開けたまま固まる。


「お前さんが人間か? ちっこくて弱そうだの。指で挟めば潰せそうだ」


 大男は、棍棒を肩に担ぎながら物珍しそうに純を見てそう言った。


「獄長ダイダンか。相変わらず図体だけはでかいな」

「そう言うお前はろくに権力も持たないエセ王ではないか。一体何しに?」

「仲間を取り戻しにきた。ついでにこの国を救いにもな」


 するとダイダンは不機嫌そうにしながら鼻で笑う。


「あの忌々しきガキを仲間呼ばわりするとは。やはりお前さんが王をやるべきではない。もっとふさわしい人物がいる。それがダルアだ」

「赤子を粗末にしている奴がか? これでは今はよくても未来はない」

「魔素を濃くしただけで死ぬ奴に最初から未来なんてあるものか」


 二人の意見が食い違う。だが、ここでどちらの主張が正しいか議論している暇はない。


「ましてや人間なんぞに加担するお前さんらなど害悪でしかない。故に、ここでくたばれ!」


 ダイダンは持っていた棍棒を天井近くまで一気に振り上げると、三人めがけて勢いよく振り下ろした。


 凄まじい衝撃波と共に地面に打ち付けられた棍棒は、三人が居た場所を陥没させ、そこを中心に地面に亀裂を入れた。


「たわいもない――うん?」


 ダイダンはふんとつまらなさそうに鼻を鳴らし、棍棒を担ぎ上げようとした。だが、そこで異変に気づく。棍棒が地面に届いていないのだ。


「まさか止め――」

「さすが、図体でかいだけあってパワーは一人前ね。それ以外は鼻くそ以下だけど」


 その声は、棍棒の下から響いてきた。そして、徐々にその棍棒が上に持ち上げられていく。


「んな――! なんだこの馬鹿力は!」

「それ、あんたが言う? ま、あんたのそれが馬鹿力っていうなら私はそうね、火事場の馬鹿力ってところね!」


 楓は「火事場の馬鹿力って意味知ってる?」と思わず聞きたくなるようなことを言いながら、棍棒をいつの間にか手に持っていた剣で上に弾き飛ばした。


「んぬぅ! なんだお前さんは!」

「私? 私はそうね……ステラ=クアンティカ。またの名を紅葉楓。貴族でもあり女子中学生でもあるちょっぴり不思議な女の子よ?」


 楓は不敵に笑ってそう自己紹介すると、、なにかに引っ掛かったのか、ダイダンが眉をひそめた。


「貴族……? クアンティカ……? お前さんまさか――あの戦闘貴族の!」

「知ってくれててありがとう。でも私、肩書に興味ないのよ。私が興味あるのはあいつだけ」


 楓が剣を構える。それだけで場の空気がピンと張り詰め、息苦しくなる。


「だからイラつくのよ。何も知らないくせにそんな口を叩くやつが。許せないの」


 楓の剣が牙をむく。その剣捌きを、後方で見ている純には目で追うことは叶わなかった。


 血しぶきが舞う。血しぶきが舞う。血しぶきが舞う。


「何も知らない……? それはお前さんらのほうだ! あやつの父親が人間を唆したせいで王が死に、どれだけこの国を立て直すのが大変だったと思ってる!」

「――え?」


 血に塗れたダイダンが吠える。その目は怒りに満ち溢れていた。


 けれど純にとって、そんなのは目に入らなかった。それよりも、いまダイダンが言った言葉のほうが気になる。


 あやつの父親が人間を唆した?


