第13話 旧友
「久しぶり!アヤ!」
そう言って嬉しそうに手を振る同い年の隣の高校の制服を着た少女が近づいてくる。
「ああ、久しぶり。といってもまだ数か月じゃないか」
「毎日会ってた身としては久しぶりなの!」
加藤のように華やかな雰囲気の持ち主だが、どこか大人っぽさを感じさせるお姉さんといった印象。栗色の髪は加藤ほど明るくなく、ロングヘアーで右側の髪を赤いヘアピンでクロスにとめている。
彼女の名前は
莉穂の後ろからついてきた連れのお友達女子と思われる二人が一歩時いたところでこちらをチラチラ見ながらそわそわとひそひそ話している。
すると片方と目が合ったのでオレはにこっりとさわやかに笑い手を振る。結果二人とも沸く。
「相変わらずだねぇ。」
莉穂は呆れたような表情でオレに向き直る。
「ん?悪い。こういうのはしないつもりだったんだがつい癖でな」
「くっ、行動だけでもウザいのに本当に癖っていうのがさらにウザい」
オレは半分冗談で言ったつもりだったがどうやら冗談になっていなかったらしい。顔を思いっきりしかめ悪口を言われるも、その目は笑っている。正面切って憎まれ口をたたかれるのは莉穂との信頼関係があってこそといった裏面があったりする。
「ふーん。人気者のアヤは私が誰かなんてきっと覚えていないんでしょうね」
ジト目になりつつもいたづらっぽく嫌味を吐く。オレも莉穂に合わせて悪戯な笑みを浮かべ、
「ちゃんと覚えてるぞ?あれだろ、中三にもなって何もなところでずっこけて大泣きした人だろ?」
「うわ!性格悪!」
なんだかんだ言いつつもオレたちは仲良く笑いあう。そして狙っていた返答が返ってこなかった莉穂はふっと真面目な表情に戻る。オレを指さしながら、
「ていうかまだ名前呼んでくれないの?男同士なら普通に呼び合ってるのに。男女差別だぞ?」
そう。実は中学校までのオレは女の子を名前はおろか苗字でさえ呼んだことはない。これといった理由なく、何となく気づいたころにはそうなっていた。こうして過去に指摘されたこともあったのだが、気恥ずかしかったので今まで直してこなかったのだ。高校に入ってからはそんな習慣はリセットされたので、今は苗字呼びを少し意識していたりする。意外と勇気いるんだぞ。頑張ってる。オレ頑張ってる。
「大袈裟だなー。あっ、でも高校生になってからはちゃんと呼ぶようにしてるぞ」
「えっ、いがーい。というか嘘っぽーい」
一瞬驚いた表情を見せるもオレの今までの適当な言動により信じていない模様。調子乗りました許してください。誠実に生きるもんだね。
「いやほんとだよ?でもそもそも今オレの友達ほぼゼロ人だから誰かの名前呼ぶことなんてほぼないけど」
「それまたいがーい・・・というわけでもないか。アヤの周りによって来る人は多いけどアヤ自身は何とも思ってなさそうだもんね」
「流石、よくわかっていらっしゃる」
入学当初というころは基本自分から友達を作りにいかないとなかなか友達はできない。さらにオレの隣の席は岡本なので唯一のチャンスもない。よって全部岡本のせい(暴論)。
「新しい高校生活は・・・特に問題なく楽しそうだな」
オレは連れのお友達女子二人を見ながら言った。
「当然よ。アヤとは違ってちゃんと友達いるし?アヤとは違って」
「二回も言わなくていいから」
「それに入学してからもう三回も告られちゃってさー。すごくない?まあ全部振ったけどさ。もうちょろすぎだよねー」
「オレはそんな子に育てた覚えはないぞ・・・」
その調子の乗り方はあまりよくないと思う。オレがいなくなったことで変な道に足を踏み外さないといいが・・・と半ば心配になってしまう。その三人の男子がちょろすぎると思っているのは事実ではあるが。
「さて、そちらはどうなのかな?彼女いない暦年齢の綾斗さん?」
「はいはい。うるさいうるさい。十数年続いてることが数か月で変わるわけないだろ。少しは考えろよ」
「やっぱり~?」
そしてどこか安堵したような表情になる莉穂。
だんだんと調子に乗り始める莉穂にこれ以上あれこれ聞かれるのは面倒なのでこっちから質問するとしよう。
「それで一人目はどんな奴だったんだ?」
「それがヤバくってさーどんな感じかって―――」
そこまで言うと横からドスンと鈍い音がした。なんだろうと目を向けると、うっ、と莉穂は心底嫌そうな顔をする。
オレもその視線を追うと、五人、いや、一人と四人の男子たちが壁付近に立っている。さっきのは四人組が一人の男子を推して壁にぶつけたときの音だったようだ。
