第14話 旧友2

 木陰でスマホをいじっている三島を見つける。オレにいろいろ言ってきた張本人である司会さんはどこかへ行ってしまったようだ。


「ごめん、ちょっと時間かかった」


 オレの声に振り向く三島だが、なぜかきょとんとしている。


「・・・えーっと、すみません。何か御用ですか?」


 えっ?なに?どゆこと?オレが遅すぎて記憶なくなるまで時間たったんですかねこれ。


「え・・・さすがにひどくないですか。時間かかったのは謝るんで、はい」


 相変わらずかわいらしく首をかしげている三島だったが、やがて何か合点がいったように目を見開き、口をあんぐり開けてる。


「もしかして浅間くん⁉」


「もしかしなくてもオレ以外ないだろ」


 素早くツッコむが三島の表情は驚きにあふれたままだ。


「ウソ。すごい違う。えっ?んっ?どゆこと?」


 情報処理のため眉を難しそうに寄せながらも必死に考え込んでいる。いや、そこまでですか。もうこれ別人として認知されてませんか。


 それから、ほへー、とオレの全身を眺め何度かうなずいた後、なぜかもじもじしながら、


「あっ、うん。いいと、思い、ますよ?」


「なぜ疑問形。それ絶対にあってないときのリアクションだろしかも」


 例えにあってなくても決してダサいとか言わずほめてくれる三島優しすぎだろ。だがかえってその優しさがつらいんです。


「いやそーゆーことじゃなくて」


「やめて?もうこれ以上傷をえぐらないで?」


 必死に撤回を試みる三島に、すでに死にかけの声で返答。結果、うん・・・、と元気なく下がってくれた。優しさであふれている!そしてそれに比例してオレのメンタルが削れていく!もうだめかもしれん。




 オレは削れたメンタルを何とか修復し、三島と雑談しながらふらふら歩いていた。するとそこへ、


「おー!アヤじゃん!ひ・さ・し・ぶ・り~!」


 ガタイのいい少しむさくるしめの男が駆け寄ってきてオレの肩をバシバシと叩く。筋肉質な腕から生み出される強烈な衝撃に気を抜くとオレの重心があっさりと崩れてしまいそうだ。


「いくら頑丈なアヤでもそんなに強く叩いちゃだめだよ。会えてうれしくなるのはわかるけどさ」


 そういいながらガタイのいい男を追いかけてくるのは顔二つ分ほど小さい小柄な男だ。坊ちゃん刈りに細渕の眼鏡をかけている。


「いたいいたい。そうだ。楓馬の言うとおりだぞ。落ち着け、翔。」


 ああ悪い悪い、と頭を掻きながら謝ってくるのは莉穂同様オレと同じ中学校に通っていたかけるであり、やっぱりそうなると思った、と後ろからやれやれと半ば呆れているのはその友達の楓馬ふうまだ。オレにとってなじみのある存在でもある。


「久しぶりといっても数か月だろ」


「はははっ!たしかにそうかもな!俺にとっちゃすぐだわ。すぐ。体感感覚秒だわ」


「体感感覚って何回感じ取んの。言ってること同じだよ。まあ、僕はそれなりに時間を感じてるけどね」


「相変わらずナイス凸凹コンビだな。翔はあんなだから第六感でも開いて同じのを何重にも感じてそうだけどな」


「ありえそう」


「アヤは意味わかんねーし楓馬もそれに共感すな」


 ハハハっと笑いが起こり場がひと段落する。完全に置いて行かれたはずの三島をちらりと見ると、へー、とオレの方を見ている。このままほっておくのはまずいだろう。三島さんお話の輪へ・・・


「えーっと、オレの中学校の友達な。翔と楓馬。いいやつだから。たぶん」


「たぶんは余計じゃない?うん。いい人そうだよね。三島瑞希って言います。よろしくお願いします」


 オレに注意し、軽く会釈をする三島。優しさに溢れていやがる!