「その顔、やはり貴様は知らなかったのか。いや、教えなかったが正解か」


 イルナが純の表情を見て悟ったのかそう言う。


「ねぇ、イルナのお父さんって」


 純は臆人が話してくれた昔話を思い出す。


 あの話で、王――つまりイルナの父は人間の手によって殺されたと話している。そして、殺された人間の首謀者は斬首刑となり殺された。


 ダイダンの言葉が正しいのなら、その人間の首謀者は――


「あいつの父親に殺された――と言われているが、正確に言えば、あいつの父親が連れてきた人間に殺された」

「じゃあ、臆人のお父さんは……」

「国民全員のバッシングを浴びながら、処刑された。そして、母親は病に臥せて死に、その息子であるあいつは国を追放された」


 あまりの衝撃的な事実に、純は声すらも出せなくなった。


「じゃあ臆人が人間界に来たのって……」

「さあな。どういう気持ちで人間界に行ったのか、それは本人に直接聞いてみろ。どうやら、片はついたみたいだしな」


 イルナが視線を楓のほうに向けたのを見て、純はいまここで闘いが繰り広げられていたことを思い出し慌てて目を向ける。


 壁に寄り掛かるように倒れるダイダン。その前には返り血を大量に浴びて真っ赤に染まりながらも立っている楓がいた。


「紅葉さん、血が……」

「あぁ、これ。魔法で綺麗になるわ。――ほら」


 楓が指をパチンと鳴らすと、楓の周囲に水が発生し、渦巻くように楓の周囲を旋回した後、瞬く間に消えていった。


 そしてそこにいたのは、一滴たりとも血の付いていない楓がいた。


「さ、先を急ぐわよ。こいつが動き出す前にね」

「あ、あの紅葉さん! 臆人は――」

「どうして隠していたのか、そんなの私に聞いてもわからないわよ。知ってるのは本人だけ。ていうか、もうすぐそこなんだから直接聞きなさい」

「……うん。わかった」


 純は先の通路を見た。この先に、臆人がいるのだ。


 三人は駆けだした。



 通路の先には重厚な扉があった。鍵もかかっておらず、三人は開けて中に入る。

 薄暗い部屋だった。縦長で牢屋が横並びに等間隔で並んでいる。


 その部屋に充満するなにか嫌な空気の重さに、純は思わず顔をしかめる。


「臆人は?」


 三人はいくつもある牢屋から臆人を探した。


 臆人は、部屋の一番奥にある牢屋に後ろに枷をはめられ、ボロボロな様子で座っていた。


「臆人!」

「純か!? どうしてこんなところに!?」


 臆人は牢屋の中から目を丸くして純を見た。次いで、楓とイルナがいることを視認する。


「イルナお前……」


 その驚き方は純がいたとき以上だった。驚きすぎて声も出ない様子だ。


「あれ以来だな。元気にしてたか?」


 その様子を鼻で笑うかのように、イルナはそう聞いた。


「あいにくとな。つか助けにきたのかよ」

「親子共々目の前で処刑されるのを見る我の身にもなれ」

「はは、笑えねぇな……つかなにその喋り方? 王でも気取ってんの?」

「だから王だからな! って悠長に話してる場合じゃない。ここを開けるぞ。鍵はどこだ?」

「あのでかぶつが持ってるんじゃないのか?」


 でかぶつ、というのはダイダンのことだろう。イルナが楓を見た。


「それが見当たらなかったのよ。もしかすると、あのダルアってやつが持ってるのかも」


 悔しそうな様子の楓に、イルナはため息を吐く。


「あやつの好きそうなことだ。なら――力づくで開けるしかあるまい」


 そう言って剣を顕現させたイルナは、勢いよく牢屋に剣戟を叩きこむ。


 だが、壮大な音を立ててるだけで牢はびくともしなかった。そしてそれは楓が試みても同じだった。


「仕方ない……あやつの鍵を奪うしかないか」

「そうだイルナ。ここ、なんかいるのか?」


 臆人が部屋の奥に視線を向けながらイルナに尋ねる。


「この奥に研究施設がある。そこに、諸悪の根源となっているカーミラの腕が眠っている」

「なるほどそういうことか。どおりで瘴気が濃いわけだ。こんなのまともに食らってたら頭がおかしくなる」


 そうか、と二人の会話を聞いて思った。この空気の重さは魔素の濃さだったのか。だとすると、ここにいられる時間は長くないかもしれない。純の額にはうっすらと脂汗が滲んでいた。


「同意見だ。だから早くここから――」

「なら、先にそっちを片付けてくれないか? 俺はこの通り手かせもはめられボロボロだ。戦力になれない。だからまず、カーミラの腕を葬ってくれないか」

 臆人の頼みを合理的だと判断したのか、イルナはすぐに頷いた。

「わかった。行くぞ二人とも」

「仕方ないわね」


 楓としてはさっさと臆人を助けたいのだろうが、牢屋が力づくでも開かないとなるとお手上げのようで、イルナについていく。


 純もそれについていこうと足を出したが、一歩で足を止める。そして臆人のほうを振り返る。


「臆人、終わったら色々話聞かせてね」

「あぁ、わかった」


 なにを、というでもなく、臆人は約束を交わしてくれた。


 この部屋の奥の研究施設は、臆人の牢屋と近い場所にあった。


 だが、それでも魔素の濃度の濃さは段違いだった。吐き気を催すくらいのレベルだったが、ここで二人に迷惑をかけるわけにはいかないので、平然を装いながら二人についていく。


「ここだ」


 部屋の奥の扉は立派なもので、横にはなにやら認証するための装置がついている。


 イルナがそこに手をかざすと、その扉はゆっくりと横に開いた。

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