押された男子は緩いパーマのような癖のついた髪を顎より頭部の幅がはるかに大きくなるまでぼさぼさと伸ばしきっており、長い前髪の隙間から銀の大きめの丸渕メガネが覗いている。
一方押した側はきっと正面に立っているあいつだろう。
ほかの三人に比べ高身長でガタイがいい。離れたところからでもはっきりわかるほどの筋肉の発達や胸板の厚さだ。明るい派手な髪を短く刈り込み、耳にはピアスをつけている。腕にはオレが見たこともない大きな蚯蚓腫れが一本入っていた。
校則というものをガン無視したこわもての男だが、制服からするにこの学校の生徒のようだった。もちろん押された男子を含め全員この学校の生徒らしい。
「あれ、いじめられてるよねきっと」
「まあそうだろうな」
ひきつった声でオレに聞く莉穂。
連れのお友達女子二人も、なにあれヤバーい、と引き気味にひそひそ話しているが、莉穂とは違いどこか楽しんでいるような、当たり前のものを見ているときのような声音に聞こえた。
なめ腐った声で短髪の男は詰め寄り始める。
「なあなあ、いいだろ?友達だろ?俺たち」
「いっいやぁ・・・」
「おいおい友達の願いは一緒に叶えるもんだろ。なあ?」
他のメンバーの方に共感を求める短髪の男。それに共感する周り。
「ちょっとまずくない?アヤ」
「そうかもな」
様子を見るにカツアゲだろうか。文化祭の日にやるとかオレ並みの暇人だな。
こんな状況にいきなり立たされたオレだったが、心の中はひどく落ち着いていた。今どう思っているかと聞かれたらなんとも思っていないと答えるだろう。
弱肉強食という言葉があるように、強いものが得をし弱いものが損をするというのは当たり前のことであり、むしろ自然の摂理だ。だからオレは特別おかしいことだとは思わない。
さらに人は他人と感情を共にすることはできない。当たり前の話だが、今オレと莉穂で全く違うことを考え、感じているように、オレはあのいじめられっ子をかわいそうだとは思えてもオレ自身が悲しいとは思わない。オレは何も奪われるものはないし暴力を振られるわけでもないからな。いじめっ子が得をしようがいじめられっ子が損をしようが正直言ってオレには一切関係のないことだ。オレにとっては何の関心のないどうでもいい状況といえる。
勝手な憶測にはなるがどっちかといえばお友達女子と似た心情なのかもしれない。
ちらりと横目で莉穂を見ると悲しそうな目で唇を噛み、固めたこぶしをさらに硬くしていく。
オレは莉穂が意外と大胆なことを知っていた。だからもしかすると勢いで突っ込んでいくかもしれないと思い始めていた。そうなると・・・うーん。面倒くさいな。
下手に動かれてこっちに被害を被ることは避けたい。莉穂を止めるよりも状況を改善した方がいいかもしれない。せっかくの文化祭をブルーな気分で楽しんでもらいたくはないからな。
オレは数歩前に出るとスマホを片手に話しかける。
「お兄さんたちちょっといいですか?」
「あ?」
オレの方へと視線が集まる。ちょっとアヤ?、と後ろから意表を突かれたような声が聞こえた。
「たしか学校での一方的な暴力行為は停学または退学だったような気がするんですけどどうでしたかね?」
「なんだお前。そんなもん証拠がなきゃどうにもなんないだろ?」
不敵に笑い、挑発するような声音だ。
「これはオレのスマホです。もちろんカメラ機能のついた」
「へえ。それで脅してるつもりか?そんなもん壊しちまえば関係ないだろ?」
「言い忘れてましたけどもう映像は自宅のパソコンに送っちゃってるんですよね。今度はオレを壊します?その場合SNSで拡散希望してもらいたいと思っています。オレのケガの画像付きで」
「あっ⁉マジでぶっ飛ばすぞ」
「おお、怖いっすね。正直言って目を付けられるのはしんどいんでオレもそんなことはしたくないんですよ。ということで和解といきませんか?」
「は?なんだよ」
ここでもう最低限のことは終わったので、乗ってこなかったら後で適当に拡散して終わりにするつもりだったのだが、さらに状況はよくなりそうだ。
「簡単です。もうその人に近づかなければいいってだけですよ。それだけです」
「・・・本当だな?」
「ええ」
「なら名前を教えろよ。裏切ったときただじゃ置かないからな」
この男は状況が見えていないのだろうか。おそらくオレより年上のはずだがここまでわからないものなのか。
「それは勘弁してほしいですね。オレは静かにしていたいだけなんで。それとも拡散しますか?」
「ちっ。もういい。近づかなきゃいいんだろ」
舌打ちをした後唾を吐き捨てる。イラつきながらも和解成立となったようだ。