「僕の方こそよろしくね」


 優しく微笑みながら返す楓馬だったが、一方翔はというと、赤くなった顔を隠すためオレの耳元に近寄りオレをいじり始める。


「なになに!可愛い女子!アヤさんやってんねぇ!しかもめっちゃ優しいじゃん!」


「はいはい。オレとはなんもないから。しかもそういうのは本人に言った方が喜ぶと思うぞ。下心丸出しだけどな」


 そんな怪しい言動を不思議そうに見つめる三島とジト目で睨んでいる楓馬だった。


「でもなんかびっくり知っちゃった。浅間くんって友達いたんだね」


 無邪気に笑っている場合じゃないですよ三島さん。オレの心にグサッとナイフ刺さってます。


「最高におもしれーな。はははっ!」


「笑うでない。そして叩くでない」


「・・・その言い方だとアヤって高校じゃ友達いないの?」


 あれれ?とまた理解の追い付いていない三島に楓馬が引っかかりを覚えたように質問する。


「うん。話せば友達出来ると思うんだけどね。一人でいる方が楽なんだっていうんだよね」


 やめて!それじゃあまるで、


「「それって友達出来ないやつが言うセリフだよな」」


 くっ、言われてしまった。しかも深刻な顔で。やめて!綾斗のライフはもうゼロよ。そろそろ平然としてるの限界かも知れない。


「もうオレの話はいいだろ。誰も平和にならん」


「そうか?俺は意外と楽しいぞ」


「僕もかな。もう少し話を聞きたいと思うんだけど」


「私も結構楽しいよ」


「えぇ・・・」


 まさかの満場一致。オレはもう尊い犠牲になるしかないのか?まあ初対面である三島がうまくなじめているのなら良しではあるが。うーん。複雑。


「・・・にしてもなぁ。前々から思ってたけどアヤって変だよなぁ」


「オイチョトマテ?」


 腕を組む翔のしみじみとした声だった。聞き捨てならない内容だった気がするがオレの気のせいだろうか。


「だよね。翔もやっぱりそう思ってたよね」


「あっ!わかる!私だけじゃなかった!」


 うんうんとうなずく楓馬に、嬉しそうに共感する三島。


「えぇ・・・」


 ここにきて莉穂に続きまた同じカミングアウトだと?これもう笑い事じゃないんだよなぁ。昔からの友達三人と新しい友達一人から変人認定されている。さすがにこれは信ぴょう性が高すぎる。この短時間で精神削られすぎだろオレ。


「そんな口そろえて言うほどオレって変なのか・・・?」


 恐る恐る聞くオレに三人はこくこくとうなずく。そんなぁ・・・。


「なんつーか、最近流行りの最強チート主人公的な?殺されても死なないみたいな」


「いやそうじゃなくて、クリアしてしばらくやりこまないとイベントすら発生しない始まりの村にいる裏ボスじゃないかな」


「おい、なんでオレがアンデットとかモンスターになってんだ。せめて人間にしてくれ」


 いやぁ~、あってると思うんだけどなぁ、と悩ましげにうなる翔に、自信満々に答える楓馬。いったいどういうことだってばよ。


「うーん。私は二人みたいにうまい例えはできないけどね、浅間くんはよくわからないけど優しい人だと思うかな」


 そう言って優しく微笑む三島。


「おっ、よかったね。アヤ。よくわからない人だって」


「なぜそこだけピックアップするんだよ。しかも全然よくなないぞ。というかよく飽きないな君たち。オレのメンタルはもうボロボロだぞ・・・」


 ツッコむことしかしてないんだが。三人とも楽しそうにしてるし、どうすりゃいいんだ!




「―――んじゃな~」


 オレのいじりはしばらく続いたものの別れの時が訪れる。手を振る二人にオレたちも手を振り返す。これで嵐は去ったのか?


「こんな時間だしそろそろお昼でも買うか?」


 近くにあった時計をちらりと見ると結構いい時間となっていた。うん。とうなずく三島を連れ食べ物用屋台へと足を運ぶ。




「おー!美味しそう!」


 先ほど買ったハンバーガーとアメリカンドッグにファンタグレープのペットボトルを前に目をキラキラさせる三島。一方オレは焼きそばにアメリカンドッグ、マックスコーヒー。チョイスのセンスは気にしないでくれ。全部おいしそうでいいだろ。


 オレたちは近くの花壇のへりに腰を落とす。


「みんないい人だったね」


「さっきの二人のことか。オレは心に甚大なダメージを負ったけどな」


「それは浅間くんのことを大事に思ってくれている証拠じゃない?」


「なに?愛の鞭的な?やだなそれ」


「そうじゃなくて、みんないい人だからさ。だからもっと友達増えたらなーって思っちゃって」


「そうか。でもみんながみんないい人だと信じ込むのはお勧めしないな」


「またすぐそうゆうこうと言う」


「ああ、悪い。忘れてくれ」


 そして沈黙。あっ、これダメなヤツだったのか?


