第2話 霊は集う救いを求めて

あの黒猫事件から、一か月の月日が経っていた。あれから、朝陰を問いただしても、上手くあしらわれてしまって何も教えてくれなかった。思わせぶりなことを言いやがって。桐山は斜め前延長線上に体育座りしている、朝陰の後頭部を睨んだ。校長先生の話なんて誰も聞いていない。今日は野外学習の一日目。皆、この後の飯盒炊爨はんごうすいさんに気が向いていた。やっと長かった校長先生の話も終わり、散り散りに皆が動き出す。


「先生。」


目の前を横切って、担任教師に声をかけたのは桐山が苦手と感じている女子生徒、八代紫苑やつしろしえんだった。凛とした態度で自分が違うと感じたことに対しては、先生に徹底して抗議していくような堅物優等生だ。以前、喋りかけた時に、冷たくあしらわれた記憶がある。そんな彼女の物申すような声音が気になって、桐山は足を止めて会話を聞いた。


「この今日の夜の肝試しってどこでやるんですか?」


「どこって、裏山の神社だけど。」


野外学習のしおりを手に、そう尋ねた八代やつしろは、担任の答えを聞くやいなや言う。


「変えてください!神社は駄目です!」


「えぇ……。」


困った顔をする担任教師に構わず、まくしたてる。


「神社は駄目です。出ます!先生は私が神社の家の娘なの知ってますよね?」


「うん……、八代神社でしょ?地元で有名な。」


「そうです。夜の神社はやめてください。ほんとに出ますから。」


「でも、肝試しなんだから幽霊出たら好都合なんじゃないの。」


八代の勢いに押されながらも、担任はかったるげに首を傾げる。


「いや、墓地でも廃病院でももちろん出ますけどそういうのとは違うんですよ。」


「僕も八代さんと同意見です。」


急に歯切れが悪くなった八代を援護するかのように後ろから声がかかる。一体どこから出てきたのだろう。後ろから来た朝陰が八代の隣に並ぶ。


「神社で肝試しをするのは危険です。考え直してください。」


「そうは言っても、もう予定で決まってるしなぁ。」


めんどくさそうな顔で言う担任に、朝陰が食い下がろうと口を開いた時、タイミング悪く他の生徒から声がかかった。


「先生~、火が付かないんですけど!」


「薪の置き方悪いんじゃないの?」


担任は、呼んだ男子生徒の班のいる方へ歩き出してしまう。置いて行かれた朝陰と八代の二人は顔を見合わせた。


「どうする?」


「どうもこうも、最大限僕たち三人で気をつけるしかないでしょう。」


「三人?」


朝陰の言葉に引っ掛かりを覚えた八代が問うと、朝陰はこっちを振り返った。


「桐谷君も今までの話、聞いてましたよね?君にも、手伝ってもらいますよ。」


「俺!?」


彼は笑顔でこくりと頷く。驚いて、目を見開いた。


「えぇ、何で?」


「あの黒猫が見えていたっていうことは君には霊感があるっていうことなんですよ。なんとかするには霊感が必要ですから。」


朝陰はそう言うと、今度は八代の方を向いた。


「八代さんは除霊は出来ますか?」


「一応。」


いや、どうなってんだよ、こいつらの会話。


「僕の魑魅魍魎に好かれる体質を利用して囮にして、先に危険なものは祓ってしまいましょう。桐山君、視力は?」


「2.0だけど?」


除霊に視力が良いことが張り合えるとはとても思えないんだが。疑わしげな目を向ける桐山をよそに、朝陰は胸を張って言う。


「桐山君には僕らの目になってもらいます。僕や八代さんだと霊感が強すぎて霊が見えすぎる。害のない力のないものでも見えてしまう。でも、君みたいな中途半端な霊感の持ち主には、ある程度力が強いものしか見えない筈です。僕がおびき寄せたものの中から桐山君が見えたものだけ八代さんが祓う、本当に危険なものだけを祓うことが出来る。ね、良い作戦でしょ。」


朝陰はなんでもないことのように、無邪気に笑った。




肝試しの予定を変えられないのなら、先に行って害のある霊を祓えばいいじゃないか、という発想で、三人は飯盒炊爨を終えた後、旅館の裏の自販機の前に待ち合わせた。裏山の風森神社に向かうまでの道のりで、朝陰と八代はどうして夜の神社が危険であるかを桐山に話して聞かせてくれた。


「夜でも参拝しても大丈夫な神社も、もちろんありますが、ほとんどの神社の場合、夜の参拝はやめた方が良いと言われています。色んな理由が言われてるけど、本当のところは、夜は霊たちの参拝時間だからってのが大きいでしょう。」


「霊が神社に参拝するんだ?」


「昼間は神社に陽の気が満ちていますが、夜は陰の気が満ちる。昼間は入れない霊や妖が夜には神社に入れます。成仏出来ずに悩んでいる霊が生前のように神に祈れば成仏出来るかもしれないと考えて神社に集まるんです。そうして集まった霊自体は実は無害なことが多いです。危険なのは、それを食べに来る悪霊やあやかしです。」


「霊が霊を食べるの?」


驚いて聞くと、八代にそんなことも知らないの、というような白い目を向けられた。


「魂だったら、生者だろうが死者だろうが関係ありませんから。魂を食べれば食べるほど霊や妖の力は強くなります。この力のことを僕は、呪力じゅりょくと呼んでいます。」


朝陰は、後ろを振り返ることなく神社の石段を上る。石段の両脇に生い茂る樹林の木の葉が、時折ざぁっと音を立てて揺れる。昼間だったら、特に何も感じない音でさえ、夜に聞けば悪霊が囁いているようにも聞こえてくるから不思議だ。石段を登りきると、真っ赤な鳥居がある。その奥にある狛狐こまこを見て、八代は顔をしかめる。


「稲荷神社とか……。夜の神社ってだけでもやばいのに。」


朝陰も険しい表情で頷く。


「お狐様は気分屋ですからね。」


稲荷神社とは、稲を象徴する農耕神、稲荷神を祀る神社である。稲荷神社といっても、全て一概には言えない。格の高い神様がいるところもあれば、そこらへんにいる動物霊が居座っていたりもする。ちなみに狛狐は神の眷属であり、狐が祀られているわけではない。


鳥居をくぐると、朝陰に少し離れたところに立つように言われた。その隣に立っている八代の顔は既に青ざめている。


「朝陰君、あなた何者なの?嘘でしょ……。こんなの見たことない。」


八代は、何もない虚空を見つめて呟く。それだけでわかった。ここには既に、桐山が見えないくらい力の弱い霊たちで溢れている。心なしか、肌寒いような気がしてくる。


「僕のことは置いといて、今は除霊のことだけ考えましょう。」


朝陰が諭したその時、がさり、と音が鳴った。反射的に振り向く。見れば、どす黒い影のようなものが地面をすべるように這ってくるところだった。























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