場が白けたからか、行くぞっ、踵を返す短髪の男。それにつられて残りの三人も歩き始める。
「そこに座ってるお兄さん。またなんかされたら教えてくださいね~」
オレはゆるーく話しかけるも特に返答はない。すると立ち上がって足早にどこかへ行ってしまうのであった。
「うわ!何あれ感じ悪!救けてもらったのに何も言わずに行っちゃったよ」
お友達女子の片方が愚痴をこぼす。
「まあしょうがないだろ。きっといろいろ大変なんだろうし。たぶんオレも同じようにするだろうな」
逃げられない状況から脱せられるのであれば一目散に逃げだすだろう。なりふり構っていられるほど楽な状況じゃないはずだ。
「もうびっくりしたよ。心臓に悪い。ていうかいつ撮ってたの?」
莉穂は心配するような声だったが、表情には安堵が浮かんでいる。
「いや、実は撮ってないぞほら」
オレはスマホのフォルダを開いてみせる。
「まあハッタリってやつだな」
理解不能といった顔でこっちを見てくる。しばらくの沈黙の後、暖かい声音で、
「アヤってよく人助けするし、人に気づかれないようなところでもしてるんだろうけどさ、あんまりお礼言われてるとこって少ないよね」
「別にいいんだよ。目的は果たされてるんだから」
「おお、かっこいい~」
「やめてくれ」
そう言ってオレの脇腹を小突く。事実オレは別に助けたくて助けてわけじゃないしな。まったくかっこよくない。
すると今度はふと考え込むように、
「今まで言ってこなかったけどさ、やっぱアヤって変だよね」
「えっ?嘘だろ?」
不意を突かれた質問にオレは動揺する。三島が勝手に思ってるだけかと思ったが・・・実はそうじゃないのか?まったく同じことを二人から言われるとさすがに疑いを感じてしまう。
「それは具体的に言うと・・・?」
「なんというか・・・全体的に?」
「えぇー」
あまりにピンとこない返答につい投げやりな返事が出てしまった。
莉穂はうーん。と少し考えこむがやっぱりよくわからないといわれてしまった。どうしようもないじゃんそれ。
「まあアヤは変なままがいいと思うよ」
「なにそれ。全然うれしくないな。もう悪口だろそれ」
違う違うとにっこり笑われても困るんだよなぁ。莉穂に一本取られたわけなのでこっちも反撃しよう。
「ということで、はい」
オレはに握りこぶしで見えないようにしながら莉穂へ手渡す。
「ん?なに?どゆこと?」
「いやぁ言おうかどうか迷ってたんだけどな・・・」
「・・・アイプチ???」
ほら、というオレと手渡されたアイプチを交互に何度か見た後、オレの言いたいことに気づいてようだ。実は会ったときから左目だけ一重になっていた莉穂だったのだがこういうこと指摘するのってなんか気まずいので放置しておいたのである。女子にパンツ見えてますよっていうみたいな緊張感があるんだよな。女子としては触れてはいけないゾーンだと思っている。知らんけど。
「えっ⁉まじ⁉」
うんうんとうなずくオレ。焦る莉穂は、
「なんでもっと早く言ってくれないの⁉」
「大声出すなよ。せっかく気づかれないように教えたのに意味なくなるだろ」
オレはこめかみを抑えながら、いかにも残念そうに首を振る。
「あーそかそか。ありがと。で、なんでアヤが持ってんの?」
「こっちでもいろいろあってだなぁ」
そこを聞かれると話が長くなりそうなのでなるべく避けたい。三島が待ってるからね。割と時間食っちゃったからそろそろ潮時だろう。
「とりあえずトイレ行って直してくればどうだ?」
「そうだね。あ、でもちょっといい?」
「ん?なんだ?」
「アヤ一人だよね?よかったら一緒に周らない?」
何もなかったら莉穂と周っていたんだろうな。だけどオレには先約がいる。
「ありがたい誘いだけど遠慮しとくよ。オレもそろそろクラスの友達作っとかないと。それにオレがこの三人の中に入るのは勇気がいるしな」
「あーたしかに。ていうか今気づくって遅すぎだよ」
「いいだろ今気づけたんだから。オレはもう行くけどいいか?」
「急だね。まあアヤっぽくていいけど」
「おいそれ遠回しに悪口だろ」
「だから違うって~」
そんな軽口をたたきながらもオレは完全に立ち去ることを決める。
「まあゆっくり楽しんでくれ。じゃあな」
そう言って手を振るオレに、バイバーイ、と莉穂はひらひらと手を振り返し別れを告げる。
そしてオレは急いで三島の方へ向かうのだった。
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