「なんか今日はいろんな浅間くんはが知れたような気がするな」


 そう言ってハンバーガーを口にする。オレの心配は杞憂だったのかな。


「オレが複数人に分身してるっていうボケはいらなくて・・・知らない一面が分かったってことか?」


「ふふっ。そうだね。髪型でガラッと印象変わるし、雰囲気とか性格?も少し変わったような気がする。面白い友達がいたり、そこで楽しそうに笑ってる浅間くんは初めて見たな。教室じゃいつも無表情でいるか変な顔してるのに」


「言うようになったな、三島。せかっくいい話かと思ったのに最後ので台無しだぞ」


「友達からも変人扱いされるってどうゆうことよ」


 オレの返しににっこりと笑いながら、悪戯っぽく指をさしてくる。


「それはオレにもわからん」


 投げやりに答えるオレ。


「まあ、オレも今日は三島のいろんな部分が知れたような気がするけどな」


「といいますと?」


「普段、いろんな人と仲良くしてるがゆえの苦労とか、友達思いなところとか、あとなにより一人で着替えられないところとかか?」


「なんで最後で台無しにしてくるの」


 ムスッとやけ食い気味にハンバーガーをほおばる。


「さっきのでお相子だろ」


「そうゆう問題じゃないの。もう」


 どうやらオレは三島を不機嫌にさせてしまったらしい。そういえばオレに取っていたぎこちない態度はもう見られないな。どういう原因だったのだろうか。そんな疑問はさておき、オレはモグモグと食べ続ける三島を横に高校生初めての友達が三島でよかったな、とひそかに思ったりしていた。




 食べ終わったゴミを捨てに行く途中のこと。


「結構外部の人も来てるんだな」


 他行の制服を目にオレはそうつぶやく。


「そうみたいだね。結構反響いいらしいよ。SNSでもいっぱい上がってるみたい」


 スマホの画面を見せてくる三島。


「みんな頑張って準備してたもんな。よかったよかった」


「なんでそんな他人事なの。浅間くんも私と買い出し行ったじゃん?」


「いやまあそうなんだがな。特に気合い入れてたわけじゃないからさ。明日のシフトはもう少し積極的に参加しようかなぁなんてな」


「いいことなんじゃないかな。きっと楽しいと思うよ」


 そんなことを話していると足元に中身ごとぺしゃんこになった何かの食べ物の容器が落ちていることに気づく。お好み焼きかホットケーキか、原形をとどめていないためわからない。きっと誰かが踏んだのだろう。その横には汚れた缶も落ちている。


 オレは見て見ぬふりでそのままゴミ箱へと向かおうとするが、三島が足を止めた。どうやら三島も気づいたようだ。


「これひどいね」


「ああ、ポイ捨てだろうな。参加人数が多いことはうれしいがゴミがこうやって捨てられるのはあまりいい気分じゃない」


 すると三島はかがみこんでぐちょぐちょの容器を平然とつかみはじめた。


「え、大丈夫?」


「ん?何が?」


「いやぁ、汚いの嫌じゃないのかなと思って」


 オレはゴミ箱へ捨てる三島に続き、取り残された空き缶を突っ込む。


「そりゃ私も汚いのは嫌だけどさ、そのままにしておいて次に見た人が嫌な気分になるのは嫌だなと思って。せっかく来てくれたんだし、楽しくしてもらいたいからさ」


「おお、なんかすごいな」


 目にするだけで気分の悪いものをほかの人のために自分がわざわざ代わって捨ててあげる。そこにはどこにも義務などないのに、何の得もないのに。お礼さえ言われないのに。本当に優しい子なんだなあと尊敬する。


「そうかな、こうゆうの汚いって言われるかと思ってたんだけど」


「たしかに落ちていたものは汚いけど、それを拾う三島の心はきれいだと思うけどな」


「そう、かな。へへ」


 少しほほを染め照れながら、ほほを指で掻く。そんな三島を心配した声で、


「顔についちゃうぞ」


「うぎゃ‼」




 その後も文化祭を楽しみ一日目が終わろうとしていた。


「いっぱい周ったね」


「そうだな。もう全体の半分以上は周ったと思う」


 んー、と伸びをする三島。


「今日は楽しかったよ。浅間くん」


「オレの方こそありがとう。楽しかった」


 文化祭の予定時刻を過ぎ、ちらほらと下校する生徒がみられる。


「それじゃあまたね!」


「ああ、またな」


 そう言ってにっこり手を振る三島。なんだかんだ言って三島とちゃんと別れの挨拶を言うのはこれが初めてかもしれない。


 オレは三島とは反対に歩き出す。今日の思い出を振り返りつつ、明日は一人で何をしようかぼんやり考えながら、ちょっとしたさみしさが胸を刺した気がした。

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